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明善寺城の戦い 2
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(馬鹿な!)
叫び出しそうな思いを飲み込んだ。叫んだところで明石の部隊が動くわけでもない。
だが、直家の本隊と、花房、河本の部隊を合わせても、二千に満たない。その上、石川久智の部隊と戦った後では、武器も消耗し満足に戦える状態ではなかった。
「隊列を組んで南に退くぞ! 矢と弾はあるだけ撃ち尽くせ!」
直家の足元に矢が飛んでくるまで、三村元親の兵は詰め寄っていたが、兵士たちは数名ずつでも背中をああせて円陣を組んで抵抗し、総崩れになるのを防いでいた。
必死の抵抗を見せる直家の本隊に比べて、圧倒的に有利であると確信して出陣して来た三村本隊の士気は低かった。大半の者は、兵力差から亀山城まで軍を進めれば、戦わずに降伏するとさえ考えていたのだ。
それでも兵力の差は埋めがたく、南へ、明善寺城へ逃げ込んだ時には、兵の数は半数以下になっていた。
「柵を並べて、使える武器を集めろ!」
完成していない防壁を繋ぎ合わせ籠城の準備を始めるが、麓に広がる大軍を防げるとは到底思えず、戦の高揚感から覚めるように、絶望が広がっていった。
だが、山上に築かれた城に入った相手を攻めるため三村元親が陣を敷き直そうとした時、隊列の一部が奇妙な動きを見せ始めた。信じられない事に、この圧倒的な劣勢の中で備中衆の古参である植木秀長が三村元親を裏切って、他の部隊に攻撃を仕掛けたのだった。しかし、反旗を翻したのは、大軍の中の一部隊でしかなく戦いは僅かなものであったが、その反乱を治める時間が龍ノ口城から救援に向かっていた岡家利の部隊の到着を間に合わせた。
そうなると、止めようのない混乱の波が連鎖的に広がった。
追いかけていたはずが背後から攻撃される形になり、さらに、急ぎ駆け付けた長船貞親と宇喜多忠家の部隊に攻撃を受けて、やっと合流した明石景親の部隊も攻撃に加わり、三村元親の大軍は纏まれもせずバラバラに備中へ逃げ帰り、明善寺城の戦いは幕を閉じた。
この戦いで、宇喜多直家の率いる五千の兵は、備中衆・三村元親の兵二万を討ち果たし、備前から備中へと大きく勢力を伸ばす結果となった。
「八兄い、無事か、怪我はないか? 三村元親め、慌てて逃げ出しよった。こうなったら、逃げる奴らを追い立てて、備中まで攻め込むぞ!」
「何を言っている。矢も弾もない、武器も防具も傷んでいる。何より兵士たちには休息が必要だ。追い返せたとはいえ、我らも追撃どころではない」
「そうは言っても、職家と通安は石山城を攻めに行ったよ? 通安の部隊は船の上で待ちぼうけだったからな、手柄も立てさせてやらないと」
「何だと?」
持ち場が暇だからと言って、勝手気ままに動かれては、指揮する者にとってはたまったものではない。しかし、金光宗高の石山城は、今後の西の守りを考えれば、無理をしても落としておきたい城であった。それに、三村元親の大軍を打ち破った今なら、勢いに任せて城も落とせる。事実、戸川通安と馬場職家の部隊が城の前面に展開すると、金光宗高は戦わずに降伏を申し出てきた。
予想通りの結果であるはずが、その知らせを聞くと、直家は目を閉じて長いため息をついた。
「どうしたんだ? 八兄い」
「金光家の処分をどうしたものかな、と……」
主君が投降した者の扱いを迷ってはならぬ。そう自分に言い聞かしておきながらも、弟の無邪気な問いに心の緩みを漏らしてしまった事を後悔した。
「そりゃ……。あれだ、城を失うんだから切腹だな。それに備前を裏切り備中に付いたのだ、一族郎党、切腹よ、切腹」
「美作の端の高田城を守っていたが、城を失った三浦家も切腹なのか?」
「いや、それは……、そんな事はないよ……。そう、三浦家は懸命に戦って、裏切るような真似をしなかったからだ!」
忠家は満足そうに笑みを浮かべた。
「では、備中を裏切った植木秀長はどうする? あの者なくして、我々の勝利もなかった。今頃、首を取られていたのは、我らかもしれん」
「盾裏の裏切り者は……うーん」
「もし、植木秀長を罰すれば、この先、宇喜多家に降ろうと思う者はおるまい。罰せねば、家臣がいつ寝返るか疑いながら戦わねばならぬ」
「うぬぬ……、いや、貞親先生も通安も、裏切ったりしない、他の者も裏切らぬはずだ! 投降する者は皆、同じように召し抱えるべきだな。来る者は拒まずだ、うん、そう、それがいい」
「用いるならば、疑わず。なるほど、それも良いだろう。だが、敵は裏切っても良いが、こちらを裏切ってはならないとするのは都合が良すぎるだろう。それらに等しく賞罰を与えるのが正しいのか、長く仕えてくれている古参の者と、激戦の後に降った者、戦わずに降った者を、同じに扱う事は等しいといえるか?」
背後から斬りつけるような裏切りに、日和見の者。
それらを受け入れたら?……。
受け入れなければ?……。
どちらにしても、後に禍根を残す。
「うーん、合戦は時の運だからな。槍を構えていても、相手に届かなけりゃ戦えないし、退こうとしてても、目の前に敵がいるなら戦うだけだし。戦う理由ってのは、そこに立ってみて始めて分かるんじゃないかな? 遠いか、近いか、大した違いはないよ」
「そうだな、物事の美醜を比べても、それが全てを現す訳ではない。ある一面を飾った言葉に過ぎぬ、と言う事か……」
叫び出しそうな思いを飲み込んだ。叫んだところで明石の部隊が動くわけでもない。
だが、直家の本隊と、花房、河本の部隊を合わせても、二千に満たない。その上、石川久智の部隊と戦った後では、武器も消耗し満足に戦える状態ではなかった。
「隊列を組んで南に退くぞ! 矢と弾はあるだけ撃ち尽くせ!」
直家の足元に矢が飛んでくるまで、三村元親の兵は詰め寄っていたが、兵士たちは数名ずつでも背中をああせて円陣を組んで抵抗し、総崩れになるのを防いでいた。
必死の抵抗を見せる直家の本隊に比べて、圧倒的に有利であると確信して出陣して来た三村本隊の士気は低かった。大半の者は、兵力差から亀山城まで軍を進めれば、戦わずに降伏するとさえ考えていたのだ。
それでも兵力の差は埋めがたく、南へ、明善寺城へ逃げ込んだ時には、兵の数は半数以下になっていた。
「柵を並べて、使える武器を集めろ!」
完成していない防壁を繋ぎ合わせ籠城の準備を始めるが、麓に広がる大軍を防げるとは到底思えず、戦の高揚感から覚めるように、絶望が広がっていった。
だが、山上に築かれた城に入った相手を攻めるため三村元親が陣を敷き直そうとした時、隊列の一部が奇妙な動きを見せ始めた。信じられない事に、この圧倒的な劣勢の中で備中衆の古参である植木秀長が三村元親を裏切って、他の部隊に攻撃を仕掛けたのだった。しかし、反旗を翻したのは、大軍の中の一部隊でしかなく戦いは僅かなものであったが、その反乱を治める時間が龍ノ口城から救援に向かっていた岡家利の部隊の到着を間に合わせた。
そうなると、止めようのない混乱の波が連鎖的に広がった。
追いかけていたはずが背後から攻撃される形になり、さらに、急ぎ駆け付けた長船貞親と宇喜多忠家の部隊に攻撃を受けて、やっと合流した明石景親の部隊も攻撃に加わり、三村元親の大軍は纏まれもせずバラバラに備中へ逃げ帰り、明善寺城の戦いは幕を閉じた。
この戦いで、宇喜多直家の率いる五千の兵は、備中衆・三村元親の兵二万を討ち果たし、備前から備中へと大きく勢力を伸ばす結果となった。
「八兄い、無事か、怪我はないか? 三村元親め、慌てて逃げ出しよった。こうなったら、逃げる奴らを追い立てて、備中まで攻め込むぞ!」
「何を言っている。矢も弾もない、武器も防具も傷んでいる。何より兵士たちには休息が必要だ。追い返せたとはいえ、我らも追撃どころではない」
「そうは言っても、職家と通安は石山城を攻めに行ったよ? 通安の部隊は船の上で待ちぼうけだったからな、手柄も立てさせてやらないと」
「何だと?」
持ち場が暇だからと言って、勝手気ままに動かれては、指揮する者にとってはたまったものではない。しかし、金光宗高の石山城は、今後の西の守りを考えれば、無理をしても落としておきたい城であった。それに、三村元親の大軍を打ち破った今なら、勢いに任せて城も落とせる。事実、戸川通安と馬場職家の部隊が城の前面に展開すると、金光宗高は戦わずに降伏を申し出てきた。
予想通りの結果であるはずが、その知らせを聞くと、直家は目を閉じて長いため息をついた。
「どうしたんだ? 八兄い」
「金光家の処分をどうしたものかな、と……」
主君が投降した者の扱いを迷ってはならぬ。そう自分に言い聞かしておきながらも、弟の無邪気な問いに心の緩みを漏らしてしまった事を後悔した。
「そりゃ……。あれだ、城を失うんだから切腹だな。それに備前を裏切り備中に付いたのだ、一族郎党、切腹よ、切腹」
「美作の端の高田城を守っていたが、城を失った三浦家も切腹なのか?」
「いや、それは……、そんな事はないよ……。そう、三浦家は懸命に戦って、裏切るような真似をしなかったからだ!」
忠家は満足そうに笑みを浮かべた。
「では、備中を裏切った植木秀長はどうする? あの者なくして、我々の勝利もなかった。今頃、首を取られていたのは、我らかもしれん」
「盾裏の裏切り者は……うーん」
「もし、植木秀長を罰すれば、この先、宇喜多家に降ろうと思う者はおるまい。罰せねば、家臣がいつ寝返るか疑いながら戦わねばならぬ」
「うぬぬ……、いや、貞親先生も通安も、裏切ったりしない、他の者も裏切らぬはずだ! 投降する者は皆、同じように召し抱えるべきだな。来る者は拒まずだ、うん、そう、それがいい」
「用いるならば、疑わず。なるほど、それも良いだろう。だが、敵は裏切っても良いが、こちらを裏切ってはならないとするのは都合が良すぎるだろう。それらに等しく賞罰を与えるのが正しいのか、長く仕えてくれている古参の者と、激戦の後に降った者、戦わずに降った者を、同じに扱う事は等しいといえるか?」
背後から斬りつけるような裏切りに、日和見の者。
それらを受け入れたら?……。
受け入れなければ?……。
どちらにしても、後に禍根を残す。
「うーん、合戦は時の運だからな。槍を構えていても、相手に届かなけりゃ戦えないし、退こうとしてても、目の前に敵がいるなら戦うだけだし。戦う理由ってのは、そこに立ってみて始めて分かるんじゃないかな? 遠いか、近いか、大した違いはないよ」
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