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想定していなかった答えだったのか、サシャの目も口も大きく開かれる。
そんな大きく開いたら外れてしまうかもしれないと、私は不安になって見つめているとサシャの顎が通常の位置に戻った。
私はほっと安堵した。
ちなみに馬車の中には私とサシャだけ。
ケインと護衛騎士三人は外で馬に乗って移動している。
私はケインも馬車に一緒に乗ろうと言ったのだが、想いが伝わった者同士が同じ場所にいてはいけないと拒否されたのだ。
両想いなのは嬉しいが、確かにケインの言う通り私は今人妻だ。クズの。
例えサシャもいて、二人っきりではなかったとしても、サシャは私のメイドだ。
メイドの耳と目を封じて護衛騎士といちゃこらしていたんだろと言われたら、今の私ははっきりくっきり否定できない。
そういう願望があるからだ。
だからケインと堂々と一緒にいる為にはまずしなくてはいけないことを片付けなくてはならないのだ。
「も、もしかしてケイン卿の身分を王に証明しにいくのですか?!」
気が早すぎません!?と騒ぐサシャに私は首を傾げる。
「…違うわ。それに血縁判定証明書はまだ作成したばかり。例え正確なものでも、まずは実績を証明しなければならないからね」
精霊書をもとに作ったとはいえ、私が精霊と今回初めて作り上げた血縁判定証明書なのだ。
陛下に提出を先にするよりも、まずは多くの結果を神殿に提出し、それが正確な書面であることを示さなければならない。
その上でケインが侯爵家の者であることを証明しなくては意味がない。
「じゃあ……」
「心配しなくても王城に行くのは今回の視察報告についてよ」
「視察、報告、ですか?」
ぽかんとするサシャに私は頷いた。
「ええ、そうよ。
どうやら一年に一度、領地を与えられた貴族当主は陛下に報告を行わなければならないらしいのだけど、あのクズは三か月前にあったその報告をしていなかったらしいの。
督促状が届いたと執事から連絡があったわ」
「奥様、クズですがクズではありませんよ」
「ああ、ごめんなさいね。ついつい愛称のように呼んでしまったわ。
いけないわね。これからは旦那様と呼ぶように心がけなくちゃ…」
ケインへの気持ちを自覚してからはクズを旦那様と呼びたくはない。
でもクズの名前はクズールといって、いかにもクズと呼び間違えてくれと言っているかのような名前の為、下手に名前を呼ぶとボロが出かねないのだ。
私は頬に手をあてて小さく息を吐きだした。
ため息はつく仕草はあまり好ましいものではないが、馬車の中にはサシャしかいないため構わないだろう。
「うまく事が進みましたら、素敵な愛称でお呼びしましょう!」
「そうね。そうできるように頑張らないと」
「はい!私もお手伝いします!」
くすくすと笑いあい、私はもうじき見えてくる王城がある方角へと視線を向けた。
不思議と緊張しないのは、まるで私たちを応援しているかのような、見事な快晴の空から元気をもらっているからだろうか。
それぐらい、私は初めての王城に緊張せず、むしろ期待に満ち溢れていた。
◇
「報告は以上か?」
「はい、陛下」
王城へとやってきた私は警備していた門番に事情を説明し、決して短いとは言えない時間をその場で待っていると眼鏡をかけた人物がやってきた。
各貴族の領地に関することを担当する人物なのかなと思いながら、見上げるとその人は自らを宰相だと名乗る。
私は内心慌てた。この国の王様を補佐する最高位の官職が宰相なのだ。そんなお偉いさんがくることは予想にしていなかった為に慌てるのも無理はなかった。
そんな私の内心など知ってか知らぬか、手を差し出すその人に私は馬車の中でまとめ上げた資料を手渡した。
資料を受けとるとすぐさまパラパラと資料に目を通し、作成者を尋ねられたため私は自らを名乗り出た。
するとそれからはまるで時間が早く進んでいるかのように、目まぐるしく場所が変わった。
まずここが応接室なのかと疑問に思うほどに豪華に装飾された場所に通された。
いくつかの質問を受け、それに答えていくと宰相は面白そうに笑う。
何が面白かったのかと首を捻りたいところだったが我慢していると、次に長い廊下を歩かされた。
(おかしい…)
執事の話では報告には資料に問題がなければ時間はかからないと聞いていたのに、何故王城の中を案内されているのか。
私の作成した資料におかしいところがあったとか?
いや、それならば先にいた応接室の場、もしくは門の前で確認していた時に指摘されていただろう。
ならば何故?と思考がぐるぐると頭をめぐる。
そして辿り着いたのはドデカい扉の前だった。
気付けば応接室までは一緒にいたサシャと護衛騎士三人、そしてケインもいなくなっていた。
(まさかここは……)
急に一人を自覚すると王城に向かう途中まで、いや資料を手渡すところまではそこまで緊張しなかった私の心臓がここにきてバクバクと激しく動き出す。
王城の中で唯一王族の紋章が描かれているその扉が開かれると、赤い絨毯が壇上迄伸び、その先には王が凝った装飾が施されている椅子に座っていた。
あのクズ夫と同じ髪の色をしているが、全く違う印象を与えるのは陛下が厳格な雰囲気を纏わせているからなのか。
緊張している私に気付いた陛下が片手をあげ、微笑みながら私を呼び寄せる。
だからといって緊張がほぐれることはないが。
「そなたがあのウェルアネスの娘か」
“あの”という言葉に引っ掛かりを覚えながら私は腰を曲げ深いカーテシーを披露する。
「はい。ウェルアネス伯爵の娘であり、シエル・ディオダでございます」
「そうか。ディオダ侯爵の者と婚姻を結んだったのだな。
それで、三か月もの間報告をしない夫の代わりに、妻であるそなたが来た、と?」
「はい」
こくりと頷くと、私から資料を受け取った宰相が陛下へと手渡した。
この六か月の間に領地の問題を解決した事柄がずらっと書いている資料である。
陛下は数枚の書面をパラパラと捲ると、次第に声を出して笑いだす。
「ハッハッハ!これは真か?」
「誤ったことを報告してなんになりましょう?」
「そうだな。一時の功績をあげられたとしても、これを信じ、税でも上げられたら逆に自分たちの首を絞めることになる。
それに調査すればすぐにわかるような簡単なことだ。
となれば、ここに書かれたことは全て真実と受け取ってよいな?」
「はい」
コクリと頷くと、陛下は「ふむ」と綺麗に剃られている顎を触る。
「よくやった。
……これなら領地の返還を促さなくてもよさそうだ」
賞賛の言葉の後、ポツリと呟かれた言葉に私は目がくわっと開いてしまう。
それほど衝撃的だったのだ。
ぽかんとした表情を見せる私に気付いた陛下は笑い、宰相は眼鏡を上げる。
「ディオダ侯爵領の事情は陛下の耳にも届いていましたからね」
確かに私が見ても酷い有様になっていたいくつもの町や村を、問題を解決しようともせずにそのままにしていたのだ。
いくら投資で金を稼ぎ王家に税を納めようとも、領地管理も出来ない貴族に王家がそのまま領地を与え続けるわけがなかった。
貴族の領地だと言えども、その領地は王国内にある。
つまり元を正せば王家のものだ。
民を飢えさせる貴族から取り上げる権利は十分にあるというわけだ。
「これからも民の為に励むのならば、領地はそのまま侯爵家のものだ」
最初に抱いた印象などどこにいったのか、優し気に微笑んだ陛下に私は嬉しくなる。
興奮しているのか、わくわくしているという表現が合う程に浮足立つ自分におかしさがこみ上げた。
(お父様もこんな気分なのかしら)
ふと、領地運営に熱中していたお父様の姿を思い出す。
親から子供への愛情は感じていなかったわけだけど、仕事をする大人の貴族として尊敬していた。
「そなたは父親によく似ているな」
「え…?」
初めて言われた言葉に私は戸惑い、返事を返すのを忘れてしまう。
だが陛下も宰相も気に留めていないのか、指摘することはない。
「女性に対して少し失礼な言葉ですよ。陛下」
「ハッハッハ、これは失礼した。
だが顔形ではなく、性格…というより雰囲気が似ているといったつもりだったのだ」
「性格、ですか?」
思わず尋ねると、陛下はゆっくりとした動作で頷く。
「ああ、そなたの父は見た目通り真面目な人間だ。
酒に溺れることもなく、新しい妻を迎えることもせず、ただひたすらよりよい領地づくりに励んだ」
そのお陰で私はお父様から愛情を貰えなかったわけだ。
でもそれは別に恨むことではない。
父から愛情を貰えなくても、私には乳母がいて、弟がいて、そしてメイド達がいた。
だから捻くれることもなく普通に育ち、そして真面目に仕事をする父に対し尊敬すらしているからだ。
「そんな男だから私も良い印象も持っていたのだが、そなたと領地を荒れさせたディオダ侯爵子息との婚姻許可を取りに来たときは驚いた。
自分の娘を領地運営も碌に出来ない貴族へ嫁がせるのかと。
そこで聞いたのだ。その婚姻はいい選択なのか、と」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
陛下に拝見する直前よりももしかしたら緊張しているのかもしれない。
お父様が何を考えているのかわからない。それくらい言葉がなかった。会話がなかった。
婚姻先が決まった時もお父様は最低限の事しかいわれなかったから、本当は何を考えて私をディオダ侯爵家へと送り出したのか知らないのだ。
「そなたの父は何と言ったと思う?
“私の娘は優秀です。必ずディオダ侯爵領が元の姿を取り戻すでしょう”だそうだ」
「ッ」
「不思議なものよ。縁もゆかりもない他貴族の領地に住む領民を心配していたのだから。
そして自分の娘ならば絶対に救えると、確信に近い何かをもっているようだった」
「………」
陛下が縁もゆかりもないという言葉を使ったのならば、本当に関りがなかったということ。
それならばお父様は何故ディオダ侯爵領を救おうとしたのだろうか。
もしかしてお父様も精霊が見える?でも私が見てきたお父様は精霊が見えない普通の人と同じように見えた。
精霊だってお父様の事を話題にしなかった。ならば本当に何故。
いや、それよりも_
「………私が、改善できなかったらどうするつもりだったの…?」
思わず口から出た言葉は思ったよりも大きく、言葉を拾い上げた陛下が面白そうに笑う。
「そうなった時は私が領地返還を指示していただろう。
そうなればディオダ侯爵は領地を持たないただ名ばかりの高位貴族となり、そんな貴族は低位貴族よりも劣っているとみなされる。
少なくとも投資だけではなく、事業を起こさなければ話にならないだろう。
そなたがディオダ侯爵家の者と心を交わし離縁を考えていないことをそなたの父が考えていたのなら、手助けとして持参金を通常よりも多く渡していた筈だ」
陛下の言葉に私はハッとする。
陛下の言葉通りお父様から渡された持参金があまりにも多かったからだ。
陛下の考えがお父様の考えと一致しているかなんて、今の私にはわからないけれど、でもそうであってほしいと思う。
こみあげてくる来る涙を堪えるかのように、私は歯を食いしばった。
涙が零れ落ちないように。
随分と話が逸れたが、領地の報告も済んだ私は最後に陛下にお礼を告げて退室しようと振り返ったところだった。
ガヤガヤと騒ぐ声が扉越しに聞こえてくる。
どこかで聞いたような声に私は嫌な予感を抱く。
零れ落ちそうだった涙が引っ込んでいた為、雰囲気を台無しにしてくれたまだ見ぬ相手を確認しようと、私は大きな扉を開いた。
そんな大きく開いたら外れてしまうかもしれないと、私は不安になって見つめているとサシャの顎が通常の位置に戻った。
私はほっと安堵した。
ちなみに馬車の中には私とサシャだけ。
ケインと護衛騎士三人は外で馬に乗って移動している。
私はケインも馬車に一緒に乗ろうと言ったのだが、想いが伝わった者同士が同じ場所にいてはいけないと拒否されたのだ。
両想いなのは嬉しいが、確かにケインの言う通り私は今人妻だ。クズの。
例えサシャもいて、二人っきりではなかったとしても、サシャは私のメイドだ。
メイドの耳と目を封じて護衛騎士といちゃこらしていたんだろと言われたら、今の私ははっきりくっきり否定できない。
そういう願望があるからだ。
だからケインと堂々と一緒にいる為にはまずしなくてはいけないことを片付けなくてはならないのだ。
「も、もしかしてケイン卿の身分を王に証明しにいくのですか?!」
気が早すぎません!?と騒ぐサシャに私は首を傾げる。
「…違うわ。それに血縁判定証明書はまだ作成したばかり。例え正確なものでも、まずは実績を証明しなければならないからね」
精霊書をもとに作ったとはいえ、私が精霊と今回初めて作り上げた血縁判定証明書なのだ。
陛下に提出を先にするよりも、まずは多くの結果を神殿に提出し、それが正確な書面であることを示さなければならない。
その上でケインが侯爵家の者であることを証明しなくては意味がない。
「じゃあ……」
「心配しなくても王城に行くのは今回の視察報告についてよ」
「視察、報告、ですか?」
ぽかんとするサシャに私は頷いた。
「ええ、そうよ。
どうやら一年に一度、領地を与えられた貴族当主は陛下に報告を行わなければならないらしいのだけど、あのクズは三か月前にあったその報告をしていなかったらしいの。
督促状が届いたと執事から連絡があったわ」
「奥様、クズですがクズではありませんよ」
「ああ、ごめんなさいね。ついつい愛称のように呼んでしまったわ。
いけないわね。これからは旦那様と呼ぶように心がけなくちゃ…」
ケインへの気持ちを自覚してからはクズを旦那様と呼びたくはない。
でもクズの名前はクズールといって、いかにもクズと呼び間違えてくれと言っているかのような名前の為、下手に名前を呼ぶとボロが出かねないのだ。
私は頬に手をあてて小さく息を吐きだした。
ため息はつく仕草はあまり好ましいものではないが、馬車の中にはサシャしかいないため構わないだろう。
「うまく事が進みましたら、素敵な愛称でお呼びしましょう!」
「そうね。そうできるように頑張らないと」
「はい!私もお手伝いします!」
くすくすと笑いあい、私はもうじき見えてくる王城がある方角へと視線を向けた。
不思議と緊張しないのは、まるで私たちを応援しているかのような、見事な快晴の空から元気をもらっているからだろうか。
それぐらい、私は初めての王城に緊張せず、むしろ期待に満ち溢れていた。
◇
「報告は以上か?」
「はい、陛下」
王城へとやってきた私は警備していた門番に事情を説明し、決して短いとは言えない時間をその場で待っていると眼鏡をかけた人物がやってきた。
各貴族の領地に関することを担当する人物なのかなと思いながら、見上げるとその人は自らを宰相だと名乗る。
私は内心慌てた。この国の王様を補佐する最高位の官職が宰相なのだ。そんなお偉いさんがくることは予想にしていなかった為に慌てるのも無理はなかった。
そんな私の内心など知ってか知らぬか、手を差し出すその人に私は馬車の中でまとめ上げた資料を手渡した。
資料を受けとるとすぐさまパラパラと資料に目を通し、作成者を尋ねられたため私は自らを名乗り出た。
するとそれからはまるで時間が早く進んでいるかのように、目まぐるしく場所が変わった。
まずここが応接室なのかと疑問に思うほどに豪華に装飾された場所に通された。
いくつかの質問を受け、それに答えていくと宰相は面白そうに笑う。
何が面白かったのかと首を捻りたいところだったが我慢していると、次に長い廊下を歩かされた。
(おかしい…)
執事の話では報告には資料に問題がなければ時間はかからないと聞いていたのに、何故王城の中を案内されているのか。
私の作成した資料におかしいところがあったとか?
いや、それならば先にいた応接室の場、もしくは門の前で確認していた時に指摘されていただろう。
ならば何故?と思考がぐるぐると頭をめぐる。
そして辿り着いたのはドデカい扉の前だった。
気付けば応接室までは一緒にいたサシャと護衛騎士三人、そしてケインもいなくなっていた。
(まさかここは……)
急に一人を自覚すると王城に向かう途中まで、いや資料を手渡すところまではそこまで緊張しなかった私の心臓がここにきてバクバクと激しく動き出す。
王城の中で唯一王族の紋章が描かれているその扉が開かれると、赤い絨毯が壇上迄伸び、その先には王が凝った装飾が施されている椅子に座っていた。
あのクズ夫と同じ髪の色をしているが、全く違う印象を与えるのは陛下が厳格な雰囲気を纏わせているからなのか。
緊張している私に気付いた陛下が片手をあげ、微笑みながら私を呼び寄せる。
だからといって緊張がほぐれることはないが。
「そなたがあのウェルアネスの娘か」
“あの”という言葉に引っ掛かりを覚えながら私は腰を曲げ深いカーテシーを披露する。
「はい。ウェルアネス伯爵の娘であり、シエル・ディオダでございます」
「そうか。ディオダ侯爵の者と婚姻を結んだったのだな。
それで、三か月もの間報告をしない夫の代わりに、妻であるそなたが来た、と?」
「はい」
こくりと頷くと、私から資料を受け取った宰相が陛下へと手渡した。
この六か月の間に領地の問題を解決した事柄がずらっと書いている資料である。
陛下は数枚の書面をパラパラと捲ると、次第に声を出して笑いだす。
「ハッハッハ!これは真か?」
「誤ったことを報告してなんになりましょう?」
「そうだな。一時の功績をあげられたとしても、これを信じ、税でも上げられたら逆に自分たちの首を絞めることになる。
それに調査すればすぐにわかるような簡単なことだ。
となれば、ここに書かれたことは全て真実と受け取ってよいな?」
「はい」
コクリと頷くと、陛下は「ふむ」と綺麗に剃られている顎を触る。
「よくやった。
……これなら領地の返還を促さなくてもよさそうだ」
賞賛の言葉の後、ポツリと呟かれた言葉に私は目がくわっと開いてしまう。
それほど衝撃的だったのだ。
ぽかんとした表情を見せる私に気付いた陛下は笑い、宰相は眼鏡を上げる。
「ディオダ侯爵領の事情は陛下の耳にも届いていましたからね」
確かに私が見ても酷い有様になっていたいくつもの町や村を、問題を解決しようともせずにそのままにしていたのだ。
いくら投資で金を稼ぎ王家に税を納めようとも、領地管理も出来ない貴族に王家がそのまま領地を与え続けるわけがなかった。
貴族の領地だと言えども、その領地は王国内にある。
つまり元を正せば王家のものだ。
民を飢えさせる貴族から取り上げる権利は十分にあるというわけだ。
「これからも民の為に励むのならば、領地はそのまま侯爵家のものだ」
最初に抱いた印象などどこにいったのか、優し気に微笑んだ陛下に私は嬉しくなる。
興奮しているのか、わくわくしているという表現が合う程に浮足立つ自分におかしさがこみ上げた。
(お父様もこんな気分なのかしら)
ふと、領地運営に熱中していたお父様の姿を思い出す。
親から子供への愛情は感じていなかったわけだけど、仕事をする大人の貴族として尊敬していた。
「そなたは父親によく似ているな」
「え…?」
初めて言われた言葉に私は戸惑い、返事を返すのを忘れてしまう。
だが陛下も宰相も気に留めていないのか、指摘することはない。
「女性に対して少し失礼な言葉ですよ。陛下」
「ハッハッハ、これは失礼した。
だが顔形ではなく、性格…というより雰囲気が似ているといったつもりだったのだ」
「性格、ですか?」
思わず尋ねると、陛下はゆっくりとした動作で頷く。
「ああ、そなたの父は見た目通り真面目な人間だ。
酒に溺れることもなく、新しい妻を迎えることもせず、ただひたすらよりよい領地づくりに励んだ」
そのお陰で私はお父様から愛情を貰えなかったわけだ。
でもそれは別に恨むことではない。
父から愛情を貰えなくても、私には乳母がいて、弟がいて、そしてメイド達がいた。
だから捻くれることもなく普通に育ち、そして真面目に仕事をする父に対し尊敬すらしているからだ。
「そんな男だから私も良い印象も持っていたのだが、そなたと領地を荒れさせたディオダ侯爵子息との婚姻許可を取りに来たときは驚いた。
自分の娘を領地運営も碌に出来ない貴族へ嫁がせるのかと。
そこで聞いたのだ。その婚姻はいい選択なのか、と」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
陛下に拝見する直前よりももしかしたら緊張しているのかもしれない。
お父様が何を考えているのかわからない。それくらい言葉がなかった。会話がなかった。
婚姻先が決まった時もお父様は最低限の事しかいわれなかったから、本当は何を考えて私をディオダ侯爵家へと送り出したのか知らないのだ。
「そなたの父は何と言ったと思う?
“私の娘は優秀です。必ずディオダ侯爵領が元の姿を取り戻すでしょう”だそうだ」
「ッ」
「不思議なものよ。縁もゆかりもない他貴族の領地に住む領民を心配していたのだから。
そして自分の娘ならば絶対に救えると、確信に近い何かをもっているようだった」
「………」
陛下が縁もゆかりもないという言葉を使ったのならば、本当に関りがなかったということ。
それならばお父様は何故ディオダ侯爵領を救おうとしたのだろうか。
もしかしてお父様も精霊が見える?でも私が見てきたお父様は精霊が見えない普通の人と同じように見えた。
精霊だってお父様の事を話題にしなかった。ならば本当に何故。
いや、それよりも_
「………私が、改善できなかったらどうするつもりだったの…?」
思わず口から出た言葉は思ったよりも大きく、言葉を拾い上げた陛下が面白そうに笑う。
「そうなった時は私が領地返還を指示していただろう。
そうなればディオダ侯爵は領地を持たないただ名ばかりの高位貴族となり、そんな貴族は低位貴族よりも劣っているとみなされる。
少なくとも投資だけではなく、事業を起こさなければ話にならないだろう。
そなたがディオダ侯爵家の者と心を交わし離縁を考えていないことをそなたの父が考えていたのなら、手助けとして持参金を通常よりも多く渡していた筈だ」
陛下の言葉に私はハッとする。
陛下の言葉通りお父様から渡された持参金があまりにも多かったからだ。
陛下の考えがお父様の考えと一致しているかなんて、今の私にはわからないけれど、でもそうであってほしいと思う。
こみあげてくる来る涙を堪えるかのように、私は歯を食いしばった。
涙が零れ落ちないように。
随分と話が逸れたが、領地の報告も済んだ私は最後に陛下にお礼を告げて退室しようと振り返ったところだった。
ガヤガヤと騒ぐ声が扉越しに聞こえてくる。
どこかで聞いたような声に私は嫌な予感を抱く。
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