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しおりを挟むそんなやりとりがあって数日。
ぎくしゃくしていた私とケインの関係はすっかり元通りになった。
いや、私だけが元通りになったともいえる。
よく考えてみればケインはディオダ侯爵の子息で、精霊が見えるから領地運営には最適だ。
寧ろめちゃくちゃうまくいくであろう。
性格にも物事の考え方にも難のあるクズ、いやクズールとは雲泥の差であるため、これはもう夫であるクズと交換してもらった方が一番の解決案である。
私的には勿論、領地的にも幸せ一直線だ。
ということで私はケインに伝えた。
一度はケインと婚姻を結ぶことはしないといったが、すぐにその考えを撤回するためだ。
するとあの日の夜同様に顔を真っ赤に染めたケインに、つられるように私も頬を染め、そんな私たちの様子をサシャ、コニス、ジャン、ヴァルが揶揄う。
しかし私は決めたのだ。
無理に押し通すつもりはないが、私は私の幸せの為にもケインには是非とも頷いてもらいたい。
そこから私とケインの戦いは始まった。
渋るケインに私はめちゃくちゃプレゼンした。
まず議題にあがったのは、貴族登録されていないケインをどうやってディオダ侯爵の子息だということを認めさせるのかという事。
これは簡単だ。精霊にお願いすればいい。
精霊書というものがあるのだから、それを応用して精霊に血縁関係がわかるものを作って貰えばいいのだ。
判定結果が紙に残っていればそれを証拠として保管も出来る。
そして実際に作ってみせた。
完成した時には精霊たちと手を取り合って喜んだものである。
だがこれには落とし穴がある。
ケインの両親である先代侯爵たちが罪に囚われるという事。
侯爵家以上の爵位を持つ者は、貴族殺しをした場合重罪として扱われる。
これは強い権力を持つ貴族が下級貴族への横暴行為を防ぐために作られた制度だ。
そして後継者争いから、有望な人材を排除する愚かな行為が出来ないよう、身内にも適用される。
その為不吉だからという理不尽な理由で、ケインを殺そうとした先代侯爵たちは貴族殺しが適用されるのだ。
勿論この結末には私は当然だと思っている。
ケインを正当な理由もなく傷つけ泣かせて、そして命を奪おうとしていた人たちなのだ。
罪を償うことは当然だ。たとえそれが重罪でも。
ちなみにオバンという元メイド長は殺害を未然に防いだことが評価され、恐らく貴族を誘拐したという罪をきせられることはないだろう。
例え罪となったとしても軽い罪に留まると踏んでいる。
もしそうじゃない場合は私は全力でオバンさんを守ろうと心に決めている。
問題はクズだ。
クズールはクズだが、ケインを殺そうとはせず、寧ろ素性を隠させながら自分の元に働かせたということが、ケインをかばおうとしたと評価される可能性が出てくる。
そこでクズに用意するのはいくつもの嘆願書だ。
領地運営が出来ない者に領地を持つ侯爵家を継ぐ資格はない。
今回の視察で解決した町や村からは提出されていた嘆願書に解決したという証拠の印をもらっている。
証拠はいくらでも揃えられるし、長く放置されていた村や町は声をかけたら証人として話してくれるだろう。
そんなことを私はプレゼンした。
視察の間中ずっと。
だがケインは決して首を縦に振らなかった。
「そういうことはどうでもいいんです。
いえ、奥様にとっては大事なことかもしれませんが…」
「奥様呼びはやめてほしいんだけど、じゃあ何が問題なの?」
頷いてくれない理由を私は尋ねると、ケインは少し恥ずかしそうに頬を赤らませる。
ケインが事情を話してくれたあの日から、ケインは重くて古臭い甲冑を身に着けることはなくなった。
コニス達と同様の騎士服を身に着け、とても身軽で過ごしている。
「私はシエル様が好きです。初めて拝見した時から素敵な方だと思っておりました。
ですが、そんなシエル様に私は好いてもらえることができるのかと…。シエル様にはもっと相応しい人がいるのではないかと、そう思えてならないのです」
やっと口にしたケインの気持ちを聞くことができた私は口をあんぐりとあけて驚いた。
なんとケインが気にしていたのはこれからの周りへの対応ではなく、私のケインへの気持ちだったのだ。
思い返せば、今後の対応策ばかりプレゼンして、好意を伝えるという言葉を一切口にしていなかったことを思い出した。
言わないと。そう思うとなぜか無性にドキドキする。
自分の鼓動が激しく動いて、思わずここから逃げ出してしまいたくなる。
だけどそれはしてはいけない。
だって自分の気持ちをケインに伝えなければ、きっとケインにはこの先も伝わらないから。
「ケイン…あのね」
自分の気持ちを伝えようと口を開いたが、その瞬間私は強い視線を感じた。
サシャと護衛騎士三人である。
私はケインの手を取り、馬車へと駆け込んだ。
狭い空間の馬車をより二人だけの空間にするべく、私は馬車に備えられているカーテンを全て閉める。
外から小さくだが「あああーー……」と悲しげに叫ぶ声が聞こえたが、まるっと無視した。
そして向かいに座るケインの隣に私はわざと座り、逃げないように手を握りしめる。
ケインは緊張しているのか、少し手が湿っていたけれど、きっとそれは私もだろう。
互いに緊張しているという事実に、私は少しだけ冷静になれた。
自分がどれだけ緊張していたのか、ここで自覚したのだ。
「ケイン、ちゃんと聞いてね。私は貴方が好きよ」
ケインの目を見開く様子に、私はくすりと笑う。
「夜空のような髪の毛も、薔薇のような瞳も、人を思いやれる優しい心も、そして…これはきっかけに過ぎなかったけど…どんな時でも私を守ろうとしてくれたところも、ケインの全てが恋しく感じられるの」
勿論少し湿っている手のひらもね。と続けると一瞬で手を離され、ゴシゴシと手のひらを服に擦りつける。
「気にしないで大丈夫よ」
そういいながら再び手を繋ぐと、「シエル様も…」と呟かれた。
手汗を気付かれるのは恥ずかしいけれど、それが自分だけじゃない事を知っているから寧ろ気付いてくれて嬉しいとさえ思う。
「そうよ。私も緊張しているもの。
普通に手汗くらいかくわ」
「緊張、しているんですか…?」
「当たり前よ。好きな人と二人きりの空間よ。
しかも相手は私が好きだと気付きもしなかったから、ちゃんと自分の口で想いを伝えたのよ?緊張しないわけないじゃない。
……それに私は政略結婚で嫁いできたからクズ夫とも現状維持でいいと思ったし、だからこそ精霊書を使って契約書迄交わしたわけだけど。
でも自分が幸せになる道がぶら下がっていたら、躊躇なくその道を選ぶわ」
だって幸せになりたいからね。
そう告げるとケインは小さく「シエル様が、私を、好き」と呟いた。
まるで自分に言い聞かせているように何度も繰り返すケインに、私は次第に恥ずかしさを覚える。
もうやめてほしくなってきた。
耳を真っ赤に染めて俯くケインに、熱い顔のまま私は覗き込むようにして体を倒す。
「で、どう、かな?
これからあの男を蹴落としてそして離婚する私だけど、拾い上げてくれる?」
その言葉に勢いよく顔をあげるケインに私は驚くが、もっと驚いたのは燃えたぎる炎を瞳の奥に宿らせたかのように力強いケインの瞳だった。
そして目は口程に物を言うという言葉を思い出して、私はくすくすと笑った。
◇
そうして気合を入れた私たちは王都にある侯爵家への帰路を急いだ。
執事の予想した期間をすぎてしまったからだ。
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でも最後の町から旅立って半月はかかるだろう帰路を急いで戻ったことで、十日に短縮できたことはひどい達成感を味わえた。
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そして答えた。
「王城よ」
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