「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん

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㉑旦那様でした。

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「………執事長ですか?」

執事長であれば屋敷の管理をする使用人の中では一番偉い人にあたります。
ですので、メイドやシェフに注意をしていてもなんらおかしくありません。
私とも関わりが深く信頼をおける人物であれば、幼少期から仲が良かったとすれば執事長に推薦することも、気楽に話をするのも不思議ではありませんでした。

ですが私の回答は間違っていたようで、男性は膝から崩れ落ちました。
だけど男性は済んでのところで踏みとどまります。
膝を床に強打することは回避していました。
その反応速度は仮に執事長だとしても勿体なさを感じてしまうでしょう。

「奥様…それはあんまりじゃ…」
「せめて着ている服も考慮しましょうよ…」

という声が聞こえてきました。
確かに男性の服は執事を務めている方が着るような服ではありませんでしたし、体つきも逞しいです。
執事ではなく、騎士の方でしょうか。
………やはり別の答えを導き出すのが正解でした。


「…俺は、君の夫だ」
「…私の夫…?ですが、私は…」

どうみても私は公爵夫人の娘でもないと思いますし、男性の方も公爵夫人の血を引いているとは思いません。
私は男性の言葉を否定しようと言葉をつづけようとした時でした。
男性の大きな手が私の頬に添えられ、顔を包み込むようにして固定させます。
私は驚きました。
男性の動きが見えなかったからです。
そして視線を真正面に戻した時、男性の大きく口が開いた状態が目の前にありました。

「んっ!」

思わず食べられる!と覚悟しましたが、触れるような口づけはとても優しさが込められていました。
触れるだけの口づけは何度も繰り返され、唇が離れる度に私は名を呼ばれました。
「メアリー」と優しく、そして甘く囁く声には、どこか焦りのような色も隠れていました。
ちゅっちゅっと何度も何度も繰り返され、強張っていた私の体からは徐々に力が抜け始めます。
固く閉ざしていた唇を、男性は啄む様に甘く刺激してきました。

「メアリー、好きだ」
「メアリー、君は俺の嫁だ」
「メアリー、愛している」
「メアリー、俺が君の夫だ」

何度も何度も呼び掛けられていくうちに私は初めて自分の名前を知った時、どこか耳に残っているような、あの不思議な感じがした感覚を思い出していました。

「…はぁ…んっ」

そして互いに息が荒くなり始めます。

「俺を、呼んでくれ」
「旦那さ、_」
「違う」

指摘と共にざらざらしたような温かいそれが口の中に入り込んできたのです。
私は戸惑いました。
そして

「ぐぇ_」
「そこまで」

男性が潰されたカエルのような声を漏らしながら離れていきました。
どうやら男性は襟元の後ろを引っ張られるような形でイルガー先生に掴まれたようでした。
私は舌がちらりと見えた男性の口元を見て思わず目を逸らします。

(私は!人前で何を!!!)

床に膝と額を付けた状態でいたはずのメイドとシェフは、いつの間にか顔を上げ、どこか照れくさそうにしながらも真っ赤な顔で私と目が遭いました。
そして何をいうわけでもなく、彼女は手で顔を覆いました。

(私のほうが隠れてしまいたいわ!!)

「それで、メアリー様。貴方がこの方の妻であることは理解できましたかな?」

羞恥心で顔を真赤に染めていた私は、少し動くようになっていた体を動かし布団に潜りました。

記憶は思い出してはいませんが、それでも体は覚えているというあれでしょう。
私の体は男性を拒否することがなく、どこか安心感さえも感じていたからです。
手を伸ばされたとき恐怖を感じていたのは別の何かと重なっていたからだと、キスを通して気づきました。

「メアリー…」

男性は私の名を呼びながら、そっと布団の端を掴んでいる私の指先に触れました。
そしてやさしく握られます。

「メアリー…」

男性はもう一度私の名を呼びました。
私は少しだけ布団をおろし男性と目を合わせます。
そして私の心臓は握りつぶされたかのように痛みました。
寂しい。悲しい。辛い。悔しい。
そのどれか、もしくは全てなのでしょうか、男性の方はそのような感情が伝わる表情を浮かべながら、涙を流していたのです。

「あ、……ルベ…ルト…様……」

このとき私は自分自身なにを口に出したのかわかっていませんでした。
ですが、私の声を聞き漏らさなかった男性が目を見開き私をみます。

「メアリー、今君は俺の名を…」
「え…?」

戸惑う私でしたが、私の手を布団から優しく外し、男性は両手で包み込むように握りながら頬に添えました。
嬉しそうに笑みを浮かべる男性に私の心はドキドキとなり始めます。

あぁ、私はこの人のことを好きなんだ。

そう素直に感じました。

男性が辛そうな時は私も心が苦しく、男性が嬉しい時は私も嬉しい。
記憶がなくとも、私の体はしっかりと覚えていたのです。

ならばもう否定的な考えはしません。
私は貴方の妻で、貴方のために記憶を取り戻します。
取り戻してみせます。

「……私は、記憶がありません…、ですが貴方の言葉を信じたいと…そう思ってます。私の記憶を戻すために協力してくださいませんか…?」
「ああ。いくらでも協力しよう。俺は君の夫なのだから」

男性はそういってから、私に再び布団をかけ直してくれました。
「まだ熱があるな。もう少し休みなさい」そういって、私の額に唇を落とすと「おやすみ」と微笑んでくれました。

ぽかぽかと心が暖かくなるのを感じ、私は目を閉じました。

目が覚めたら、記憶が戻っていればいいなと。
ちょっと難しいかもしれない願いを心に抱きながら、私の意識は夢の世界へと吸い込まれていきました。









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