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領地編
13 先生を送り出しましょう
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時は流れエリーナが十歳になった時、それは突然訪れた。エリーナとクリスは祖父に書斎に呼ばれ、こう伝えられたのだ。
「ラウルが学術院に進むことになった」と。
机の前で嬉しいような申し訳ないような、複雑な表情をしているラウルに、エリーナとクリスはお祝いの言葉をかける。
「ラウル先生、おめでとうございます」
「先生は博識ですから、当然ですよ」
学術院は学園を卒業した後、官吏や学者になりたいものが通うところだ。入学試験は難しく、家柄の通用しない完全な実力主義の世界だ。ラウルは前々から興味があった歴史学の道に進むらしく、入学準備のため一週間後には屋敷を出ることになった。
「途中で家庭教師を辞めることになってしまい、申し訳ありません」
ラウルはそれが心残りのようだったが、二人はとんでもないと首を横に振る。
「先生には十分教えてもらったわ。心置きなく学術院で学んできて」
「長期休みには遊びに来て、面白い話を聞かせてくださいよ」
「えぇ、もちろんです」
ラウルは肩の力を抜いて微笑んだ。
そして、残りの授業はさらに熱が入ったものになった。エリーナもクリスも疑問を全てぶつけ、知識を吸収していく。
ラウルが屋敷を出る前日は、学術院合格を祝う豪華な夕食となり、思い出話や将来の話に花を咲かせた。エリーナは三年間ラウルと過ごしたことになる。今までなら、三年もあればとっくにゲームはクリアされ、バッドエンドを迎えているころである。
そして、人の活気も静まった夜遅く、三年という月日に感慨深さを感じながらエリーナは庭園で風に吹かれていた。
(こんなに、人の存在を感じたストーリーは初めてだわ)
今までの悪役令嬢にも、それまでの人生がありそれからの人生があった。だが、それは彼女自身が過ごした時間ではなく、シナリオとして書かれているただの設定にすぎなかった。血の通った経験ではない。
だからだろう。ラウルが屋敷を去るのが寂しく思ってしまうのは。
(それでも、遅くても卒業が終わりぐらいかしらね……。社交界に出ないと、ヒロインの見当もつかないわ)
この乙女ゲームが学園ものならば、十中八九卒業がラストシーンとなる。
(でも……ヒロインが庶民の出だったら、入学までお預けね)
まだ入学まで6年もある。気の長いストーリーだ。
先の事を考え少し憂鬱になっていると、足音が近づいてきた。サリーが呼びに来たのかと振り向けば、予想と違い目をパチクリとさせる。
「ラウル先生」
「エリー様……お隣をよろしいですか」
ラウルはこの三年ですっかり大人になった。21ともなれば、茶会や夜会にひっぱりだこになる年頃だ。爵位のないラウルには関係のない世界になってしまったが。
「ええ、かまいませんわ」
ニコリと笑って答え、二人して風に吹かれる。虫の音が風に乗って聞こえ、花の香りが鼻孔をくすぐる。ラウルとは何度も庭園で話をした。その思い出が二人の胸の中に灯っている。
「なんだか、あっという間でした。小さかったエリー様はどんどん成長して、あと数年もすれば立派なレディになられる」
夜の闇に溶けるような静かな声で、ラウルは呟いた。月明かりに照らされるラウルはどこか寂しげで、彼もまた寂しく思ってくれていることに嬉しくなった。
「えぇ、立派な悪役令嬢になってみせますわ」
もはやそれは口癖のようなもので、悪役令嬢ごっこに付き合ってもらうようになってからは、隠すこともしなくなった。子どもの戯言だと流されるのが目に見えている。
そのため毎回苦笑されて、見習うのは諦めない精神ぐらいにしてくださいねと返されるのだが、いつものセリフは来なかった。
「仕方のない人だ」
苦笑いを浮かべエリーナの手を取ったラウルは、その甲にそっと口づけをする。紳士が淑女にするように。
(……え?)
不意打ちを食らい、その上両手で包み込まれてしまう。真剣なまなざしがエリーナを射抜き、その場から動けない。
「エリー様。私は何があっても貴女の味方です。困ったときは、すぐに知らせてください。いつでも馳せ参じますから」
(ひ、ひえぇぇぇ)
エリーナは内心ひどく狼狽えた。顔に出なかったのは悪役令嬢ごっこの賜物である。長い悪役令嬢人生の中でそのような真摯な言葉をもらったことはなく、どのような態度を取ればいいのかわからない。辞書にあるのは悪役語録のみ。だから、ぷいと顔を背けてしまう。
「子ども扱いはやめてくださいな。むしろ、学術院が嫌になったらいつでも帰ってきたらいいわ。うちで面倒みてあげるから」
最後まで高飛車で、傲慢な悪役令嬢として振舞う。それに対し、ラウルは嬉しそうにほほ笑みを返すだけだった。
翌日。ラウルはローゼンディアナ家を後にし、学術院への一歩を踏み出した。
「エリー、寂しい?」
門まで一緒に見送ったクリスが、屋敷に戻る途中で足を止めそう尋ねてきた。
「……別に、会いたかったら会える距離よ」
「案外、すぐに飛んで帰って来るかもね」
そう返しながらクリスは昨晩のことを思い出して、口角を上げた。
昨晩、ラウルはクリスの部屋を訪ね、しっかりと釘を刺して行ったのだ。エリーナを誠心誠意守るようにと。出会った時から、互いに敬意を持ちつつも牽制し合う仲は変わっていない。
「エリー」
クリスの手が頭の上に置かれ、エリーナは訝し気な表情で見上げる。
「ラウル先生の分も、僕が傍にいてあげるからね」
「遠慮しますわ」
クリスの手をペシリと払いのけ、屋敷へと速足で歩く。感傷的な気分が一瞬で台無しになってしまった。その背中を追いかけ、クリスはひどいなぁとくすくす笑っているのだった。
「ラウルが学術院に進むことになった」と。
机の前で嬉しいような申し訳ないような、複雑な表情をしているラウルに、エリーナとクリスはお祝いの言葉をかける。
「ラウル先生、おめでとうございます」
「先生は博識ですから、当然ですよ」
学術院は学園を卒業した後、官吏や学者になりたいものが通うところだ。入学試験は難しく、家柄の通用しない完全な実力主義の世界だ。ラウルは前々から興味があった歴史学の道に進むらしく、入学準備のため一週間後には屋敷を出ることになった。
「途中で家庭教師を辞めることになってしまい、申し訳ありません」
ラウルはそれが心残りのようだったが、二人はとんでもないと首を横に振る。
「先生には十分教えてもらったわ。心置きなく学術院で学んできて」
「長期休みには遊びに来て、面白い話を聞かせてくださいよ」
「えぇ、もちろんです」
ラウルは肩の力を抜いて微笑んだ。
そして、残りの授業はさらに熱が入ったものになった。エリーナもクリスも疑問を全てぶつけ、知識を吸収していく。
ラウルが屋敷を出る前日は、学術院合格を祝う豪華な夕食となり、思い出話や将来の話に花を咲かせた。エリーナは三年間ラウルと過ごしたことになる。今までなら、三年もあればとっくにゲームはクリアされ、バッドエンドを迎えているころである。
そして、人の活気も静まった夜遅く、三年という月日に感慨深さを感じながらエリーナは庭園で風に吹かれていた。
(こんなに、人の存在を感じたストーリーは初めてだわ)
今までの悪役令嬢にも、それまでの人生がありそれからの人生があった。だが、それは彼女自身が過ごした時間ではなく、シナリオとして書かれているただの設定にすぎなかった。血の通った経験ではない。
だからだろう。ラウルが屋敷を去るのが寂しく思ってしまうのは。
(それでも、遅くても卒業が終わりぐらいかしらね……。社交界に出ないと、ヒロインの見当もつかないわ)
この乙女ゲームが学園ものならば、十中八九卒業がラストシーンとなる。
(でも……ヒロインが庶民の出だったら、入学までお預けね)
まだ入学まで6年もある。気の長いストーリーだ。
先の事を考え少し憂鬱になっていると、足音が近づいてきた。サリーが呼びに来たのかと振り向けば、予想と違い目をパチクリとさせる。
「ラウル先生」
「エリー様……お隣をよろしいですか」
ラウルはこの三年ですっかり大人になった。21ともなれば、茶会や夜会にひっぱりだこになる年頃だ。爵位のないラウルには関係のない世界になってしまったが。
「ええ、かまいませんわ」
ニコリと笑って答え、二人して風に吹かれる。虫の音が風に乗って聞こえ、花の香りが鼻孔をくすぐる。ラウルとは何度も庭園で話をした。その思い出が二人の胸の中に灯っている。
「なんだか、あっという間でした。小さかったエリー様はどんどん成長して、あと数年もすれば立派なレディになられる」
夜の闇に溶けるような静かな声で、ラウルは呟いた。月明かりに照らされるラウルはどこか寂しげで、彼もまた寂しく思ってくれていることに嬉しくなった。
「えぇ、立派な悪役令嬢になってみせますわ」
もはやそれは口癖のようなもので、悪役令嬢ごっこに付き合ってもらうようになってからは、隠すこともしなくなった。子どもの戯言だと流されるのが目に見えている。
そのため毎回苦笑されて、見習うのは諦めない精神ぐらいにしてくださいねと返されるのだが、いつものセリフは来なかった。
「仕方のない人だ」
苦笑いを浮かべエリーナの手を取ったラウルは、その甲にそっと口づけをする。紳士が淑女にするように。
(……え?)
不意打ちを食らい、その上両手で包み込まれてしまう。真剣なまなざしがエリーナを射抜き、その場から動けない。
「エリー様。私は何があっても貴女の味方です。困ったときは、すぐに知らせてください。いつでも馳せ参じますから」
(ひ、ひえぇぇぇ)
エリーナは内心ひどく狼狽えた。顔に出なかったのは悪役令嬢ごっこの賜物である。長い悪役令嬢人生の中でそのような真摯な言葉をもらったことはなく、どのような態度を取ればいいのかわからない。辞書にあるのは悪役語録のみ。だから、ぷいと顔を背けてしまう。
「子ども扱いはやめてくださいな。むしろ、学術院が嫌になったらいつでも帰ってきたらいいわ。うちで面倒みてあげるから」
最後まで高飛車で、傲慢な悪役令嬢として振舞う。それに対し、ラウルは嬉しそうにほほ笑みを返すだけだった。
翌日。ラウルはローゼンディアナ家を後にし、学術院への一歩を踏み出した。
「エリー、寂しい?」
門まで一緒に見送ったクリスが、屋敷に戻る途中で足を止めそう尋ねてきた。
「……別に、会いたかったら会える距離よ」
「案外、すぐに飛んで帰って来るかもね」
そう返しながらクリスは昨晩のことを思い出して、口角を上げた。
昨晩、ラウルはクリスの部屋を訪ね、しっかりと釘を刺して行ったのだ。エリーナを誠心誠意守るようにと。出会った時から、互いに敬意を持ちつつも牽制し合う仲は変わっていない。
「エリー」
クリスの手が頭の上に置かれ、エリーナは訝し気な表情で見上げる。
「ラウル先生の分も、僕が傍にいてあげるからね」
「遠慮しますわ」
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