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領地編
幕間 お嬢様について語りましょう
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太陽がまだ昇っていない時間から、私の仕事は始まります。お嬢様の真新しい制服にアイロンを当て、目覚めのハーブティーの準備をしておきます。昨日は遅くまで起きておられたようで、今日の入学式を楽しみにされていたのでしょうか。私もつい微笑ましく思ってしまいます。そして、準備が終わったころには、お嬢様が起きる時間の三十分前。お嬢様の部屋の向かいにある控室で、少し休憩。時間がありますから、お嬢様について語らせていただきましょうか。
申し遅れましたが、私はサリー・ネリスです。母が古くからローゼンディアナ家で働いており、生まれた時からこの家で住まわせていただいております。そのため自然とお仕えするようになりましたが、今はその幸運を噛みしめております。
初めてエリーナ様のお顔を拝見したのは十歳の時です。城仕えをされていた長女であるセレナ様がお戻りになり、ご出産されたのです。屋敷に元気な赤ん坊の声が響き、その一週間後に母に連れられて見せてもらいました。
あれほど可愛らしい赤ん坊がこの世にいるでしょうか。セレナ様ゆずりのプラチナブロンドに、ぱちくりとした目はアメジストのよう。この腕に抱かせてもらった時は感動に震えました。
「エリーナをよろしくね」
そうセレナ様はおっしゃいました。私にはもったいないお言葉をもらい、お嬢様付きとして一生を捧げると誓ったのです。
お嬢様はすくすくと成長され、舌足らずの喋り方で「シャリー」と私の名を呼んでくださったときには、可愛さで胸を撃ち抜かれて死ぬかと思いました。あの頃の鈴のようなお声はまだ私の耳の奥に残っています。
「ねぇねぇ、おにわにいこ?」
「ごほん、よんで?」
お嬢様は甘え上手で、セレナ様とお庭で遊んだり、ご当主様のお膝で本を読んでもらったりされていました。誰もがその光景を微笑ましく見守っていたものです。
ですが、お嬢様が5歳の時、セレナ様が亡くなってからは目に見えて落ち込まれ、お部屋で過ごされることが多くなりました。ご当主様もたいそう心を痛められていたのですが、お嬢様を外に連れ出したくはないようで私がずっと一緒に遊んでおりました。やはり父がわからない子ということで、陰口を叩く貴族もいるらしく奥様が亡くなったため風当たりが強くなるとお考えになっていたようです。
そのお嬢様が急に大人っぽくなられたのが七歳の頃でした。
「手伝ってくれてありがとう」と、小さなことにもお礼をおっしゃるようになりました。
朝も早く起きるようになり、ラウル様がいらしたからか積極的に知識を吸収し人と関わられるようになりました。塞ぎがちだったお嬢様が昔と同じ天真爛漫な笑顔を見せられるようになり、使用人一同ラウル様に感謝を述べたほどです。
そしていつの間にかロマンス小説に興味を持たれ、愛読されるようになっていました。あまり使われていない図書室だったため、部屋に置ける場所がないから個人的に買っていたロマンス小説を置いていたのですが……まずかったでしょうか。大人向けのものはありませんし、内容もそれほど過激ではないはずです。えぇ、すてきな小説に罪はありません。
どう見てもヒロインの可愛さをしたお嬢様が悪役令嬢に憧れて、ごっこ遊びをされ始めましたが、小説に罪はありません。それを置いていた私にも。私もノリノリでヒロイン役を演じてしまいましたが、後悔はしておりません。お嬢様の願いを叶えるのが私の役目でございますから。
「あなたのような女が!」
と可愛らしい顔を一生懸命怖く見せ、愛らしい声で強そうな言葉を叫ばれるのでにやけないように必死に我慢しておりました。お嬢様は一切妥協を許さないお方なのです。
そうそうご当主様が養子をお迎えになるとおっしゃったときには、お嬢様が邪険に扱われないかヒヤヒヤしたものです。クリス様を試そうと少々意地悪をしてしまったこともありますが、
「エリーのためにやっていると分かっているから許すけど、これをエリーにした瞬間に地獄に落とすから」
と真顔で宣告され、冷や汗が流れました。お嬢様への愛情が本物だと確信した瞬間です。お嬢様を守り癒され崇めるものとして、同族には敏感ですから。その溺愛っぷりは感嘆が漏れるほどです。いまだに思い出したかのように出会ったころの意地悪をなじられますが、お嬢様を守るためなので悪いなど思っておりません。
そのクリス様はご当主様がお亡くなりなると当主代行となり、お嬢様の後見人となられました。この頃には誰もクリス様が地位目的で養子に入ったなど言いません。それに見合う実績とお嬢様への愛情がございますから。クリス様は使用人一同を集めおっしゃいました。
「エリーが幸せになれるように行動してほしい」と。
今も昔もローゼンディアナ家はエリーナ様を中心に回っております。エリーナ様の幸せが、全員の幸せです。ですから、ロマンス小説を全部持って行きたいと苦心されるお嬢様を手伝って、ドレスや雑貨の隙間や私の荷物に詰め込んで新居に運び入れました。クリス様がひきつった笑みを浮かべておられましたが、全力で知らぬふりを決め込みました。
そしていよいよ今日から学園での生活が始まります。できるなら付いていって、草の陰から学園でのお嬢様の様子を見ていたいものです。
あ、そろそろお嬢様を起こす時間になりましたね。お嬢様の寝顔を見られるのも、侍女の特権です。クリス様だって見ることはできないのですから。お嬢様付きとして、少しくらい早めに入ってその美貌を鑑賞してもいいですよね。
軽くノックしてから静かに入ります。起こさないためではありませんよ? カーテンを開けて朝の光を入れ、最上の笑顔で声をかけるのです。お嬢様が一日の始めに見られるのは気持ちの良いものでなくてはなりません。
「お嬢様。おはようございます」
「……おはよう」
お嬢様はしばらく布団の中でもごもごと動いてから、体を起こされました。かわいいと叫びたくなりますが、お嬢様をびっくりさせてしまうので我慢です。ハーブティーを淹れ、ゆっくりと飲みながら目覚めていただきます。
その後、お着替えを済まされたお嬢様の髪を結うのが私の仕事です。軽く化粧もいたします。今日は入学式、自然と気合が入ります。世のご令嬢と男たちに私たちの可愛いお嬢様を見せつけるという使命がございますので。クリス様と練りに練った髪型に仕上げていきます。
「いかがですか」
渾身の出来と大満足の髪型を鏡に映して御覧に入れれば、アメジスト色の目がすっと細められました。
「……悪役令嬢みたいな縦巻きロールって言わなかった?」
「あら、そうでした?」
お嬢様は昨日、ご丁寧に挿絵付きのロマンス小説を持ってきて、この髪型がいいとドリルのような縦巻きロールの悪役令嬢を指さされましたが、丁重にお断りいたしました。美しいゆるふわのプラチナブロンドの髪は、左右を編みこんで後は自然と流しておくのが芸術というもの。この髪に熱を入れて縦巻きロールにするなど……神への冒涜です。
「さぁ、朝食を召し上がってくださいな」
「もう……」
何を言っても無駄と理解されているようで、少しご不満そうですが文句を言う事もなく部屋を後にされました。今日から学園という場所で初めて多くの同年代の方々とお過ごしになります。可愛いお嬢様が意地悪なご令嬢に苛められないか、男たちに言い寄られないか心配でなりません。やはり、そっと付いていくべきでしょうか。
いえ、心配過ぎて暴走しそうなクリス様の側にいるべきですね。
私はそう決心して、朝食の給仕を手伝うべく厨房に向かいます。制服姿のお嬢様も可愛いとにやける顔を元に戻しながら……。
申し遅れましたが、私はサリー・ネリスです。母が古くからローゼンディアナ家で働いており、生まれた時からこの家で住まわせていただいております。そのため自然とお仕えするようになりましたが、今はその幸運を噛みしめております。
初めてエリーナ様のお顔を拝見したのは十歳の時です。城仕えをされていた長女であるセレナ様がお戻りになり、ご出産されたのです。屋敷に元気な赤ん坊の声が響き、その一週間後に母に連れられて見せてもらいました。
あれほど可愛らしい赤ん坊がこの世にいるでしょうか。セレナ様ゆずりのプラチナブロンドに、ぱちくりとした目はアメジストのよう。この腕に抱かせてもらった時は感動に震えました。
「エリーナをよろしくね」
そうセレナ様はおっしゃいました。私にはもったいないお言葉をもらい、お嬢様付きとして一生を捧げると誓ったのです。
お嬢様はすくすくと成長され、舌足らずの喋り方で「シャリー」と私の名を呼んでくださったときには、可愛さで胸を撃ち抜かれて死ぬかと思いました。あの頃の鈴のようなお声はまだ私の耳の奥に残っています。
「ねぇねぇ、おにわにいこ?」
「ごほん、よんで?」
お嬢様は甘え上手で、セレナ様とお庭で遊んだり、ご当主様のお膝で本を読んでもらったりされていました。誰もがその光景を微笑ましく見守っていたものです。
ですが、お嬢様が5歳の時、セレナ様が亡くなってからは目に見えて落ち込まれ、お部屋で過ごされることが多くなりました。ご当主様もたいそう心を痛められていたのですが、お嬢様を外に連れ出したくはないようで私がずっと一緒に遊んでおりました。やはり父がわからない子ということで、陰口を叩く貴族もいるらしく奥様が亡くなったため風当たりが強くなるとお考えになっていたようです。
そのお嬢様が急に大人っぽくなられたのが七歳の頃でした。
「手伝ってくれてありがとう」と、小さなことにもお礼をおっしゃるようになりました。
朝も早く起きるようになり、ラウル様がいらしたからか積極的に知識を吸収し人と関わられるようになりました。塞ぎがちだったお嬢様が昔と同じ天真爛漫な笑顔を見せられるようになり、使用人一同ラウル様に感謝を述べたほどです。
そしていつの間にかロマンス小説に興味を持たれ、愛読されるようになっていました。あまり使われていない図書室だったため、部屋に置ける場所がないから個人的に買っていたロマンス小説を置いていたのですが……まずかったでしょうか。大人向けのものはありませんし、内容もそれほど過激ではないはずです。えぇ、すてきな小説に罪はありません。
どう見てもヒロインの可愛さをしたお嬢様が悪役令嬢に憧れて、ごっこ遊びをされ始めましたが、小説に罪はありません。それを置いていた私にも。私もノリノリでヒロイン役を演じてしまいましたが、後悔はしておりません。お嬢様の願いを叶えるのが私の役目でございますから。
「あなたのような女が!」
と可愛らしい顔を一生懸命怖く見せ、愛らしい声で強そうな言葉を叫ばれるのでにやけないように必死に我慢しておりました。お嬢様は一切妥協を許さないお方なのです。
そうそうご当主様が養子をお迎えになるとおっしゃったときには、お嬢様が邪険に扱われないかヒヤヒヤしたものです。クリス様を試そうと少々意地悪をしてしまったこともありますが、
「エリーのためにやっていると分かっているから許すけど、これをエリーにした瞬間に地獄に落とすから」
と真顔で宣告され、冷や汗が流れました。お嬢様への愛情が本物だと確信した瞬間です。お嬢様を守り癒され崇めるものとして、同族には敏感ですから。その溺愛っぷりは感嘆が漏れるほどです。いまだに思い出したかのように出会ったころの意地悪をなじられますが、お嬢様を守るためなので悪いなど思っておりません。
そのクリス様はご当主様がお亡くなりなると当主代行となり、お嬢様の後見人となられました。この頃には誰もクリス様が地位目的で養子に入ったなど言いません。それに見合う実績とお嬢様への愛情がございますから。クリス様は使用人一同を集めおっしゃいました。
「エリーが幸せになれるように行動してほしい」と。
今も昔もローゼンディアナ家はエリーナ様を中心に回っております。エリーナ様の幸せが、全員の幸せです。ですから、ロマンス小説を全部持って行きたいと苦心されるお嬢様を手伝って、ドレスや雑貨の隙間や私の荷物に詰め込んで新居に運び入れました。クリス様がひきつった笑みを浮かべておられましたが、全力で知らぬふりを決め込みました。
そしていよいよ今日から学園での生活が始まります。できるなら付いていって、草の陰から学園でのお嬢様の様子を見ていたいものです。
あ、そろそろお嬢様を起こす時間になりましたね。お嬢様の寝顔を見られるのも、侍女の特権です。クリス様だって見ることはできないのですから。お嬢様付きとして、少しくらい早めに入ってその美貌を鑑賞してもいいですよね。
軽くノックしてから静かに入ります。起こさないためではありませんよ? カーテンを開けて朝の光を入れ、最上の笑顔で声をかけるのです。お嬢様が一日の始めに見られるのは気持ちの良いものでなくてはなりません。
「お嬢様。おはようございます」
「……おはよう」
お嬢様はしばらく布団の中でもごもごと動いてから、体を起こされました。かわいいと叫びたくなりますが、お嬢様をびっくりさせてしまうので我慢です。ハーブティーを淹れ、ゆっくりと飲みながら目覚めていただきます。
その後、お着替えを済まされたお嬢様の髪を結うのが私の仕事です。軽く化粧もいたします。今日は入学式、自然と気合が入ります。世のご令嬢と男たちに私たちの可愛いお嬢様を見せつけるという使命がございますので。クリス様と練りに練った髪型に仕上げていきます。
「いかがですか」
渾身の出来と大満足の髪型を鏡に映して御覧に入れれば、アメジスト色の目がすっと細められました。
「……悪役令嬢みたいな縦巻きロールって言わなかった?」
「あら、そうでした?」
お嬢様は昨日、ご丁寧に挿絵付きのロマンス小説を持ってきて、この髪型がいいとドリルのような縦巻きロールの悪役令嬢を指さされましたが、丁重にお断りいたしました。美しいゆるふわのプラチナブロンドの髪は、左右を編みこんで後は自然と流しておくのが芸術というもの。この髪に熱を入れて縦巻きロールにするなど……神への冒涜です。
「さぁ、朝食を召し上がってくださいな」
「もう……」
何を言っても無駄と理解されているようで、少しご不満そうですが文句を言う事もなく部屋を後にされました。今日から学園という場所で初めて多くの同年代の方々とお過ごしになります。可愛いお嬢様が意地悪なご令嬢に苛められないか、男たちに言い寄られないか心配でなりません。やはり、そっと付いていくべきでしょうか。
いえ、心配過ぎて暴走しそうなクリス様の側にいるべきですね。
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