悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 16歳

57 強制イベントに幕を引きましょう

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 事件が起こった三日後。エリーナはベロニカから茶会の招待を受け、オランドール公爵家を訪れていた。ジークの求めに応じたものであり、事件について話したいことがあるらしい。

 公爵家の侍女に案内されサロンに入ると、すでにジークとベロニカがソファーに座ってお茶を飲んでいた。二人が一緒にいるところを見ることは少ないが、見た目だけでいえばお似合いだとエリーナは思う。文句のない美男美女。どれほど部屋の空気が殺伐としていても……。

「殿下、ベロニカ様。本日はお招きいただきありがとうございます」

 ドレスをつまんで礼をしてから、ベロニカに促されて隣に座る。ジークの舌打ちが聞こえたが、聞こえなかったことにする。

「エリーナ。まだ外に出るのも辛いでしょうけど、この馬鹿がどうしてもと言うから……」

 ベロニカは本当に申し訳ないという顔を作り、エリーナの手に自身の手を添えた。その様子に、ジークはうぐぐと悔しそうに低く呻いて恨みがましい目を向けている。

(ベロニカ様……殿下に圧力をかけているわ)

 お前のせいでエリーナは苦しみ、さらにここまで来させているのだと見せつけている。それを理解したエリーナは、迷うことなくベロニカに加担する。

「ベロニカ様……まだあの時の恐怖が消えなくて、夜も眠れませんの。今日も馬車に乗りながら人の姿を見るたびにあの時のことが頭によぎって……わたくし」

 声を震わせ、辛くてしかたがないと言わんばかりに顔を伏せる。半分はジークに顔を見られないためだ。ベロニカを見ていたら顔がにやけそうになっていた。ベロニカと演技できるのが楽しくて。

「あぁ可哀想に。ジーク殿下のせいで5回も攫われたわたくしはともかく、エリーナは初めて……どれほど恐ろしかったでしょう!」

 ベロニカはぎゅっとエリーナを抱き寄せ、よしよしと背中を撫でる。その体が小刻みに震えているのは、笑うのを我慢しているからだ。

「いえ、殿下のせいで5回も攫われているベロニカ様がいらっしゃったから、わたくしは助かったのです!」

 殿下のせいを強調し、エリーナは涙声で訴える。そしてチラリとジークを見ると、彼は頭を抱えてうなだれていた。ダブル悪役令嬢とまではいけなかったが、いい連携プレイと言えるだろう。

「ベロニカ……俺が悪かったのは分かってるから。エリーナをそっちに引き込まないでくれ」

 十分追い込めたようなので、二人はそっと体を離してジークに向き直る。そしてエリーナはニコリと笑って、

「殿下、わたくしは最初からこちら側ですわ」

 とベロニカに倣って止めを刺すのだった。

 すでに満身創痍のジークは重いため息をつくと、身を正して二人に視線を向けた。真面目な雰囲気に変わったので、二人もからかうのを止めて表情を改める。

「ベロニカ、エリーナ。今回は俺の浅慮から危険な目に遭わせてしまい、申し訳なかった」

 そう謝罪の意を口にして、軽く頭を下げる。王族が頭を下げるなどあってはならないため、エリーナは目を見開いてベロニカに助けを求める。戸惑うエリーナに対してベロニカは鼻で笑い、口角を上げた。

「殿下、その言葉はもう聞き飽きましたわ。けどまぁ、今回はご自身で首謀者を捕縛されたそうで、そこは褒めてさしあげますわ。それに殿下が無事で何よりです」

「ベロニカ……怒りたいなら怒ってくれ。その顔が一番怖い」

 怒りが滲み出る笑顔。それを向けられる度に、ジークは生きた心地がしなかった。

「あの、殿下……わたくしは大丈夫ですので。お気になさらないでください」

「エリーナ……やっぱりお前は優しいな。誰かと違って」

 その誰かとジークは目を合わせ、火花を飛ばし合っている。

(もう少し長く反省されたらいいのに……)

 急に結婚を申し込んだ時もそうだが、ジークは反省しても立ち直りが早すぎる。打たれ弱いくせに……。


 そしてジークが咳ばらいをし、改めて事件について説明されることとなった。ジークは順を追って話し、ベロニカは頷きながら聞いている。彼女が集めた情報とも合致するのだろう。

「つまり、元公爵家の生き残りとクーデターの実行部隊の生き残りが、再び王家を倒そうとジーク殿下を狙ったということですね」

「あぁ……だが、交渉を有利に進めるために婚約者であるベロニカと……俺が親しくしているエリーナに標的を移したらしい」

 少し言い淀んだのは、自分のせいでエリーナを巻き込んだ後ろめたさからだ。

「わたくしはともかく、エリーナの情報を向こうが知っていたのは誤算ね。脇が甘すぎるわよ」

「あぁ……反省している」

「まぁ、今後の行動で見せてもらいましょう。それで? 元公爵家は何でまた王家を狙ったの? 自分が王になれるとも限らないのに」

 仮にもう一度クーデターを起こし、王位を空にしてもその後ろには二大公爵家が待ち構えている。王宮の全兵力を投入して討伐にあたることは容易に想像ができるのだ。

「それが……はっきりしないんだ。俺は取り調べに関わっていないから、捕縛した時の情報しかないんだが、別の目的をもった集団がいるようだった」

 ジークは討ち入った時のことを思い出しているのか、表情が翳っている。あまり気分のいいものではなかったらしい。

「一つは、現王に恨みを抱いている集団。もう一つは、反現王派と呼ばれる集団だ」

 反現王派は現王の血筋を不服とし、正統な王位の継承を望む過激な集団だとクリスから聞いた。前王派は前王を懐古しつつも現王については認めており、両者には明確な違いがある。

「ばっかねぇ。前王の血筋を引く人なんてもういないのに……」

「だが、他国に嫁いだ直系を辿れば話は別だ」

 それは遠い親戚となり、そうなると現王との違いがわからなくなる。

「それは、結局陛下と同じなのではないのですか?」

「反現王派は、現王の血筋は分家になりほとんどが臣籍降下されていることを問題視しているのよ」

 政治に疎いエリーナは首を傾げる。それと同時に、昔ラウルの授業で聞いた言葉を思い出した。

「国を治めるのに血筋は有効ですけど、王であるのに必要なのは血筋ではなく気構えと実績だと思いますわ」

 王家の正統性を高めるには血筋を限定する必要があるが、王であるのに必ずしも必要ではない。
 どういうことだと眉間に皺を寄せるジークに対し、ベロニカはしたり顔で頷いた。

「ラウル先生のお言葉ね。授業で反現王派に対する一つの意見としておっしゃってたわ。王を王たらしめるのは、血筋ではなくその気概と生き様……歴史であると。その気高く崇高な生き方と実績が後世に認められてこそ、真の王になるのだと」

 政治家ではなく歴史家だからこそ言える言葉だ。歴史上では王として君臨した人物でも暴君や悪政を敷いたものは真の王とは評価されないからだ。

「王に必要なのは、気高く崇高な生き方と実績」

 ジークは噛みしめるように復唱した。

「……一度、ラウル先生に会ってみるか」

 その言葉に興味を惹かれたのか、そう呟いた。ジークは歴史の授業を取っていないらしい。

「ぜひ会ってみてください。とてもいい先生ですわ」

「あぁ。エリーナの家庭教師をしていたんだったな」

 ぼそりと「敵情視察も兼ねるか」と聞こえたが、全力で聞き流した。危険な目に遭ったばかりであり、これ以上関わりたくない。

 そしてここでジークはまだ後処理が残っているからと、王宮に帰っていった。エリーナとベロニカは、気分を変えましょうとおいしいスイーツを食べながら、この間買った新作を読みふけった。たまには語るのではなく、同じ空間でそれぞれの世界に浸るのもいい。


 一方のジークは帰りの馬車に揺られながら、「気高く崇高な生き方と実績」と心に刻み込むようにもう一度口にした。そして苦々しく顔を歪める。脳裏には元公爵家の生き残りを捕縛した時の惨状が蘇り、彼らの声が耳に残って不協和音を奏でている。

 あの日、王直属部隊を率いて制圧に乗り出したジークが目にしたのは、問答無用で粛清される様だった。捕縛もされず、その場で処刑されていく。なぜ捕え尋問しないのか部隊長に問えば、陛下のご命令とだけ返って来た。元公爵家の一員がジークを目にするとみるみるうちに怒りと憎しみに駆られ、斬りかかって来た。それを受けることなく、彼らは兵士たちに斬り捨てられた。

「裏切り者!」

 彼らは口々にそう叫んだ。さらに何かを訴えようとするが、その前に命が尽きる。あの場は、一言の弁明も許さぬ処刑場だった。

「気高く崇高な生き方と実績……俺は、父上はできているのか?」

 その言葉は一人揺られる馬車の中で、虚しく響いた。
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