悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは

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学園編 18歳

112 劇場裏の話をいたします

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 エリーナがベロニカとリズにからかわれていた頃、ネフィリアは王宮の一室でシルヴィオとお茶をしていた。暖炉の薪から火の粉が舞い、お茶が体を温める。お茶もお菓子も西の国のものであり、ネフィリアは慣れ親しんだ味を堪能していた。
 その向かいではシルヴィオがいつもと変わらぬ美しい笑顔を浮かべている。昨夜依頼達成の報が届いたので、さっそく呼び出したのだ。

「殿下、こちらでの暮らしはどうですか?」

 シルヴィオがラルフレア王国に留学したため、二人は一年ぶりに顔を合わせていた。西の国にいた時は、年が近いこともあり夜会や茶会でよく話をしていたのだ。二人の間には慣れ親しんだ空気が流れている。

「おかげさまで楽しんでいるよ。風景もいいし、おもしろい人たちも多いしね。描く題材には困らない」

「両陛下からも、殿下をよろしくと仰せつかりました」

「ついでにお土産リストを持たせて?」

 シルヴィオは先ほど受け取った巻紙に目をやって、苦笑する。直接送ればいいのに、わざわざネフィリアに持ってこさせたのだ。シルヴィオだけに任せると、芸術家の琴線に触れたものしか買ってこないためである。
 ネフィリアは口元に手を当てて、小さく笑う。所作は優美で非の打ちどころのない淑女だ。

「帰国までの間、買い物で忙しくなりますね」

「帰ったら夜会漬けだろう? 嫌になるよ」

「早くものにすればよろしかったのに、敵に塩を送るようなことをされるから……あの子のこと、気に入ってたのでしょう?」

 あの子とは言わずもがなエリーナのことだ。シルヴィオは香りの高いお茶をすすってから、悠然と微笑む。まさに天使のような微笑みで、これまで数多くの女性を落としてきたがネフィリアは動じない。

「まぁね。でも、僕が気に入った子はいつもなびいてくれないからさぁ……」

「それは、殿下のお顔とお心の問題ですね」

 王子相手でも容赦のないネフィリアに、シルヴィオは「耳が痛いなぁ」と怒る様子もなく苦笑した。

「それで? 依頼は達成したと書いてあったけど、本当? あのエリーナに恋心を自覚させられたの?」

「はい。本人の口からクリスさんのことが好きと出ましたし、間違いないかと」

「へぇ……さすがネフィリア。その手腕はさすがだね」

 ネフィリアはうふふと控えめに微笑むが、その表情は当然だと主張していた。ネフィリアは男性に媚びず対等に渡り合おうとすることから、反感も持たれやすかったがシルヴィオは好みだった。ゆえに西の国にいた時もなんどかデートをしたが、シルヴィオに靡かなかった女性の一人である。なんでも王子という立場は惹かれるが、シルヴィオ自身が政治に深い関心を持たないので条件に合わないらしい。

「今回は嫌な役回りをさせてごめんね。今後の婚約者探しに影響はない?」

「大丈夫です。色々と有力な情報を入手しましたし、面白いものを見ることもできましたから」

 そう言って笑うネフィリアは強かで、転んでもただじゃ起きない。すでに次へ向けて動き出していた。

「でも、ずいぶんと殿下はクリスさんに肩入れをなさるんですね」

「まぁね。面白いから、ちょっとお節介を焼きたくなったんだよ」

 そう意地悪な笑みを浮かべているシルヴィオは愉快犯だ。じれったい場をかき乱すのが好きという困った性格であり、それを知っているネフィリアは呆れ顔で溜息をついた。しかもそれがいい結果につながるのだから憎めない。
 そこでふいにネフィリアは表情を引き締めて、気づかわし気な視線をシルヴィオに向けた。雰囲気が真面目なものに変わり、場が引き締まる。

「殿下は、クリスさんに第三王子の影を重ねていらっしゃるのですか?」

 直球で尋ねてきたネフィリアに、シルヴィオは寂し気に眉尻を下げて憂いを帯びた表情になった。その憂い顔すら王宮の絵師が頭を下げてでも描きたくなる美しさだ。

「わかったの?」

「……はい。私は第三王子に拝謁したことはございませんが、王宮で拝見した姿絵に似ておられたので……第三王子殿下は、今も?」

 常にハキハキと物を言うネフィリアにしては珍しく、遠慮がちに問いかける。それは、西の国で第三王子の話をするのは一種のタブーだったからだ。皆第三王子に敬意を払い親愛を寄せていながらも、なぜが話題にするのを避けていた。

「領地に引きこもって出てこないよ……まぁ、出て来られないんだけどね」

 対外的には王位継承権を放棄し、領地経営に専念していることになっているが、上流貴族たちはその裏の情報を知っていた。

「ご病気が重いんですね……」

「……うん」

 シルヴィオは辛そうに口元に手を当て、視線を落とした。一部の信頼できる貴族には、第三王子は重い病気で療養をしていると伝えてある。さすがに経営に専念すると言っても、国の主要な会議やパーティーに出席できないのでは怪しまれるからだ。

「つい、あいつが元気だったらあんな感じかなって、重ねてしまうんだよ」

「そうなんですね」

「だから、クリスには幸せになってほしくてね。西の国の血を引く人が、この国で頑張ってくれているのは嬉しいからさ。もちろん、君も」

 辛そうに眉を顰めていたシルヴィオはネフィリアに視線を向けてふわりと笑った。それは民を慈しむ王族の顔で、ネフィリアも表情を柔らかくする。そしてがらりと口調を明るいものに変えて、シルヴィオは意地悪そうに口角を上げた。

「さて、これからどうなるのかな。特等席から観劇しようじゃないか」

「本当に、殿下は人が悪い」

「あれ、いつ僕がいい人だって思ったの?」

 二人はくすくすと笑い、話は西の国のことへと移っていった。エリーナとクリスが知ることのない、劇場の裏方の話である。

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