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学園編 18歳

111 この想いを口に出しましょう

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 無事ネフィリアを追い払った翌日。エリーナはベロニカとリズにサロンへと連行されていた。なんでも昨日の詳細と朝から緩んでいる顔について説明する義務があるそうだ。いつも通りリズがお茶を淹れ、エリーナの隣に座ったところでベロニカがエリーナに視線を向けた。
 そのエリーナは先ほどからソワソワと落ち着きがなく、気恥ずかしそうに視線が泳いでいた。怪しい事この上ない。

「それで? 昨日はどうやってあのネフィリア様を諦めさせたの?」

 ベロニカは紅茶をすすり、面白そうに口角を上げた。こんな楽しい話を逃がさすわけがないと目が語っている。

「えっと……説得してですね」

「どうやって?」

「クリスは忙しいし、結婚する気なんてないとお伝えして……」

 歯切れが悪いのは、言いたくないことがあるからだ。それに感づいているベロニカとリズの視線が痛い。

「あのネフィリア様がそんなことで引くとは思えないわ」

「エリーナ様ぁ。吐き出してすっきりしちゃいましょうよ」

 リズもノリノリでエリーナの頬をつついてくる。リズは先ほどからにやけが止まっていない。何を感づいているのかとヒヤヒヤする。

(何で責められているの? 悪い事なんてしてないのに!)

 エリーナからすればなぜこうなっているのかが分からない。気づいていないのだ。責められていても、口元が緩んでいることに。

「普通に話しただけですってば、何もありませんよ」

 だが一向に口を割らないエリーナに、ベロニカは最終手段とカバンから一冊の本を取り出してテーブルの上に置いた。

「これ、とある伝手で入手した来月出版の人気作家の続刊よ……わかるでしょう?」

 その表紙を見ただけで、エリーナは目を飛び出さんばかりに見開く。

「これは、前回非常に気になる展開で終わってた!」

「えぇぇ、続刊が一足早く手に入ったんですか!」

 エリーナだけでなくリズも目を丸くして声を上げた。二人の目は読みたいと如実に欲望を映し出している。ベロニカは策士の笑みを浮かべ、その本の上に手を置いた。

「エリーナ。洗いざらい話すなら、読ませてあげてもいいわよ」

 うっと額に手をあてて葛藤するエリーナ。隣でリズが「私は、私は」とうるさい。それをベロニカは目で黙らせた。

「あの話の、続きが今読める……」

 気になる。五人の男の人にプロポーズをされたヒロインが誰を選び、そして悪役令嬢がどんな邪魔をするのかが、非常に気になる。
 エリーナは額から手を離し、そっと本の上に重ねてベロニカを正面から見返した。

「お話いたします」

 ロマンス令嬢エリーナ。小説の誘惑の前に完敗である。

 そして気持ちを切り替え、紅茶を飲んで喉を潤したエリーナは、腹を括って話し出したのだった。

「その、昨日はネフィリア様に私の気持ちをお伝えしたんです……」

 二人は黙って目で続きを促す。その視線が気恥ずかしくなってきて、エリーナの頬は紅くなってきた。

「えっと、その……最近気づいたんですけど。私、クリスのことが好きみたいで……」

 恥ずかしくて二人の顔が見れず、エリーナは伏し目がちに自分の思いを口にした。口にするだけでどんどん顔が熱を帯びるのがわかる。だが意を決して告白したのに二人から反応が返ってこない。
 エリーナは不安に思ってそっと視線を上げると、呆れ顔が目に入った。

「あぁ……やっと気づいたのね。恋愛レベル若鶏くらいになったじゃない」

「おいしく食べられるまでもうちょっとですね」

 二人はやれやれと紅茶を飲んでいるが、頬が緩んでおり喜んでいるのが丸わかりだ。

「え……なんで分かってたんですか」

「その締まりのない顔を見てていたら分かるわよ。かと思えば思いつめたような深刻な顔になるし」

「初心《うぶ》ですね~。キラキラしていて眩しいです」

 気持ちが筒抜けだったことに釈然としないエリーナは、むっと唇を尖らせる。せっかく恥ずかしい思いをして口にしたのだから、驚いてほしかった。

「まぁ、何にせよやっとここまで来られたのだから、褒めてあげるわ。それで? クリスさんに告白するの?」

「へ、こ、告白!?」

 さらりとベロニカが口にした言葉に、エリーナの声は裏返る。その慌てふためいた様子に、リズが噴き出した。ケラケラと笑っているリズの横腹を、エリーナは突く。

「ひゃぁっ!」

 くすぐったいとリズは飛び跳ね、さらに笑い転げた。追撃の構えをエリーナが見せたところで、ベロニカに扇子で軽く頭を叩かれる。

「真面目な話よ。クリスさんと恋人になりたいのでしょう?」

「こ、恋人……」

 それはロマンス小説や乙女ゲームのクライマックスだ。エリーナはゆでだこのように真っ赤になり、これ以上は考えられないと両手で顔を覆う。それを見たベロニカは眉間の皺を揉んで溜息をつく。

「好きは理解しても、次の段階はまだ考えていなかったのね」

「前途多難ですねー。恋愛成分多めのロマンス小説で集中授業を開きますか?」

「……あれだけ読んでもダメなんだから、実践しかないでしょう」

 二人は好き勝手話しており、恥ずかしさの限界が来たエリーナは本を掴んでバッと立ち上がった。

「ちゃんと話しましたから、小説は借りていきますよ!」

 これ以上いたら何を訊かれるかわからないと、さっさと逃亡を図るエリーナ。

「どうぞ。甘々な展開だから、しっかり勉強しなさい」

 すでに読んでいたベロニカが、そうからかう笑みを浮かべた。

「わ、私は今のままで十分なんです!」

 と捨て台詞を吐いて、エリーナはサロンから出て行った。それを見送った二人は、顔を合わせてくすくすと笑い合う。半分ぐらいからかってしまったが、純粋にエリーナが恋に目覚めたのは嬉しかった。幸せになってほしいと願う。
 そしてリズが淹れなおした紅茶をすすったベロニカは愉快そうに口角を上げて、前置きもなく話し出した。

「クリスさんのこと、言わなかったのね」

 二人はクリスがエリーナに家族以上の想いを抱いていることもお見通しである。恋愛事はいつだって当事者よりも周りのほうがよく見えるものだ。
 リズは紅茶を飲んでから、片目を瞑って答えた。

「最高のロマンスストーリーが目の前で繰り広げられているんですよ? シナリオに口を出すなんて無粋です」

 その返答にベロニカは軽やかに笑い、「そうね」と頷いた。

「わたくしたちは読者として見守りましょうか」

「じれったいですねー」

「それがいいのよ」

 二人は親友の恋が上手くいくことを願いながら、幸せな想いに浸るのだった。
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