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【5】思うところ① *クライブ視点
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オールブライト領にやってきて、ようやく落ち着いた時間を過ごせている。
ブリジットも美しい別邸での暮らしを気に入ってくれているようだ。
この領地はかなり寒く、足の悪いブリジットが暖かく過ごせるようにやるべきことがまだまだある。
投獄された次兄マーヴィンとの婚約が白紙になったブリジットと結婚することができるかもしれない、そんな微かな希望を抱いていたが、長兄からは自分の婚約者のフォスティーヌ・バーネット侯爵令嬢とそのまま結婚するように言われてしまった。
バーネット侯爵家は、その家格が古く名門と呼ばれている。
おそらく私とフォスティーヌを結婚させることで、新しく国王となった長兄が得られるものがあるのだ。
ブリジットは学園時代のフォスティーヌの噂を聞いたことがあると言っていた。
なんでも排他的で冷たいという。
フォスティーヌの目の前で転んだ女生徒に、手を貸すのは自分の役目ではないと言ったのをブリジットは誰かから聞いたというのだ。
フォスティーヌのそうした噂が真実かは分からないが、冷たい人間であると感じたことはあった。
長兄に言われ渋々挙げた式の最中もその後も、フォスティーヌは微笑すら私に見せなかった。
愛情を向けられても迷惑だが、笑顔さえ向けないとはどれだけ冷たい人間なのだろうと思ったのだ。
それならば私がフォスティーヌの扱いに心を痛める必要もない。
次兄マーヴィンと三男の私は、悪行三昧の末に暗殺された側室を同じ母に持つ。
私まで投獄されなかったのは、王妃殿下の実子である長兄の温情に他ならない。
その長兄に、婚約者と結婚し新たに辺境伯として賜った領地に共に移り住むことを命じられた。
ブリジットは次兄マーヴィンの子飼いの者から狙われている恐れがあるという。
王都から離れた場所に隔離をすることにしたといい、しっかり監視をするようにと自分がそれを命じられた。
ブリジットが伯爵邸の捜索の時に、大怪我をして歩けなくなったことと関係があるのだろうか。
考え事をしていたら、アーサーの来室を執事に告げられた。
「旦那様、アーサーが参りました」
「入れ」
「失礼いたします」
本邸の執事としてフォスティーヌを見張らせているアーサーが、本日の報告にやってきた。
「アレは、今日どうしていたか」
「はい。街に買い物に行くとのことで同行しました」
「しばらくはおとなしくしていたのに、買い物に出るとは本性を現し始めたのか。アレは何を買ったのだ」
「パン屋でバゲットを二十本と小袋のパンを四つ買いました。バゲットは次に行った役場にすべて差し入れました。
それから果物屋に行ってカリンを買おうとしたところ、店主からカリンを無料でもらい受けました。
最後に文具を扱う店に行き、インク瓶を三つ買いました。
小さなパンが入った小袋四つのうち、三つを私と料理人のピートとメイドのヘレナへの土産だと私が預かりました。以上です」
「パン屋に果物屋に文具店、それに役場だと? ドレスショップや宝飾店ではないのか? あの街にも小さいながらそうした店がいくつかあるようだが」
今日、ブリジットを連れてそうした店を見て回り、オーダーメイドのワンピースやドレスを注文しその他の小物を買ってやったところだった。
「はい。本邸から一緒に出かけ、戻るまでずっと一緒におりましたので間違いありません。
また、昼を少し過ぎましたが、どこかで飲食もしていません。
道中で他の人物との接触も一切ありませんでした」
「インク瓶を買ったと言ったな。領地運営の事務に必要なものは、すべてこの家の経費で用意しているのではないのか。アレの贅沢は許可しないが、必要なものを与えないつもりはない。冷遇されていると言われるわけにはいかない」
「あの方が個人的に使うためのものだから、私費で払ったと言っていました」
「たかがインク瓶三つくらいのことで、これは自分の私費だと言ったのか。小賢しいな。
まあ、いい。贅沢品を勝手に買っていたのでなければそれでいい。
今度からはアレが街に出るというときは出かける前に伝えてくれ。街ですれ違ったりすることのないようにしたい。では報告ご苦労だった」
アーサーはまだ何か言いたげな顔をして立っている。
「どうした、まだ何かあるか?」
「奥方様に関する調査書に、明後日が誕生日と記載があったように記憶しております。何か贈り物などをこちらで手配いたしますか?」
「明後日が……アレの誕生日? アーサー、明後日が何の日だか忘れたとは言わないだろうな?
去年、父と母が弑された日だ。アレはよりによってそんな日に生まれたというのか……聞くのではなかった……。
贈り物などするわけがないだろう」
「それは……失念いたしておりました、大変申し訳ありません。ですが、奥方様はそんな日に生まれたという訳ではなく、その日に悲劇が起こってしまっただけだと存じますが」
「……そんなことは分かっている。もう下がってよい」
アーサーはひざに額がつくのではないかというくらいに身体を折って頭を下げ、戻って行った。
明後日が誕生日だと……。
まさか、自分の父である前国王と母であるその側室が長兄によって弑された日が誕生日とは……。
もっとも誕生日がその日なのは、アーサーの言うように本人には何の責も無い。
だが、どうやって祝う気持ちを持てというのか。
まさかとは思うが、長兄はアレの誕生日さえ知っていたのだろうか。
父が決めた婚約を白紙にすることなく自分に結婚を強いたのは、あの母と次兄を持つ自分への罰の一つだと長兄が目論んだというのだろうか……。
ブリジットも美しい別邸での暮らしを気に入ってくれているようだ。
この領地はかなり寒く、足の悪いブリジットが暖かく過ごせるようにやるべきことがまだまだある。
投獄された次兄マーヴィンとの婚約が白紙になったブリジットと結婚することができるかもしれない、そんな微かな希望を抱いていたが、長兄からは自分の婚約者のフォスティーヌ・バーネット侯爵令嬢とそのまま結婚するように言われてしまった。
バーネット侯爵家は、その家格が古く名門と呼ばれている。
おそらく私とフォスティーヌを結婚させることで、新しく国王となった長兄が得られるものがあるのだ。
ブリジットは学園時代のフォスティーヌの噂を聞いたことがあると言っていた。
なんでも排他的で冷たいという。
フォスティーヌの目の前で転んだ女生徒に、手を貸すのは自分の役目ではないと言ったのをブリジットは誰かから聞いたというのだ。
フォスティーヌのそうした噂が真実かは分からないが、冷たい人間であると感じたことはあった。
長兄に言われ渋々挙げた式の最中もその後も、フォスティーヌは微笑すら私に見せなかった。
愛情を向けられても迷惑だが、笑顔さえ向けないとはどれだけ冷たい人間なのだろうと思ったのだ。
それならば私がフォスティーヌの扱いに心を痛める必要もない。
次兄マーヴィンと三男の私は、悪行三昧の末に暗殺された側室を同じ母に持つ。
私まで投獄されなかったのは、王妃殿下の実子である長兄の温情に他ならない。
その長兄に、婚約者と結婚し新たに辺境伯として賜った領地に共に移り住むことを命じられた。
ブリジットは次兄マーヴィンの子飼いの者から狙われている恐れがあるという。
王都から離れた場所に隔離をすることにしたといい、しっかり監視をするようにと自分がそれを命じられた。
ブリジットが伯爵邸の捜索の時に、大怪我をして歩けなくなったことと関係があるのだろうか。
考え事をしていたら、アーサーの来室を執事に告げられた。
「旦那様、アーサーが参りました」
「入れ」
「失礼いたします」
本邸の執事としてフォスティーヌを見張らせているアーサーが、本日の報告にやってきた。
「アレは、今日どうしていたか」
「はい。街に買い物に行くとのことで同行しました」
「しばらくはおとなしくしていたのに、買い物に出るとは本性を現し始めたのか。アレは何を買ったのだ」
「パン屋でバゲットを二十本と小袋のパンを四つ買いました。バゲットは次に行った役場にすべて差し入れました。
それから果物屋に行ってカリンを買おうとしたところ、店主からカリンを無料でもらい受けました。
最後に文具を扱う店に行き、インク瓶を三つ買いました。
小さなパンが入った小袋四つのうち、三つを私と料理人のピートとメイドのヘレナへの土産だと私が預かりました。以上です」
「パン屋に果物屋に文具店、それに役場だと? ドレスショップや宝飾店ではないのか? あの街にも小さいながらそうした店がいくつかあるようだが」
今日、ブリジットを連れてそうした店を見て回り、オーダーメイドのワンピースやドレスを注文しその他の小物を買ってやったところだった。
「はい。本邸から一緒に出かけ、戻るまでずっと一緒におりましたので間違いありません。
また、昼を少し過ぎましたが、どこかで飲食もしていません。
道中で他の人物との接触も一切ありませんでした」
「インク瓶を買ったと言ったな。領地運営の事務に必要なものは、すべてこの家の経費で用意しているのではないのか。アレの贅沢は許可しないが、必要なものを与えないつもりはない。冷遇されていると言われるわけにはいかない」
「あの方が個人的に使うためのものだから、私費で払ったと言っていました」
「たかがインク瓶三つくらいのことで、これは自分の私費だと言ったのか。小賢しいな。
まあ、いい。贅沢品を勝手に買っていたのでなければそれでいい。
今度からはアレが街に出るというときは出かける前に伝えてくれ。街ですれ違ったりすることのないようにしたい。では報告ご苦労だった」
アーサーはまだ何か言いたげな顔をして立っている。
「どうした、まだ何かあるか?」
「奥方様に関する調査書に、明後日が誕生日と記載があったように記憶しております。何か贈り物などをこちらで手配いたしますか?」
「明後日が……アレの誕生日? アーサー、明後日が何の日だか忘れたとは言わないだろうな?
去年、父と母が弑された日だ。アレはよりによってそんな日に生まれたというのか……聞くのではなかった……。
贈り物などするわけがないだろう」
「それは……失念いたしておりました、大変申し訳ありません。ですが、奥方様はそんな日に生まれたという訳ではなく、その日に悲劇が起こってしまっただけだと存じますが」
「……そんなことは分かっている。もう下がってよい」
アーサーはひざに額がつくのではないかというくらいに身体を折って頭を下げ、戻って行った。
明後日が誕生日だと……。
まさか、自分の父である前国王と母であるその側室が長兄によって弑された日が誕生日とは……。
もっとも誕生日がその日なのは、アーサーの言うように本人には何の責も無い。
だが、どうやって祝う気持ちを持てというのか。
まさかとは思うが、長兄はアレの誕生日さえ知っていたのだろうか。
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