【完結】領主の妻になりました

青波鳩子

文字の大きさ
14 / 29

【14】街の酒場と沸き立つ血 *クライブ視点

しおりを挟む
 
アーサーが手に入れたという、街を歩く者たちがよく着ている服に二人で着替える。
ゴワゴワしたズボンはウエストが緩く、それをサスペンダーで吊る。
ハンチングを渡されて深めに被った。

「いいですね。感想を言わせていただけるなら、カッコつけているけど実力が伴っておらず確実に親の財産を食い潰しそうな下位貴族の嫡男っぽさが出せています」

「感想と最初に言えば、どさくさに紛れて私の悪口を言ってもいいと思っているな?」

「私も、借金で首が回らなくなって今夜の酒代を払ったら故郷を捨てて逃亡するしかない男、という感じが出せていると思うのですがどうでしょうか」

「よかったな、狙い通りに仕上がっていると思う。その胡散臭いヒゲが特にいい」

これからアーサーと二人でブリジットが執事のダレスと行くだろうという酒場に向かう。
そこは高テーブルがあって椅子が無い立ち飲みスタイルの店だそうだ。
歩くことができずどんな時も車椅子で移動するブリジットが、本当にそんな店にやってくるのか。
今日のところは、二人を見つけても声を掛けることはしないとアーサーと取り決めた。
その後、ブリジットの部屋にダレスを引っ張り込むところまでを確認する必要がある。
そちらも踏み込んだりはしない。
まずは確認が大事だと、アーサーは私に何度も言った。
頭に血が上っても声を掛けないでくださいとしつこいくらいに念を押された。


すっかり日が落ちた街の中をダラダラと歩く。アーサーは少し前屈みになってガニ股で歩いている。普段はスマートで姿勢のいいアーサーだから、歩き方からして別人にしか見えない。

酒場のドアを押して中に入ると、タバコとアルコールを混ぜてこもったような臭いがした。
店内はすでに程よく混み合っており、二人の男性客がテーブルを使っていたところに割り込むような形で場所を確保する。
アーサーがテーブルで蒸留酒を二杯注文して金を払う。
すぐに運ばれた蒸留酒のグラスを互いに持って、とりとめのない話をしている──ふりをする。
アーサーの右の後方奥のテーブルに、ダレスがいた。
いつもは掛けていない眼鏡をしているがすぐに判った。
そしてその隣には、赤く巻いてある髪を高い位置で結っていて化粧が濃く、口元に見慣れぬほくろがある女がいる。
変装をしているつもりだろうが、間違いなくブリジットだ。
あの赤い髪はカツラなのだろうか。
見たこともない黄色のブラウスを着ている。ボタンをいくつも開けて、胸元が覗き込めそうなくらいだ。
ダレスの唇に指先を押し当てたりダレスのグラスから酒を飲んだり、ずいぶんと親しそうだ。
いや、あの様子の男女を見たら深い関係だと誰もが思う。
他の男から下品な声を掛けられて、ブリジットは手をヒラヒラさせて笑顔であしらった。
ブリジットとダレスの会話に耳を傾ける。

「今夜もアレは王都に泊まるそうよ。私はこんな田舎に閉じ込められているというのに、アレは王都で楽しんでくるなんていい身分よね」

「実際いい身分だからな。そんなにここが嫌なら帰ればいいじゃないか。王都には素敵な実家があるのだから」

「それができればこんな寒いド田舎に居たりしないわ。王都の真ん中にはあの悪魔みたいな男がいるのよ? 
金を横流しさせるいい方法を教えてやったのに、あのバカが悪魔にバレたりするから。悪魔は私をまだ疑っているの。今は王都に戻るわけにはいかないのよ、本当に忌々しいやつよ。あのバカが処刑されたら戻ってやるわ。死人に口なしというじゃない?」

「どこまで恐ろしい悪女だ。その悪魔の弟君にお姫様のように扱ってもらっているっていうのにまだ文句があるのか」

「その悪女の肌を愉しんで、ご主人様を裏切っている悪党にそう言われるとは思わなかったわ」

「今夜もよろしく頼みますよ、お姫様」

「太り気味の侍女と手を切ったと言うなら、よろしくして差し上げてもいいわよ?」


アーサーに『頭に血が上っても声を掛けないでください』と念を押されたが、ブリジットとダレスのあんな会話を聞いても、不思議と頭に血が上ることはなかった。
指の骨が白く浮かぶほど強く握りしめているアーサーの拳の上に、ふざけるように蒸留酒のグラスを置く。
手を離したらこぼれてしまうのでグラスは私が持ったままだが。
アーサーは私の目を見てハッとして拳を解いた。

ブリジットに騙されていたことが分かったのに、冷静な自分に驚いている。
腹が立つよりも、これからあの二人をどうしてくれようかと、それを思って血が沸き立つような感じだ。
ブリジットが『悪魔』と呼んだ長兄と同じ血が半分と、『バカ』と蔑んだ次兄と同じ血が私にも流れていて、それが静かに沸点に近づく。
そして私のことをブリジットは『アレ』と呼んでいた。
私もフォスティーヌのことをアーサーの前でそう呼んでいたのだ。
私とブリジットは愚かさにおいて似た者同士だった。

そして私が一番確認したかったもの──。
ブリジットはひざ丈のスカートを穿き、足元は白いヒールの靴を履いている。
足をクロスさせて立ち、どこも悪そうには見えない。今すぐスキップもできそうな美しい足だった。
アーサーも小さく頷くようにしていた。
ブリジットのすべてを確認できたのだろう。

私は最初の一杯を飲み干すと、お替りを二杯頼んで金を払う。
それがテーブルに届けられると、先にこのテーブルに居た二人に奢りだと伝え、アーサーと共に店を出た。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

処理中です...