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Chap.15 A Mad T-Party
Chap.15 Sec.4
しおりを挟む時は、ゆるやかに——けれども、確実に過ぎていく。
住人の一部を欠いたハウスは何事もなく、むしろ穏やかな日々を重ねていた。エントランスホールの階段上、ステンドグラスは紫の花から赤いポインセチアに替わり、外の空気は肌を刺すほど冷たくなっていた。外に出る際は発熱する防寒着が必須だった。
メルウィンの畑仕事は栽培よりも土の管理がメインになり、人の手でやることもなくなると、手の込んだ料理作りの時間が増えていった。ハウスの食材は季節に影響されないのか、多種多様な物が使えた。
ティアとは、共に入浴をするくらいで、お茶の時間と洋服の着せ替え時間がほとんどを占めていた。最近は、よく編み物をしている。
「人の手で作った物がいいんだ。一緒に、おそろいで作ってみない?」
そう言って、でも彼は初めての挑戦らしく、試行錯誤しながら柔らかなセーターを編もうと試みていた。「クリスマスに間に合うかな~? マフラーにしておくべきだったかも……」度々ぼやくとおり、半分もできていないので実現は難しい。
穏和な性格のアリアとも何もなく、何度か古い音楽や楽器に触れる機会をもらった。かといって、アリアはすべての楽器を演奏できるわけではなく、「バイオリンとピアノを、趣味の範囲で」なので、ロボットの演奏になる。歌が好きなように感じるけれど、くちずさむくらいで、はっきりとは歌わない。あとは、健康診断と呼ばれる検査の時間があった。それだけ。
イシャンは……変わらず。言葉を交わすこと自体あまりない。彼の順番すらも会話はない。警戒が解けたわけではないだろうけれど、空気のように扱われている。——ただ、一度だけ、
「……首は、痛まないのか?」
「はい、だいじょうぶ」
「……そうか」
それを、心配してくれたと取るのは都合がよすぎる。でも、あの行為をなんとも思っていないわけではない……のかも知れないと、思えた。
そうして彼らとの時間を挟みながら、大部分はロキのそばに。彼は、たいていは機嫌よく絡んでくるのに、たまに予想だにしないところで機嫌を損ねるから難しい。
「さくらたちは、いつ、かえってくる?」
「オレがいるのに、なんで他のヤツのこと気にすンの?」
「(そういうわけじゃ……)」
誰からも答えを得られず(訊いても分からない場合と、そもそも訊ける気がしない場合があって)、このままサクラたちは帰ってこないのだろうか——などと、たまに思ってしまうくらい時が流れたころに、彼らは戻った。姿を見なくなってから、およそひと月が過ぎていた。
「——やっぱり異常な地域があるな」
3人の帰還を祝うように(違うかも知れない。セト個人の消費量の関係で……)豪勢な食事が用意されたテーブルの上では、長期不在時の報告がなされていた。肉の塊を、切っては口に、切っては口にと無限ループみたいな動きで食しているセトは、あいまで器用に会話している。廊下側の端にサクラが座り、その隣にいたイシャンが口を開いた。自身の右手側、セトへと目を向けて、
「臨時の報告では分からなかったが……トラップにパターンがあるのだろうか?」
「分かんねぇ。パターンっつぅのとは違うけど、感染者が全くいない場所に必ずトラップがある。油断せず、事前にロボで確認すれば問題ない。ただ、余裕がねぇやつや、ロボやマシンを所持してないやつらだと引っかかるな。……いや、そういう“はぐれ者”を狙ってんのか……?」
「……トラップの数を考えると、仕掛けているのは複数人……どこかのコミュニティが主導しているのか……」
「サクラさんは、単独だと」
「……ひとり、と?」
反対を向いたイシャンに、サクラは「……どうだろうな」あいまいな返しをし、ハオロンがいる右手を目で示した。
「うちも単独犯やと思うわ!」
「お前は黙ってろ」
活気あふれる勢いで応じたハオロンに、セトが横から鋭い目を。
「なんでやって! うちも報告させて!」
「黙って反省しとけ。勝手にトラップ飛び込みやがって……」
「でもぉ、あれはクリアできそぉやったし……」
「クリアとか言ってんじゃねぇ。ゲームじゃねぇんだぞ、ばか」
「あ~っ! セトがうちのことバカって言った! サクラさん、怒って!」
深刻そうなことを、それにしては明るく話すハオロン。私の右でメルウィンが「ぇ……飛び込んだ……?」びっくりしている。窓側は端にメルウィン。そこからティア、私、ロキ、アリアが並んでいた。ティアも「うそ……」絶句している。
イシャンが無表情のままに、
「……自らトラップに入ったのだろうか?」
「うん! 落とし穴のトラップだけやけどぉ、余裕やったわ!」
「………………」
「……えっ? もしかしてイシャンも怒ってるんか……?」
もう何も言うまい。そんな空気で、イシャンが会話から離脱した。セトが「ほら見ろ。怒って当然なんだよ」最後の肉を口に放ったかと思うと、ロボに追加を頼んだ。よく食べる。しばらく忘れていたが、改めて思う。
ロキは、くわえていたミートパイを口から離して「オレ報告みてねェんだけど、落とし穴のトラップって何?」ハオロンに尋ねる。
「落とし穴は落とし穴やって。床が開いて、20メートルくらい落とされて……感染者が詰め込まれたフロアに、ドーン!」
「感染者は何人いたわけ?」
「49。うじゃっとしてたわ」
「弾足りなくね?」
「サブマシンガン持って降りたからの、問題なし」
「へェ~生きててよかったねェ~?」
「あれくらい余裕やって。ロキとやったゲームに比べたら——」
ペラペラと話すハオロンを、サクラの静かな声が「ハオロン」呼び止めた。ぎくっとした小柄な肩が、サクラのいる方向をうかがう。サクラはハオロンの方を向くことなく、
「反省する約束だったな? それは反省しているのか?」
「……反省するわ……」
しゅんっと音が聞こえそうなほど大人しくなったハオロンに、ロキが「向こう見ず」小さく毒づいた。たぶん食卓のほぼ全員が似たようなことを思っている気がした。
「——話を戻すけど」
セトがイシャンに目を戻し、
「単独犯っていうのは、ハオロンの感覚的見解な。ロボは複数の蓋然性が高いっつってる。ミヅキに精確な分析させてみるけど……あれ個人でやるのは厳しいだろ。サクラさんは、複数より単独。あと大量のロボじゃねぇかって。……そんなロボの無駄遣いできるやついるか? ハウスくらいの規模じゃねぇと無理だよな?」
「サクラさんが、単独と判断する理由は……なんだろう?」
イシャンの問いに、サクラは手を止めた。目はプレートの上に合わさったまま。
「どのトラップも、細部に強いこだわりがある。大部分は粗雑で、感染者も無作為に集めたように思うが——“演出”に執着しているな。照明の色や建物のデザイン、入手難度の高いアンティークの小道具。私にはオリジナルが分からないが、何かを模倣しているように見える。ミヅキの分析は、それらの“演出”に注目させると興味深い結果が出そうだな」
弦楽器のような声を、久しぶりに耳にした。なめらかで艶のある、静謐をたずさえた声音。宵闇になじむ響き。
「——いずれにせよ、感染者が全くいないという共通点は明白だろう。油断を招くためか、それもまた“演出”のためか……その共通点を踏まえて警戒を怠らなければ、トラップに掛かることはない。今後、案じる必要は無いといいがな……」
テーブルの上は静かになった。カチャカチャとかすかに鳴る食器以外、何も聞こえない。ひっそりとした空間に、照明の灯火がゆらりとなびく。
落とされる影は、どことなく不吉だった。
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