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Interlude 鏡に映る、さかしまの国
For you
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【Epilogue Hush-a-by lady】
After that.
手がけた料理を口に入れる瞬間、こっそりと見守る。
彼女のための、彼女だけの特別。気づかなくてもいい。気づかれたら、むしろ困ってしまう……でも、気づいてほしいような。
「——おいしい!」
きらめく彼女の瞳が、メルウィンを振り返った。ディナーの時間、ロキに邪魔されることなく隣に座れたのは、奇跡的。食事の前に彼女がロキの気にさわる発言をしたらしく、ロキは端っこで拗ねている。最近の彼女はロキの扱いにも慣れてきたのか、(あとで相手してあげれば大丈夫)くらいの余裕があった。素敵な成長だと思う。
今夜はパスタにしましょうか。昼食のときの彼女との会話のとおり、ディナーの一部にはパスタを用意していた。
兄弟たちも全員パスタをオーダーしている。用意したのはアサリのスパゲッティ、カルボナーラ、ラザニア。お好みでどれでも。とうぜんセトは全種類。ついでにピザもまるっと食べている。そろそろ胃が破裂するかも。
アサリのスパゲッティを口にした彼女の笑顔に、「よかったです」メルウィンも笑顔を返した。彼女の横にいたティアも同じものをオーダーしていて、
「うん、美味しいね。味を無視してがつがつ食べるひとが目の前にいなければ、もっと味わえる気がするな」
「あ?」
にこやかに余計な発言。ティアの真向かいに座るセトが(なんか言ったかこの野郎)みたいな目をしているが、ティアは気にしない。むしろ爽やかな笑顔を浮かべている。
「うん? セト君はどうして僕を睨んでるのかな?」
「自分の胸に訊けよ」
穏やかなのか殺伐なのか分からない空気で会話するふたりを気にせず、彼女はメルウィンを見たまま、
「きょうは、〈てつだい〉ができなくて、ごめんね」
「そんな……いいんです。毎日じゃなくても、僕はぜんぜん気にしませんから……したいときで」
「わたしは、したい。……でも、きのうは、はおろんが……ことわれなかった」
知っている。昨日のディナーで、ハオロンが彼女をしつこくゲームに誘っていた。「ゲーム実況してみたいんやって! 付き合って!」おそらく夜通し付き合わされたに違いない。そして、睡眠がまともに取れていないときは、料理は手伝わないで——というのは、メルウィンが出したお願いだった。ミヅキによる健康管理で、すこしでも引っかかるようなら、休息を優先してほしい。
「ハオロンくんのゲームは、何時までやってたんですか?」
「……いちど〈きゅうけい〉をはさんで……あさまで」
「………………」
ため息が出そう。早めに食堂に現れた彼女の顔が青白かったのは、やはり見間違いではなく。食欲があまりなさそうに見えたのも、勘違いではなかった。
メルウィンの心が伝わったようで、彼女は(大丈夫だよ)というように、なんでもなさそうな空気で、
「さっきまで、ちょっと、つらかった。でも……〈あさりのすぱげてぃ〉が、おいしいから……げんきになった。とても、やさしいあじ。おいしい」
ふんわりと微笑む顔に、どきりとした。笑顔に照れたわけではなく(もちろん笑顔もとっても可愛いけれど……)彼女の言葉に、焦りが。とても優しい味。
話を流してしまおうと、いそいで次の話題を試みる。しかし、メルウィンの前にいたサクラが、ひと足早く、
「優しい味——が、どんなものか。具体的に説明してもらえないか?」
唐突な口開きに、彼女がきょとんっとした目でサクラを見やった。
「……わたし、ですか?」
「今しがた、そう口にしただろう? 優しい味が、私には分からなくてね。よければ具体的に述べてもらえないか?」
困った顔の彼女に、サクラが『難しければ、こちらの言語でも構わない』メルウィンには分からない一言が添えられた。
『……こちらでも、難しい気がしますけど……見た目と違って、疲れた胃にも重たくなく……味も、薄めで……貝の出汁のみの、優しい味……のような……』
『スパイスが効いていて、そうは思えないが……私のとは全く違う物の感想を述べているようだな』
『え……』
ぱちっと大きく開いた彼女の目に、ふっとサクラが唇の端を上げて、メルウィンに目を流した。ひやっとしたメルウィンは何も言えなかったが、サクラも何も言わない。サクラの隣で、サクラと同じくアサリのスパゲッティを食べていたイシャンだけが、(優しい味とは……?)ひどく考え込んでいる。すごく申し訳ない。
彼女がサクラと何を話したのか分からない。
でも、そろっと目をこちらに向けた彼女が、なにか気づいたように、
「……わたしが、きたときに……“まだ、できあがってないから”……と、〈ちょうりしつ〉に、もどったのは……もしかして、」
知らずしらず、メルウィンの頬が赤くなる。
彼女のためのスパゲッティを、新たに個別で作ったことが……ばれたらしい。
ゆで時間を長くして、スパゲッティは柔らかめに。味も薄めで、スパイスは最小限。彼女の身体をいたわった——彼女のための料理。
本人に知られるのが、こんなに恥ずかしいなんて。——でも、
「めるうぃん……ありがとう」
「いえ……どういたしまして」
心からの感謝と、はにかむ笑顔。
今この瞬間の彼女の喜びは、自分だけのもの。
(ありがとうは……僕のほう、です)
宝物のような時間に、頬を染めながらも、メルウィンは柔らかく微笑み返した。
After that.
手がけた料理を口に入れる瞬間、こっそりと見守る。
彼女のための、彼女だけの特別。気づかなくてもいい。気づかれたら、むしろ困ってしまう……でも、気づいてほしいような。
「——おいしい!」
きらめく彼女の瞳が、メルウィンを振り返った。ディナーの時間、ロキに邪魔されることなく隣に座れたのは、奇跡的。食事の前に彼女がロキの気にさわる発言をしたらしく、ロキは端っこで拗ねている。最近の彼女はロキの扱いにも慣れてきたのか、(あとで相手してあげれば大丈夫)くらいの余裕があった。素敵な成長だと思う。
今夜はパスタにしましょうか。昼食のときの彼女との会話のとおり、ディナーの一部にはパスタを用意していた。
兄弟たちも全員パスタをオーダーしている。用意したのはアサリのスパゲッティ、カルボナーラ、ラザニア。お好みでどれでも。とうぜんセトは全種類。ついでにピザもまるっと食べている。そろそろ胃が破裂するかも。
アサリのスパゲッティを口にした彼女の笑顔に、「よかったです」メルウィンも笑顔を返した。彼女の横にいたティアも同じものをオーダーしていて、
「うん、美味しいね。味を無視してがつがつ食べるひとが目の前にいなければ、もっと味わえる気がするな」
「あ?」
にこやかに余計な発言。ティアの真向かいに座るセトが(なんか言ったかこの野郎)みたいな目をしているが、ティアは気にしない。むしろ爽やかな笑顔を浮かべている。
「うん? セト君はどうして僕を睨んでるのかな?」
「自分の胸に訊けよ」
穏やかなのか殺伐なのか分からない空気で会話するふたりを気にせず、彼女はメルウィンを見たまま、
「きょうは、〈てつだい〉ができなくて、ごめんね」
「そんな……いいんです。毎日じゃなくても、僕はぜんぜん気にしませんから……したいときで」
「わたしは、したい。……でも、きのうは、はおろんが……ことわれなかった」
知っている。昨日のディナーで、ハオロンが彼女をしつこくゲームに誘っていた。「ゲーム実況してみたいんやって! 付き合って!」おそらく夜通し付き合わされたに違いない。そして、睡眠がまともに取れていないときは、料理は手伝わないで——というのは、メルウィンが出したお願いだった。ミヅキによる健康管理で、すこしでも引っかかるようなら、休息を優先してほしい。
「ハオロンくんのゲームは、何時までやってたんですか?」
「……いちど〈きゅうけい〉をはさんで……あさまで」
「………………」
ため息が出そう。早めに食堂に現れた彼女の顔が青白かったのは、やはり見間違いではなく。食欲があまりなさそうに見えたのも、勘違いではなかった。
メルウィンの心が伝わったようで、彼女は(大丈夫だよ)というように、なんでもなさそうな空気で、
「さっきまで、ちょっと、つらかった。でも……〈あさりのすぱげてぃ〉が、おいしいから……げんきになった。とても、やさしいあじ。おいしい」
ふんわりと微笑む顔に、どきりとした。笑顔に照れたわけではなく(もちろん笑顔もとっても可愛いけれど……)彼女の言葉に、焦りが。とても優しい味。
話を流してしまおうと、いそいで次の話題を試みる。しかし、メルウィンの前にいたサクラが、ひと足早く、
「優しい味——が、どんなものか。具体的に説明してもらえないか?」
唐突な口開きに、彼女がきょとんっとした目でサクラを見やった。
「……わたし、ですか?」
「今しがた、そう口にしただろう? 優しい味が、私には分からなくてね。よければ具体的に述べてもらえないか?」
困った顔の彼女に、サクラが『難しければ、こちらの言語でも構わない』メルウィンには分からない一言が添えられた。
『……こちらでも、難しい気がしますけど……見た目と違って、疲れた胃にも重たくなく……味も、薄めで……貝の出汁のみの、優しい味……のような……』
『スパイスが効いていて、そうは思えないが……私のとは全く違う物の感想を述べているようだな』
『え……』
ぱちっと大きく開いた彼女の目に、ふっとサクラが唇の端を上げて、メルウィンに目を流した。ひやっとしたメルウィンは何も言えなかったが、サクラも何も言わない。サクラの隣で、サクラと同じくアサリのスパゲッティを食べていたイシャンだけが、(優しい味とは……?)ひどく考え込んでいる。すごく申し訳ない。
彼女がサクラと何を話したのか分からない。
でも、そろっと目をこちらに向けた彼女が、なにか気づいたように、
「……わたしが、きたときに……“まだ、できあがってないから”……と、〈ちょうりしつ〉に、もどったのは……もしかして、」
知らずしらず、メルウィンの頬が赤くなる。
彼女のためのスパゲッティを、新たに個別で作ったことが……ばれたらしい。
ゆで時間を長くして、スパゲッティは柔らかめに。味も薄めで、スパイスは最小限。彼女の身体をいたわった——彼女のための料理。
本人に知られるのが、こんなに恥ずかしいなんて。——でも、
「めるうぃん……ありがとう」
「いえ……どういたしまして」
心からの感謝と、はにかむ笑顔。
今この瞬間の彼女の喜びは、自分だけのもの。
(ありがとうは……僕のほう、です)
宝物のような時間に、頬を染めながらも、メルウィンは柔らかく微笑み返した。
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