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Chap.2 嘘吐きセイレーン
Chap.2 Sec.16
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図書室でサクラと出会うのは珍しいことではない。私が先にいることもあれば、サクラが先客のこともある。
サクラにしか会わないな……そんなぼんやりとした認識しかなかった私は、いま気づいた。本はすべて収納されていて、選択した物が運ばれてくるのみ。部屋にいても呼び出せるわけで——私みたいに図書室に来てから本を選ぶひとはいない。
空間に映し出されていた本の表紙が浮かび並ぶ奥に、灰色の着物を着たサクラを見つけた。
図書室の控えめな照明を拾って、青い眼が瞬く。
『サクラさん……』
正直に言えば、会いたくなかった。
保留にしていた答えが焦りを生む。目を合わせたサクラは静かに微笑んだ。
『その様子からすると、答えはまだ出ていないようだね?』
『……ここから出ていくことは、考えました。でも、セトのところには……行けません。きっと足手まといになります』
『私の頼みで行ってくれるのだから、サポートのための物資は惜しまない。ロボでも食料品でも、セーフハウスでも。私からの支援ではなく、賠償とすればいい。お前が必要だと言えば、セトも素直に享受するはずだよ』
『……私は、できるなら、セトはハウスに戻ってほしいです』
『何故?』
『外は危ないから……』
『いや、今はここのほうが危険だろうね』
『? ……それは、どういう……?』
疑問からサクラを見上げたが、耳に届いたのは答えではなく、
《——モーターホームDZから、緊急連絡です。外部用の回線を解放しますか?》
宙に浮いていた本が消えて、半透明のミヅキが現れた。伏せるような瞳で表情はなく、淡々とした声は図書室に冷たく響いた。
「許可する」
サクラの鋭い応答を受けて、聞き覚えのない男の笑い声が聞こえた。
《もしもーし、そちらどちら様? そこの一番偉いヤツと話したいんだけど、あんた?》
「権限が大きいのは私だな。本来そこにいた者たちはどうした?」
《……何こいつ、驚かないの? 反応ふつーなんだけど》
声に混じっていた笑いが、サクラの静かな声音を感じて収まった。音声の奥で、《状況わかってねーんじゃねぇ?》《天才の集まりじゃなかったのかよ》あはははは、と複数の笑い声があがった。
《あー……あんたが言うここにいたヤツらなら、みんな捕まえて降ろした。ロキだけここにいる、てか、セトいないってほんと? ロキが“出ていった”って言ってるんだよなー……これ、嘘じゃない?》
「セトは、ここにはいない。いつ出て行ったのか覚えてもいないな」
《あっそう。あのムカつく金眼、ほんとにいないんだ? ってことはロキだけかぁ……二人まとめて潰してやりたかったなぁ……》
「要求はなんだ?」
《……は、あんたほんと萎えるな。仲間のこと心配じゃないの?》
「生きているのだろう?」
《生きてるよ。ロキだけ血まみれ? まぁ生きてるよな? ……ほら、ロキもなんか言えば? 生きてまーすって親御さんに伝えなよ》
うっせェ。
かすれた声は、間違いなくロキだった。
頭が冷えるような衝撃に、口を挟むこともできず、サクラの顔を見返した。異常な状態を理解して、手先が震える。こちらを見つめるサクラの表情は無に近い。
「……要求は、なんだ?」
《とりあえず俺ら今そっち行くから、すぐ着くし、全員で歓迎してくれる? 反抗的な態度は抜きで。……じゃないと人質のヤツらも血ぃ流すことになるかな。ロキだけ連れて帰ってやるよ》
「歓迎はなんの比喩だ? この城館の明け渡しを要求しているのか?」
《違う違う、あんたらも居てもらいたいから……エントランスホールだっけ? そういうとこにでも集まっておいて。俺が入って最初に目に入るとこに……並んでてもらおーかな? 逃げてもいいよ。そのときは仲間に責任とってもらうから》
「そうか、要求は理解した。並んで出迎えようか」
《……はは、あんたほんと気持ちわる》
浅い笑いを最後に、通信は切れた。
『……サクラさん、いまのは……ロキが……他のみんなも……』
震える唇を無理に動かす私と違い、サクラは冷静だった。
「——ミヅキ、今のやり取りを共有しろ。それからエントランスホールへの集合を掛けるように」
《承知しました。ロボの用意はいかがですか? 武装しますか?》
「いや、必要ない。私が指示を出すまで攻撃は認めない。——それから、」
私の肩に手を置いたサクラは、図書室に待機していたロボットの方へと押し出すように促した。
「緊急避難経路で、外へ。車の操作権限は誰にも与えない。私が設定した場所へ連れて行け」
《うん、まかせて》
ロボットが伸ばしたアームが、私の手を取った。
『えっ?』
意思を無視した力で手を引くロボットに困惑して、サクラを振り返る。
避難、との翻訳が聞こえた。
『待ってください! ひとりでも逃げたら、誰かが責任をっ』
『——兄弟は皆、自分の身を護るすべがある。自分の身を護れない以上、今はミヅキの誘導に従って外へ行きなさい』
『でも、私のせいで誰かが——』
『あれらは、ハウスを餌に引き寄せた者たちだ。お前のせいではないよ』
サクラの説明は混乱する頭に正しく届くことなく、ロボットによって彼から引き離された。
抵抗しようとした私をロボットは最終的にかつぎ上げ、廊下からエレベータまで無理やり運んでいく。
「まって! とめて、ミヅキくん!」
《ごめんなさい、その命令には従えません。汎用ロボは人を運ぶのに適切ではないので、暴れると危険です》
「わたしのことより、みんながっ……ロキも、けがしてるって——」
《アリスさん、あなたに今できることは逃げることです。あなたがいても状況が好転する確率は低いと思われます》
そんな正論を、こんなときに。
反論できずに言葉が止まる。
1階にいたはずのエレベータは下へとさがり、視界は見たことのない眺めに包まれた。ハウスに地下があったなんて、知らなかった。
新たな戸惑いで固まり、運ばれるままにエレベータから降ろされる。
視界から外れていたミヅキの映像が——ふわりと、目の前に躍り出て、
《心配しないで、アリスさん。兄さんたちは、いつも“自己責任だ”って言ってたから……何があっても、アリスさんのせいじゃないよ。兄さんたちに任せて、安全な場所へ逃げて》
ほほえみを浮かべる顔は、状況にそぐわない。
けれども、その優しい笑顔は、私をいたわり支えるために作られている。
——何もできない私は、結局逃げるしかできないのか。
《ここには、サクラ兄さんがいるから……きっと、だいじょうぶ。——信じて》
鈴を鳴らすようなキラキラとした声は、不安に締めつけられる胸をなぐさめるように、まるで幻のような余韻を耳に残した。
——信じて。
サクラにしか会わないな……そんなぼんやりとした認識しかなかった私は、いま気づいた。本はすべて収納されていて、選択した物が運ばれてくるのみ。部屋にいても呼び出せるわけで——私みたいに図書室に来てから本を選ぶひとはいない。
空間に映し出されていた本の表紙が浮かび並ぶ奥に、灰色の着物を着たサクラを見つけた。
図書室の控えめな照明を拾って、青い眼が瞬く。
『サクラさん……』
正直に言えば、会いたくなかった。
保留にしていた答えが焦りを生む。目を合わせたサクラは静かに微笑んだ。
『その様子からすると、答えはまだ出ていないようだね?』
『……ここから出ていくことは、考えました。でも、セトのところには……行けません。きっと足手まといになります』
『私の頼みで行ってくれるのだから、サポートのための物資は惜しまない。ロボでも食料品でも、セーフハウスでも。私からの支援ではなく、賠償とすればいい。お前が必要だと言えば、セトも素直に享受するはずだよ』
『……私は、できるなら、セトはハウスに戻ってほしいです』
『何故?』
『外は危ないから……』
『いや、今はここのほうが危険だろうね』
『? ……それは、どういう……?』
疑問からサクラを見上げたが、耳に届いたのは答えではなく、
《——モーターホームDZから、緊急連絡です。外部用の回線を解放しますか?》
宙に浮いていた本が消えて、半透明のミヅキが現れた。伏せるような瞳で表情はなく、淡々とした声は図書室に冷たく響いた。
「許可する」
サクラの鋭い応答を受けて、聞き覚えのない男の笑い声が聞こえた。
《もしもーし、そちらどちら様? そこの一番偉いヤツと話したいんだけど、あんた?》
「権限が大きいのは私だな。本来そこにいた者たちはどうした?」
《……何こいつ、驚かないの? 反応ふつーなんだけど》
声に混じっていた笑いが、サクラの静かな声音を感じて収まった。音声の奥で、《状況わかってねーんじゃねぇ?》《天才の集まりじゃなかったのかよ》あはははは、と複数の笑い声があがった。
《あー……あんたが言うここにいたヤツらなら、みんな捕まえて降ろした。ロキだけここにいる、てか、セトいないってほんと? ロキが“出ていった”って言ってるんだよなー……これ、嘘じゃない?》
「セトは、ここにはいない。いつ出て行ったのか覚えてもいないな」
《あっそう。あのムカつく金眼、ほんとにいないんだ? ってことはロキだけかぁ……二人まとめて潰してやりたかったなぁ……》
「要求はなんだ?」
《……は、あんたほんと萎えるな。仲間のこと心配じゃないの?》
「生きているのだろう?」
《生きてるよ。ロキだけ血まみれ? まぁ生きてるよな? ……ほら、ロキもなんか言えば? 生きてまーすって親御さんに伝えなよ》
うっせェ。
かすれた声は、間違いなくロキだった。
頭が冷えるような衝撃に、口を挟むこともできず、サクラの顔を見返した。異常な状態を理解して、手先が震える。こちらを見つめるサクラの表情は無に近い。
「……要求は、なんだ?」
《とりあえず俺ら今そっち行くから、すぐ着くし、全員で歓迎してくれる? 反抗的な態度は抜きで。……じゃないと人質のヤツらも血ぃ流すことになるかな。ロキだけ連れて帰ってやるよ》
「歓迎はなんの比喩だ? この城館の明け渡しを要求しているのか?」
《違う違う、あんたらも居てもらいたいから……エントランスホールだっけ? そういうとこにでも集まっておいて。俺が入って最初に目に入るとこに……並んでてもらおーかな? 逃げてもいいよ。そのときは仲間に責任とってもらうから》
「そうか、要求は理解した。並んで出迎えようか」
《……はは、あんたほんと気持ちわる》
浅い笑いを最後に、通信は切れた。
『……サクラさん、いまのは……ロキが……他のみんなも……』
震える唇を無理に動かす私と違い、サクラは冷静だった。
「——ミヅキ、今のやり取りを共有しろ。それからエントランスホールへの集合を掛けるように」
《承知しました。ロボの用意はいかがですか? 武装しますか?》
「いや、必要ない。私が指示を出すまで攻撃は認めない。——それから、」
私の肩に手を置いたサクラは、図書室に待機していたロボットの方へと押し出すように促した。
「緊急避難経路で、外へ。車の操作権限は誰にも与えない。私が設定した場所へ連れて行け」
《うん、まかせて》
ロボットが伸ばしたアームが、私の手を取った。
『えっ?』
意思を無視した力で手を引くロボットに困惑して、サクラを振り返る。
避難、との翻訳が聞こえた。
『待ってください! ひとりでも逃げたら、誰かが責任をっ』
『——兄弟は皆、自分の身を護るすべがある。自分の身を護れない以上、今はミヅキの誘導に従って外へ行きなさい』
『でも、私のせいで誰かが——』
『あれらは、ハウスを餌に引き寄せた者たちだ。お前のせいではないよ』
サクラの説明は混乱する頭に正しく届くことなく、ロボットによって彼から引き離された。
抵抗しようとした私をロボットは最終的にかつぎ上げ、廊下からエレベータまで無理やり運んでいく。
「まって! とめて、ミヅキくん!」
《ごめんなさい、その命令には従えません。汎用ロボは人を運ぶのに適切ではないので、暴れると危険です》
「わたしのことより、みんながっ……ロキも、けがしてるって——」
《アリスさん、あなたに今できることは逃げることです。あなたがいても状況が好転する確率は低いと思われます》
そんな正論を、こんなときに。
反論できずに言葉が止まる。
1階にいたはずのエレベータは下へとさがり、視界は見たことのない眺めに包まれた。ハウスに地下があったなんて、知らなかった。
新たな戸惑いで固まり、運ばれるままにエレベータから降ろされる。
視界から外れていたミヅキの映像が——ふわりと、目の前に躍り出て、
《心配しないで、アリスさん。兄さんたちは、いつも“自己責任だ”って言ってたから……何があっても、アリスさんのせいじゃないよ。兄さんたちに任せて、安全な場所へ逃げて》
ほほえみを浮かべる顔は、状況にそぐわない。
けれども、その優しい笑顔は、私をいたわり支えるために作られている。
——何もできない私は、結局逃げるしかできないのか。
《ここには、サクラ兄さんがいるから……きっと、だいじょうぶ。——信じて》
鈴を鳴らすようなキラキラとした声は、不安に締めつけられる胸をなぐさめるように、まるで幻のような余韻を耳に残した。
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