11 / 28
10. 検証開始
しおりを挟む
検証は翌日になった。——先生から許可が出たのは木曜日の放課後。
他の曜日は音楽クラブの練習で、旧校舎の教室が使われてしまうらしい。
「さて、準備はいいかな?」
旧校舎の四年二組で、冬也の声がひびいた。
床の薄い板はところどころ割れていて、イスに座るイチカの足元でミシリと鳴った。冬也とイチカの二人きり。ひとつの机に向かい合って座っていた。その机の横にはスマホがセットされている。
《ああ、こっちは大丈夫だ》
冬也の呼びかけに、スマホの画面から副会長の恭士郎が答えた。撮影のため、スマホのカメラは自分たちと窓を映していて、通話中の恭士郎はひとつ上の六年二組にいる。窓にぶつかる黒い物——トリックの担当だ。ヒモの部分は透明の細い糸を使ったから、近くで見なければ分からない。イチカが作った。会心の出来だ。
「イチカくんも、用意はいいかな?」
向かい合う冬也に、イチカはこくりとうなずいた。今日は児童館の日で、ニコはいなかった。早く検証を終わらせて、ニコに「マチコ先生の呪いも、ちゃんと解けたよ」と教えてあげたい。
「では——始めよう」
イチカは用意されたマチ針をつまんだ。銀色の針の部分に、赤い毛糸を巻き付けていく。針が細いせいか巻きにくい。けっこう時間がかかりそうだ。
ちらっと冬也の方を見る。同じ毛糸をくるくると器用に巻いているが、それでも時間はまだかかりそうだ。
気づけば、冬也の顔を見ていた。
手元に向けられた集中のまなざしはスッと細く、真剣さがそのまま形になっている。
(……キレイな顔。黙ってたら、ほんと、王子様みたい……)
冬也のやわらかな前髪がゆれる。
端整な顔をながめていると、結ばれていた口元が、ふっと動いた。
「イチカくん」
「ふぁっ?」
冬也の目が、ふいにイチカへ向いた。
一瞬、胸の奥がきゅっと固まって——返事をしようとして変な声が出てしまった。指先からマチ針がすべり落ちそうになり、あわてて押さえる。
《どうした?》
画面向こうの恭士郎がたずねた。
「なんでもないです!」
イチカが首をブンブン振っていると、冬也が困った顔で小さく笑った。
「ごめん、おどろかせたかな?」
「ううんっ……平気!」
顔が一気に熱くなった。うっかり見とれていた自分に気づいて、はずかしくなった。
イチカはごまかすように冬也へと聞く。
「な、なんですか?」
「この『マチコ先生』なんだけどね、イチカくんは指を刺さなくていいから……マネだけしてくれるかな?」
「えっ……?」
「動画で見たときに、それっぽく見えればいい」
「だ、だけど……それだと、七不思議の検証が……」
「僕がやるから大丈夫だよ」
「……でも……」
「その手に傷が増えるのは心配だから」
冬也の視線が、イチカの手に落ちる。
「その、たくさんの傷……木登りが原因だね?」
イチカの手には、『泣くピアノ』を解決しようとしたときの傷がまだ残っていた。
「あ、えっと……でも、もう痛くないから……」
「ケガをしたときは痛かっただろう?」
冬也の言葉に、あのときの痛みがよぎった。イチカの手はピクリと震える。冬也の目は、その反応を見ていた。
「大丈夫だよ。僕のほうがひとつ年上なんだから、これくらい頼ってほしい。心配しないで」
冬也はおだやかに話した。なんでも率先して自分でやってきたイチカは、『頼る』なんて初めての経験だった。
(いつもは、ひとりだから……)
イチカはぺこりと頭を下げた。
「じゃあ……よろしく、おねがいします」
「うん、僕にまかせて」
その頼もしい声が、旧校舎の静けさにやわらかく染みこむ。
イチカの胸には、感じたことのない温かさがじんわりと広がっていった。
「……よし、イチカくんも作り終わったね?」
冬也の問いかけに、イチカはしっかりとうなずいた。冬也も強くうなすぎ返す。
「それじゃあ——やろうか」
「はい!」
他の曜日は音楽クラブの練習で、旧校舎の教室が使われてしまうらしい。
「さて、準備はいいかな?」
旧校舎の四年二組で、冬也の声がひびいた。
床の薄い板はところどころ割れていて、イスに座るイチカの足元でミシリと鳴った。冬也とイチカの二人きり。ひとつの机に向かい合って座っていた。その机の横にはスマホがセットされている。
《ああ、こっちは大丈夫だ》
冬也の呼びかけに、スマホの画面から副会長の恭士郎が答えた。撮影のため、スマホのカメラは自分たちと窓を映していて、通話中の恭士郎はひとつ上の六年二組にいる。窓にぶつかる黒い物——トリックの担当だ。ヒモの部分は透明の細い糸を使ったから、近くで見なければ分からない。イチカが作った。会心の出来だ。
「イチカくんも、用意はいいかな?」
向かい合う冬也に、イチカはこくりとうなずいた。今日は児童館の日で、ニコはいなかった。早く検証を終わらせて、ニコに「マチコ先生の呪いも、ちゃんと解けたよ」と教えてあげたい。
「では——始めよう」
イチカは用意されたマチ針をつまんだ。銀色の針の部分に、赤い毛糸を巻き付けていく。針が細いせいか巻きにくい。けっこう時間がかかりそうだ。
ちらっと冬也の方を見る。同じ毛糸をくるくると器用に巻いているが、それでも時間はまだかかりそうだ。
気づけば、冬也の顔を見ていた。
手元に向けられた集中のまなざしはスッと細く、真剣さがそのまま形になっている。
(……キレイな顔。黙ってたら、ほんと、王子様みたい……)
冬也のやわらかな前髪がゆれる。
端整な顔をながめていると、結ばれていた口元が、ふっと動いた。
「イチカくん」
「ふぁっ?」
冬也の目が、ふいにイチカへ向いた。
一瞬、胸の奥がきゅっと固まって——返事をしようとして変な声が出てしまった。指先からマチ針がすべり落ちそうになり、あわてて押さえる。
《どうした?》
画面向こうの恭士郎がたずねた。
「なんでもないです!」
イチカが首をブンブン振っていると、冬也が困った顔で小さく笑った。
「ごめん、おどろかせたかな?」
「ううんっ……平気!」
顔が一気に熱くなった。うっかり見とれていた自分に気づいて、はずかしくなった。
イチカはごまかすように冬也へと聞く。
「な、なんですか?」
「この『マチコ先生』なんだけどね、イチカくんは指を刺さなくていいから……マネだけしてくれるかな?」
「えっ……?」
「動画で見たときに、それっぽく見えればいい」
「だ、だけど……それだと、七不思議の検証が……」
「僕がやるから大丈夫だよ」
「……でも……」
「その手に傷が増えるのは心配だから」
冬也の視線が、イチカの手に落ちる。
「その、たくさんの傷……木登りが原因だね?」
イチカの手には、『泣くピアノ』を解決しようとしたときの傷がまだ残っていた。
「あ、えっと……でも、もう痛くないから……」
「ケガをしたときは痛かっただろう?」
冬也の言葉に、あのときの痛みがよぎった。イチカの手はピクリと震える。冬也の目は、その反応を見ていた。
「大丈夫だよ。僕のほうがひとつ年上なんだから、これくらい頼ってほしい。心配しないで」
冬也はおだやかに話した。なんでも率先して自分でやってきたイチカは、『頼る』なんて初めての経験だった。
(いつもは、ひとりだから……)
イチカはぺこりと頭を下げた。
「じゃあ……よろしく、おねがいします」
「うん、僕にまかせて」
その頼もしい声が、旧校舎の静けさにやわらかく染みこむ。
イチカの胸には、感じたことのない温かさがじんわりと広がっていった。
「……よし、イチカくんも作り終わったね?」
冬也の問いかけに、イチカはしっかりとうなずいた。冬也も強くうなすぎ返す。
「それじゃあ——やろうか」
「はい!」
20
あなたにおすすめの小説
アリアさんの幽閉教室
柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。
「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」
招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。
招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。
『恋の以心伝心ゲーム』
私たちならこんなの楽勝!
夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。
アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。
心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……??
『呪いの人形』
この人形、何度捨てても戻ってくる
体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。
人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。
陽菜にずっと付き纏う理由とは――。
『恐怖の鬼ごっこ』
アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。
突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。
仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――?
『招かれざる人』
新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。
アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。
強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。
しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。
ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。
最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
大人にナイショの秘密基地
湖ノ上茶屋
児童書・童話
ある日届いた不思議な封筒。それは、子ども専用ホテルの招待状だった。このことを大人にナイショにして、十時までに眠れば、そのホテルへ行けるという。ぼくは言われたとおりに寝てみた。すると、どういうわけか、本当にホテルについた!ぼくはチェックインしたときに渡された鍵――ピィピィや友だちと夜な夜な遊んでいるうちに、とんでもないことに巻き込まれたことに気づいて――!
わたしの婚約者は学園の王子さま!
久里いちご
児童書・童話
平凡な女子中学生、野崎莉子にはみんなに隠している秘密がある。実は、学園中の女子が憧れる王子、漣奏多の婚約者なのだ!こんなことを奏多の親衛隊に知られたら、平和な学校生活は望めない!周りを気にしてこの関係をひた隠しにする莉子VSそんな彼女の態度に不満そうな奏多によるドキドキ学園ラブコメ。
下出部町内漫遊記
月芝
児童書・童話
小学校の卒業式の前日に交通事故にあった鈴山海夕。
ケガはなかったものの、念のために検査入院をすることになるも、まさかのマシントラブルにて延長が確定してしまう。
「せめて卒業式には行かせて」と懇願するも、ダメだった。
そのせいで卒業式とお別れの会に参加できなかった。
あんなに練習したのに……。
意気消沈にて三日遅れで、学校に卒業証書を貰いに行ったら、そこでトンデモナイ事態に見舞われてしまう。
迷宮と化した校内に閉じ込められちゃった!
あらわれた座敷童みたいな女の子から、いきなり勝負を挑まれ困惑する海夕。
じつは地元にある咲耶神社の神座を巡り、祭神と七葉と名乗る七体の妖たちとの争いが勃発。
それに海夕は巻き込まれてしまったのだ。
ただのとばっちりかとおもいきや、さにあらず。
ばっちり因果関係があったもので、海夕は七番勝負に臨むことになっちゃったもので、さぁたいへん!
七変化する町を駆け回っては、摩訶不思議な大冒険を繰り広げる。
奇妙奇天烈なご町内漫遊記、ここに開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる