その怪談、お姉ちゃんにまかせて

藤香いつき

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20. 遊園地の魔法

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 夜は幽霊のことよりも、遊園地のことが気になってしまった。
 電気を消してベッドに入っても、「デートってなんだろう」と考え続けてしまい、イチカはほんの少し寝不足だった。

 けれども、遊園地の入り口に立った瞬間、胸の奥がぱっとはじけるように明るくなった。にぎやかな音楽、色とりどりの旗、甘いポップコーンのにおい。最近は七不思議ばかり考えていたから、非日常の世界がいっそうキラキラして見えた。

「わぁー! ひろーい!」

 元気いっぱいのニコが先に駆け出す。その小さな手は、なぜか恭士郎の手をつかんでいた。

「恭士郎くん、行こー!」
「俺?」

 恭士郎は首をかしげつつも、振りほどかずに歩いていく。弟でもいるのか、せがまれるのに慣れているような自然な足取りだった。

(……あれ、お姉ちゃんは?)

 少しだけ気になったけれど、楽しそうなニコの顔を見て、イチカは何も言わなかった。
 後ろでは自然に冬也と並んで歩くことになった。

 この遊園地のチケットを用意してくれたのは冬也だ。氷室家は地主で、遊園地も土地を借りているらしい。そんな話を思い出すと、なんだか冬也の横にいるのが急に不思議に思えてきた。

「イチカくん、もしかしてよく眠れなかった?」
「えっ、そんなことないよ!」

 冬也は気づいているのかいないのか、やわらかい笑みを浮かべる。その笑顔にドキリとして、イチカは視線をそらした。

「次はジェットコースターいこー!」

 ニコは両手を広げて走り出す。手を引っぱられるまま、恭士郎もついて行った。「ニコの身長で乗れるか……?」と見下ろしながらも、すっかり『お兄ちゃん』の顔をしている。

(お姉ちゃんを完全に忘れてる……でも、ニコがうれしそうだからいいか)

 心の中でそうつぶやき、イチカは冬也と一緒に後を追った。

 ジェットコースターに夢中のニコは、「もう一回! もう一回!」と恭士郎を誘って連続で乗りたがった。イチカと冬也はベンチに座って見上げていた。
 最初は平気だった恭士郎も、五回目にしてはじめて「パス!」と手を上げた。

「じゃあ、僕が行こうか」

 ベンチから立ち上がろうとしたイチカに代わって、冬也が先に答えていた。
 イチカはソフトクリームを買って休んでいた。隣にやってきた恭士郎も腰を下ろす。

「ニコに付き合ってくれて、ありがとう」
「べつに」

 そっけない返事だったが、最初に感じた怖い印象はもうない。恭士郎はいつも七不思議を解くためにサポートしてくれている。縁の下の力持ちというのだろうか。ニコの面倒も嫌がらずに見てくれる。
 思わず、イチカは口にした。

「恭士郎くんって、優しいですね」
「優しいのは俺じゃない。冬也だ」
「え……?」

 イチカが聞き返すと、恭士郎はイチカを横目に見て言葉を続けた。

「昨日のあんたの顔、見てただろ。だから冬也は遊園地を言い出したんだ」
「……!」
「あいつは昔から、人の気持ちをよく見てる。まるで心を読んでるみたいにな」

 イチカはソフトクリームをにぎる手に力を込めた。

「…………」
「だれかのために動く——冬也とあんたは似てるな」
「え……?」
「ただ、冬也は俺を頼るけど、あんたは違う。ひとりで全部やろうとしすぎだ」

 短いひとことが、まるで水たまりに小石を落としたように、イチカの胸に静かな波を広げる。

「だから、まあ……今日くらいは『お姉ちゃん』としてじゃなく、ふつうに楽しめばいいだろ」

 恭士郎が言い終えるのと同時に、ジェットコースターを終えたニコが走ってきた。
 その後ろで、笑っている冬也と目が合う。

(昨日、私が怖がっていたから……楽しい気持ちになれるように、誘ってくれたんだ)

 イチカが聞けずにいると、

「イチカくん、ソフトクリームがついてるよ」
「……えっ!」

 冬也にくちびるを指差され、イチカはあわててこすった。
 ソフトクリームはキレイに取れたけれども、恭士郎の言葉は胸の奥で小さな灯りのように残り続けていた。

「僕たちも、ソフトクリームを食べようか」
「食べるー!」

 ニコに声をかける冬也の横顔を、イチカはそっと見つめていた。

 
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