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1. 氷の王子様・氷室冬也
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帰りの会の時間、五年一組の教室。
一番後ろの窓ぎわの席に座るイチカは、初夏の日差しに照らされながら、となりの子たちの話を聞いていた。
「マチコ先生のおまじない、やってみようよ」
「え~、でもちょっと怖いなぁ」
女子ふたりが、コソコソと話している。
最近よく聞く『マチコ先生』。コックリさんなら動画で見たことがあるけれど、マチコ先生は知らない。
……知らないが、イチカは似たようなものだろうと勝手に思っていた。
(『おまじない』なんて信じて、子どもっぽい)
心の中で、そっけなくつぶやく。
帰りのあいさつが終わり、イチカがその会話もすっかり忘れてランドセルを背負ったときだった。
——きゃあっと、女子たちのうれしそうな声があがった。『黄色い悲鳴』というやつだ。
教室の空気がざわつく。
視線を向けると、廊下から有名人が顔をのぞかせていた。
氷室冬也。この夢見坂小学校の児童会会長である六年生。
アイドルみたいな顔で、運動神経もよく、成績も優秀。夢見坂地区では知らない子がいないくらいの存在。
家は『地主さん』らしく、前に妹のニコから「おねえちゃん、ジヌシってなぁに?」と聞かれたことがある。
イチカは「お金持ちってこと」と答えた。
イケメンで、運動もできて、頭もいい。
——おまけにお金持ち。
『氷の王子様』と呼んで彼を推すファンがたくさんいるのを、興味のないイチカですら知っている。
そんな冬也が、わざわざ五年生の教室に現れたのだ。女子たちがさわぐのも無理はない。
遠巻きに囲む視線のなか、冬也は静かにクラスを見回す。
サラサラのチョコレート色の前髪の下で、冬也の目がすっと細められた。
ふと、目が合った。
帰るタイミングを逃して立ちつくしていたイチカも、自然とその目を見返してしまう。
冬也は、フッとすずしげな笑みを浮かべた。
「五年一組、二十一番。月森一花さん」
すき通るような声が教室に響いた。
集会で聞いたことのある、落ち着いた話し方。冬也は、はっきりとイチカの名前を呼んだ。
(……私?)
そのまま冬也は、イチカの席へと歩いてくる。
ざわざわざわ。周囲の視線がいっせいにイチカへと集まった。
「やあ、初めまして。僕は氷室冬也」
暑さなんて忘れてしまうほど爽やかな笑顔で、冬也はイチカの前に立つ。
こうして並ぶと、イチカより背が高い。前髪の奥の瞳が、まっすぐに見つめてくる。
『王子様』と呼ばれる理由がよくわかる——とてもきれいな顔をしていた。
だけど、その目はどこか冷たくて、大人びている。まさに氷の王子様。
「……私に、なんの用ですか?」
イチカは困ったように声を出す。
友達と話すこともほとんどないイチカにとって、こんな注目は苦手だった。
「いきなり来てごめんね? 実は、きみの力を貸してほしいんだ」
「……私の、力……?」
「うん、きみの——霊感少女の力を」
イチカは目をすこし細めた。
冬也は変わらず、にこにこと笑っている。
「きみ、学校の怪談を次から次へと解決しているんだよね?」
『学校の怪談』とは、夢見坂小に伝わる怖いウワサのことだ。
四月に入学してきた妹のニコはとても怖がりで、ウワサを聞くたび「学校行きたくない」と泣いてしまう。
イチカの家には父親しかいない。ニコが学校を休むと、父も仕事に行けなくなる。
それに、イチカだってニコが泣くのはイヤだった。
だからイチカは、妹のために怪談をいくつも解いてきた。
その話が広まって、いつのまにかついた呼び名が——霊感少女。
こっそりとそう呼ばれていることを、イチカ自身も知っている。
冬也はすき通る声で、もう一度はっきりと言った。
「霊感少女イチカくん。学校の七不思議を、きみの力で解いてほしい」
一番後ろの窓ぎわの席に座るイチカは、初夏の日差しに照らされながら、となりの子たちの話を聞いていた。
「マチコ先生のおまじない、やってみようよ」
「え~、でもちょっと怖いなぁ」
女子ふたりが、コソコソと話している。
最近よく聞く『マチコ先生』。コックリさんなら動画で見たことがあるけれど、マチコ先生は知らない。
……知らないが、イチカは似たようなものだろうと勝手に思っていた。
(『おまじない』なんて信じて、子どもっぽい)
心の中で、そっけなくつぶやく。
帰りのあいさつが終わり、イチカがその会話もすっかり忘れてランドセルを背負ったときだった。
——きゃあっと、女子たちのうれしそうな声があがった。『黄色い悲鳴』というやつだ。
教室の空気がざわつく。
視線を向けると、廊下から有名人が顔をのぞかせていた。
氷室冬也。この夢見坂小学校の児童会会長である六年生。
アイドルみたいな顔で、運動神経もよく、成績も優秀。夢見坂地区では知らない子がいないくらいの存在。
家は『地主さん』らしく、前に妹のニコから「おねえちゃん、ジヌシってなぁに?」と聞かれたことがある。
イチカは「お金持ちってこと」と答えた。
イケメンで、運動もできて、頭もいい。
——おまけにお金持ち。
『氷の王子様』と呼んで彼を推すファンがたくさんいるのを、興味のないイチカですら知っている。
そんな冬也が、わざわざ五年生の教室に現れたのだ。女子たちがさわぐのも無理はない。
遠巻きに囲む視線のなか、冬也は静かにクラスを見回す。
サラサラのチョコレート色の前髪の下で、冬也の目がすっと細められた。
ふと、目が合った。
帰るタイミングを逃して立ちつくしていたイチカも、自然とその目を見返してしまう。
冬也は、フッとすずしげな笑みを浮かべた。
「五年一組、二十一番。月森一花さん」
すき通るような声が教室に響いた。
集会で聞いたことのある、落ち着いた話し方。冬也は、はっきりとイチカの名前を呼んだ。
(……私?)
そのまま冬也は、イチカの席へと歩いてくる。
ざわざわざわ。周囲の視線がいっせいにイチカへと集まった。
「やあ、初めまして。僕は氷室冬也」
暑さなんて忘れてしまうほど爽やかな笑顔で、冬也はイチカの前に立つ。
こうして並ぶと、イチカより背が高い。前髪の奥の瞳が、まっすぐに見つめてくる。
『王子様』と呼ばれる理由がよくわかる——とてもきれいな顔をしていた。
だけど、その目はどこか冷たくて、大人びている。まさに氷の王子様。
「……私に、なんの用ですか?」
イチカは困ったように声を出す。
友達と話すこともほとんどないイチカにとって、こんな注目は苦手だった。
「いきなり来てごめんね? 実は、きみの力を貸してほしいんだ」
「……私の、力……?」
「うん、きみの——霊感少女の力を」
イチカは目をすこし細めた。
冬也は変わらず、にこにこと笑っている。
「きみ、学校の怪談を次から次へと解決しているんだよね?」
『学校の怪談』とは、夢見坂小に伝わる怖いウワサのことだ。
四月に入学してきた妹のニコはとても怖がりで、ウワサを聞くたび「学校行きたくない」と泣いてしまう。
イチカの家には父親しかいない。ニコが学校を休むと、父も仕事に行けなくなる。
それに、イチカだってニコが泣くのはイヤだった。
だからイチカは、妹のために怪談をいくつも解いてきた。
その話が広まって、いつのまにかついた呼び名が——霊感少女。
こっそりとそう呼ばれていることを、イチカ自身も知っている。
冬也はすき通る声で、もう一度はっきりと言った。
「霊感少女イチカくん。学校の七不思議を、きみの力で解いてほしい」
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