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第三話 失われた真実
第十二章:4 異世界の掟 2
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「それは……」
朱里は気づいたことを、口にせず呑み込んだ。彼方はすぐに察したのか、まるで代弁するように言葉にする。
「黄帝が道を閉ざしたのは、副担任を警戒して防衛策を強化したということ?」
奏はゆっくりと首を横に振る。
「判りません」
朱里は落胆を隠せないが、手掛かりを得るために気持ちを奮い起こす。
「現黄帝ということは、黄帝は不死身ではないんですか。世界を育む神様みたいな力をもっているのに、代がわりする?」
朱里の疑問には、奏が微笑みながら答えてくれた。
「私達にとっての神は、天意ということになるでしょうか。我々の世界を目に見えない掟で縛っているもの、あるいは守っているもの、それが天意であり、お嬢さんの言葉を借りれば神の意志です。神の意志は、私達には決してはかり知ることができません。たとえ黄帝でも同じです。神の意志は窺い知ることも操ることもできません」
「黄帝にも寿命があるんですね」
もっともな結論に達した朱里に、奏は再び首を振る。
「私達の寿命は天意――神の意志が握っています。こちらの世界と同じには語れません。私達には老いて滅びるという、肉体の限界は与えられない。これは天籍にあり、真実の名を持って生まれてきた者の定めです」
「不死身ではないけれど、不老だということですか」
「はい。私達は致命傷を受ければ死にますし、真名によって破滅することもあります」
「破滅……」
小さく呟きながら、朱里は考え込む。教えられた異世界の事実は数え切れない。
こちらの世界では考えられない、各々の魂魄に刻まれているという真実の名。真名を以って結ばれた絆は、決して破られることはない。許されない。
魂魄を賭けるに等しい行為。
朱里は再び息苦しさを感じて、深く呼吸する。
夢の中で、朱桜が闇呪に与えられていたもの。とても大切なものを託されたという思いだけを感じていたが、今ならもう辿ることができる。
彼に与えられたのは、真実の名。
闇呪は、愛を以って朱桜に捧げたのだ。忠誠を誓ったに違いない。
それが何を意味するのか。朱里は描き出された道筋を想像して、たまらない気持ちになる。
人々が語る希望と違わず、彼は自身が破滅する手段を形にしてしまった。
いずれ自分を滅ぼす相称の翼。文字通り破滅へと導く運命が巡り始めている。
闇呪――遥は、その事実をどのように受け止めているのだろう。
朱里は組み合わせた手に力を入れた。遥の想いが沁みる。
自身が傷つくことを厭わず、朱里を守り続けくれる。彼の答えは聞かなくても判る。
これまでの経緯が全てを明らかにしているのだ。
彼の揺ぎ無い想い。変わることのない愛。
考え込む朱里に何かを問いかけることもせず、奏が静寂を守るかのように、冷めた紅茶を口にした。
朱里は込み上げた激情をやりすごしてから、再び質問する。
「神の意志が握っている寿命は、要するに何かの成り行きで致命傷を受けたり、真名によって破滅したりすることを差しているわけですか。黄帝や天界の人が死ぬのは、誰かに殺される時だけ?」
「いいえ、もちろんそれだけではありません。黄帝を含め、私達の寿命は神の意志――天意によって、緩やかに終わりを迎える場合と、また唐突に終わりを告げることがあります。それが天意の定める寿命です。緩やかな終焉は、――こちらの世界の病に似ているかもしれませんが、私達はそれを享受すると云います。また、天意に著しく反した場合に与えられる、唐突な終焉があります。それは失落すると言います」
「――失落?」
「ええ、今の黄帝が生まれる前に御世を築いていた黄帝が失落しています。一人身を貫き、天帝の御世こそ果たされませんでしたが、黄帝の礼神である天帝の加護だけで世の安定を築いていました。王達が慕う人柄で、地界に渡り様子を眺めることもあったと聞きます。在位は短いですが、賢帝であったと言っても良いでしょう」
「そんな人でも、唐突に死んでしまうんですか」
「たしかに死因は唐突ですが、失落に至る場合、全く前触れがないわけではありません」
いつのまにか、雪と彼方も朱里の傍らで熱心に耳を傾けている。
「先帝はその治世の後半、女性への想いに溺れていたと噂されています」
「それ、聞いたことはあるけど詳しい経緯は知らないな。奏は誰が相手だったとか、知っているの」
彼方が興味津々の輝いた目をして口を挟む。奏が雪に視線を映すと、彼女は溜息をついてから答えた。
「私は聞いたことがあります。――先帝が熱をあげていたのが、先守の最高位である華艶の美女だったと」
「華艶の美女っ?」
彼方が心底驚いたと言いたげに、声をあげた。朱里は思わず一緒に叫ぶところだったと、口元を手で押さえる。素朴な疑問が浮かんだので、さりげなく聞いてみた。
「あの、華艶の美女って、先生や麟華に少しだけ聞いたことがあるんですけど。――そんな頃から生きているなんて、一体、何歳なんですか」
この問いには、奏も少し考える素振りをする。
「私にも詳しいことは言えませんが、彼女が先守の最高位についたのが、先帝の御世だったはずです。先守は真名を持ちませんが、自身の占いを偽らなければ寿命が訪れることはありません。もちろん外的要因で魂魄を落とすことは同じですが」
「そうなんですか」
ひたすら寿命の長さに驚嘆していると、彼方が意味不明な慰め方をしてくれる。
「そうだよ、委員長。僕達の寿命からすれば、こっちの世界の人なんてものすごく短命なんだよ。だから委員長は自分の気持ちを副担任にどかんとぶつけてみればいいんだ。伴侶がいようが、どうしようが、きっと副担任にとっても一瞬の綺麗な思い出になるって」
「そうよ、朱里さん。さっきの様子を見る限り、黒沢先生も朱里さんのことは気にかけていると思うの」
雪と彼方があらぬ方向へと盛り上げてくれるが、朱里にはただ苦笑することしかできない。好き勝手に朱里を煽っている二人に、奏もやれやれと吐息をついてから話を戻した。
「さて。先帝の失落についてですが、もちろん誰かを愛するだけでは、そんな事態にはなりません。先帝が華艶と想いを通わせていたのかどうかは判りませんが、悲劇は華艶が先守であったということです。先守は真名を与えらず、同時に真名を受け入れることも出来ません。先帝がどれほど望んでも、相称の翼には成りえない。天帝の御世を築くことはできません」
「もし愛し合っていたのなら、可哀想だわ」
雪がぽつりと呟いた。朱里は胸の奥でちりちりと何かが焦げているのが判る。
夢の中で、闇呪が想い続けた美しい女性。
彼の想いが遂げられなかったのも、同じ理由だろうか。それとも、華艶の美女が先帝を想い続けていたからだろうか。
「天帝の御世は、いつの世も人々の希望です。華艶の美女が先帝の心を奪っている限り、実現は有り得ない。そのためか、華艶は先帝の元を去り紺の地に引きこもったと言われています。それが彼女の意志であったのか、四国の意志によるものかは定かではありませんが。ただ、先帝の目には四国の思惑であると映ったようです。本来、世を育むためにある自身の力を、先帝は華艶を取り戻す駆け引きのために利用しました。四国の説得にも応じず、その暴君ぶりは別人のようであったと言われています。風聞がどこまで事実であるのかは判りませんが、当時の地界の被害は甚大なものであったようです」
「先帝は、それで天意の逆鱗に触れたんだ」
彼方の声に、奏が頷いた。
「先帝はそれにより失落し、その御世は唐突に終わりを告げました。そんなふうに著しく道を外れると、私達の寿命は終わりを告げます。それが真実であるのかどうかは判りません。ただ、過去を振り返れば、信じるに値するほどの類例が数多く記録されています。天意――神の意志はあり、目に見えない掟で世界を守っている。私達の世界では、誰もがそう信じています」
朱里は気づいたことを、口にせず呑み込んだ。彼方はすぐに察したのか、まるで代弁するように言葉にする。
「黄帝が道を閉ざしたのは、副担任を警戒して防衛策を強化したということ?」
奏はゆっくりと首を横に振る。
「判りません」
朱里は落胆を隠せないが、手掛かりを得るために気持ちを奮い起こす。
「現黄帝ということは、黄帝は不死身ではないんですか。世界を育む神様みたいな力をもっているのに、代がわりする?」
朱里の疑問には、奏が微笑みながら答えてくれた。
「私達にとっての神は、天意ということになるでしょうか。我々の世界を目に見えない掟で縛っているもの、あるいは守っているもの、それが天意であり、お嬢さんの言葉を借りれば神の意志です。神の意志は、私達には決してはかり知ることができません。たとえ黄帝でも同じです。神の意志は窺い知ることも操ることもできません」
「黄帝にも寿命があるんですね」
もっともな結論に達した朱里に、奏は再び首を振る。
「私達の寿命は天意――神の意志が握っています。こちらの世界と同じには語れません。私達には老いて滅びるという、肉体の限界は与えられない。これは天籍にあり、真実の名を持って生まれてきた者の定めです」
「不死身ではないけれど、不老だということですか」
「はい。私達は致命傷を受ければ死にますし、真名によって破滅することもあります」
「破滅……」
小さく呟きながら、朱里は考え込む。教えられた異世界の事実は数え切れない。
こちらの世界では考えられない、各々の魂魄に刻まれているという真実の名。真名を以って結ばれた絆は、決して破られることはない。許されない。
魂魄を賭けるに等しい行為。
朱里は再び息苦しさを感じて、深く呼吸する。
夢の中で、朱桜が闇呪に与えられていたもの。とても大切なものを託されたという思いだけを感じていたが、今ならもう辿ることができる。
彼に与えられたのは、真実の名。
闇呪は、愛を以って朱桜に捧げたのだ。忠誠を誓ったに違いない。
それが何を意味するのか。朱里は描き出された道筋を想像して、たまらない気持ちになる。
人々が語る希望と違わず、彼は自身が破滅する手段を形にしてしまった。
いずれ自分を滅ぼす相称の翼。文字通り破滅へと導く運命が巡り始めている。
闇呪――遥は、その事実をどのように受け止めているのだろう。
朱里は組み合わせた手に力を入れた。遥の想いが沁みる。
自身が傷つくことを厭わず、朱里を守り続けくれる。彼の答えは聞かなくても判る。
これまでの経緯が全てを明らかにしているのだ。
彼の揺ぎ無い想い。変わることのない愛。
考え込む朱里に何かを問いかけることもせず、奏が静寂を守るかのように、冷めた紅茶を口にした。
朱里は込み上げた激情をやりすごしてから、再び質問する。
「神の意志が握っている寿命は、要するに何かの成り行きで致命傷を受けたり、真名によって破滅したりすることを差しているわけですか。黄帝や天界の人が死ぬのは、誰かに殺される時だけ?」
「いいえ、もちろんそれだけではありません。黄帝を含め、私達の寿命は神の意志――天意によって、緩やかに終わりを迎える場合と、また唐突に終わりを告げることがあります。それが天意の定める寿命です。緩やかな終焉は、――こちらの世界の病に似ているかもしれませんが、私達はそれを享受すると云います。また、天意に著しく反した場合に与えられる、唐突な終焉があります。それは失落すると言います」
「――失落?」
「ええ、今の黄帝が生まれる前に御世を築いていた黄帝が失落しています。一人身を貫き、天帝の御世こそ果たされませんでしたが、黄帝の礼神である天帝の加護だけで世の安定を築いていました。王達が慕う人柄で、地界に渡り様子を眺めることもあったと聞きます。在位は短いですが、賢帝であったと言っても良いでしょう」
「そんな人でも、唐突に死んでしまうんですか」
「たしかに死因は唐突ですが、失落に至る場合、全く前触れがないわけではありません」
いつのまにか、雪と彼方も朱里の傍らで熱心に耳を傾けている。
「先帝はその治世の後半、女性への想いに溺れていたと噂されています」
「それ、聞いたことはあるけど詳しい経緯は知らないな。奏は誰が相手だったとか、知っているの」
彼方が興味津々の輝いた目をして口を挟む。奏が雪に視線を映すと、彼女は溜息をついてから答えた。
「私は聞いたことがあります。――先帝が熱をあげていたのが、先守の最高位である華艶の美女だったと」
「華艶の美女っ?」
彼方が心底驚いたと言いたげに、声をあげた。朱里は思わず一緒に叫ぶところだったと、口元を手で押さえる。素朴な疑問が浮かんだので、さりげなく聞いてみた。
「あの、華艶の美女って、先生や麟華に少しだけ聞いたことがあるんですけど。――そんな頃から生きているなんて、一体、何歳なんですか」
この問いには、奏も少し考える素振りをする。
「私にも詳しいことは言えませんが、彼女が先守の最高位についたのが、先帝の御世だったはずです。先守は真名を持ちませんが、自身の占いを偽らなければ寿命が訪れることはありません。もちろん外的要因で魂魄を落とすことは同じですが」
「そうなんですか」
ひたすら寿命の長さに驚嘆していると、彼方が意味不明な慰め方をしてくれる。
「そうだよ、委員長。僕達の寿命からすれば、こっちの世界の人なんてものすごく短命なんだよ。だから委員長は自分の気持ちを副担任にどかんとぶつけてみればいいんだ。伴侶がいようが、どうしようが、きっと副担任にとっても一瞬の綺麗な思い出になるって」
「そうよ、朱里さん。さっきの様子を見る限り、黒沢先生も朱里さんのことは気にかけていると思うの」
雪と彼方があらぬ方向へと盛り上げてくれるが、朱里にはただ苦笑することしかできない。好き勝手に朱里を煽っている二人に、奏もやれやれと吐息をついてから話を戻した。
「さて。先帝の失落についてですが、もちろん誰かを愛するだけでは、そんな事態にはなりません。先帝が華艶と想いを通わせていたのかどうかは判りませんが、悲劇は華艶が先守であったということです。先守は真名を与えらず、同時に真名を受け入れることも出来ません。先帝がどれほど望んでも、相称の翼には成りえない。天帝の御世を築くことはできません」
「もし愛し合っていたのなら、可哀想だわ」
雪がぽつりと呟いた。朱里は胸の奥でちりちりと何かが焦げているのが判る。
夢の中で、闇呪が想い続けた美しい女性。
彼の想いが遂げられなかったのも、同じ理由だろうか。それとも、華艶の美女が先帝を想い続けていたからだろうか。
「天帝の御世は、いつの世も人々の希望です。華艶の美女が先帝の心を奪っている限り、実現は有り得ない。そのためか、華艶は先帝の元を去り紺の地に引きこもったと言われています。それが彼女の意志であったのか、四国の意志によるものかは定かではありませんが。ただ、先帝の目には四国の思惑であると映ったようです。本来、世を育むためにある自身の力を、先帝は華艶を取り戻す駆け引きのために利用しました。四国の説得にも応じず、その暴君ぶりは別人のようであったと言われています。風聞がどこまで事実であるのかは判りませんが、当時の地界の被害は甚大なものであったようです」
「先帝は、それで天意の逆鱗に触れたんだ」
彼方の声に、奏が頷いた。
「先帝はそれにより失落し、その御世は唐突に終わりを告げました。そんなふうに著しく道を外れると、私達の寿命は終わりを告げます。それが真実であるのかどうかは判りません。ただ、過去を振り返れば、信じるに値するほどの類例が数多く記録されています。天意――神の意志はあり、目に見えない掟で世界を守っている。私達の世界では、誰もがそう信じています」
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