紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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あれは、二ヶ月前のこと。



妹のことを考えると、公爵家に帰らないわけには行かない。



だが…



毎夜、俺の部屋に忍び込んでくる義母にたまらず、王宮を出た足は屋敷とは反対方向の酒場に向けさせていた。何軒かの店を飲み歩き、酔いも回ってきた頃、ようやくお気に入りの酒場【銀の匙】に辿り着き、入ろうとしたときだった。



「こんな小さな子に、なにをするんですか!」と女性の声がした。



酒場の裏口にあたる道だろうか、細い路地に5~6歳ぐらいの少女を小さな体で庇う女性がいた。



真っ赤な髪、灰色のドレスに白いエプロン…そして緑色の瞳。

その瞳は3人の男達を睨んで…いや睨むと言うのとは少し違う、まるで体の芯が凍ってしまうような冷たい目と、そして凛とした声で相手を圧等していた。



それはまるで王が臣下を跪かせる…そんな畏敬を感じさせ、一瞬、騎士団長の俺も体が膠着するほどだった。



彼女の迫力の前に、3人の男らは呆然として戦意を失っていたが、ハッとしたようにようやく「ふ、ふざけやがって」「女のくせに!」と口々に罵っていたが、完全に腰が引けていた。



そこに俺が出てきたものだから、男らは蜘蛛の子を散らすように、四方八方に散り散りに逃げていった。

男らの逃げていった様を彼女は可笑しそうに笑うと、俺に顔を向けると、ほんのり赤くなった頬と緑色の瞳で俺を見つめ



「アークフ…、ブランドン公爵様、危ないところ助けて頂き、ありがとうございます。」



「…俺を知っているのか…」



「もちろんです、第一騎士団の団長でもあるブランドン公爵様をこの国で知らない人なんておりません。」



「……君の…」



「はい?」



「名前は?」



「ミーナ=コンウォールでございます。」



「コンウォール…?、コンウォール男爵家のご息女なのか?!」



彼女は小さく「はい」と言うと、彼女の腕の中で震えている少女の髪に口付けると



「いくら、優しい言葉をかけられても付いて行ってはいけないわ。もう泣かなくていいから…。さぁ、助けてくださった公爵様にお礼を言って、もうお帰りなさい。」



少女は俺にお礼を言って、走り去っていったが、その間俺はミーナ嬢から目が離すことができなかった。



それから後は、何を話したかあまり覚えていない…いやくだらない事を言ったのを覚えている、彼女が俺の名前を途中でやめ、二度もブランドン公爵と言い直したことがなぜだかもやもやして…。



「公爵位を拝命して間もないから、慣れていないんだ……できればアークフリードと呼んでくれ。」



何を言ってるんだ俺は…そう思っても彼女に名を呼んで欲しかった。



彼女は大きな緑の瞳をより大きく見開いて、一瞬戸惑うような表情を見せたが、にっこりと笑って



「はい、アークフリード様」と言ってくれた。





そんな彼女をただ見ていた。



どのくらいたったのだろう。 気がついたときには店の前まで出て、彼女の後姿を見送っていた。







ミーナ=コンウォール男爵令嬢。



あの凛とした姿、どこかで…そうだ…似ているんだ。



普段は無邪気な笑顔を振りまき、庭園の木に登ったり、衛兵にいたずらを仕掛け困らせた王女。

だが王族として、国民の前に出るとき…とても幼い王女とは思えない

神々しさで国民の心を掴んでいた王女に…。





…エリザベス…。



13年ぶりにその名を俺は口にしていた。







*****



その頃、酒場(銀の匙)を飛び出したミーナは店の裏口で膝を抱え、鼻を啜りながら半泣き状態だった。





ーやってしまった…。



彼が店に来ていると聞いて、お店の厨房からそっと覗いていたら、聞こえてきた彼の結婚話。

公爵の身分と年齢を考えれば、遅いぐらいの結婚話だ。

でも、その話を持ってきたのがバクルー国から嫁いできた義母なら、何か裏がある。

でも、妹のフランシス様を大事になさっている事を考えれば、お金の為に、義母からの偽りの結婚話を承諾されるかもしれない。

そう思った瞬間、私はもう動いていた。何も考えられなかった。





「でも…。」



そう口にして唇を噛んだ。



ー準備は整っていない。

何年もかけて来るべき日に向けて、準備をして来たけれど…まだだ。まだ動くには早い。



でも…嫌だった。

結婚なんてして欲しくなかった。





ミーナは崩れるように地面に腰を落とすと膝を抱え、ぼんやりと通りに目をやり、大きなため息をついた。

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