紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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「アークフリード…おまえ…」と口にしたライドだったが、それから先はなんと言ったらいいのか、 戸惑って言葉を濁した。



アークフリードはライドの戸惑う様子を見ながら言葉を選ぶように



「彼女は似ているんだ。マールバラ王国…エリザベス王女に…。」



「えっ…?」



「おまえの言う通り…彼女のことが気になってしかたない。でもこの気持ちは…いや…そうじゃない。俺は13年前に大切な人を守れなかった男だ。怖いんだ…怖いと…この…」と言って、アークフリードは自分の胸を叩き



「この、胸の中でもうひとりの俺が大切な人を失うことが怖いと言ってるんだ。俺は、俺は……もう失いたくない。あの無力感も味わいたくないんだ。だから恋など…しない。」



「アークフリード…。13年前、おまえは剣を手にして間もない13歳の子供だったんだぞ。あれ以上の事をできるはずはなかった。」



アークフリードは違うと言わんばかりに頭を振った。







ライドはアークフリードを冷静な男だと思っている、いや思っていた。

でも今、ライドの前にいるアークフリードは、まるで泣いているかのような顔をしている。



―子供の頃の恋心を、淡い想いだと簡単に言い切ることはできない。恋は恋だ。年齢なんて関係ない。だが、実る事が出来なかった恋に縛られるのは違うと俺は思う。人を愛する事は自分自身を見つめ、一歩先へ成長することだ。







友人としての思いは、芽生えつつある想いを大事に見守ってやりたい。

だがその反面、国を守る騎士団の副団長としては裏腹な事を考えてしまう。



ミーナ嬢が言う通り、偽装結婚は…有りだと。





妹のフランシス嬢の為に、このまま義母のパメラ様の勧める結婚をすれば、アークフリードは金で縛られ動けなくなる。それだけは避けたい。こいつを抑えられるとノーフォークは終わりだ。



だから、このチャンスを、ミーナ嬢がくれたチャンスを逃したくないと思ってしまう。

それが例え、アークフリードの心を抉ることになっても…パメラ様と同様にアークフリードに、身を売れと言っているのと同じだとしてもだ。



「アークフリード…いや…団長。」



突然、アークフリードを団長と呼びなおした俺を、アークフリードは俺の口からでてくる次の言葉の重大さに気が付いたのだろう。何も言わず俺を見た。





―友人としては最低だろうな。

だがこの国の騎士として言わねばならない。







ライドは大きく息を吸って言った。



「…今は国のことを考えてくれ。国が亡べば大事な人たちの命も、その人らの…想いもすべて消えてしまう。すまない。おまえの心の内を聞いてもなお、俺は…騎士団の副団長として頼む。コンウォールのご息女ミーナ嬢が伸ばしてくれた救いの手を取れと。」



アークフリードは黙ってライドの顔を見つめた。





―おそらくあいつだってわかってる。ミーナ嬢の提案に乗り、反撃のチャンスを伺うべきだとわかっている。だから、ミーナ嬢へと芽生えつつある想いに気づきたくないんだ。だが溢れだしそうな想いが、偽装結婚…という言葉すら口にする事を拒んでいるのだろう。



だから俺がおまえの代わりに…。







ライドのその目は激しく揺れていたが、口調は冷静な判断を下す、騎士団の副団長だった。



「ノーフォークは、バクルーからやってきた二人の女に侵されている。間違いなく後ろにはバクルー国が操っているのだろう。だが!今俺達は13年前の子供だった頃とは違う。今ならノーフォークの深奥に入り込んだ バクルー国の侵略を食い止められる。そのチャンスがきたんだと思う。ミーナ嬢からの……言いづらいが……金でフランシス殿のことは安心だ。これで、おまえを押さえ込むことができなくなる。 おまえを抑えられたらノーフォークはもうダメだ。複雑な思いだろうが、ミーナ嬢が差し出してくれた手を……取ってくれ。頼む。」



ライドはもっといい方法を考えつかない自分の知力を今日ほど、情けなくて思ったことはなかった。

(すまない。)と心の中で何度の言いながら、頭を下げアークフリードに決断を促した。そんな自分に吐き気を感じながら。





予想していたライドの言葉だったが、アークフリードは思わずライドから視線を外した。



―国が亡べば…大切な人たちの命も、そして想いも…すべてが終わってしまう。わかっているんだ…バクルー国の思惑を砕かない限り…13年前と同じ悲劇の道をたどることになるだろうということは…。だが…。





アークフリードはゆっくりと顔を上げ、頭を下げるライドを見た。いや震える肩を見た。



―こいつ…泣いている。

厳しく冷たい言葉を言いながら、涙を隠すように頭を下げて…泣いている。バカやろう…。おまえが泣いてどうする。



フウ~。…だから言えた。言わなくてはならないと思った。









「手詰まりな状況下の今、それが最善の方法だな。」…と



「…すまない。」





―今は…ただこの国を守る。それは13年前の悲劇から抜け出し、胸の中に芽生えつつある何かを見つめることができる唯一の道へと繋がる。そう、今はこの国を守ることだけを考えるんだ。





頭を下げ続けるライドにアークフリードはそれ以上はなにも言わず、店の者にウオッカを瓶で注文するとほんの少し微笑み、ライドの空になったグラスにウオッカを注いだ。グラスに注がれるウオッカの香りに気がつき、ライドは滲んだ眼を何度も擦り、グラスを手に取ると顔を上げた。ライドの真っ赤になった眼と鼻を見て、アークフリードは



「男の涙も…結構…胸にくるよなぁ…」と言って苦笑した。



ライドの目が涙の幕で揺れながら、鼻声で言ったのはいつもおちゃらけた言葉。

「…なんだ。俺に惚れたか…。」



アークフリードは飲んでいたウオッカを噴出し「おぞましい事をいうな!」と怒鳴ったが、その口元は大きく広がり、笑い声を店に響かせた。



そんなアークフリードの横顔を見つめ、ライドは一気にウォッカを呑むと、熱くなった喉を冷やすようにフウ~と息を吐き



「アークフリード!今だけはなにも考えず呑もうぜ。」



その言葉にアークフリードはしっかりと頷いた。


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