紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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迷う気持ちに蓋をして、アークフリードはすぐに動いた。







行動を起こす前に、一度ミーナと会って話をしたかったアークフリードだったが、 義母パメラに気づかれる心配とバクルー国の横槍が入るのを恐れて、アークフリードはミーナ宛の手紙を添え、翌々日には、コンウォール男爵家に使者を送った。







いくらミーナからの話だったとはいえ、アークフリードは偽装結婚を頼む事を、まだどこかで迷いながら書いたのだろう。ところどころにどう書くべきなのかと迷うように、インクが濃く残っていた。

そんな手紙を何度も読み返しながら(アークフリード様、私はそんなに弱くないです。)と言っていたミーナだったが、アークフリードの迷うような跡が残った濃いインクを指でなぞっているうちに、ミーナはいつしか唇を噛んでいた。





―アークフリード様、私に謝ることなんかないんです。



寧ろ、私のほうが…。













~~~~







ミーナ・コンウォール嬢へ









あなたの申し入れに深く感謝している。



だが、いくら国の為とはいえ、あなたが犠牲になることにはやはり心が痛む。

女性にとって結婚は大きなイベント、美しいウエディングドレスに身を包み、友人らの祝福を受け…。



それが偽装結婚となってしまったら…申し訳ない。

だからあれから考えが変わったのであれば、断れないなどと思わないでくれ。なによりも自分の気持ちを大事してほしい。どうか自分の心に正直な答えを導いてくれ。



バクルー国に歯向かうこともできない無力な私が、誓う約束などにあなたはどれだけ信じてくれるだろうか、だがこれだけは誓わなければならない。もしこのままこの計画を進めるのであれば。



約束する。俺はあなたに指一本触れないことを。





私が不甲斐ないせいで、あなたまでも巻き込んでしまったことを許してくれ。

アークフリード・フェリックス・ブランドン







~~~~







―進むしかない。アークフリード様の為にも、そして私の為にも。



アークフリードからの手紙を抱きしめ、ミーナはその言葉を何度も繰り返すと、父であるコンウォール男爵の書斎へと足を運んだ。







―時期がほんの少し早まっただけだ。みんなはきっとわかってくれるはず。私の思いを知っているから、きっとわかってくれる。











*****















緑の瞳を見つめながら(どうして…運命は)と心の中で言うと、コンウォールはミーナから視線を外し、机の上へと無理やり眼をやった。







コンウォールは、ブランドン公爵の周辺がおかしい事に気がついていた、だからある程度、ミーナの動きを予想していたつもりだった、だがミーナの口から偽装結婚と言う言葉が出たときにはさすがに眼を瞑って心を落ち着かせるために、ほとんど吸うことがない机の上のケースから葉巻を震える手で取り、



(落ち着け、落ち着け)と繰り返し心の中で言っていた。













コンウォール男爵は、爵位は高くはなかったが、あまりにも頭が切れる為に、上位の貴族から一目おかれ、また恐れられていた。







もともと商人だったのだが、20数年前多くの資金を使って孤児院や病院を作り、その名声は海の向こうの大陸まで及び、その働きから男爵を賜ったのだったが…ところが…彼自身は、名誉にも、お金にもこだわらない人物で、ただ家族を愛する男だった。そんなコンウォールだったが、思いとは裏腹に手広く商いをするコンウォール商会は、ノーフォーク国のみならず、近隣の国々や海の向こうの大陸にも、その名は知れ渡っていた、特に彼の繊維会社で作られた織物の評判は大変なものだった。名誉も金も彼の周りに集まってきた、だがそれは同時に、その財力を虎視眈々と狙うものも大勢集まることとなった。







その為、コンウォール男爵は娘のミーナが幼少の頃、身の安全を考えて、妻と娘を公に出すことは一切なくなり、上流階級や貴族の娘で、正式に社交界にデビューするデビュタントボールにでさえ、コンウォールは娘のミーナを出しはしなかった。それで社交界にミーナの名は知っていても顔を知る者はほどんどいなかった、いや、中には存在さえ知らぬ者さえいた。それほど大事にしていた娘だった。







コンウォールは、葉巻をしっかり手に持ち、黙ってミーナに向かって頷くと、ミーナがホオッとした顔が見えた。だが、コンウォールはなにも語らずゆっくりと窓へと足を進めた。











ーわかっていた。そして…それを認めるしかないことを…。







彼女の幸せは…。



彼女の幸せを願うと言うことは…。



それはこの苦難の先にしかないと言う事を…。







だから私は勝負に出たのだ。

まだ、時期早々という点では、彼女と私の考えは一致していたから、情報を遮断することはできた。だが何も知らないまま、もしアークフリード様に何かあれば…彼女は…私に隠れてでも…。







そう思ったと同時に、コンウォールは顔を歪めた。









ー…動くだろうな…あの方を守るためなら必ず彼女は動く。どんな危険でも冒すだろう。

ならば彼女が歩く困難な道を少しで歩きやすく、そして安全にしてやるべきだと思った。



だから、私自身も覚悟を決めた。情報をあえて遮断しなかった。そのはずだった。

そうだ…覚悟を決めたはずだった…だが…辛い。





コンウォールは静かに眼を瞑り、心の声をこれ以上…聞くことやめた。







母であるプリシアも複雑な思いで、ミーナを見ていた。



「良いのですか?」



「はい、私はアークフリード様に嫁ぎたいと思っております。」そう言うと、にっこり微笑んだ。







プリシアは、小さな声で祈りの言葉を言うと、部屋にいる使用人達に下がるように言って佇まいを直し、ミーナの前に跪くと、瞳を潤ませてはいたがしっかりとした声で「その結婚は、もしかして…白い結婚…」と途中まで言ったがその先の言葉は出てこず、抑えていた涙が堰を切ってこぼれ落ちていった。







コンウォール男爵は、妻の抑えた泣き声を聞いて手に持っていただけの葉巻に、ようやく火を入れた。





そして窓の向こうの景色に目をやり、夕焼けが美しい空をぼんやりとみて呟いた。











「嵐が来る。すべてを奪う嵐が…」と…。
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