紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

文字の大きさ
17 / 78

16

しおりを挟む
どれぐらいたったのだろ、コンウォールの言葉でし~んとなった部屋をノックする音がした。

「ミーナです。お父様よろしいですか。」

「あぁ…ミーナか。」

だがなかなか入ってこないミーナに、 コンウォールは声をかけようと口を開こうとしたときだった。ガタガタガタ…ガタン!!と何かが落ちる大きな音とミーナの叫び声が、扉の向こうから聞こえた。


あんな話の後だったからだろう、三人の男達は慌てて立ち上がろうとしたが、アークフリードが最初に動いた。

「ミーナ!!」と叫んだ時には、もうすでに立ち上がり、扉のノブに手をかけていた。


 だが扉を開くと、転倒でもしたのだろうか、扉の前で何冊も本が散らばり、その中にミーナがひとり座り込んでいる。

魔法という不思議な力を持ったパメラの事が頭にあったアークフリードは、安心したのだろう。
微笑みながら
「何かあったのかと心配した。…大丈夫か?」

だが、ミーナは真っ赤な顔で、アークフリードを見上げ、茫然としている。

アークフリードは首を傾げ、(どうしたのだ?)と口を開く寸前、ミーナの小さな声が聞こえた。



「…あっ、あの……今なんと…」


言われたアークフリードは訝しげな顔で「今…?」とまた首を傾げ、助けを求めるようにライドを見た。


―マジかよ…。朴念仁。はいはい、わかりました。ここはお兄ちゃんの恋を喜ぶフランシス殿の為、そして戦い前だというのに、この重苦しい空気を払拭する為。

ライドは深呼吸をすると、大きな声で
「ミーナ!!!」と叫ぶと、また深呼吸をして「アーク…おまえ、こんな風に叫んでたぞ。」


アークフリードは硬直し、ミーナはどこから顔でどこから髪なのかわからないくらい真っ赤になった。


ライドはにやにやと笑って小さな声で「ミーナだって、もう呼び捨てかよ。」とアークフリードをからかうと コンウォールに向かって微笑んだ。



コンウォールは、ライドの意図がわかったのだろう。
明るく振舞うライドの意図が、固まったままのアークフリードとミーナを見ながら、小さく頷くと

「結婚するのですから、ミーナと呼んでよろしいじゃないですか…」と言いながら笑ってミーナのばら撒いた本を拾い始めた。


だが、そんな空気がまた一変した。

真っ赤な顔で下を向いていたミーナがゆっくりと顔を上げ、厳しい表情で
「お父様、これは偽装結婚です。怪しまれないように名を呼ぶのは仕方ないことも今後あるでしょう。人の眼があるときは、恋人として…振舞うこともあるでしょう。でも、色恋沙汰なぞ…今そのようなことを言ってはアークフリード様のご迷惑になります。」



ライドはミーナの剣幕に驚き、すぐ隣にいるアークフリードに目をやった。
ミーナを気にしているアークフリードを気遣ったのだが…アークフリードは一瞬眼を細めたが、黙ってミーナの落とした本を集め始めた。


―おいおい、ミーナ嬢、そこまで言わないでやってくれよ。あいつハートはガラスなんだよ。はぁ…空気がまた重くなったぜ。



ライドが心配していた通り、ミーナの言葉はアークフリードの心を傷つけていた。



―なぜ…だろう。なぜこんなにショックなのだろう。ミーナ嬢の言う通り、これは偽装結婚。そう偽装結婚だ。

だが…いや、今は…考えたくない。








ミーナはミーナで思っていた。

ー私は、彼に愛されることはないのに、”ミーナ”とそう呼ばれるのは辛い。

だめ…考えてはいけない。本当の私を知れば、本当のことを知れば…私から離れていくだろう。

もう決めたこと… 私は彼のために命をかけると、だから…こんなことで動揺してはいけない。







コンウォールは密かに溜め息をつき、気まずい空気の中で最初に口を開いた。
「ミーナ、これが例のものか…」とばら撒いてしまった本の中で、かなり分厚い本をヒョイと片手で拾い上げた。


ミーナは、父の眼の鋭さが自分の考えていることを知っているように思えて息を飲んだが、ゆっくりと頷いた。

「はい、そのなかにバクルー王から、ノーフォーク王への親書の写しが入っています。」



ライドもアークフリードも驚きを隠せなかった。
「な…なぜ、なぜバクルー王からの親書の写しなぞ、手に入れられるんだ?でもそれ、本だろう?」ライドの震える声が大きく響いた。



「本の中が空洞なのか…」



アークフリードが掠れた声で小さく言うと、その本からコンウォールの顔に目を移した。

「コンウォール男爵、でもいったいどうやって手に入れられたのですか?」


「ブランドン公爵様、何事もこれでございます。」とコンウォールは一言いうと右手の親指と人差し指を丸くし合わせ…残り三本の指を立て、「わたくしが稼ぐのはこの為でございます。」と笑った。





本の中からバクルー国の刻印が入って親書が出てきた。それをコンウォールはゆっくりと取り出し、新書に目を走らせると、眉を上げ

「公爵様、バクルー王は仕掛けてきました。懐妊するはずがないカトリーヌ王妃の、懐妊祝いに来ると言ってきています。」

「どういう意味ですか…懐妊するはずがないというのは」アークフリードが怪訝な顔で訊ねた。



その問いに対し、コンウォールが答えようとしたときだった。           





 


「それはカトリーヌ王妃が、人ではないからです。」







ミーナの声が低く客間に響き、アークフリードは驚愕の眼を見はった。





 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

翠月 瑠々奈
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ
恋愛
18歳の近衛兵士アツリュウは、恋する王女の兄の命を救ったことで、兄王子の護衛官になる。王女を遠くから見られるだけで幸せだと思っていた。けれど王女は幼い頃から館に閉じ込められ、精神を病んだ祖父の世話を押し付けられて自由に外に出れない身だと知る。彼女の優しさを知るごとに想いは募る。そんなアツリュウの王女への想いを利用して、兄王子はアツリュウに命がけの戦をさせる。勝ったら王女の婚約者にしてやろうと約束するも、兄王子はアツリュウの秘密を知っていた。彼は王女に触れることができないことを。婚約者になっても王女を自分では幸せにできない秘密を抱え、遠くから見るだけでいいと諦めるアツリュウ。自信がなく、自分には価値がないと思い込んでいる王女は、アツリュウの命を守りたい、その思いだけを胸に1人で離宮を抜け出して、アツリュウに会いに行く。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

走馬灯に君はいない

優未
恋愛
リーンには前世の記憶がある。それは、愛を誓い合ったはずの恋人の真実を知り、命を落とすというもの。今世は1人で生きていくのもいいと思っていたところ、急に婚約話が浮上する。その相手は前世の恋人で―――。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

恋は、やさしく

美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。 性描写の入る章には*マークをつけています。

処理中です...