魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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 学園生活が始まって数日。
 今日は魔法訓練場に来てみた。

 訓練場は広く、透明な結界が空間全体を覆っている。
 ここなら思いきり魔法を使っても安全だ。

 私は小さく息を吸い込んだ。

「……灯火キャンドル

 指先に小さな炎がともる。
 それを見つめるだけで、胸の奥がふわっと温かくなった。

火炎弾ファイアボール!」

 手のひらを前に出して、まとに向かって火の玉を放つ。
 火の玉がまっすぐに飛び、的に当たって弾ける。
 的当てゲームみたいで楽しい。

火壁ファイアウォール!」
 
 壁を作り、形を変え、また弾けさせる。
 魔法、楽しい。もっと使ってみたい。

 この世界では、魔法が使えるのは全人口の10%くらい。
 素質を持っているのは、王侯貴族が多い。
 魔法の属性は光、闇、火、水、風、土の六種類あって、ほとんどの人は得意属性のひとつだけしか実用レベルでは使えない。
 得意属性以外だと消費魔力が増えてしまうんだよね。
 特に火と水みたいに相反する属性だと何倍も魔力が必要となってしまう。

「……あ」
 
 夢中になってあれこれ試しているうちに、身体がふらりと傾いた。
 視界がかすむ。

 ちょっと魔法を使いすぎたかも?

 焦った瞬間、誰かが私の肩を支えてくれた。

「大丈夫か?」
「……殿下」
 
 顔を上げると、なんとアトレイン殿下が心配そうに私を覗き込んでいた。
 さっきまで近くにはいなかったけど、いつの間に?

「偶然通りかかったんだ」
「そうでしたか、ありがとうございます。魔法を使いすぎました。疲れただけなので、休めば回復します」

 礼を言うと、殿下は眉を寄せて、訓練場のベンチまで私を導いた。
 座らせてくれて、懐から小瓶を取り出す。

魔力マナ回復薬ポーションだ。飲むといい」

 淡いピンク色の液体は、口に含むと、イチゴの味がした。
 ……おいしい。
 そういえば講義の時にくれたキャンディもイチゴ味だった。
 アトレイン殿下はイチゴ味がお好きなのかな?

 飲み終えた途端、殿下が私の手を包み込む。
 ドキッとして慌ててしまう。

「で、殿下……?」
「魔力を少し分ける。拒まないでくれ」

 なんて優しい声。
 
 体の奥に温かな光が流れ込んでくる。
 学園ではまだ習っていない、他人に魔力を譲渡する魔法だ。
 指先から、胸の奥までじんわりと満たされていくみたい。
 間近な距離で心配そうに見つめられて、心臓がくすぐったい。

 あ、あれ? おかしいな。
 私はこの殿下に嫌われている悪役令嬢なんだけどな?

「か、かなり楽になりました。ありがとうございます、殿下」
「あなたと話す機会が持ててよかった。ずっと謝罪したかった」

 前から思ってたんだけど、「あなた」って。
 丁重に扱われている感じがして、むずむずする。
 そしてこれが原作の断罪シーンでは「お前」に変わるんだよ。ギャップが怖すぎる……。
 
 私が感謝と若干の恐怖に震えながら殿下を上目にチラ見すると、彼はまっすぐ私を見ていた。

「しゃ、謝罪とは、なんでしょうか、殿下?」
「あなたを苦しめる噂があったのに、今まで俺はあなたに寄りそうことも守ることもしなかった。つらい思いをたくさんさせたと思う。すまなかった」
「え……っ?」
 
 私の噂の数々を殿下は信じていないってこと?
 私、殿下に嫌われていないのかも?

「わ、私は気にしていません。殿下はお姉様のご体調でもお忙しいでしょう? ご心痛、お察しいたします。そんな大変な時に私のことまで気にかけてくださり、ありがとうございます」

 そう言って微笑むと、殿下は照れたように視線を逸らし、口元に拳を当てて小さく頷いた。
 
 ……嬉しい。心が軽くなった気がする。
 
 少し休んで体調が回復した頃。
 殿下が寮まで送ってくれるとおっしゃるのを謹んで遠慮して、私は寮に戻るべく歩き出した。

「ん……? あそこに見えるのは」

 遠目にチラッと見えたのは、目立つ夕陽色の長身男子が銅像に手を伸ばしている姿だった。
 レイオンだ。なんか恍惚とした表情で銅像をぺたぺた触っている。
 わあ……間違いない、銅像フェチだ。
 
 まあ、フェチズムは人それぞれだよね。
 私だって教授フェチだ。見なかったことにしておこう。
 
 そっと視線を逸らし、再び歩き出す。
 すると、元友人グループの令嬢の悲鳴が聞こえた。
 
「返してください! それは私の物です!」
 
 聞き覚えのある声に、私は足を止めた。
 噴水の近く、ベンチの周辺に人だかりができている。
 
 近づいてみると、中心にいるのはコレット・グリーニアと、私の『元』友人だ。
 『元』友人はスカイホエール寮のワッペンをつけていて、名前はアニス。

 アニスは泣きそうな顔でコレットに詰め寄っている。
 
「これは亡くなったおばあさまが私に遺してくれた懐中時計なんです。とても大切な物で……」
「ちょ、ちょっと。いきなり捲し立てないで。びっくりするでしょ」
  
 アニスに驚いた様子で声を返すコレットの手の中には、古びた銀の懐中時計があった。
 
 あ、あの懐中時計……!
 
 あれはアニスのおばあさまの形見だ。
 中には、アトレイン殿下の姿絵が入っている。しかもアニスの手書きで、吹き出しで「俺が付いてるよ」というセリフ付き。
 殿下に憧れていた彼女は、いつも懐中時計を大切に持ち歩いてお守りにしているんだ。

 コレットは懐中時計を見せびらかすようにして、困ったような笑顔を浮かべた。
 
「あたし、ベンチの下に落ちてるの見つけたの。誰の物かわからなかったから、拾っただけよ?」
「でも、私、さっきまでここで勉強していて……ほんの少し席を離れただけで……か、返して……」
「盗んだみたいに言わないでよ。落ちてたのを拾って、見てただけよ。それに、落とし物は拾った人の物になるって聞いたことあるけど? 貴族様ならお金持ちだし、こんな小さな物ひとつにそんなに必死にならなくてもよくない?」
 
 ……返す気がないの?
 ぎょっとしていると、アニスも同じことを思ったようで声量を上げた。
 
「形見だって言ってるじゃないですか! お金持ちとか関係ないです!」

 すると、コレットも対抗するようにキンキン声で吠え返す。
 
「喚かないでったら! そうね、形見って言ってたわね! いきなり早口で怒鳴るから理解できてなかったわ。というか、本当にあなたの持ち物かもわからないと思うのよね」
「何言ってるの!」
 
 うわぁ、完全に揉めてる。
 まるでアニスが不当な言いがかりをつけていて、自分は被害者だと言いたいみたい。
 
「そうだ。でもあなたの物だって証明できるなら、返してあげてもいいわよ。中に何が入ってるか、言える?」
「え……あの、姿絵が……」
「姿絵? 誰の姿絵? あなたのおばあさま?」
 
 コレットは懐中時計を開こうとする。
 い、いけない。中身は自作絵のアトレイン殿下(セリフ付き)だよ!
 
「だ、だめです! 開けないでください!」
 
 アニスが必死に手を伸ばすが、コレットは時計を高く掲げた。
 
「確認しないと、本当にあなたの物かわからないじゃない。ほら、今開けて――」
「やめてください! それは私の、大切な……!」

 や、やめてあげて~~!
  
 私の心が共感性羞恥でいっぱいになる。
 揉めている相手に自作の推し絵(セリフ付き)を暴かれて「見てよ、こんなのを入れてた!」と見せ物にされるのは、つらすぎる。
 
 友人アニスは、他の子と一緒に私の陰口を叩き、評判を落とした。
 もう友達じゃない。私はそう思っているし、相手もそう思っているだろう。
 
 でも――それでも。
 彼女の秘密を、こんな風に暴かれるのは見ていられない。
 
「コレットさん! 待って!」
 
 声をかけると、コレットがびくりと肩を震わせて振り返る。
 
「パメラさん……?」
 
 警戒の色を帯びた葡萄色の瞳が、私を見据える。
 この子と不仲になると破滅が近づく。そんな危機感が私の脳内に湧いた。けれど。
 
「それは、彼女の物です。返してあげてください」
 
 言ってしまった!
 
「あたしは、拾っただけ。落とし物を拾うのは、悪いことじゃないですよね?」

 コレットは言い返している。
 感情的になったら悪役道に足を踏み入れてしまいそう。
 他の人も見ている。
 客観的に見て私の言い分が正しいと思ってもらえるように、道理を説いてみよう。
 
「落とし物を拾うのは良いことです。そして、拾った後で持ち主が現れたのなら、返すべきです」
 
 コレットが困ったような表情を作る。
 庇護欲をそそる可愛い顔だ。
 ……しかも、もしかして魅了の魔法を使ってない?
 周囲にいる男子生徒が何人か、同情的な視線を注いでいるのが怖い。

 でも、仕方ない。ここは覚悟を決めよう。
  
 私も推し活をする身だ。
 手書きの推しの絵(セリフ付き)は守ってみせる!
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