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「彼女は泣きながら、祖母の形見だと言っています。それに、開けないでと懇願している。それを無視して開けようとするのはコレットさんらしくない、と思います」
「……あたしの何を知ってるって言うのよ」
あっ、うん。そう思うよね。
私たち、知り合って間もないもんね。言葉の選択を間違ったかな?
「パメラさんは貴族だから、平民を見下して貴族の味方をするのよね」
「そうではありません」
「パメラさん、この前、昼食に来なかったけど、あたしと一緒が嫌だったのよね」
「いえ……」
こんな風に被害者ぶられたら、原作通りに悪役令嬢になってしまいそうで怖い。
でも、目に涙を溜めているアニスが見えて、私はきっぱりと首を振った。
「もし、コレットさんが大切な物を失くして、誰かが拾ってくれたとします。でも、その人が『本当にあなたの物か確認する』と言って、あなたが見られたくない中身を無理やり見ようとしたら、どう思いますか?」
「それは……」
コレットが言葉に詰まる。
「あたしは、ただ拾っただけで……」
「拾っただけなら、返してあげてください。私はアニスの友人でしたので、その懐中時計が彼女の大切なものだと知っています。返してあげてほしいんです」
私が手を差し出すと、コレットは悔しそうに唇を噛んだ。
「……貴族は、いいよね。何でも持ってて。家同士が仲良しで小さい頃から友達関係も出来上がってるんでしょ!」
「そうですね。家同士の交流で友達グループが自然とできていたりします。でも、家同士の交流で幼馴染ができるのって、貴族に限った話ではないんじゃないでしょうか?」
確かコレットにも幼馴染はいたはずだ。
原作に少しだけ出てきた設定を思い出しながら言えば、コレットは「そうね」と頷いた。
コレットは頭の良い子だ。破天荒だけど善良な子のはずだ。
……だって、主人公だもん。
「コレットさん。平民も貴族もそんなに変わらない、同じ感情を持つ人間です。大切なものを返してもらえないのは辛いことです。そう思いませんか?」
「なんか、ずるい感じ。そう言われたら違うって言えないじゃない」
コレットが、ぎゅっと懐中時計を握りしめる。
その姿は、なんだか幼く見えた。
……物語が始まったばかりの主人公は、未熟なんだ。これから成長するところなんだ。
「コレットさん。あなたは優秀な方です。努力家で、誰よりも頑張っている。それは、素晴らしいことです」
読者だった私は、コレットの努力の日々を知っている。
私はコレットという主人公が好きだった。
それもあって、敵対を避けたかったんだ。
そんな自覚をしつつ、一歩、近づいた。
「コレットさんに悪意的に絡んでくる人がいたら、反撃するのはいいと思うんです。でも、そういう人がいない時は、あなたの才能や努力を他人を傷つける方向に使わないでください」
「……」
原作の主人公は、読者が自分の分身みたいに思って苦労に共感し、努力を応援して、成功を喜ぶ存在だった。
私は闘病生活でコレットに勇気をもらった。
コレットが成功していく様子に励まされた。
努力は報われるのだと思わせてもらえた。
だから、コレットには誰かを傷つけてほしくない。
沈黙が流れる。
気まずさに何か言葉を足すべきか迷い始めた頃、陽だまりのような声が響いた。
「パメラの言う通りだ」
振り返ると、アトレイン殿下が立っていた。
「あ、アトレイン殿下……!」
コレットの顔が、ぱっと明るくなる。
そして、アニスの顔は真っ青になった。
理由はわかる。
懐中時計の中の姿絵、ご本人に見られたくないよね!
私がアニスの心中を察してそわそわしていると、コレットはアトレインに庇護を求めようと近づき、抱き着こうとしている。
「殿下! 聞いてください、あたし――」
「今のやり取りは、最初から見ていた」
殿下の声は静かだった。
「コレット嬢。君の苦労は、俺も知っている。平民として学園に通うことが、どれほど大変か。君は特に属性差別も受けやすいし、友達だって作りにくいだろう――」
その声は優しい。
アトレイン殿下は平民を思いやる慈悲に溢れた王子様で、原作でもコレットには特に同情的だ。
「どうしてそんなに?」ってみんなが不思議に思うような過保護さで守ってくれるんだ。
この流れだと殿下は原作通り、コレットを全力で擁護して私を責めるのかな?
肝を冷やしていると、殿下はコレットの肩を掴んで自分から離し、言い含めるように言葉を紡いだ。
「――だが、だからといって、他人の物を返さない理由にはならない」
……おおっ。
殿下が私と同じ意見を?
「で、でも……」
「君は優秀だ。努力家だ。だからこそ、その才能を正しい方向に使ってほしい」
……で、殿下が私と同じことを!
「他人の物を欲しがる気持ちは、理解できる。だが、それを実行に移してしまえば、君が今まで積み上げてきた努力が、全て無駄になってしまう」
「……あ、あたし、別に」
「君は、そんな風に自分を貶めるような人間じゃないだろう?」
殿下の言葉に、コレットはぎゅっと眉根を寄せて葛藤する気配を見せた。
そして、数秒経ってから小さく呟いた。
「……ごめんなさい」
小さく呟いて、コレットは懐中時計をアニスに返した。
「……っ、ありがとうございます」
「こんなに面倒な騒ぎになるなら、拾うんじゃなかったわ」
アニスが懐中時計を抱きしめて、涙を流す。
コレットはそれを苛立たしそうに見て捨てセリフを残し、立ち去っていった。
「まるであたしが悪役じゃない。友達ができなくなっちゃうわ」
その後ろ姿はどこか寂しげで、胸の奥がちくりと痛んだ。
「さあ、みんな。見世物は終わりだ。それぞれの場所に戻りなさい」
殿下の声に、野次馬たちが散っていく。
残されたのは、私と殿下と、涙を拭うアニスだけ。
「パメラ……」
アニスが、震える声で私を呼んだ。
「ありがとう。助けてくれて……」
「気にしないで。当然のことをしただけだから」
私が微笑むと、アニスは懐中時計をぎゅっと抱きしめた。
「わたし……あのグループ、抜けたの」
「え?」
「パメラを陥れようとしていたあの子たち。わたし、ついていけなくて。寮も別になったし……グループを抜けたの」
アニスはスカイホエール寮のワッペンを指さし、ぺこりと頭を下げてくれた。
「以前はごめんなさい。わたし、パメラが悪い人だなんて、一度も思ったことがなかった。でも、みんなが言うから……」
「……顔を上げて」
私はアニスの肩に手を置いた。
「私、今は全然気にしてない。新しい友達もできたし、平気よ」
「パメラ…………ありがとう」
アニスが去っていくのを見送り、私は殿下に視線を向けた。
「パメラ」
殿下が、私の肩に手を置いた。
「大丈夫か?」
「え?」
「あなたも、辛かっただろう。コレット嬢の言葉は、あなたを傷つけたと思う」
殿下の黄緑色の瞳が、優しく私を見つめる。
「でも、あなたは彼女の苦しみを理解しようとした。それでも、間違っていることは間違っていると言った。それはとても勇気のいることだ。立派だな」
「……ありがとうございます、殿下」
私が微笑むと、殿下は少し照れたように視線を逸らした。
「俺は、あなたの婚約者だ。あなたが正しいことをした時、あなたを支えるのは当然のことだよ」
――『正しいこと』。
コレットと対立することで原作の悪役令嬢と同じになってしまうかも、と覚悟していたけど、殿下は「正しかった」と思ってくれたんだ。
……よかった。
「あなたは噂と全然違うな。かつての友人に裏切られたのに、彼女を助けていた」
「殿下……」
真っ直ぐな視線に、呼吸の仕方を忘れそうになる。
『噂と全然違う』――その言葉は、私が欲しがっていた言葉だ。
……嬉しい。
私は嬉しさで飛びあがりそうな心を宥めて挨拶をした。
「お、お優しいお言葉、ありがとうございます。では、私は寮に帰ります……」
「ああ、引き止めてすまない。また、話そう」
その言葉の意味を考える前に、私は頷いていた。
「……はい」
寮に戻る道すがら、私は胸に手を当てた。
心臓が、まだ早鐘を打っている。
殿下に認めてもらえた……!
今日は良い日だ。勇気を出してよかった。
「……あたしの何を知ってるって言うのよ」
あっ、うん。そう思うよね。
私たち、知り合って間もないもんね。言葉の選択を間違ったかな?
「パメラさんは貴族だから、平民を見下して貴族の味方をするのよね」
「そうではありません」
「パメラさん、この前、昼食に来なかったけど、あたしと一緒が嫌だったのよね」
「いえ……」
こんな風に被害者ぶられたら、原作通りに悪役令嬢になってしまいそうで怖い。
でも、目に涙を溜めているアニスが見えて、私はきっぱりと首を振った。
「もし、コレットさんが大切な物を失くして、誰かが拾ってくれたとします。でも、その人が『本当にあなたの物か確認する』と言って、あなたが見られたくない中身を無理やり見ようとしたら、どう思いますか?」
「それは……」
コレットが言葉に詰まる。
「あたしは、ただ拾っただけで……」
「拾っただけなら、返してあげてください。私はアニスの友人でしたので、その懐中時計が彼女の大切なものだと知っています。返してあげてほしいんです」
私が手を差し出すと、コレットは悔しそうに唇を噛んだ。
「……貴族は、いいよね。何でも持ってて。家同士が仲良しで小さい頃から友達関係も出来上がってるんでしょ!」
「そうですね。家同士の交流で友達グループが自然とできていたりします。でも、家同士の交流で幼馴染ができるのって、貴族に限った話ではないんじゃないでしょうか?」
確かコレットにも幼馴染はいたはずだ。
原作に少しだけ出てきた設定を思い出しながら言えば、コレットは「そうね」と頷いた。
コレットは頭の良い子だ。破天荒だけど善良な子のはずだ。
……だって、主人公だもん。
「コレットさん。平民も貴族もそんなに変わらない、同じ感情を持つ人間です。大切なものを返してもらえないのは辛いことです。そう思いませんか?」
「なんか、ずるい感じ。そう言われたら違うって言えないじゃない」
コレットが、ぎゅっと懐中時計を握りしめる。
その姿は、なんだか幼く見えた。
……物語が始まったばかりの主人公は、未熟なんだ。これから成長するところなんだ。
「コレットさん。あなたは優秀な方です。努力家で、誰よりも頑張っている。それは、素晴らしいことです」
読者だった私は、コレットの努力の日々を知っている。
私はコレットという主人公が好きだった。
それもあって、敵対を避けたかったんだ。
そんな自覚をしつつ、一歩、近づいた。
「コレットさんに悪意的に絡んでくる人がいたら、反撃するのはいいと思うんです。でも、そういう人がいない時は、あなたの才能や努力を他人を傷つける方向に使わないでください」
「……」
原作の主人公は、読者が自分の分身みたいに思って苦労に共感し、努力を応援して、成功を喜ぶ存在だった。
私は闘病生活でコレットに勇気をもらった。
コレットが成功していく様子に励まされた。
努力は報われるのだと思わせてもらえた。
だから、コレットには誰かを傷つけてほしくない。
沈黙が流れる。
気まずさに何か言葉を足すべきか迷い始めた頃、陽だまりのような声が響いた。
「パメラの言う通りだ」
振り返ると、アトレイン殿下が立っていた。
「あ、アトレイン殿下……!」
コレットの顔が、ぱっと明るくなる。
そして、アニスの顔は真っ青になった。
理由はわかる。
懐中時計の中の姿絵、ご本人に見られたくないよね!
私がアニスの心中を察してそわそわしていると、コレットはアトレインに庇護を求めようと近づき、抱き着こうとしている。
「殿下! 聞いてください、あたし――」
「今のやり取りは、最初から見ていた」
殿下の声は静かだった。
「コレット嬢。君の苦労は、俺も知っている。平民として学園に通うことが、どれほど大変か。君は特に属性差別も受けやすいし、友達だって作りにくいだろう――」
その声は優しい。
アトレイン殿下は平民を思いやる慈悲に溢れた王子様で、原作でもコレットには特に同情的だ。
「どうしてそんなに?」ってみんなが不思議に思うような過保護さで守ってくれるんだ。
この流れだと殿下は原作通り、コレットを全力で擁護して私を責めるのかな?
肝を冷やしていると、殿下はコレットの肩を掴んで自分から離し、言い含めるように言葉を紡いだ。
「――だが、だからといって、他人の物を返さない理由にはならない」
……おおっ。
殿下が私と同じ意見を?
「で、でも……」
「君は優秀だ。努力家だ。だからこそ、その才能を正しい方向に使ってほしい」
……で、殿下が私と同じことを!
「他人の物を欲しがる気持ちは、理解できる。だが、それを実行に移してしまえば、君が今まで積み上げてきた努力が、全て無駄になってしまう」
「……あ、あたし、別に」
「君は、そんな風に自分を貶めるような人間じゃないだろう?」
殿下の言葉に、コレットはぎゅっと眉根を寄せて葛藤する気配を見せた。
そして、数秒経ってから小さく呟いた。
「……ごめんなさい」
小さく呟いて、コレットは懐中時計をアニスに返した。
「……っ、ありがとうございます」
「こんなに面倒な騒ぎになるなら、拾うんじゃなかったわ」
アニスが懐中時計を抱きしめて、涙を流す。
コレットはそれを苛立たしそうに見て捨てセリフを残し、立ち去っていった。
「まるであたしが悪役じゃない。友達ができなくなっちゃうわ」
その後ろ姿はどこか寂しげで、胸の奥がちくりと痛んだ。
「さあ、みんな。見世物は終わりだ。それぞれの場所に戻りなさい」
殿下の声に、野次馬たちが散っていく。
残されたのは、私と殿下と、涙を拭うアニスだけ。
「パメラ……」
アニスが、震える声で私を呼んだ。
「ありがとう。助けてくれて……」
「気にしないで。当然のことをしただけだから」
私が微笑むと、アニスは懐中時計をぎゅっと抱きしめた。
「わたし……あのグループ、抜けたの」
「え?」
「パメラを陥れようとしていたあの子たち。わたし、ついていけなくて。寮も別になったし……グループを抜けたの」
アニスはスカイホエール寮のワッペンを指さし、ぺこりと頭を下げてくれた。
「以前はごめんなさい。わたし、パメラが悪い人だなんて、一度も思ったことがなかった。でも、みんなが言うから……」
「……顔を上げて」
私はアニスの肩に手を置いた。
「私、今は全然気にしてない。新しい友達もできたし、平気よ」
「パメラ…………ありがとう」
アニスが去っていくのを見送り、私は殿下に視線を向けた。
「パメラ」
殿下が、私の肩に手を置いた。
「大丈夫か?」
「え?」
「あなたも、辛かっただろう。コレット嬢の言葉は、あなたを傷つけたと思う」
殿下の黄緑色の瞳が、優しく私を見つめる。
「でも、あなたは彼女の苦しみを理解しようとした。それでも、間違っていることは間違っていると言った。それはとても勇気のいることだ。立派だな」
「……ありがとうございます、殿下」
私が微笑むと、殿下は少し照れたように視線を逸らした。
「俺は、あなたの婚約者だ。あなたが正しいことをした時、あなたを支えるのは当然のことだよ」
――『正しいこと』。
コレットと対立することで原作の悪役令嬢と同じになってしまうかも、と覚悟していたけど、殿下は「正しかった」と思ってくれたんだ。
……よかった。
「あなたは噂と全然違うな。かつての友人に裏切られたのに、彼女を助けていた」
「殿下……」
真っ直ぐな視線に、呼吸の仕方を忘れそうになる。
『噂と全然違う』――その言葉は、私が欲しがっていた言葉だ。
……嬉しい。
私は嬉しさで飛びあがりそうな心を宥めて挨拶をした。
「お、お優しいお言葉、ありがとうございます。では、私は寮に帰ります……」
「ああ、引き止めてすまない。また、話そう」
その言葉の意味を考える前に、私は頷いていた。
「……はい」
寮に戻る道すがら、私は胸に手を当てた。
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