4 / 5
4、「……だめ」
しおりを挟む
今、とんでもない呼称が聞こえなかった?
当たり前の知識だけど、王太子殿下というのはこの国の次期国王になる王子様のことだ。とってもえらい。
騎士様を見ると、「実はそうなんですよ」と頷きが返ってくる。軽っ……!?
「ジルグラッドです。気軽にジルと呼んでください」
「ひぃ」
「なんて情けない悲鳴を……怖くありませんよ。あっ、距離を取らないでください?」
『騎士様』は名乗ってくれた。「怖くありませんよ」と言いながら棒付きキャンディを手に持たせてくれたりもする。餌付けか!
「王太子殿下がどうして招待状を持ってきたり護衛騎士したりしてたんですっ?」
「黒の王太子は『悪魔憑き』を否定する……ですよ」
「あー……でも、なにもご自身が騎士に変装してあれこれする必要、ないですよね?」
私が思わず疑問を唱えると、パトリック様が「それはね」と口を挟んでくる。
「ご自分で慌てて出ていかれたのは、以前、プティデビュタントの姉妹をご覧になってからずっとご執心で……むぐっ」
「余計なことを言うなパトリック」
ジルグラッド様の手がパトリック様の口を塞いでいる。言っちゃダメな情報だったらしい。
「レディ・アリシアには俺が説明しますよ。まず、ここにいる俺の学友のパトリック・カーター伯爵公子はレディ・ルーミアの婚約者です」
「パトリック様は知ってます。よくお姉様にお手紙や贈り物をしてくださってましたから」
お姉様との仲は良好だと思っていたけど、話を聞いてみると違うらしい。
「パトリックが相談してきたんですよ、レディ・ルーミアは心を開いてくれなくて、さらに死にたがっている気配があるとか、妹を家から追い出そうとしているとか」
と、話し込んでいると。
「王太子殿下。こちらを」
「おお、お仕事が早いですね。お疲れ様です」
騎士が数人やってきて報告書をジルグラッド様に差し出した。ジルグラッド様はそれを受け取り、中身に目を通した。
「配下から情報がありましたが、彼女、手足や背中、首といった目立つ場所に傷があるらしいですね――目立たないところにもありそうですね?」
傷は、私もさっき見た。
そして、私は確信を抱いていた。
「お姉様は、お父様に暴力を受けていると思います」
新人ハウスメイドが教えてくれた情報を打ち明けて、私は調査を求めた。
王太子殿下はくわしく調査をしてくれた。
――結果は、思った通りだった。
* * *
モンテワルト男爵の二人の妻は、病死と記録されている。けれど、よく調べてみると最初の妻は自殺で、後妻は暴行死であった。
モンテワルト男爵は、酒乱で女癖が悪く、幼い娘ルーミアにまで手を出すような男だった。
「やめて、おとうさま。たすけて、だれか。だれか――だれか……!」
誰も、助けない。
誰もが目を背け、耳を塞ぎ、その事実を知らないふりをする。
ルーミアは自分を犯す父も、助けてくれない他の大人たちも、誰も信じられなくなった。
「ひっく、ひっく……ぐすっ」
泣いていても、誰もが気付かないふりをする。
だから、泣くのは無意味だ。
嘆くだけ、体力の無駄使いだ。泣いているより、別なことをした方が建設的だ。
なのに、弱い心が、虚弱な体が、言うことをきかない。
涙があふれて止められない。
泣いていても現実は改善しないし、誰も助けてなんかくれないのに。
――なのに。
「……お、ねえさま?」
小さな妹は、そんな私に気付いてくれた。
幼い眼差しが心配してくれて、まだ穢されていない無垢な白い腕をのばして、私の頬に触れようとする。
「アリシア……」
なんて可愛いのだろう。
なんて優しいのだろう。
「おねえさまは、おかげんがわるいの? 背中がいちゃいの? おつらいの?」
――ああ、私を心配してくれる存在が、いた。
こんなに小さくて、頼りなくて、やわらかで――なんてあたたかいのだろう。
「……ありがとう」
この子も、成長したらあの悪魔に穢されてしまうだろうか。
この白い肌が痣や傷を増やして、尊厳を脅かされて、心を闇に落としてしまう?
「……だめ」
――この子に自分のようになってほしくない。
そう思ったルーミアは、アリシアを穢れた大人たちの俗世から清らかな神の園へ逃す方法を考え始めた。
* * *
「――お姉様のところに、連れて行ってください!」
当たり前の知識だけど、王太子殿下というのはこの国の次期国王になる王子様のことだ。とってもえらい。
騎士様を見ると、「実はそうなんですよ」と頷きが返ってくる。軽っ……!?
「ジルグラッドです。気軽にジルと呼んでください」
「ひぃ」
「なんて情けない悲鳴を……怖くありませんよ。あっ、距離を取らないでください?」
『騎士様』は名乗ってくれた。「怖くありませんよ」と言いながら棒付きキャンディを手に持たせてくれたりもする。餌付けか!
「王太子殿下がどうして招待状を持ってきたり護衛騎士したりしてたんですっ?」
「黒の王太子は『悪魔憑き』を否定する……ですよ」
「あー……でも、なにもご自身が騎士に変装してあれこれする必要、ないですよね?」
私が思わず疑問を唱えると、パトリック様が「それはね」と口を挟んでくる。
「ご自分で慌てて出ていかれたのは、以前、プティデビュタントの姉妹をご覧になってからずっとご執心で……むぐっ」
「余計なことを言うなパトリック」
ジルグラッド様の手がパトリック様の口を塞いでいる。言っちゃダメな情報だったらしい。
「レディ・アリシアには俺が説明しますよ。まず、ここにいる俺の学友のパトリック・カーター伯爵公子はレディ・ルーミアの婚約者です」
「パトリック様は知ってます。よくお姉様にお手紙や贈り物をしてくださってましたから」
お姉様との仲は良好だと思っていたけど、話を聞いてみると違うらしい。
「パトリックが相談してきたんですよ、レディ・ルーミアは心を開いてくれなくて、さらに死にたがっている気配があるとか、妹を家から追い出そうとしているとか」
と、話し込んでいると。
「王太子殿下。こちらを」
「おお、お仕事が早いですね。お疲れ様です」
騎士が数人やってきて報告書をジルグラッド様に差し出した。ジルグラッド様はそれを受け取り、中身に目を通した。
「配下から情報がありましたが、彼女、手足や背中、首といった目立つ場所に傷があるらしいですね――目立たないところにもありそうですね?」
傷は、私もさっき見た。
そして、私は確信を抱いていた。
「お姉様は、お父様に暴力を受けていると思います」
新人ハウスメイドが教えてくれた情報を打ち明けて、私は調査を求めた。
王太子殿下はくわしく調査をしてくれた。
――結果は、思った通りだった。
* * *
モンテワルト男爵の二人の妻は、病死と記録されている。けれど、よく調べてみると最初の妻は自殺で、後妻は暴行死であった。
モンテワルト男爵は、酒乱で女癖が悪く、幼い娘ルーミアにまで手を出すような男だった。
「やめて、おとうさま。たすけて、だれか。だれか――だれか……!」
誰も、助けない。
誰もが目を背け、耳を塞ぎ、その事実を知らないふりをする。
ルーミアは自分を犯す父も、助けてくれない他の大人たちも、誰も信じられなくなった。
「ひっく、ひっく……ぐすっ」
泣いていても、誰もが気付かないふりをする。
だから、泣くのは無意味だ。
嘆くだけ、体力の無駄使いだ。泣いているより、別なことをした方が建設的だ。
なのに、弱い心が、虚弱な体が、言うことをきかない。
涙があふれて止められない。
泣いていても現実は改善しないし、誰も助けてなんかくれないのに。
――なのに。
「……お、ねえさま?」
小さな妹は、そんな私に気付いてくれた。
幼い眼差しが心配してくれて、まだ穢されていない無垢な白い腕をのばして、私の頬に触れようとする。
「アリシア……」
なんて可愛いのだろう。
なんて優しいのだろう。
「おねえさまは、おかげんがわるいの? 背中がいちゃいの? おつらいの?」
――ああ、私を心配してくれる存在が、いた。
こんなに小さくて、頼りなくて、やわらかで――なんてあたたかいのだろう。
「……ありがとう」
この子も、成長したらあの悪魔に穢されてしまうだろうか。
この白い肌が痣や傷を増やして、尊厳を脅かされて、心を闇に落としてしまう?
「……だめ」
――この子に自分のようになってほしくない。
そう思ったルーミアは、アリシアを穢れた大人たちの俗世から清らかな神の園へ逃す方法を考え始めた。
* * *
「――お姉様のところに、連れて行ってください!」
206
あなたにおすすめの小説
妹に婚約者を奪われたけど、婚約者の兄に拾われて幸せになる
ワールド
恋愛
妹のリリアナは私より可愛い。それに才色兼備で姉である私は公爵家の中で落ちこぼれだった。
でも、愛する婚約者マルナールがいるからリリアナや家族からの視線に耐えられた。
しかし、ある日リリアナに婚約者を奪われてしまう。
「すまん、別れてくれ」
「私の方が好きなんですって? お姉さま」
「お前はもういらない」
様々な人からの裏切りと告白で私は公爵家を追放された。
それは終わりであり始まりだった。
路頭に迷っていると、とても爽やかな顔立ちをした公爵に。
「なんだ? この可愛い……女性は?」
私は拾われた。そして、ここから逆襲が始まった。
甘やかされた欲しがり妹は~私の婚約者を奪おうとした妹が思わぬ展開に!
柚屋志宇
恋愛
「お姉様の婚約者ちょうだい!」欲しがり妹ルビーは、ついにサフィールの婚約者を欲しがった。
サフィールはコランダム子爵家の跡継ぎだったが、妹ルビーを溺愛する両親は、婚約者も跡継ぎの座もサフィールから奪いルビーに与えると言い出した。
サフィールは絶望したが、婚約者アルマンディンの助けでこの問題は国王に奏上され、サフィールとルビーの立場は大きく変わる。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
★2025/11/22:HOTランキング1位ありがとうございます。
妹は病弱アピールで全てを奪い去っていく
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢マチルダには妹がいる。
妹のビヨネッタは幼い頃に病気で何度か生死の境を彷徨った事実がある。
そのために両親は過保護になりビヨネッタばかり可愛がった。
それは成長した今も変わらない。
今はもう健康なくせに病弱アピールで周囲を思い通り操るビヨネッタ。
その魔の手はマチルダに求婚したレオポルドにまで伸びていく。
妹に婚約者を奪われたので、田舎暮らしを始めます
tartan321
恋愛
最後の結末は??????
本編は完結いたしました。お読み頂きましてありがとうございます。一度完結といたします。これからは、後日談を書いていきます。
婚約破棄の日の夜に
夕景あき
恋愛
公爵令嬢ロージーは卒業パーティの日、金髪碧眼の第一王子に婚約破棄を言い渡された。第一王子の腕には、平民のティアラ嬢が抱かれていた。
ロージーが身に覚えのない罪で、第一王子に糾弾されたその時、守ってくれたのは第二王子だった。
そんな婚約破棄騒動があった日の夜に、どんでん返しが待っていた·····
【完結】妹の代わりなんて、もううんざりです
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
私アイラと妹マリンは、いわゆる双子だった。一卵性で同じ格好をしてしまえば、見分けがつかないほど姿かたちも声もすべて似ていた。
しかし病弱な妹は私よりも人に愛される術にたけていた。だから気づけば両親の愛も、周りの人たちの評判もすべて妹が独占してしまう。
それでも私には、自分を理解してくれる唯一の味方である婚約者のリオンがいる。それだけを支えに生きてきた。
しかしある日、彼はこう告げた。「君よりも妹の方を愛してしまったと」
そこから全てが狂い出す。私の婚約者だった彼は、妹の婚約者となった。そして私の大切なものが全てなくなった瞬間、妹はすべて自分の計画通りだと私をあざ笑った。
許せない、どうしても。復讐をしてしまいたいと思った瞬間、妹はあっけなく死んでしまった。どんどんと狂い出すは歯車に私は――
完璧な妹に全てを奪われた私に微笑んでくれたのは
今川幸乃
恋愛
ファーレン王国の大貴族、エルガルド公爵家には二人の姉妹がいた。
長女セシルは真面目だったが、何をやっても人並ぐらいの出来にしかならなかった。
次女リリーは逆に学問も手習いも容姿も図抜けていた。
リリー、両親、学問の先生などセシルに関わる人たちは皆彼女を「出来損ない」と蔑み、いじめを行う。
そんな時、王太子のクリストフと公爵家の縁談が持ち上がる。
父はリリーを推薦するが、クリストフは「二人に会って判断したい」と言った。
「どうせ会ってもリリーが選ばれる」と思ったセシルだったが、思わぬ方法でクリストフはリリーの本性を見抜くのだった。
双子の妹は私に面倒事だけを押し付けて婚約者と会っていた
今川幸乃
恋愛
レーナとシェリーは瓜二つの双子。
二人は入れ替わっても周囲に気づかれないぐらいにそっくりだった。
それを利用してシェリーは学問の手習いなど面倒事があると「外せない用事がある」とレーナに入れ替わっては面倒事を押し付けていた。
しぶしぶそれを受け入れていたレーナだが、ある時婚約者のテッドと話していると会話がかみ合わないことに気づく。
調べてみるとどうもシェリーがレーナに成りすましてテッドと会っているようで、テッドもそれに気づいていないようだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる