お気に入りの悪魔

富井

文字の大きさ
30 / 46
セスカ

一、

しおりを挟む
「エーゴ 顔洗ってこいよ。」

事務局に入る前にロビンに耳打ちされた。

「泣いたことを皆に知られる前に洗ってこい。俺は中で待ってる。」

僕は今日も太田のところでハデに泣いてしまった。

遠い昔のことだと思っていたのに、こんなにも鮮明に覚えているなんて、自分自身がいちばんビックリしている。

慌てて洗面所に行き顔を洗っていると、背中に気配を感じた。

洗面台に伏せたまま足元を見ると、赤の靴に赤のパンツ・・・・顔をあげると鏡越しにセスカが映った。

今日も赤のコート、赤のセーター、差し出してくれたタオルも赤だった。

「あ、ありがとう。」
「あのさ、マーブルといて楽しいかい?」
「はい、ちょー楽しいっす。」

「あのさ、マーブルが連れていた君の前のバディのこと、聞いた?」

「ちょっとだけ・・・魔女の谷に落ちたとか・・・」

「落ちたんじゃない。マーブルが落としたんだ。」

メガネのむこうから凍ったような冷たい視線が、刺すよに狭ってきた。

「マーブルは一見、面倒見もよさそうで、面白いし顔だってかわいい。だからみんなごまかされるんだ・・・」

ジリジリとせまってくるセスカから早く逃げたいのに、なぜか目線も外せず、体は凍り付き、その場から一歩後ろに下がることすらできなかった。

「エーゴ・・・エーゴ・・・」

遠くで呼ぶロビンの声で、氷が一瞬にして溶けたように体が自由になった。

「ごめんセスカ また・・・」

その場を後にして、ロビンの呼ぶ声の元へ向かった。

「ロビンなに?」

「エーゴ、あの喫茶店に行くのを忘れてた。今日は縄を外すだけだから、俺一人行ってくるよ。すぐ帰るから、ほしいスーツ考えとけよ。」

「ロビンまって・・・」

「すぐ戻るからな・・・」

ロビンは一人で飛びたってしまった。僕がいっしょに行きたい理由はセスカから逃げたかったからだ。

「騒々しい奴だな。いい奴にみえるだろ。もう何人もバディを殺しているってうわさだぜ。
あいつの元で本物の悪魔になった奴は一人も居ないんだぜ。それでも君はあいつとやって行くのか?」

「その話は聞いていないから・・・」

「そうか、じゃあこの話は?・・・海の向こうに、こで働けなくなった悪魔が住む島があるんだけど、そこの悪魔は若い悪魔を食って生きているんだ。マーブルはバディが一人前になったらそこへ連れて行って餌にしているってうわさだぜ・・・おまえも気を付けろよ。」

ごくんと唾を飲み込んだ。いや・・・でもまさか、そんなこと・・・あのロビンに限って・・・と思いながら、でもどこかでは驚怖を感じながら、セスカのそばを離れた。

「そうだ、エーゴ。よかったら僕と組むかい?君がよければ、いつでも歓迎するよ。」

僕の耳元でそう行って、僕を追越して行った。氷のような汗が背中を落ちた。寒気と緊張でガチガチと歩きながら事務局の中へ入り、さっきセスカが言ったことは嘘だと誰かに言って欲しかった。

「グリーン、ちょっと聞いていいっすか・・・」
「何?」
「ロビン・・・いや、マーブルって僕より前に何人くらいバディがいたの?」

「十二、三人・・・だったかしら・・・」
「いまひとりでやっている悪魔って誰?」
「そういえば・・・いないわね・・・」

「僕って、どのくらいで本物の悪魔になれますか?」

「だいたい1ヶ月くらいで査定が出るわ。それに受からなかったらまたマーブルと1ヶ月一緒に行動するのよ。頑張りなさいよ。あなたが頑張らないとあの子も困るんだからね。」

「うん・・・」
「僕の前のバディのことなんだけど・・・魔女の谷に突き落とした・・・って本当?」
「嘘に決まっているじゃない。冗談よ安心して。」

「本当?」

「本当よ。そんなことより、日報書いて待っていなさいよ。スーツ、面白い柄考えて。」
「うん・・・」

僕はセスカの言葉でとても心が沈んでいた。
そんな事、嘘に決まっていると思いながら、一人も悪魔になっていないのなら、一体今までのバディはどうしてしまったのだろう・・・。

ロビンの師匠だった悪魔、初代のロビンという悪魔はここから離れてその島にいて、そこに自分で育てた餌を運んでいるのか・・・そんなことを考えているとロビンの姿を見つけて、慌てて頭の中の馬鹿な空想をかき消した。



「ごめん。遅くなったな。」

「そんなでもないよ。」
「どんな柄のスーツにするか決めたか?」
「・・・アーガイルなんてどう?」
「・・・アーガイルか・・・地味じゃないか・・・」
「じゃあ、ガンクラブチェックは?白地にオレンジとライムで。」

「ん・・・いいよ。すごくいい。俺も色違いでそれにしようかな・・・星の柄にしようかと思っていたんだけど・・・。」

「じゃあ、星柄をシャツにしたら?」
「それいい!」

「君たちは楽しそうでいいな・・・」

バルビンバーが僕たちの間に割り込んできた。背が低いから近づいてきたことすらわからなかった。

「僕も今度はスーツをもらおうかな・・・君たちみたいな・・・」
「そのまえに身長を高くしてもらったらどうだい?」
「僕はこの体型が気に入っているんだ。」
「じゃあ、今のままでいけよ。」
「そうだな・・・」


楽しそうなロビンを見ていると、なぜかそれだけで幸せだった。

毎日楽しい。それだけで十分で、さっきのセスカの言ったことはやっぱりすべて嘘だ!今を信じよう!頭の中では理解できているのに、壁に持たれて僕を刺すように見つめるセスカの冷たい目が決心を鈍らせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

処理中です...