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真実、それぞれの愛の終わり方
だから・・・さよなら
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月曜日から、鶴屋も助手の一人として研究室に入ることを許された。山波のことが心配な如月が、自分が戻るまで支えるようにと託したのだが、まじめさと我慢強さだけは褒められるところだが、学業ではいささか力量不足で、とりあえず、山波の気持ちがいくらかは和むだろうくらいに考えていた。
それと鶴屋には、大学でなにが起きているのか、逐一報告する義務が与えられた。
鶴屋はなんにしろ、一員になれただけで嬉しかった。
だが、山波への嫌がらせは、鶴屋の想像をはるかに超えるものだった。
今日も上の階から、オレンジジュースをかけられて、シャツをオレンジ色に染めて研究室に入ってきた。
「山波さん大丈夫ですか。」
濡れたタオルを山波に差し出し、鶴屋も背中の汚れたところを拭いた。
「なにがだ。」
「毎日、毎日、嫌じゃないのですか?」
「そのうち終わるだろう。まったくやるほうも毎日ご苦労だな。」
「笑いごとじゃないですよ。」
「人は少し違うと思うだけで、攻撃の対象にしてしまうものさ。
自分より弱い者を見つけて、攻撃することで快楽を得る人間もいるんだ。
仕方ない、修まるのを待つさ。」
「それでいいのですか?
山波さんは、先生なんですよ、みんなを教える立場の人が、こんな酷い扱いなんて許せませんよ。」
「こいうことをする奴から言わせれば、人を教える立場の奴が、なんて事をしているんだ。と言うだろうなきっと。」
「そんな人事みたいに・・・それとも、山波さんの幸せを妬んで、とかですかね。」
「ばかな事を言ってないで、これを貼って来てくれ。」
「補講ですか・・・名前入りはちょっと・・・今はやめたほうがよくないですか?」
「毎回、名前を入れて貼り出しているだろう。」
「でも、今回はいつもと少し事情が違うっていうか・・・」
「どう違う?これは如月の頃からずっと恒例じゃないか。」
「でも、これ以上恨みを買わないほうが・・・」
「課題をださない奴が悪いんだろう。第一、名前を書かずにどうやって相手に知らせるんだ。おまえが一人一人に言いに行くのか?」
「それは・・・」
「だったら貼るしかないだろう。」
「大丈夫ですか・・・逆恨みされたりしませんか?」
「知らせずに落第になったら、もっと恨まれるだろう。つべこべ言わず貼ってこい。」
仕方なく掲示板に追試者の名前を書いた紙を貼りだしたが、鶴屋の嫌な予感は当たって、山波はその夜、数人の学生に襲撃された。
「だから言ったじゃないですか。あれを張り出すのは良くないって。」
また話を聞いて欲しくて訪ねてきた雅に運良く見つけられて、顔にも痣は何箇所かできたが、打撲程度で済んだ。話を聞いた鶴屋は、山波の部屋まで泣きながら飛んできた。
「何も原因があれとは決まっていないだろう。」
「あれって?」
「追試者の名前の一覧を貼ったんです。
やめたほうがいいって言ったんですよ、僕は。でも山波さんが貼れって言うから。」
「だからこうなったのか・・・」
「まだ、そうかどうかわからないじゃないか。」
「まだって、犯人を捕まえる意思もないのでしょう。」
「ああ、どんな目に遭っても可愛い生徒だ。鶴屋、このことは教授にも緑山にも言うなよ。絶対に。」
「ごめんなさい・・・緑山さんには、メールしちゃいました・・・・」
「ばかかお前は。」
山波と雅は深く長い息の後、同時に天井を見た。
「本当にごめんなさい。気が動転して、つい・・・」
「つい・・・じゃないだろ。まさか、ここへ来るんじゃないだろうな。」
「来ます。いま向かっています。」
「おまえ・・・」
それには、雅がとても怒った。
哀れな自分を見られたくないという山波の気持ちが痛いほどわかっていたから、大学に行きたいという緑山を、子供をあやすように毎日気をそらしては行くことを諦めさせて来た。
山波にしても、逢いたくてたまらない気持ちを抑え、二人にとって最良の日がくることを夢みて戦っていた矢先だった。
「こんな時に・・・入口で捕まえて帰ってもらえ。」
「わかりました。」
鶴屋は部屋を出て駐車場へ向かった。
自分にそんな大役が務まるとは思ってはいなかったが、緑山がこの部屋へ来るまでに、言葉の準備をする時間をあげたかった。
だが、この局面を取り繕える都合のいい言葉を、何も考えることはできなかった。
そして20分足らずで緑山はやってきた。
「大したことはない。君も危ないから早く帰ったほうがいい。」
「カレー、買ってきた。一緒に食べよう。食べ終わったら帰る。」
笑っている緑山の目が、赤く腫れていたのを見て、雅と鶴屋は部屋を出て行った。
雅には、二人の時計の残りが、ほとんどないことを悟った。
緑山が帰ったのは明け方近くだった。山波は車が角を曲がって見えなくなるまでずっと見送った。
今、緑山と過ごした短い時間が、神様のくれた休息だったのだとしみじみ感じていた。
教授の父が、一生懸命勉強をするときっといいことがあるぞとくり返し行っていた、きっとそのいいことの一つだったのかなとも思った。
そしてこのまま、自分の運命が好転してくれることを夢見た。
戦うことを選んだ自分の選択が間違いでなかったのだと証明したかった。
緑山は大学を辞め、親の会社を継ぐように何度も言われてきた。
大学3年の頃からしきりに早く会社に入れと言われ、それは、自分を必要としてくれているのだと思い込んでいた。
親の考えは全く違って、緑山が大学に入ってから、同性愛者だという噂が広がり、それは如月たちと付き合っているからだと思い込み、家の恥にならぬよう、早いうちにやめさせようと考えていたのだった。
最近、特に父親から強く言われるようになり、嫌がらせが自分に降りかかる前にやめてもいいのかなと思い始めてきた。
それと、先日の山波の事件は決定的だった。真面目でまっすぐな性格の山波が、教え子の自分と付き合っていることに罪悪感を抱いていたことはなんとなく分かっていた。
そしてそのことで、自分との別れを言い出そうとしているような気がしていたが、別れたくなかったのは、緑山も山波と同じか、それ以上に強い気持ちだった。
必死で耐え忍ぶ山波を見るのが辛くて、自分から終わりを切り出さなければ、あの嫌がらせは終わらないんだと思い込んでいた。
とにかく、今は誰かに話しを聞いて欲しくて、如月が入院している病院へ来てみた。
少しのぞいて如月が一人でいることを確かめて部屋へはいった。
「珍しいな一人か。」
「これからは一人で行動しようと思って。」
「寂しがりやの則夫君が言うセリフには思えないね。」
如月は緑山が何を言いたいのか、病室に入ったときにうすうす感じていた。
横に座ってベッドに頬付をつき、話しずらいのか、小さなため息を何度もついて、如月の読みかけの本を指先でめくっていた。
「なにか話しがあって来たんじゃないのか?」
如月からそう切り出した
「うん・・・今日、汐田君は?」
「さっき谷中と一緒に帰ったよ。もうだいぶ良くなったから、夜は家に返してあげるんだ。」
「そう。体はもういいんだ。」
「たまに頭がとても痛くなることがあるけれど、薬をもらったからね。そろそろ退院できるかな。」
「あずみは。」
「あずみは退院して家にいる。」
「ふうん。」
「そんなことを言いに来たんじゃないだろう?」
それでもなかなか言い出さなかったので、待つことにした。
時間はタップリあったし、自分もたいくつしていたからちょうどよかった。
「あのさ・・・」
と、つぎに緑山が口を開いたのは、少し日が影って来た頃だった。
「僕が山波と付き合っているの、知っている?」
「知っているよ。」
「そうか・・・・。
僕、大学辞めて、親の会社継ごうと思うんだ。
でね、山波とも、もう会うのをやめようかな・・・って・・・」
「そうか。」
「うん。」
「決めたのか?」
「うん。」
「それなら、それでいいんじゃないか。」
緑山は教授に背を向けた。
少しは止めてもらえるのではと思ったが、そうあっさりと言われると自分がかわいそうに思えてきた。
「だって、山波は普通に結婚して普通に家庭持って。
そういう生活だって選べるでしょ。僕とずっといてもさ・・・。」
「普通ね・・・。妥協して普通を選ぶタイプの男ではないけどな。」
「それでも・・・きっとそのほうがきっと幸せになれる。あの時僕が誘わなければこんなことにならなかった。僕がわるいんだ。山波は嫌だったかもしれない。でも、僕・・・一緒に居たくて・・・悪い事したって思う。」
「山波は優しい男だけど、嫌な事ははっきり言う男だよ。
いやいや君と一緒に居たりできる奴ではない。
山波の幸せは山波が決めることだろう。
君がよかれと思ってしたことが、人を傷つける事もあるんじゃないのか?」
「・・・でも、決めたんだ。きっと、彼もそう望んでいると思う。
言い出せないだけだよ。優しいから。」
緑山はそう言い終わると涙が出てきた。如月にも泣いているのがはっきりとわかった。
「そうか、決めたのか。なら、せめて君の口からはっきり別れを言ってやることだね。」
「そうするよ。」
緑山が泣き止むまで、時間がかかった。
明かりもつけず、闇の中で苦しんでいた。
窓から細い爪のかけらのような月が見えていた。
その月が夜空で笑っているように見え、カーテンで隠した。
気づくと朝を迎えていて、緑山がいつ帰ったのかも気づかなかった。
山波は大丈夫だろうか・・・とても心配だった。
汐田が病院へ来ると、すぐにでも退院できるように手続きを頼んだ。
胸がざわざわと音を立て、居てもたっても居られなかった。
翌日、緑山は研究室にやって来た。
早く言わなければ気持ちが揺らいでまた別れが遠くなる。
鶴屋と雅の二人でキレイには片付いているが、連日の嫌がらせと緑山の欠席で、仕事ははかどっていない感じだった。
「あー、緑山さんよかった。
来てくれて、ここわからないのですが、この資料どこにありますか。」
緑山には鶴屋の声は聞こえなかった。
ただ一点を見つめ進んだ。
ここを去ろうと決めた瞬間からすべてが思い出になり、本棚も自分が使用していた机も窓際のコーヒーメーカーも、すべてが懐かしい過去になろうとしていた。
長くここにいると決心がにぶりそうで苦しかった。ここが楽しいに決まっている。
早く終わらせたい・・・・
その気持ちは嘘ではないが、足どりは重かった。
ゆっくりと山波がいつもいる部屋へ行った。
相変わらず、山のような資料に埋もれるように仕事をしていた。
「先生、元気?」
山波は、久しぶりに緑山の顔が見られて心からうれしかった。
だが、その赤く晴れた目を見たら、この次何を言うのかがわかったような気がした。
「傷はどう?」
「だいぶいいよ。」
「そう、よかった・・・僕ね、大学辞める事にした。」
「チョッと待ってください。緑山さんに今、辞められたら・・・」
山波の間に割り込んで入った鶴屋を、雅が手を引いて部屋から連れ出した。
でも、二人は鶴屋がそこに入ってきたことすら気づかなかった。
「でね、先生とも、もう合わない。ごめんね。」
「そうか・・・」
「今、手続き済ませて来た。明日から来ない。」
「うん。」
「もう帰るね。」
「気をつけてな。」
緑山は研究室からゆっくりと、山波を見つめたまま、後ろに何歩か進んで、くるりと振り返ると早足にドアに向かった。
「緑山!」
山波の声に立ち止まった。ひょっとしたら戻れるかもという甘い期待に数秒、ときめいた。
「緑山、今までありがとうな。」
山波の優しい言葉に、最後の微笑みを返した。
優しい声が耳の奥にこだまして辛くなって、走って駐車場まで行った。
この道はもう二度と引き返せない道だった。
それと鶴屋には、大学でなにが起きているのか、逐一報告する義務が与えられた。
鶴屋はなんにしろ、一員になれただけで嬉しかった。
だが、山波への嫌がらせは、鶴屋の想像をはるかに超えるものだった。
今日も上の階から、オレンジジュースをかけられて、シャツをオレンジ色に染めて研究室に入ってきた。
「山波さん大丈夫ですか。」
濡れたタオルを山波に差し出し、鶴屋も背中の汚れたところを拭いた。
「なにがだ。」
「毎日、毎日、嫌じゃないのですか?」
「そのうち終わるだろう。まったくやるほうも毎日ご苦労だな。」
「笑いごとじゃないですよ。」
「人は少し違うと思うだけで、攻撃の対象にしてしまうものさ。
自分より弱い者を見つけて、攻撃することで快楽を得る人間もいるんだ。
仕方ない、修まるのを待つさ。」
「それでいいのですか?
山波さんは、先生なんですよ、みんなを教える立場の人が、こんな酷い扱いなんて許せませんよ。」
「こいうことをする奴から言わせれば、人を教える立場の奴が、なんて事をしているんだ。と言うだろうなきっと。」
「そんな人事みたいに・・・それとも、山波さんの幸せを妬んで、とかですかね。」
「ばかな事を言ってないで、これを貼って来てくれ。」
「補講ですか・・・名前入りはちょっと・・・今はやめたほうがよくないですか?」
「毎回、名前を入れて貼り出しているだろう。」
「でも、今回はいつもと少し事情が違うっていうか・・・」
「どう違う?これは如月の頃からずっと恒例じゃないか。」
「でも、これ以上恨みを買わないほうが・・・」
「課題をださない奴が悪いんだろう。第一、名前を書かずにどうやって相手に知らせるんだ。おまえが一人一人に言いに行くのか?」
「それは・・・」
「だったら貼るしかないだろう。」
「大丈夫ですか・・・逆恨みされたりしませんか?」
「知らせずに落第になったら、もっと恨まれるだろう。つべこべ言わず貼ってこい。」
仕方なく掲示板に追試者の名前を書いた紙を貼りだしたが、鶴屋の嫌な予感は当たって、山波はその夜、数人の学生に襲撃された。
「だから言ったじゃないですか。あれを張り出すのは良くないって。」
また話を聞いて欲しくて訪ねてきた雅に運良く見つけられて、顔にも痣は何箇所かできたが、打撲程度で済んだ。話を聞いた鶴屋は、山波の部屋まで泣きながら飛んできた。
「何も原因があれとは決まっていないだろう。」
「あれって?」
「追試者の名前の一覧を貼ったんです。
やめたほうがいいって言ったんですよ、僕は。でも山波さんが貼れって言うから。」
「だからこうなったのか・・・」
「まだ、そうかどうかわからないじゃないか。」
「まだって、犯人を捕まえる意思もないのでしょう。」
「ああ、どんな目に遭っても可愛い生徒だ。鶴屋、このことは教授にも緑山にも言うなよ。絶対に。」
「ごめんなさい・・・緑山さんには、メールしちゃいました・・・・」
「ばかかお前は。」
山波と雅は深く長い息の後、同時に天井を見た。
「本当にごめんなさい。気が動転して、つい・・・」
「つい・・・じゃないだろ。まさか、ここへ来るんじゃないだろうな。」
「来ます。いま向かっています。」
「おまえ・・・」
それには、雅がとても怒った。
哀れな自分を見られたくないという山波の気持ちが痛いほどわかっていたから、大学に行きたいという緑山を、子供をあやすように毎日気をそらしては行くことを諦めさせて来た。
山波にしても、逢いたくてたまらない気持ちを抑え、二人にとって最良の日がくることを夢みて戦っていた矢先だった。
「こんな時に・・・入口で捕まえて帰ってもらえ。」
「わかりました。」
鶴屋は部屋を出て駐車場へ向かった。
自分にそんな大役が務まるとは思ってはいなかったが、緑山がこの部屋へ来るまでに、言葉の準備をする時間をあげたかった。
だが、この局面を取り繕える都合のいい言葉を、何も考えることはできなかった。
そして20分足らずで緑山はやってきた。
「大したことはない。君も危ないから早く帰ったほうがいい。」
「カレー、買ってきた。一緒に食べよう。食べ終わったら帰る。」
笑っている緑山の目が、赤く腫れていたのを見て、雅と鶴屋は部屋を出て行った。
雅には、二人の時計の残りが、ほとんどないことを悟った。
緑山が帰ったのは明け方近くだった。山波は車が角を曲がって見えなくなるまでずっと見送った。
今、緑山と過ごした短い時間が、神様のくれた休息だったのだとしみじみ感じていた。
教授の父が、一生懸命勉強をするときっといいことがあるぞとくり返し行っていた、きっとそのいいことの一つだったのかなとも思った。
そしてこのまま、自分の運命が好転してくれることを夢見た。
戦うことを選んだ自分の選択が間違いでなかったのだと証明したかった。
緑山は大学を辞め、親の会社を継ぐように何度も言われてきた。
大学3年の頃からしきりに早く会社に入れと言われ、それは、自分を必要としてくれているのだと思い込んでいた。
親の考えは全く違って、緑山が大学に入ってから、同性愛者だという噂が広がり、それは如月たちと付き合っているからだと思い込み、家の恥にならぬよう、早いうちにやめさせようと考えていたのだった。
最近、特に父親から強く言われるようになり、嫌がらせが自分に降りかかる前にやめてもいいのかなと思い始めてきた。
それと、先日の山波の事件は決定的だった。真面目でまっすぐな性格の山波が、教え子の自分と付き合っていることに罪悪感を抱いていたことはなんとなく分かっていた。
そしてそのことで、自分との別れを言い出そうとしているような気がしていたが、別れたくなかったのは、緑山も山波と同じか、それ以上に強い気持ちだった。
必死で耐え忍ぶ山波を見るのが辛くて、自分から終わりを切り出さなければ、あの嫌がらせは終わらないんだと思い込んでいた。
とにかく、今は誰かに話しを聞いて欲しくて、如月が入院している病院へ来てみた。
少しのぞいて如月が一人でいることを確かめて部屋へはいった。
「珍しいな一人か。」
「これからは一人で行動しようと思って。」
「寂しがりやの則夫君が言うセリフには思えないね。」
如月は緑山が何を言いたいのか、病室に入ったときにうすうす感じていた。
横に座ってベッドに頬付をつき、話しずらいのか、小さなため息を何度もついて、如月の読みかけの本を指先でめくっていた。
「なにか話しがあって来たんじゃないのか?」
如月からそう切り出した
「うん・・・今日、汐田君は?」
「さっき谷中と一緒に帰ったよ。もうだいぶ良くなったから、夜は家に返してあげるんだ。」
「そう。体はもういいんだ。」
「たまに頭がとても痛くなることがあるけれど、薬をもらったからね。そろそろ退院できるかな。」
「あずみは。」
「あずみは退院して家にいる。」
「ふうん。」
「そんなことを言いに来たんじゃないだろう?」
それでもなかなか言い出さなかったので、待つことにした。
時間はタップリあったし、自分もたいくつしていたからちょうどよかった。
「あのさ・・・」
と、つぎに緑山が口を開いたのは、少し日が影って来た頃だった。
「僕が山波と付き合っているの、知っている?」
「知っているよ。」
「そうか・・・・。
僕、大学辞めて、親の会社継ごうと思うんだ。
でね、山波とも、もう会うのをやめようかな・・・って・・・」
「そうか。」
「うん。」
「決めたのか?」
「うん。」
「それなら、それでいいんじゃないか。」
緑山は教授に背を向けた。
少しは止めてもらえるのではと思ったが、そうあっさりと言われると自分がかわいそうに思えてきた。
「だって、山波は普通に結婚して普通に家庭持って。
そういう生活だって選べるでしょ。僕とずっといてもさ・・・。」
「普通ね・・・。妥協して普通を選ぶタイプの男ではないけどな。」
「それでも・・・きっとそのほうがきっと幸せになれる。あの時僕が誘わなければこんなことにならなかった。僕がわるいんだ。山波は嫌だったかもしれない。でも、僕・・・一緒に居たくて・・・悪い事したって思う。」
「山波は優しい男だけど、嫌な事ははっきり言う男だよ。
いやいや君と一緒に居たりできる奴ではない。
山波の幸せは山波が決めることだろう。
君がよかれと思ってしたことが、人を傷つける事もあるんじゃないのか?」
「・・・でも、決めたんだ。きっと、彼もそう望んでいると思う。
言い出せないだけだよ。優しいから。」
緑山はそう言い終わると涙が出てきた。如月にも泣いているのがはっきりとわかった。
「そうか、決めたのか。なら、せめて君の口からはっきり別れを言ってやることだね。」
「そうするよ。」
緑山が泣き止むまで、時間がかかった。
明かりもつけず、闇の中で苦しんでいた。
窓から細い爪のかけらのような月が見えていた。
その月が夜空で笑っているように見え、カーテンで隠した。
気づくと朝を迎えていて、緑山がいつ帰ったのかも気づかなかった。
山波は大丈夫だろうか・・・とても心配だった。
汐田が病院へ来ると、すぐにでも退院できるように手続きを頼んだ。
胸がざわざわと音を立て、居てもたっても居られなかった。
翌日、緑山は研究室にやって来た。
早く言わなければ気持ちが揺らいでまた別れが遠くなる。
鶴屋と雅の二人でキレイには片付いているが、連日の嫌がらせと緑山の欠席で、仕事ははかどっていない感じだった。
「あー、緑山さんよかった。
来てくれて、ここわからないのですが、この資料どこにありますか。」
緑山には鶴屋の声は聞こえなかった。
ただ一点を見つめ進んだ。
ここを去ろうと決めた瞬間からすべてが思い出になり、本棚も自分が使用していた机も窓際のコーヒーメーカーも、すべてが懐かしい過去になろうとしていた。
長くここにいると決心がにぶりそうで苦しかった。ここが楽しいに決まっている。
早く終わらせたい・・・・
その気持ちは嘘ではないが、足どりは重かった。
ゆっくりと山波がいつもいる部屋へ行った。
相変わらず、山のような資料に埋もれるように仕事をしていた。
「先生、元気?」
山波は、久しぶりに緑山の顔が見られて心からうれしかった。
だが、その赤く晴れた目を見たら、この次何を言うのかがわかったような気がした。
「傷はどう?」
「だいぶいいよ。」
「そう、よかった・・・僕ね、大学辞める事にした。」
「チョッと待ってください。緑山さんに今、辞められたら・・・」
山波の間に割り込んで入った鶴屋を、雅が手を引いて部屋から連れ出した。
でも、二人は鶴屋がそこに入ってきたことすら気づかなかった。
「でね、先生とも、もう合わない。ごめんね。」
「そうか・・・」
「今、手続き済ませて来た。明日から来ない。」
「うん。」
「もう帰るね。」
「気をつけてな。」
緑山は研究室からゆっくりと、山波を見つめたまま、後ろに何歩か進んで、くるりと振り返ると早足にドアに向かった。
「緑山!」
山波の声に立ち止まった。ひょっとしたら戻れるかもという甘い期待に数秒、ときめいた。
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