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真実、それぞれの愛の終わり方
如月教授
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山波もまた、ひとつの決心をしていた。
心の中に突然できてしまった穴が山波のすべてを引き潮のようにその場から連れ去ろうとしていた。
如月は一人でやっていけるのだろうか・・・
いや、逆に自分がいることで如月にも迷惑をかけている。
それ以上、なにも深く考えることができずに、その場所から姿を消した。
荷物はダンボール箱1つだけだった。
翌朝、鶴屋と雅の携帯に山波からのメールが届いた。
朝一番で研究室に置いてある資料に目を通すようにと書いてあった。
二人は研究室の前で鉢合わせした。
研究室には、キレイにファイリングしてある資料があり、夏休みの間、如月が大学に出てくるまでこのプリントを配って凌げと張り紙があった。
そのほかにも、何が何処にあるのかを事細かに書いてあった。
「これ何ですか?」
「それで山波さんは・・・。」
鶴屋と雅の二人で研究室に座って待ったが山波は現れなかった。
寮の山波の部屋も綺麗に片付けられ、携帯もつながらなかった。
二人はなすすべなく、如月の病院を訪ねた。
そして一部始終を伝えると
「だったらそのプリントでなんとかしなさい。
山波が残してくれた大切な資料だ。無駄にしないように使いなさい。
頑張らなくてもいいといったのは私だ。彼をしばらくは自由にしてあげなさい。」
「教授。山波さんがいなくなって、どうしていいかわからないです。」
鶴屋は泣きながら如月に訴えた。
それは紛れもなく、本心なのは如月にもよくわかっていた。
「すぐに私も行く。それまでは山波の指示に従いなさい。」
如月は本から目を離さずそう答えた。
目は文字を追っていたが、頭の中も心の中も、壊れそうなほど山波の心配をしていた。
「薫さん、俺、もっと勉強します。だから、山波さんの代わりになりませんか。
山波さんも帰ってこないかもしれない、緑山もいない。
俺、一生懸命頑張りますから。あなたのそばに・・・」
雅の言葉に本を閉じ、大声を上げて笑った。
「こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
山波の代わり?そんなの誰にも出来るわけがないだろ。」
「せめて夏休みの間だけでも・・・あなたの力になりたい。」
「仕方ない、じゃあ、山波がどこにいるか探してきたら夏休みだけ許そう。
無理に連れ戻さなくていい。どこにいるか、今、幸せなのか、それだけがわかれば、それたけでいい。」
如月にそう言われ雅は病院をでて、開いている時間のすべてを、山波を探すことに使った。
山波がいなくなった今、如月を支えられるのは自分しかいないはずだと信じていた。
大学は2日ほどプリントで頑張ったが、3日目からは如月が大学へやって来た。
教室に入るなり生徒に向かって、
「君たちは、山波をココから追い出した事を正義と思っているかもしれないが、すぐに後悔する事になるだろう。
なぜなら、私は山波よりさらに厳しいジャッジをする。
今までは山波が私の冷酷さを緩和してくれていたが、もう誰も私を止める者はいない。
その意味が君たちにわかるかな。
では、久しぶりの授業を始める。ついてこれない奴は辞めてくれて構わない。」
如月は顎をあげて薄笑いを浮かべた。
緑山は父親の会社に入った。
はっきり言ってお飾りだった。
両親が切望したわりにはたいした仕事も与えず、日々意味のない商談を繰り返し、空をつかむような仕事をして成果のない毎日に嫌気をさしていた。
イタリア製のスーツに靴、高級車を乗り回し、そのルックスで、社内の反感を買わないわけがなく、誰しもが表向きは愛想笑い、だが本音は陰口と嘲笑。
その辛さと寂しさを埋めるように毎晩友達を連れ立って遊び歩いた。
だが本当の友達などいなかった。
だからそれも長くは続かず、退屈と寂しさで瀕死の状態で如月の家にやってきた。
「則夫か久しぶりだね。元気だったか。」
「うん。」
「又、スーツを新調したのか。」
「うん。」
「なかなか似合っているじゃないか。」
「そうかな・・・」
居間の奥のサイドボードの前で、如月に背を向け立ったままでいる緑山が、ただひま潰しに来たわけではないことはわかったが、自分から言い出すまで待とうと思った。
「ゆっくりしていけるんだろ。紅茶でも入れよう。」
だが、場の悪いことに鶴屋と雅とあずみの3人が陽気な声で帰って来た。
「あ、緑山さんお久しぶりです。お元気でしたか?」
「うん。」
「僕の大好きな規夫君だ。」
「あずみ・・・髪を切ったのか・・・・」
「ええ。今回のことでお兄様には多大なご迷惑をおかけしたから僕なりのお詫びの印と思って、男の子になってみました。でも、とても後悔しています。」
「あずみ、髪は又、伸びるよ。」
「ええ・・・でも、あんなに長くきれいに伸ばすにはかなりの時間がかかるでしょうね。手間もかかるし・・・・」
「あずみが思っているより、あずみの髪はきれいではありませんでしたよ。
手間と言っても、鈴木さんが髪をとかしたり、三つ編みを結わなければ寝ぐせのままだったでしょう。」
「お兄様がどう思おうと、僕の中では最上級に美しい髪でした。
黒くてしっかりしていてとても長くて・・・
失ったものはいつまでもキラキラと美しく輝くものです。
だから、僕は鏡を見るたびに、ため息と後悔が服を着て立っているようにしか見えないんです。」
「だから私は切らないほうがいいんじゃないかと言ったんだ。」
「でも・・・・」
「まあ、まあ、その話は・・・せっかく緑山さんも来たんだし・・・」
鶴屋はその場の空気を変えようとあずみと如月の間に割って入った。
緑山はその光景がとてもうらやましかった。
ついこの間までは、自分もそこにいたのに、なぜか今はそこに入れない透明の仕切りのようなものがあるような気がしていた。
「教授、山波さん今日は捕まえましたよ。3人で追い詰めました。今度ごはん一緒に食べる約束しましたよ。」
「そうか。」
「お兄様、この方、僕を走らせたんですよ。しかも全速力で。」
「山波さん、足が速いから・・・でもあずみ君も足が速くて・・・あずみ君が捕まえたんですよ。山波さんを。」
「そうか。」
「スニーカーってびっくりですね。思った以上に早く走れました。」
「そうだね。いっそ、スポーツでもやってみたらどうだい。」
「お兄様、その期待は迷惑です。」
「そうか」
「緑山さんもどうですか?山波さんと一緒にご飯。」
緑山は一瞬、向き直って笑みを浮かべた。
しかし、鶴屋のその奥の顔は一つも笑っていないことに気が付いた。
「いや、則夫には遠慮してもらおう。価値観の違うものと食事をするとお互い辛いだけだ。」
如月は緑山の顔も見ずにそうきっぱりと言い放った。
「え、でもそんな・・・」
鶴屋は困惑した顔で、如月と緑山の顔を交互に見た。
「だな・・・今日は帰るよ。」
緑山は部屋を出て行った。
あの時、あそこを出た時にもう、戻れないと頭ではわかっていた。
けれど、心のずっと奥のほうで、何かを期待し、ぬくもりを求めて知らずに足がここを向いていた。
「今会ったばかりじゃないですか。まだチョッとくらい・・・」
「鶴屋、送るな。」
如月は鶴屋を止めた。
「いや・・・でも。」
鶴屋は緑山を追った。
「緑山さん、緑山さん。」
車の窓を何回か叩いたが止まろうとしなかった。
そのまま急発進して車は出て行った。
「教授、かわいそうじゃないですか。」
そんなことは如月が一番わかっていた。
自分でも冷たいことを言ったと反省していた。
だが、山波の心中を考えるとこのまま合わせていいのか、複雑だった。
「せっかく会うチャンスだったのに。」
「チャンスか・・・別れる決心をした奴らに、そんなチャンス与えて何になるんだ。」
「何に、って・・・」
「そんなことしなくても会いたければ探して会いに行くだろう。子供じゃないんだ。」
「でも後悔しているんじゃないかと思って。」
「たとえそうであっても自分で決めさせろ。力を貸せば傷を深くするだけだ。」
「相当悩んでいるっていう顔してたもんな。」
雅にも緑山の辛さは理解できた。
「悩めばいいさ。どちらの答えにたどり着いても、どっちみち後悔する。
あとは捨てる勇気を持てるかどうかだ。」
その捨てるものは相当大きいことを如月は知っていた。
そうしなければ緑山の本当に欲しいものは手に入れられないからだ。
如月の体の奥の引き裂かれた古い思い出という傷が痛み出した。
心の中に突然できてしまった穴が山波のすべてを引き潮のようにその場から連れ去ろうとしていた。
如月は一人でやっていけるのだろうか・・・
いや、逆に自分がいることで如月にも迷惑をかけている。
それ以上、なにも深く考えることができずに、その場所から姿を消した。
荷物はダンボール箱1つだけだった。
翌朝、鶴屋と雅の携帯に山波からのメールが届いた。
朝一番で研究室に置いてある資料に目を通すようにと書いてあった。
二人は研究室の前で鉢合わせした。
研究室には、キレイにファイリングしてある資料があり、夏休みの間、如月が大学に出てくるまでこのプリントを配って凌げと張り紙があった。
そのほかにも、何が何処にあるのかを事細かに書いてあった。
「これ何ですか?」
「それで山波さんは・・・。」
鶴屋と雅の二人で研究室に座って待ったが山波は現れなかった。
寮の山波の部屋も綺麗に片付けられ、携帯もつながらなかった。
二人はなすすべなく、如月の病院を訪ねた。
そして一部始終を伝えると
「だったらそのプリントでなんとかしなさい。
山波が残してくれた大切な資料だ。無駄にしないように使いなさい。
頑張らなくてもいいといったのは私だ。彼をしばらくは自由にしてあげなさい。」
「教授。山波さんがいなくなって、どうしていいかわからないです。」
鶴屋は泣きながら如月に訴えた。
それは紛れもなく、本心なのは如月にもよくわかっていた。
「すぐに私も行く。それまでは山波の指示に従いなさい。」
如月は本から目を離さずそう答えた。
目は文字を追っていたが、頭の中も心の中も、壊れそうなほど山波の心配をしていた。
「薫さん、俺、もっと勉強します。だから、山波さんの代わりになりませんか。
山波さんも帰ってこないかもしれない、緑山もいない。
俺、一生懸命頑張りますから。あなたのそばに・・・」
雅の言葉に本を閉じ、大声を上げて笑った。
「こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
山波の代わり?そんなの誰にも出来るわけがないだろ。」
「せめて夏休みの間だけでも・・・あなたの力になりたい。」
「仕方ない、じゃあ、山波がどこにいるか探してきたら夏休みだけ許そう。
無理に連れ戻さなくていい。どこにいるか、今、幸せなのか、それだけがわかれば、それたけでいい。」
如月にそう言われ雅は病院をでて、開いている時間のすべてを、山波を探すことに使った。
山波がいなくなった今、如月を支えられるのは自分しかいないはずだと信じていた。
大学は2日ほどプリントで頑張ったが、3日目からは如月が大学へやって来た。
教室に入るなり生徒に向かって、
「君たちは、山波をココから追い出した事を正義と思っているかもしれないが、すぐに後悔する事になるだろう。
なぜなら、私は山波よりさらに厳しいジャッジをする。
今までは山波が私の冷酷さを緩和してくれていたが、もう誰も私を止める者はいない。
その意味が君たちにわかるかな。
では、久しぶりの授業を始める。ついてこれない奴は辞めてくれて構わない。」
如月は顎をあげて薄笑いを浮かべた。
緑山は父親の会社に入った。
はっきり言ってお飾りだった。
両親が切望したわりにはたいした仕事も与えず、日々意味のない商談を繰り返し、空をつかむような仕事をして成果のない毎日に嫌気をさしていた。
イタリア製のスーツに靴、高級車を乗り回し、そのルックスで、社内の反感を買わないわけがなく、誰しもが表向きは愛想笑い、だが本音は陰口と嘲笑。
その辛さと寂しさを埋めるように毎晩友達を連れ立って遊び歩いた。
だが本当の友達などいなかった。
だからそれも長くは続かず、退屈と寂しさで瀕死の状態で如月の家にやってきた。
「則夫か久しぶりだね。元気だったか。」
「うん。」
「又、スーツを新調したのか。」
「うん。」
「なかなか似合っているじゃないか。」
「そうかな・・・」
居間の奥のサイドボードの前で、如月に背を向け立ったままでいる緑山が、ただひま潰しに来たわけではないことはわかったが、自分から言い出すまで待とうと思った。
「ゆっくりしていけるんだろ。紅茶でも入れよう。」
だが、場の悪いことに鶴屋と雅とあずみの3人が陽気な声で帰って来た。
「あ、緑山さんお久しぶりです。お元気でしたか?」
「うん。」
「僕の大好きな規夫君だ。」
「あずみ・・・髪を切ったのか・・・・」
「ええ。今回のことでお兄様には多大なご迷惑をおかけしたから僕なりのお詫びの印と思って、男の子になってみました。でも、とても後悔しています。」
「あずみ、髪は又、伸びるよ。」
「ええ・・・でも、あんなに長くきれいに伸ばすにはかなりの時間がかかるでしょうね。手間もかかるし・・・・」
「あずみが思っているより、あずみの髪はきれいではありませんでしたよ。
手間と言っても、鈴木さんが髪をとかしたり、三つ編みを結わなければ寝ぐせのままだったでしょう。」
「お兄様がどう思おうと、僕の中では最上級に美しい髪でした。
黒くてしっかりしていてとても長くて・・・
失ったものはいつまでもキラキラと美しく輝くものです。
だから、僕は鏡を見るたびに、ため息と後悔が服を着て立っているようにしか見えないんです。」
「だから私は切らないほうがいいんじゃないかと言ったんだ。」
「でも・・・・」
「まあ、まあ、その話は・・・せっかく緑山さんも来たんだし・・・」
鶴屋はその場の空気を変えようとあずみと如月の間に割って入った。
緑山はその光景がとてもうらやましかった。
ついこの間までは、自分もそこにいたのに、なぜか今はそこに入れない透明の仕切りのようなものがあるような気がしていた。
「教授、山波さん今日は捕まえましたよ。3人で追い詰めました。今度ごはん一緒に食べる約束しましたよ。」
「そうか。」
「お兄様、この方、僕を走らせたんですよ。しかも全速力で。」
「山波さん、足が速いから・・・でもあずみ君も足が速くて・・・あずみ君が捕まえたんですよ。山波さんを。」
「そうか。」
「スニーカーってびっくりですね。思った以上に早く走れました。」
「そうだね。いっそ、スポーツでもやってみたらどうだい。」
「お兄様、その期待は迷惑です。」
「そうか」
「緑山さんもどうですか?山波さんと一緒にご飯。」
緑山は一瞬、向き直って笑みを浮かべた。
しかし、鶴屋のその奥の顔は一つも笑っていないことに気が付いた。
「いや、則夫には遠慮してもらおう。価値観の違うものと食事をするとお互い辛いだけだ。」
如月は緑山の顔も見ずにそうきっぱりと言い放った。
「え、でもそんな・・・」
鶴屋は困惑した顔で、如月と緑山の顔を交互に見た。
「だな・・・今日は帰るよ。」
緑山は部屋を出て行った。
あの時、あそこを出た時にもう、戻れないと頭ではわかっていた。
けれど、心のずっと奥のほうで、何かを期待し、ぬくもりを求めて知らずに足がここを向いていた。
「今会ったばかりじゃないですか。まだチョッとくらい・・・」
「鶴屋、送るな。」
如月は鶴屋を止めた。
「いや・・・でも。」
鶴屋は緑山を追った。
「緑山さん、緑山さん。」
車の窓を何回か叩いたが止まろうとしなかった。
そのまま急発進して車は出て行った。
「教授、かわいそうじゃないですか。」
そんなことは如月が一番わかっていた。
自分でも冷たいことを言ったと反省していた。
だが、山波の心中を考えるとこのまま合わせていいのか、複雑だった。
「せっかく会うチャンスだったのに。」
「チャンスか・・・別れる決心をした奴らに、そんなチャンス与えて何になるんだ。」
「何に、って・・・」
「そんなことしなくても会いたければ探して会いに行くだろう。子供じゃないんだ。」
「でも後悔しているんじゃないかと思って。」
「たとえそうであっても自分で決めさせろ。力を貸せば傷を深くするだけだ。」
「相当悩んでいるっていう顔してたもんな。」
雅にも緑山の辛さは理解できた。
「悩めばいいさ。どちらの答えにたどり着いても、どっちみち後悔する。
あとは捨てる勇気を持てるかどうかだ。」
その捨てるものは相当大きいことを如月は知っていた。
そうしなければ緑山の本当に欲しいものは手に入れられないからだ。
如月の体の奥の引き裂かれた古い思い出という傷が痛み出した。
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