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Ep.12 新たな婚約者候補
しおりを挟むアシュフォード公爵家がトレヴァント辺境伯家を訪れている頃、王家もまた、動きを見せ始めていた。
クララを王太子妃として迎える事が出来なくなった以上、新たな婚約者を探さなければならない。
しかし、高位貴族で適齢期にある令嬢の多くはすでに結婚しており、候補になり得る者は一人も残っていなかった。
更に、伯爵家まで範囲を広げて内密に探らせたものの、王太子妃に相応しいと思える令嬢は見当たらない……
こうなると、他国も視野に入れるしかないが、それにはクララの問題を片付けなければならなかった。
毒杯を与える事は決定しているが、婚約から一年も経たないうちに『病死』は、あまりに不自然すぎる……
とはいえ、このまま手をこまねいているわけにもいかず『クララが流行り病のため隔離中である』とだけ公表した。
すると、それを好機と見た下位貴族の令嬢やその親たちが、連日のように大した用もなく登城しては、ハインリヒの周囲を執拗にうろつくようになった。
ハインリヒの婚約者となれば当然、王太子妃教育を受けなければならない。
それこそ、優秀とされる公爵令嬢のセシリアでさえ数年かけて学んだのである。
高位貴族が学ぶ教育やマナーすら身についていない下位貴族の令嬢が婚約者となれば、それこそ数年では済まないだろう。
そんな事すら考えず、ただ未来の王妃の座を狙う令嬢たちの対応に、ハインリヒも疲れ果てていた。
「クロンヴァルトの第二皇女ですか?」
行き詰まっていたそんな時、隣国のクロンヴァルト帝国から、第二皇女との縁談の話が舞い込んだ。
「ああ、年齢はお前よりも一つ下の18歳になる。ちょうどいい年齢だろう」
セシリアとの婚約破棄以降、芳しくない状況が続いていた王家にとって、有り難い申し出であった。
「ですが父上。その年齢まで皇女に婚約者がいないのは不自然では?」
クララのこともあったため、どうしても慎重にならざるを得ない。
「ああ、それは帝国にも確認済みだ。長年婚約していた公爵令息が留学先で別の令嬢と恋に落ち、そちらで婿入りする事になったそうだ。ちゃんと裏も取らせてあるから間違いはない」
クロンヴァルト帝国は軍事力・経済力ともに周辺国の中で圧倒的な力を持っている。
そんな自国の皇女を捨て、他国の貴族家へ婿入り?
クララのことで過敏になり過ぎているのかもしれないが、どうしても違和感が拭えなかった。
とはいえ良縁には違いなく、とりあえず一度、顔を合わせる事となった。
嫁ぐかもしれない国を見ておきたいという皇女の意向を受け、レイヴンクレスト王国の王太子宮にある庭園に顔合わせの場が設けられる。
「お初にお目にかかります。クロンヴァルト帝国が第二皇女のヴィクトリア・フォン・クロンヴァルトと申します」
凛とした声が謁見の間に響き、披露したカーテシーは一分の隙もなく、格の違いを見せ付けるような気品に満ちており、緩やかに波打つベージュブロンドの髪は、まるで上質な絹糸を紡いだかのような艶が輝いている。
「よくぞ、参られた」と父が満足げに頷くと、皇女は体勢を戻し、ふんわりと微笑みを浮かべた。
「レイヴンクレスト王国、王太子のハインリヒです。お目にかかれて光栄です」
好感を抱いたハインリヒが丁寧な挨拶とともに手を差し出すと、ヴィクトリアは迷いなく、軽やかに自らの手を重ねた。
「ありがとうございます。お会いできるのを楽しみにしておりましたわ」
そう言って微笑む彼女の指先に、ハインリヒがそっと唇を寄せる。
その様子を母とともに機嫌よく見ていた父が「後は二人で話をするといい」と告げ、予定通りに王太子宮の庭園へと場所を移した。
「素敵なお庭ですわね。とても、癒やされますわ」
和やかな茶会の席で、ハインリヒは改めて彼女を観察する。
ハインリヒの一つ年下ということは、クララより一つ年上ということである。
たった一歳の差だというのに彼女は驚くほど知的で、その言動には高貴な品を感じさせられた。
この皇女以上に王太子妃に相応しい者はいないだろう……
だからこそ、ハインリヒは胸に燻っていた疑問を直球で投げかけた。
「ヴィクトリア皇女殿下。失礼ですが、一つお伺いしたい事があります」
ハインリヒの問いかけに、彼女は驚いたように一瞬目を見開くと、「ふふっ」と口元に手を添えて微笑んだ。
「まあ、私のことはヴィクトリアとお呼び下さいませ。お言葉も、どうぞ楽になさって。それで、何をお聞きに?」
「……わかった。では、私のこともハインリヒと。ヴィクトリア、君の解消されたという婚約についてだが……自国の皇女との婚約を反故にし、他国の貴族令嬢へ乗り換えるなど、どうしても不審に感じてしまう。失礼を承知で言えば、何か裏があるのでは?と考えてしまう」
ハインリヒの疑いを含んだ問いに、ヴィクトリアは再び可憐に微笑んだ。
「そうですわよね。ハインリヒ様が不思議に思って当然ですわ。実は、彼との婚約は『時間稼ぎ』でしたの」
彼女の話によれば、元婚約者は母方の従兄であり、留学前から相手の令嬢に好意を持っていたそうだ。
ヴィクトリア自身も当時は婚約に実感が持てず、二人は『偽装婚約』を企てた。
相手の令嬢は公爵家の跡取りで、他家へ嫁ぐ事は出来ず、留学中に『皇女との婚約は偽装で、二男である自分は婿入りが可能だ』と、必死に口説き落としたらしい。
「……君はそれで良かったのか?いくら円満な解消とはいえ、君に瑕疵が付くだろう?」
ハインリヒはセシリアに濡れ衣を着せ、婚約破棄をした事で瑕疵を付けてしまった後悔が未だに消えない……
「ふふっ、お優しいのですわね。私は気にしておりませんの。兄のように慕う彼の願いが叶ったことが嬉しいですし、例え、叶わなくとも彼となら結婚してもいいと思っておりましたから」
「それに、そのおかげで、こうしてハインリヒ様とご縁がありましたから」と恥ずかしそうに頬を染める姿に、どくんと胸が高鳴った。
「ヴィクトリア……本来ならば、国内の諸問題を片付けてから申し出るべきなのは承知している。だが、君を前にして、この思いを止められそうにない」
ハインリヒは意を決して席を立つと、そのままヴィクトリアの傍に跪き、手を差し出した。
「現在、療養中である婚約者との件は、近いうちに必ず解決させる……ヴィクトリア・フォン・クロンヴァルト皇女殿下。その後、改めて、このハインリヒ・レイヴンクレストの正妃として結婚していただけませんか?」
その真摯な瞳を見つめ返し、ヴィクトリアは嬉しそうに「喜んで」と微笑んだ。
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