15 / 45
Ep.14 受難と献身
しおりを挟むアシュフォード公爵家一同は、セシリアに謝罪を拒絶され、家族としての縁が断絶されるという結果に終わった。
それは公爵やアーサーが予想していた通りの結末だった。
王都に戻ってからのアシュフォード公爵邸は、母が寝込むことが増え、まるで時が止まったかのような静けさが漂っている。
しかし、残酷にも世間の時の流れは止まってくれなかった。
「……また、ですか…」
トレヴァント辺境伯家を訪問している間に、王家がクララの『療養』を発表した影響で公爵領の特産である綿や麻の取引停止が相次いでいた。
「ああ、どうにかせねば、今年の税収は大幅に減るだろう」
父は執務机に肘をつき、険しい顔を見せている。
「私も、可能な限りの伝手を当たってみます」
休暇明けに登城した際、ハインリヒから「新しくクロンヴァルトの皇女と婚約を結ぶことが内定した」と、気まずそうに報告を受けた。
クララに王太子妃は不可能だと分かった以上、新しい婚約者を探さねばならない。
王太子として当たり前の選択だ。
それを責めることなど、できるはずもない。
そして、今は私も家の窮地を救うためにも、ハインリヒの側近を辞すわけにはいかない。
王太子の補佐と新たな取引先の開拓。
忙しい日々を過ごすことで、私は胸の奥で燻り続けるものに蓋をし、気付かないふりを続けた。
「アーサー様、少しお疲れなのでは?」
クララの件が発覚して以来、まともに会う時間も取れずにいた婚約者のシャーロットが公爵邸を久しぶりに訪ねてくれた。
手紙も短い事務的な内容ばかりになっており申し訳なく思っていたが、彼女は「事情が事情ですから」と微笑んでくれる。
「それにしても、今回のことにはお困りでしょう?あの噂もありますし、アシュフォード公爵家としても痛手かと…」
「あんな噂?」
久しぶりに庭園で過ごすシャーロットとの逢瀬に癒やされていると、彼女は紅茶のカップをソーサーに戻し、心配そうに眉を下げた。
「……あまり、公にはされておりませんが、その、セシリア様が実は無実だったとか、クララ様のおっしゃっていたことが嘘だったというお話が…ご夫人方の間で囁かれているのですわ」
アシュフォード公爵家で、社交を担っていたのは主に母とセシリアだった。
クララはまだ学院に入学して一年足らずで招待されることも少なく…ある意味、そのおかげでクララの不出来が知られずに済んでいたのだ。
……皮肉な話である。
ここ最近、クララの件やトレヴァント辺境伯領を訪問していたこともあり、母が茶会に参加できずにいたことで、その『噂』が抑える間もなく広がっていたらしい。
取引先が激減したのは、それも一因だったのだ。
私は思わず深くため息を吐き、片手で頭を覆った。
「アーサー様、大丈夫ですか?」
「ああ、すまない……まさか、そんな噂があるとは…」
疲弊しきった私を、シャーロットは温かい両手で包みこむように私の手を握った。
「お義母様の代わりとまではいきませんが、何かお力になれたらと思いまして。差し出がましいこととは思いますが、新しく取り引きに応じてくださりそうな家門や商家を探して参りましたの」
彼女は自らの侍女に目配せをすると、数枚の書類が差し出された。
そこには、彼女が調べてくれたであろう家門や商家などの候補がびっしりと書き連ねてあった。
「シャーロット……こんなに調べるのは、大変だっただろう?」
「もうすぐ、アーサー様の妻になるんですもの。妻が夫のためにできることをするのは当然のことですわ」
彼女の献身的な言葉に、私は堪らず立ち上がり、その小さな体を引き寄せ、強く抱きしめた。
シャーロットは一瞬驚いたように身を強ばらせたが、やがて戸惑いながらも、そっと私の背に手を回してくれた。
「……ありがとう。君が私の妻になってくれるなんて、本当に幸せだ」
腕の中で、彼女はもぞもぞと動きながら顔を隠すと「……私もです」とくぐもった声で返ってきた。
耳がほんのり赤くなっており、照れているのが分かる。
必ず、彼女だけは幸せにしよう。
そう、心に改めて誓った。
席に戻り、穏やかな空気の中で茶会を楽しみながら、私は意を決して彼女にすべてを打ち明けることにした。
「……実は君に話していなかったんだが、先ほどのクララの噂は…本当なんだ」
セシリアへの罪悪感、そして真実を知ったシャーロットから幻滅されるのではないかという恐怖……視線が自然と足元へ落ちてしまう。
だが、ここまで私に尽くしてくれる彼女にだけは、隠すことはできなかった。
「……そうでしたか」
私の話を最後まで静かに聞くとシャーロットは、ぽつりと一言呟いた。
「お辛かったでしょう?アーサー様は、セシリア様のことも、クララ様のことも大切に思っていらっしゃいましたから」
彼女の言葉に胸が詰まり、シャーロットがそっとハンカチを私の頬に当ててくれた。
そこで初めて、自分が涙を流していることに気づいた。
一度溢れ出した感情は止まらず、同時に弱音も零してしまう。
「……セシリアに、拒絶されるのも…クララが処分を受ける、ことも…自業自得だ。分かっては、いるんだ。だが、どうしても、償いきれない後悔が、消えなくて……」
シャーロットは席を立ち、私の傍に寄ると、私の頭を包み込むように抱きしめた。
「セシリア様に許していただくのは、難しいかもしれません。ですが、いつかお困りの時にこっそりと手助けをすることはできますわ。アーサー様の後悔は、私が一緒に背負います」
柔らかく、優しい声が頭上から聞こえる。
私のほうが年上で、男としてあまりに情けないが、今はその優しさに縋りたかった。
「ですが私、王太子殿下には少し怒っておりますわ!」
「ハインリヒに?」
シャーロットは私の顔を両手で挟み込み、自分のほうへ向けさせると、ぷんぷんと怒ったように眉を寄せている。
「はい!セシリア様の件は王太子殿下にも責任がございますのに、アーサー様だけに押し付けて!クララ様の療養を発表する時期も、もう少し配慮があってもよろしいかと思いますの!」
「はははっ、ありがとう。私のために怒ってくれて……確かに、今回の取引停止が続く現状を思えば、もう少し遅らせて欲しかったという自分勝手な恨み言がなかったわけじゃないが。仕方ないことだからね」
私の言葉を聞いても、いまひとつ納得していない彼女が愛おしくて、久しぶりに心から笑うことができた。
3,404
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました!
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました
水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。
求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。
そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。
しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。
ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが……
◆なろうにも掲載しています
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる