なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

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閑話〜ノインside

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「何か、報告はきてるかしら?」


執務机の上にある書類を淀みなく捌きながら、主は私に問いかけた。



「はい。まず、『駒鳥たち』が王都の商人や平民の使用人、騎士など数名にところ、噂には急速に広まりました。折り良く王家がクララ嬢の療養を公表したことで信憑性が高まり、巻き添えを恐れた者たちが続々と取引停止を通告しております」


「ふふっ、相変わらずね。人は見たいものだけを見て、すぐ噂に振り回される」



主は握っていた万年筆を置くと、頬杖をつき、目を細めながら愉悦に浸っている。


そろそろ、休憩を挟むべきだな……


そう判断した私がお茶の準備を始めたのを見て、主はソファへ移動した。



「それで?彼女はうまくやったのかしら?」


恙無つつがなく」



あのひとが、この美味しい状況でしくじるわけがない。

それほどまでに、に執着する癖は理解に苦しむが、まあ、人の性癖など人それぞれだろう。


そう自分を納得させた。



「それと、からも手紙を預かっております」



シルバートレイに載せた一通の手紙を差し出すと、主はペーパーナイフで丁寧に封を切り、内容に目を通し始めた。



「ふふっ、あちらも順調なようよ。こちらも相変わらず、浅はかなのね」



楽しげに微笑む主から手紙を受け取り、私も内容を確認する。

どうやら、すべては主の思った通りに事が進んでいるようだ。


しかし、手紙の最後にある一文に目が止まった。



「……セシリア様、この最後の一文は…」


「そうねぇ……私としては、どうでもいいのだけれど」


 
主は頬に手を添え、なんとも言えない悩ましい表情を浮かべている。



どうやらは、主に深く恩を感じるあまり、計画にない『余興』をお考えのようだ。

……個人的には、実行されるなら…むしろ混ぜてもらいたいくらいだが。



まあ、まだ顔を合わせるには早いだろう。



演技が上手かった。


それこそ、あの見目いい小娘など足元にも及ばないほどに。



ポケットから出した懐中時計をカチッと鳴らし蓋を開ける。


ちょうどいい頃合いで茶葉を蒸らし終え、茶こしを使いポットの中へ丁寧に注ぐ。

今日は書類仕事が多いため、ベルガモットの香りが引き立つアールグレイを選んだ。


温めておいたティーカップに注ぎ、主の前に供すると、ローテーブルの上にある紅茶をソーサーごと持ち上げ、美しい所作で口をつける。



「そういえば、その手紙を持ってきたのはなのかしら?」


「さようです。初めてお会いいたしましたが、特に悪い印象は受けませんでした」



の手紙は内容が極秘事項のため、絶対的な信頼の置ける者にしか託せない。


そして、それを運んできたは今回の計略の重要人物でもある。



「まあ、が選んだ方だもの。私も一度、お見かけしたことがあるわ」と、満足そうに私の感想を聞きながら、紅茶をゆっくりと味わっている。


「そういえば、あの子はどうしてるのかしら?新しく婚約者が決まったと聞いて、大人しく引き下がるような性格ではないでしょう?」



「……」



私が無言になったことを不審に思ったのか、主は「ノイン?」と私を見上げた。



「……はい。それはもう、たいそうお怒りだそうです」



主の計画に関わることは調査済みなので、すべて把握している。

……把握はしているが、あの小娘の報告は聞いているだけでも、かなりの不快感を覚えるほどだった。


主は「そうでしょうね」とくすくすと笑いながら、カップをローテーブルに置いた。



「セシリア様、辺境伯の件はよろしいのですか?」



先日、アシュフォード公爵家が来訪した際に、主は辺境伯と公爵、そして小公爵が署名した魔法契約書を渡されている。


あれがある限り、辺境伯は主以外と跡継ぎを成すことは出来ない。

主があの愚か者に指一本触れさせるつもりがないのは分かっている。


私もそんな真似をさせるつもりもないが……



「あの魔法契約書のこと?」



頷く私の顔には、隠し切れない不快感が滲んでいたのだろう。

主はそれを見て楽しそうに顔を綻ばせている。



……笑い事ではないのだが。



「あれは、ある意味ちょうどいいわ。どう転んでも役に立つでしょう」



主は再びカップを口に運んでいるが、ソーサーの上にあるスプーンが微かにカチャカチャと音を立てている。

笑いを堪えて震えているのが丸わかりだ。



この主は、また私を揶揄って楽しんでいる。



ようやく笑いがおさまると、主は深く息を吐き、私に新たな指示を出した。



一つ、王都のレペール商会に、極秘のオーダーメイド専門のドレスショップを設立させること。

二つ、没落寸前の貴族から爵位を買い取り、その貴族が店を経営しているように偽装すること。

三つ、その貴族を通じ、アシュフォード公爵家から綿と麻を買い占めること。




「新しい生地を作られるのですか?」


「そうなの!こないだ、ようやく完成したのよ!シルクの輝きとカシミヤの滑らかさを併せ持つ生地がね!」



興奮気味に語る主を前に、私は脳内で手配リストを作成する。

貴族役の従業員、デザイナーとお針子の手配、生地を織るための工場の選定……



また忙しくなるな……



だが「ドラゴンの鱗がほしいの」などと言われるよりは、よほどマシだと自分に言い聞かせる。



「……ああ、あともう一つ。この処方で作った薬をアクセサリーに仕込んで、いくつかに届けてほしいの」



主はソファから立ち上がり、執務机の引き出しから小さな二つ折りの紙を二枚取り出すと、私に差し出した。


そこには二種類の薬の処方が記されている。



なるほどな……


確かに、一つは必要だろう。

しかし、もう一つは?



視線で問うと、主は困ったように微笑んだ。



「一応、ね。使う機会がないのであればいいけれど、あの手紙の最後にあることを実行するなら……備えは必要でしょう?」



……確かに。あの小娘は、碌でもないことを考えることに関して頭が回ることを思えば、備えは必要か。


「畏まりました」と胸に手を当てながら一礼をする。


それを見た主が書類に視線を落としたのを確認してから、私は静かに執務室から退室し、申し付けられた指示の手配に動き始めた。





愚か者たちは、まだ気付いていないだろう⸺⸺


自分たちの首に、細く、見えない蜘蛛の糸が幾重にも巻き付いていることに……


そして気付いた時にはもう、身動きが取れなくなっていることに……







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