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Ep.24 始まり〜セシリアside
しおりを挟む私はアシュフォード公爵家の長女として生まれました。
アシュフォード公爵家の家系を辿れば、初代は当時の王弟に行き着きます。
その初代公爵は、王位争いに加わることも担がれることも拒み、早々に継承権を放棄して臣籍降下を選んだと聞きます。
面倒事に巻き込まれるのを嫌った『事なかれ主義』だったのか、ただ単に権力そのものに興味がなかったのか……
今となっては知る由もありませんが、父や兄を見ていると、そのどちらもあったのではないかと感じずにはいられません。
アシュフォードの者は、総じて高い能力を持っています。
けれど、代々の気質は『事なかれ主義』か『情に厚い者』の二つに分かれ、公爵家の名に相応しい功績を上げる者は少なく、家名の価値を落とすことが度々あったようでした。
それを、数代に一度現れる『傑出した者』が立て直す……
そうやってアシュフォード家は、目立つことなく、これまで存続して来ました。
この国では、生まれて一歳を迎える頃に魔法適性検査を受けます。
魔力量は成長と共に変わることもありますが、適性に関しては変わりません。
当然、私も受け、判明した適性は『全属性』でした。
当時4歳だった兄の適性は、四つの基本属性。
後に調べたところ、アシュフォードに現れる『傑出した者たち』は、例外なく全属性持ちでした。
兄が妹の肩を持ったのは、自分でも気付かぬうちに、『全属性適性がある妹』に次期当主の座を脅かされるかもしれない』という、本能的な恐怖があったのかもしれません。
今となっては想像するしかありませんが……
そして妹のクララが生まれました。
母を溺愛する父は、母の生き写しのような顔立ちをした妹を、それはもう過剰なまでに可愛がりました。
かといって、兄や私が蔑ろにされていたわけではありませんが、妹へのそれは明らかに一線を画していました。
妹の検査が終わる頃、父は兄を次期当主として正式に定めました。
例え、私が歴代当主に劣らない能力を持っていたとしても、嫡男を差し置いて私を据えれば、世間から痛くもない腹を探られることになります。
私自身、当主の座に執着はありませんでした。
所詮は貴族令嬢、私の処遇は当主が決めるものですから。
ただ、次期当主でなくとも、公爵令嬢として相応しい言動は義務付けられます。
それは私に限らず貴族子女、特に高位貴族子女に求められる事です。
兄と同じ家庭教師から学び、社交の場では常に慎重な振る舞いを心掛けた結果、私はいつしか『完璧な令嬢』と呼ばれるようになっていました。
そんな私が、第一王子の婚約者に選ばれたのは、当然の成り行きだったのかもしれません。
「やあ、アシュフォード公爵令嬢」
兄がハインリヒ殿下の側近候補として側にお仕えするようになり、何度か面識がありましたが、正面から言葉を交わしたのはその時が初めてでした。
「ごきげん麗しゅう存じます。第一王子殿下」
「楽にして構わない。僕たちは婚約するのだから、セシリアと呼んでもいいかな?僕のことも、ハインリヒと呼んでほしい」
精一杯のカーテシーを披露した私に、殿下は穏やかな声でそう仰ると、私の手を握りました。
「……はい。ハインリヒ様」
あの時、胸の奥を温かく満たした、くすぐったいような喜びを今でも覚えています。
そして9歳の頃。私とハインリヒ殿下の婚約は、正式に結ばれました。
しかし、その頃の屋敷の中では妹の癇癪に、みんなが疲れ果てていたのです。
「お姉様!私に王子様をちょうだい!」
妹は何かにつけ、私の持ち物を強請るようになっていました。
最初はリボンやブローチ。
拘わりのなかった私は譲ることもありましたが、要求は次第にエスカレートしていきました。
周囲はそれをただの『わがまま』だと思っていましたが、私には、妹の底にある黒い何かが這いずり回るような、禍々しい『執着』に見えてなりませんでした。
「ハインリヒ殿下は物ではないわ。それに、国王陛下がお決めになったのだから無理よ」
きっぱり断ると、案の定、妹は激しい癇癪を起こして自室に引き籠もりました。
ですが、数日後に出て来ると、まるで別人かのように『良い子』になっていたのです。
真面目に授業を受け、癇癪を起こさない。
家族や使用人は「成長した」と喜びましたが、私は言いようのない気味悪さを感じていました。
そして、ある日突然、それは始まりました。
廊下を走る妹を「走ってはダメよ」と注意した、その瞬間。
急に涙を浮かべ俯きながら「ご、ごめんなさい……お姉様……」と、怯えたように肩を震わせたのです。
予想外の態度に「言葉が冷たかったかしら?」と戸惑いはしましたが、その時の私はまだ、これが私を陥れるための緻密な罠の始まりだとは気付いていませんでした。
ですが、この『怯え』の演技は、私と直接接することが少ない他の使用人や、通りがかった家族へ『私が妹にキツく当たっている』という印象を植え付けていきました。
このような出来事が何度も、何度も繰り返されました。
その度に周囲は困ったような表情を浮かべ、『もう少し、優しく諭してあげて』と私に注意をするようになったのです。
評判や印象というものは、底から上がれば称賛されますが、逆に落ちれば必要以上に酷評されます。
一度は『自分の伝え方が悪いのかもしれない』と反省しましたが、ある日、私は見てしまったのです。
注意された妹が俯きながら、こっそりとほくそ笑んでいる顔を……
……ああ、この子はわざとやっているのだ。
その時になって、ようやく気付いたのです。
私は妹を侮っていたのでしょう。
この妹もまた、アシュフォードの血を引く人間です。
無能なはずがありません。
その頃には巧妙な手口によって、屋敷の者たちは私に疑念を抱くようになっていました。
専属の侍女や、幼い頃から私たちを見てきた家令までもが、自分たちの隙を突かれていることなど微塵も思わず、無意識に妹に有利な証言を重ねるのです。
彼らは決して、妹の味方になったわけではありません。
ただ、目に見える『断片的な事実』だけを正確に主に報告しているだけなのです。
『アシュフォード公爵家に仕えている』というプライドと過信が、自分たちの隙が生んだ『違和感』を黙殺し、妹の偽りを『真実』として上書きしていきました。
けれどその一つ一つが、私の言葉を否定していき、私を孤立へと追い込んでいきました。
今まで、私を信じてくれると思っていた、大切な家族も、使用人も……
妹が仕掛けたのは、暴力でも明らかな嘘でもありません。
失望、偏見、そして誤解。
蜘蛛の糸のように細く脆いそれらが、無数に重なり、絡み合い、いつしか屋敷中を覆い尽くしていました。
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