なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

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Ep.25 木陰の秘密〜セシリアside

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「セシリア、今日は孤児院に行ってみないか?」



屋敷の空気が冷たく変わっていくにつれ、私は今まで以上に王太子妃教育に専念し、王城に逃げるようになりました。

王城だけが、当時の私にとって唯一の『逃げ場所』だったのです。


その日はハインリヒ様の提案で孤児院へ慰問に向かうことになりました。

お忍びでの訪問の為、変装魔法を施し、紋章のない質素な馬車で辿り着いたのは、教会が運営する小さな孤児院でした。



「ようこそお越しくださいました」

「院長、お邪魔させてもらうよ」



挨拶と寄付を済ませた後、ハインリヒ様が子供たちと遊び始め、私は絵本の読み聞かせをします。


何冊か読み終え、子供たちがお昼寝の時間になった頃、一休みしようと裏庭の隅に向かうと、大きな木の木陰に一人の男の子がいました。



「あなた、他のみなさんと遊びませんの?」



声をかけると、風に揺れる黒髪の間から、燃えるような緋色の瞳が私を射抜きました。



「……誰だ?お前」


「私はセシリアと申します。今日は慰問に参りましたの。……あなたは、ここの子ではありませんわね?」



髪や肌の艶、そして一見貧相に見える服が実は仕立ての良いものだと、すぐに気付きました。


本来なら、身元がはっきりしない不審な者へ近付くことは許されませんが、不思議と離れようという考えは浮かびませんでした。



「慰問……そうか。俺はここで休んでいるだけだ。分かったら、あっちに行け」



突き放すような言葉を投げかけられても、私はその言葉を無視して彼の隣に座りました。

いつもならそんな無作法はしないのですが、彼の言葉に少しだけ反発したくなったのです。



「お、おい!」


「私は名乗りましたのに、あなたは名乗ってくれないのかしら?」



戸惑いを見せた彼に、私は少し気分を良くして口角を上げました。



「……何で、俺が名乗らなきゃいけないんだ」


「そう。でしたら、私がここで休むのも私の勝手ですわね」


「……お前、変わってるって言われないか?」



動く気がない私に呆れたような視線が向けられました。



「……あなたの瞳、とても綺麗ですわね」


「なっ!!」



吸い込まれるような緋色を見つめて呟くと、彼は顔を真っ赤にして視線を逸らし、少しの間を置いてから、苦しそうな声を漏らしました。



「……この瞳が気持ち悪くないのか?」


「なぜ?まるでガーネットのように美しいですわ。真っ赤なガーネットは、ルビーにも勝ると言われておりますのよ」



その言葉に視線を戻した彼は、ぽかんと私を見つめ、何かを言おうと口を開いた瞬間⸺⸺

遠くから、私を呼ぶハインリヒ様の声が聞こえました。



「あら、そろそろ戻らなくては。それでは、失礼いたしますわ」



立ち上がり、ドレスを払って歩き出そうとした時、背後から低い声が届きました。



「……ノイン。それが俺の名前だ」



相変わらずそっぽを向いたままの彼に、思わず笑みが溢れます。



「そう……ノイン。また、お会いしましょう」



帰りの馬車の中で、ノインのことはハインリヒ様には話しませんでした。


あの時の、あの静かな空間は、私とノインだけのものでした。



しかし、日常に戻れば否応なく現実が襲ってきます。

屋敷の中だけでは満足出来なくなった妹は、何かと理由を付けて王城へ現れ、私とハインリヒ様の間をかき回そうとしておりました。



「セシリア、クララ嬢のことだけど……もう少し、優しく接してあげたらどうだ?」



ある日、ハインリヒ様が漏らしたその言葉に、私の心は凍りつきました。



「……どういうことでしょうか?」


「クララ嬢から、君に冷たくされていると相談されたんだ。セシリアは誤解されやすいからな。アーサーも二人を心配しているぞ」



婚約前、私の胸の奥を温めてくれた彼までもが、あっさりと妹の毒に侵された。

その事実に、一瞬、自分の表情が抜け落ちたのが分かりました。



「……左様でございますか。殿下とお兄様にご心配をおかけし、申し訳ございません。以後、努めますわ」



にっこりと模範解答を述べると、ハインリヒ様は満足そうに微笑みました。


もはや、王城も私の逃げ場ではありませんでした。



このまま、妹の支配を許すの?⸺いいえ。

もはや、彼らに期待することは無駄なことよ?


⸺⸺なら、私は私で、自分を守らなければ……



私は、彼らへ伸ばしていた手を静かに下ろしました。


そうと決めたのなら、やるべきことは一つ。

兄の婚約者であるシャーロット様にお願いし、父君であるローズウェル侯爵とお引き合わせいただきました。



「まさか、11歳の令嬢に我が家の家紋の謎が解かれるとは思わなかった」



ローズウェル侯爵家が代々『影』を束ねる一族という事実に、私が気付いたのは少し前のことでした。



「ふふっ、認めていただくのに年齢は関係いたしますか?」



閣下は驚きの表情を一瞬浮かべ、すぐに鋭い眼差しで私に問いかけました。



「……いや、関係ない。君は影を従え、何がしたい?」


「何も……少なくとも、今は」



その答えに閣下の眉間に皺が寄りました。



「影はこの国の為に存在しております。私欲の為に利用していいはずがございません……ただ」



私は目を細め、表情を消し、冷徹に言葉を紡ぎました。



「現王家は暗愚ではありませんが、賢明とも言い難いですわ。恐らく、少しの躓きで転がり落ちていくでしょう」


「……根拠は?」


「閣下は我が家にも『影』を潜ませておいででしょう?妹がいくら狡猾でも、調べれば分かることも多くあります」



そう、妹の仕掛けは調べれば、すぐに分かる矛盾は多くあります。


それなのに、当主である父も、次期当主の兄も、そして次期国王までもがその手管に落ちています。


このまま、その落とし穴から抜け出せなければ……この国に未来などないでしょう?


閣下は私の答えに目を見開いた後、いきなり大笑いをし始めました。



「ははは!ああ、すまない。セシリア嬢のことは娘からも、公爵家の影からも報告は受けておったが、予想以上だ」



強面の顔をニヤリとさせた時は、さすがに少し怖かったです。



「……よかろう。我々影は、セシリア嬢に仕えるのではなく、対等に付き合うことにしよう」



国を傾けるようなことでなければ、個人的にお力をお貸しくださるそうです。


閣下曰く、現在、その正体を知り対等に付き合っておられるのは、私以外にはクロンヴァルト帝国に一人だけとのことでした。


私は早速、常に側で私の手足となり、何より信頼できる者を求めました。


閣下は考えるような素ぶりをしてから「確認して連絡する」と答え、後日引き合わされたのは⸺。



あの日の木陰と同じ、黒髪に緋色の瞳を持つノインでした。





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