なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

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Ep.27 独壇場

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階下へ到着したレオンハルトとセシリアは、儀礼通り、音もなく一礼した。



「顔を上げよ。久しぶりだな、レオンハルト」


「国王陛下、王妃陛下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます」



父上が声をかけると、二人は体勢を戻し、レオンハルトが慇懃に挨拶の言葉を述べた。



「……夫人も、久しぶりだ」


「はい。お陰様でつつが無く過ごしておりますわ」



セシリアに声を掛ける父上の声が、一瞬、詰まった。

恐らく、私と同じものを感じたのだろう。


普段、完璧な『王妃』の仮面を貼り付けている母上でさえ、どこか居心地が悪そうに視線を泳がせている。



それもそのはずだ。

冤罪で婚約を一方的に破棄したうえ、何の償いもしていない相手が目の前にいるのだから……


セシリアは相変わらず、作り物のような笑みを浮かべ、淀みなく模範解答を述べる。


以前の私なら、そんな彼女を『可愛げのない冷たい女』だと思っただろう。

だが、感情を抜きにして冷静に見れば、あの笑顔は王太子妃教育で身に付ける『隙を見せない防御』であり、模範解答は『本心を隠す為の武器』そのものだ。


すべて、こちらの都合で彼女に纏わせたものだった。


先ほど披露されたカーテシーも、ヴィクトリアと遜色ないほど気品と威厳に満ちていた。


『元王太子妃候補』という肩書きが、伊達ではないということを証明するかのように……


呆然とする私の視線を、セシリアの翡翠色の瞳が真っ向から捉えた。



「王太子殿下、皇女殿下。ご婚約おめでとう御座いますわ」


「あ、ああ。ありがとう……」



……まただ。

辺境伯家で見た、あの凍てつくような視線……


言葉で責められているわけではない。


だが、その静かな眼差しが、私の罪を咎めているように感じてならない。


……レオンハルトは、彼女に許されたのだろうか?


いや、それはない。

そう自分で自分の考えを否定する。


隣に立つレオンハルトは、彼女をエスコートしてはいるが、二人の間には僅かな距離がある。


セシリアのドレスは、その艶めかしい体の線に沿いながら裾が広がる、夜の闇を切り取ったかのようなデザインだった。


漆黒の生地には無数の小さなダイヤが散りばめられ、それが広間の光を複雑に屈折させている。

その輝きの重なりが、本来の黒を柔らかな光のヴェールで包み込み、まるでレオンハルトの髪色に近い、深めのアッシュの色調へと浮かび上がらせていた。


だが、今のレオンハルトの疲弊しきった顔を見る限り、それが夫婦の情愛による演出だとは到底思えなかった。



「トレヴァント辺境伯夫人、お久しぶりですわ。相変わらず、お美しいこと……やはり、惜しかったですわね」



突如、ヴィクトリアが頬に手を添え、悩ましげに溜め息を吐いた。



「……ヴィクトリア、彼女と面識があるのか?」


「皇女殿下には、以前帝国で開催されたパーティーの際にご挨拶をさせていただきましたの」



ヴィクトリアが答えるよりも先に、セシリアが妖艶に微笑む。



「ええ。あまりの美しさに、うっかり兄の妃になってくださらないかとお誘いしてしまいましたのよ。ハインリヒ様の婚約者でなければ、ぜひ『お義姉様』とお呼びしたかったですわ」



そうだ……あの頃、帝国の皇太子にはまだ婚約者がいなかった。

結局、一年ほど前に国内の侯爵令嬢に決まったと聞いているが。



「懐かしいお話ですわね」



セシリアは、ふふっと微笑んだかと思えば、それを更に深い笑みに変え、「……ところで、あの子はどうしましたの?姿が見えませんが」と、私たちの急所を一突きした。



「……く、クララは……その……」


「アシュフォード公爵令嬢は、まだ体調が優れませんの……ですが、私がしっかりとお世話をしておりますので、ご安心くださいませ」



言葉に詰まる私の代わりに、ヴィクトリアが事もなげに微笑んで答えた。


王家として、クララの現状を詳しく語ることは出来ない。

……疚しさしかないからだ。



「さようですか。ですが、ご無理はなさいませんよう。あの子の世話は……色々と大変ですから」



この場で何事もなく会話を成立させることが出来たのは、ヴィクトリアとセシリアだけだった。

父上たちも、私も、そしてレオンハルトさえも、その空気に入ることは許されない。



「あら。少し、お話が長くなってしまいましたわね。次の方たちにお譲りしませんと叱られてしまいそうですわ」



国王である父上から『終わり』を告げられないと、臣下は勝手に下がることは許されない。


セシリアに促される形で、父上が「……そうだな。最後まで楽しんでいってくれ」と告げた。

二人が一礼をして場を辞した後も、私はどうしても気持ちを切り替えられずにいた。


目の前にセシリアはもういないのに。

その後の挨拶の内容など、何一つ記憶に残らなかった。


そんな私を、ヴィクトリアが広げた扇子の影で冷たく、嘲笑うように見つめていることにも気付かずに……





⸺⸺⸺





パーティーが終わり、ハインリヒ様のエスコートで自室へ戻った私は、化粧を落とし着替えを済ませるとソファに深く腰を下ろした。

専属侍女がローテーブルの上にハーブティーを供する。



「ありがとう。それにしても……ふふっ、見た?お姉様を前にした彼らの滑稽さと言ったら……」



お腹を抱え、声を殺して笑う。

そこには、先ほどまでの光の女神の面影は微塵もない。



「はい。王族たる者が、人前であのように動揺を露わにするなど……帝国では考えられないほどの醜態です」


「まったくね。まあ、だからこそ、お姉様の計画と私の望みが同時に叶うのだから、感謝しなくてはいけないかしら?」


「……殿下。パーティーの最中に、あの方の使いからこちらを受け取りました」



帝国から連れて来たこの護衛騎士は、普段こちらが問いかけるまで口を開くことはない。


騎士はローテーブルの上に美しい茶缶を、一つ一つ並べ置いた。



「式の三ヵ月ほど前から使用を始めるように、との事です。それより前ですと、婚前の検査結果で『所見あり』となる可能性があるそうです」



私は缶を開け、中の茶葉を確認した。

見た目も香りも、何の変哲もない普通の茶葉だ。



「これだけでいいの?」


「はい。多量に摂取することで効果を発揮するそうです。疑念を持たれないように、複数種用意したとのことです」



一つずつ缶の茶葉を確認すると、確かにすべて違う種類のようだった。



「半年後が楽しみね……」



私はうっとりと缶に口づけを落とした。





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