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Ep.28 闇夜の女王〜レオンハルトside
しおりを挟む「主~?王太子の婚約披露パーティー、どうするんですか~?」
あれ以来、セシリアと顔を合わせていない。
……いや、合わせることが出来なかった。
また、あの嫌悪を隠さない凍てつくような視線を向けられたら……
そう思うと、怖気付いてしまった。
魔獣討伐や隣国との小競り合いなど、死線を越えた経験は何度もある。
だが、一度も『恐怖』など感じたことはなかった。
それが今では、妻一人の視線を恐れている。
何と滑稽なことか……
「……どうする、とは?」
「参列するのであれば、奥様と共に参ることになります。一応、王命で結ばれた婚姻なのですから」
ユーリの質問に、ハンスが紅茶を供しながら淡々と返した。
「王命……そうだったな」
ハッと自嘲気味な笑いが漏れた。
王命による強制的な婚姻に勝手に腹を立て、彼女を疎かにした。
その結果、ようやくその価値に気付いた時には、どんなに手を伸ばしても届かない場所へ飛んで行ってしまった。
「……セシリアに、参列の確認をしておいてくれ」
今までなら自分で確認しただろう。
だが、今はまだ彼女の前に立つ勇気がなかった。
「かしこまりました。奥様のドレスはどうなさりますか?」
通常、社交界に出る際のドレスは夫が贈る物だ。
だが、今の俺が贈ったとしても喜ぶはずもない。
「……それも確認してくれ。商人を呼ぶなら、費用をすべてこちらで持つとも」
ハンスとユーリの哀れむような視線が突き刺さるが、甘んじて受けるしかなかった。
王都へは、パーティーに間に合うよう数人の護衛と共に馬を飛ばした。
やはりと言うべきか、セシリアからは「王城で合流いたしましょう」という返事があった。
ドレスや宝飾品も、すべて手配済みだったらしい。
やり場のない虚しさを抱え、ひたすら馬を走らせた。
辺境伯家の王都邸に到着すると、エントランスで使用人たちに出迎えられた。
「お帰りなさいませ。旦那様」
滅多に来ないこの屋敷。
何度か処分も考えたが、家令に猛反対にあって以来、管理を任せきりにしていた。
「ああ。……セシリアは、もう部屋か?」
自室へ移動しながら問いかけると、家令の瞳が厳しく光った。
「ハンスからも聞き及びましたが……旦那様、大変な過ちを犯されましたね」
言い訳の言葉も見つからず、沈黙するしかなかった。
「ま、まぁまぁ~。主も色々思うところがあったんですよ~」
「ユーリ、黙りなさい。お前は従僕でありながら、主を諌めず何をしていたのですか?主の命じるまま動くだけなら、子供の使いと変わりません」
宥めようとしたユーリにまで火の粉が飛び、湯を浴びて旅の汚れを落としている間も、家令の『口撃』は止まらなかった。
「奥様はこちらには滞在なさらないそうです」
「滞在場所?私ごときにお教え下さるとお思いですか?」
「私は一度も顔を合わせていただけないままとは……」
「トレヴァント家も旦那様の代で終わりかもしれませんね」
思い返せば、先代の父を諌める時も彼はこうだった。
「……この屋敷に滞在しないのなら、セシリアに用がある時はどうすればいいんだ」
「用があればこちらに書いて飛ばせば、奥様のもとに届くそうです」
渡されたのは数枚の魔紙だった。
「これを届けに来た奥様専属の執事……あれはただ者ではありませんな。底知れぬ空気を感じました」
この家令にも警戒心を抱かせるあの黒髪の執事……
「……いったい何者なのか……」
パーティー当日。
俺は騎士の正装に身を包んだ。
胸には数々の勲章、肩には重厚なマント。
セシリアに合わせるのなら礼服を着るつもりだったが、彼女がどんなドレスを着るのかすら知らない俺には、無難な騎士服を選ぶしかなかった。
馬車で王城へ向かうと、招待客の馬車が列を連ねていた。
高位貴族用の出入口に到着し、馬車を降りて辺りを見回したが彼女の姿は見えない。
共に入場しなければならない為、先に行くことはないだろうと、その場で彼女を待つことにした。
どのくらい待っただろうか。
急に周囲が、時が止まったかのように静まり返った。
コツ、コツと規則的な足音。
現れたのは、美しい銀糸の髪をなびかせたセシリアの姿だった。
艶やかな肢体に沿う漆黒の生地。
無数の星のように散りばめられたダイヤが輝きを放つその姿に、俺は息を呑む。
「ごきげんよう、辺境伯閣下。お待たせいたしまして申し訳ございません」
「……いや、中へ入ろう」
さり気なく差し出した腕に、彼女の細い指がそっと添えられる。
トレヴァント辺境伯家の入場が告げられ、広間へ足を踏み入れると、すべてのざわめきが消えた。
多くの貴族たちの視線は、セシリアにだけ注がれていた。
「何か、飲むか?」
「そうですわね……では、シャンパンを」
使用人から受け取ったグラスを手渡すと、彼女は優美な仕草で傾けた。
普段よりも華やかな化粧、濡れたような唇、顎を上げた拍子に覗く白い首筋……
その艶めかしさに、思わず喉が鳴った。
……馬鹿なことを考えるな。
急いで目を逸らした瞬間に、王族の入場が告げられた。
広間にいるすべての者たちが一礼と共に出迎えた。
ハインリヒが紹介した新たな婚約者、ヴィクトリア皇女。
光の女神のごとく美しい容姿だが、俺の本能が『外見通りの人物ではない』と警鐘を鳴らしていた。
辺境伯家の挨拶の番がやってくると、それまで騒がしかった話し声や、音楽の音が消え、静まり返ると、人の群れが自然と道を空け、俺たちに視線が注がれた。
いや、俺じゃない……セシリアに、だ。
儀礼通りに挨拶をすると、そこから何事もなく会話が成立したのは、彼女と皇女だけだった。
王族たちは口を挟むことすら叶わず、気まずそうに視線を泳がせている。
そして、セシリアがあの子の名を出した瞬間、周囲の貴族たちが目に見えて動揺した。
……そうか。お前たちも、あの冤罪に加担した自覚があるのだな。
セシリアが国王に、暗に『そろそろ、終わりにした方がいいのでは?』と伝えると、俺たちはその場を辞した。
「閣下。私はここで失礼いたしますわ。少々、お話したい方がおりますの」
「……そうか。私は終わるまで適当にしている」
場を移動していると、周囲の好奇の視線を浴びた。
挨拶という『夫人としての義務』を果たした今、もはや一緒に行動する理由はないと言外に滲ませている。
だが、それを止める権利も勇気も、今の俺にはなかった。
「そうですか。では、失礼いたしますわ」
彼女は微笑むと、振り返ることもなく俺の前から去って行った。
遠ざかる背中を見つめ、俺はただ、胸を突く痛みに耐えるしかなかった。
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