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Ep.30 クララの復活
しおりを挟む婚約披露パーティーから、早くも二月が経とうとしている。
私は相変わらず、次期王太子妃としての公務と、四ヵ月後に迫った結婚式の準備をこなしていた。
パーティーの際、アーサーに手配を頼んだ生地も無事に届き、王城のお針子たちがデザイン画を元に、結婚式に間に合うよう、急ピッチで仕上げている。
そして、もう一つ。クララの教育も進めていた。
自分がお飾りの側妃に過ぎないと知った直後のクララは、使用人が話しかけても抜け殻のように返事すら出来ないほど憔悴しきっていた。
だが、あのパーティーの後、何故か急にその瞳に光が戻り、以前のような気力を取り戻している。
私としては、せっかく始めた『余興』が呆気なく終わるのはつまらない。
だから、こっそり手を回し、離宮の使用人たちにパーティーの噂を流させた。
王族の一員として立つことが許されず、反対に私は正妃として紹介され、賞賛を浴びたことへの嫉妬なのか。
もしくは、主役の如く華々しく社交界へ返り咲いたセシリアへの憎悪なのか。
いずれにせよ、彼女には精神を立て直してもらわなくては困る。
お姉様が受けた辛苦を思えば、たかが『お飾りの側妃』程度で許されることなど、あり得ないのだから。
だから毒杯も、ひとまず取り止めさせた。
愚かなハインリヒは、単にお姉様を嵌め、自分を騙したとして軟禁しているだけ。
父親のアシュフォード公爵やアーサーあたりが状況を説明したのかもしれないけれど、あの小娘がそれを正しく理解することはないでしょう。
クララは今まで、自分の思い通りに事を運ぶことに慣れすぎていた。
初めはお姉様の油断に付け入って成功したかもしれないけれど、その後は違う。
お姉様が味方を得てからは、ただ泳がされていただけだ。
潰そうと思えば、容易く潰せた。
望まれていたら、私が潰していたでしょうから。
「ごきげんよう。クララ様。お加減はいかが?」
私が離宮の部屋へ足を踏み入れると、彼女は山積みのクッションに寄りかかり、ベッドの上で上半身を起こしていた。
正気に戻った後、彼女は『体調が優れないフリ』を始めた。
侍医からは精神的ストレスはあれど、体に異常はないと聞いている。
「あっ、ヴィ、ヴィクトリア様……」
一瞬、大袈裟に肩を震わせたけれど……いったい、誰に見せたいのかしら?
この離宮にいる者は、騎士を除けばすべて私が手配した者たち。
怯えた様子を見せたところで、信じる者など一人もいないというのに。
「まあ、クララ様。体を震わせて……寒いのかしら?まだ、暖炉を使うには早いですから。そこのあなた、何か羽織る物を持ってきて差し上げて」
私は使用人に指示を出しながら、ベッド脇の椅子に優雅に腰を下ろす。
「……お気遣いいただき、ありがとうございますわ……」
俯きながら礼の言葉を述べたけれど、その直前に、ギリッと奥歯を噛み締めた音が聞こえた。
どうやら、思う通りに事が運ばず苛立ったようだ。
「まだご体調が優れないようでしたら、今日もクロンヴァルト語でお話の練習をいたしましよう」
クロンヴァルト帝国は周辺国の中で最大の国。
その言語を通訳なしに使いこなせぬ者は、王族はもちろん、貴族としても論外だ。
クララは日常会話程度であればこなせるようだが、発音の甘さや、外交で必要な敬語の使い分けは悲惨なものだった。
『ではクララ様。近況をお話しいたしましょう。私は最近、アシュフォード公爵家から素敵な生地を頂きましたの』
『我が家、からですか?』
『ええ。新しく開発された生地だそうで、シルクのような輝きとカシミヤの柔らかさを併せ持っておりますのよ』
アシュフォード公爵家が新しく取引を始め、アーサーの婚約者であるローズウェル侯爵令嬢がパーティーで着ていたものに一目惚れして手配をお願いした――と続けた。
クララは私の言葉を正確に聞き取れたようで、膝の上掛けをギュッと握り締めていた。
『そう、ですか……それは、とても美しいのでしょうね』
さすがに顔に出すことはなく、彼女は微笑みを浮かべた。
『ええ!ぜひクララ様にもお見せしたいほどに!』
結婚式のドレスは当然、本宮で厳重に管理されている。
離宮を出られないクララがそれを見ることは、どう頑張っても叶わない。
『……私も……ぜひ、拝見したかったですわ……』
……内心、怒り狂っているでしょうね。
返答までの僅かな『間』が、その証拠だわ。
『さあ、今度はクララ様の番ですわ。最近はどうお過ごしでしたの?』
一瞬、私の瞳を見据えた後、ポツポツと話し始めた。
『……大したことは何も……少しずつ庭を散歩しているのですが、まだ疲れやすくて……』
クララは目を伏せ、儚げな雰囲気を作った。
『まあ、そうでしたの?あまりご無理はなさらないで?倒れてしまっては元も子もありませんから』
『ありがとうございます。けれども、大丈夫ですわ。離宮の周りには、たくさん騎士がいますので、何かあっても気付いていただけますから』
私はあえて、その演技を遮るように微笑んだ。
「クララ様、今の『たくさんの騎士がいますので』は、『たくさんの騎士が配備されておりますので』の方が適切ですわ」
演技の最中に言葉を添削されたことに苛立ったのか、目元がピクッと動いた。
『ありがとうございますわ。たくさんの騎士が配備されておりますので、ご安心ください』
「よろしいですわ。今日はここまでにいたしましょう。引き続き、単語のお勉強を続けてくださいね。クロンヴァルト語の教本を持ってまいりましたから、お時間のある時にご覧になって?」
私は侍女に合図し、厚みのある数冊の本をサイドテーブルの上に置かせた。
クララは顔を引きつらせていたが、私は気付かないふりをして、にっこりと微笑み、部屋を後にした。
本宮に戻り、私はソファで紅茶を一口味わった。
「クララが近付いている騎士がいる?」
それは、私直属の護衛騎士からの報告だった。
「はい。離宮に配備されている騎士で名をイディオ。伯爵家の三男です」
離宮の騎士たちには、軟禁の事実だけが伝えられ、その詳しい理由は知らされていない。
ただ、『決して離宮から出してはならず、要求を聞くことも許さない』と命じられているのだ。
それはハインリヒの保身ゆえだが、私には好都合だ。
「イディオはクララ嬢より四歳年上で、卒業パーティーの詳細は知らないようです。単に王太子殿下の不興を買い、離宮へ軟禁されている深窓の令嬢……と思い込んでいる節があります」
伯爵家の三男が離宮の警備へ配置されている。
……その点を思うに、浅はかで単純な男なのだろう。
クララにとっては、これ以上なく扱いやすい駒である。
「ふふっ、面白いことになりそうね」
私はソーサーを持ち、優雅にカップに口を付けた。
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