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Ep.32 浅はかな計画
しおりを挟む「ねえ、私の散歩の際の付き添いだけれど……出来ればブラムウェル卿にお願いできないかしら?」
侍女は案の定、怪訝な表情を浮かべた。
「……何故でしょう?」
「今まで私の傍にいたのは、お父様やお兄様、そしてハインリヒ様のような方たちばかりだったから……体の大きい騎士の方は、少し怖いの。ブラムウェル卿は、この間の事もあって、あまり恐怖を感じなかったの……ダメかしら?」
高位貴族令嬢が、護衛以外の騎士と関わることなどほとんどない。
私の世界は屋敷か王城、そして学院だけ。
その学院も結局、一年程度しか通えなかった。
あまり男性と関わりがなかったというのは、あながち嘘ではない。
「……承知いたしました。騎士団長に相談してみます」
「ええ、お願いね」
離宮に軟禁されてから今日まで、私は大人しく従順に『悲劇のヒロイン』を演じてきた。
周囲は油断しているだろうし、イディオのように、騎士の中には私を『深窓の令嬢』だと思い込んでいる者も何人かいるように見えた。
私は窓の外を眺めながら、口元が綻ぶのを必死に耐えた。
イディオが専属の護衛騎士に選ばれたのは、それからすぐの事だった。
散歩の際、侍女は離れた所で待機させ、、彼は私より三歩後ろを歩く。
ゆっくりと、けれども着実に。
私はイディオの心を侵食していく。
ふと立ち止まり、フェンスの向こうから聞こえる賑わいに寂しげな表情を作ってみせる。
言葉にはせず、ただ彼の同情心を擽るように……
ゆっくり、ゆっくりと……
「……何だか、今日は賑やかね」
「本日は王太子殿下と……あっ……」
振り返ると、彼は酷く気まずそうな顔をしていた。
「気にしないで。続けて?」
「……王太子殿下と、ヴィクトリア皇女殿下が……城下へ視察へ向かわれる為です……」
「……そう」
寂しげに目を伏せる。
ハインリヒ様たちが視察へ出掛けることは、使用人の噂話で知っていたけれど、イディオの心を引き寄せるには格好の材料だ。
「……あの、申し訳ございません……余計なことを申し上げました」
真面目な彼は、私を傷付けてしまったと自責の念に駆られている。
だから私は、無理に作った笑顔を向けて「いいえ、気にしないで」と、告げた。
「……あの、私に何か出来ることはありませんか?」
⸺⸺かかった。
「そうね……こうしてお話してくれるだけで嬉しいわ。ここでは、私と話してくれる人なんて、誰もいないから……」
消え入りそうな声で呟くと、イディオは沈黙した。
騎士として、側妃候補、ましてや軟禁されている者との距離を必要以上に詰めることは許されない。
その葛藤が手に取るように分かる。
⸺⸺さあ、どうする?
「ごめんなさい。変なことを言ってしまったわ。中へ戻りましょう」
「……夜、みんなが寝静まった頃なら……」
離宮へ戻ろうと彼の横を通り過ぎた瞬間、微かな囁き声が聞こえた。
目を見開き、歓喜に体が震えそうになる。
私は何も答えずに歩き続け、彼もそのまま無言で着いてきた。
ハインリヒ様の結婚式まで、あと三ヵ月ほど。
まだ……まだ、終わってなんていないわ!!
その日からイディオは、夜な夜な人目を忍んでやって来ては、誰にも知られないようにひっそりと話しをする。
最初はぎこちなく『外』の話を教えてくれた。
私がいなくても、王城の外は平然と動き続けている。
その事実に、私はほんの少し淋しくなって目を伏せた。
「……あの、こんなことをお聞きしてもいいのか、迷ったのですが……なぜ、クララ嬢はここにおられるのですか?」
彼は真剣な眼差しで、私を真っ直ぐと見つめてくる。
「……私が、悪かったの……ハインリヒ様を、心からお慕いしてしまったから……」
お姉様がハインリヒ様の婚約者だったこと、そして卒業パーティーで婚約破棄を宣告された原因が私だということ。
彼も、その事くらいは知っているはずだ。
「……私が、お姉様ほど優秀じゃなかったから……だから、ハインリヒ様にも嫌われて……お飾りの側妃に……」
私はポロポロと涙を溢した。
「……だとしても、それはあなただけの責任じゃないはずです……」
イディオは私から視線を逸し、拳を強く握り締めていた。
涙を拭いたくても、触れるわけにはいかない。
そんな苛立ちのようなものが見えた。
「……このままでいいのですか?……ここでずっと、飼い殺しにされたまま……」
「どうすることもできないもの……王家はお姉様への不義理の穴埋めに、私を捨てるわけにはいかない……アシュフォードも……お姉様の手前、私を受け入れるわけにはいかないもの……」
涙を流しながら無理に微笑み、イディオの顔を見る。
すると、彼は私の隣に跪いた。
「……なら、私が助けます……」
「……え?」
「私は三男ですので爵位はありません。公爵令嬢だったあなたが平民として暮らすのは想像以上に大変なことでしょう。それでも、あなたが望むなら……」
イディオは真っ直ぐ私を見据えた。
……ふふっ、計画通り。
「……あなたに迷惑をかけてしまうわ……」
その瞳から目を逸らすように俯くと、彼は私の横に跪いた。
「私はあなたを救いたい。私と、逃げませんか?」
イディオはそのまま私に向かって手を差し出した。
私は困惑を装いながら、恐る恐るその手の上に掌を重ねる。
それを見て、彼は安堵したように私に向かって微笑んだ。
⸺⸺ああ、落ちた……
その日から私たちは、逃亡の計画を練り始めた。
もちろん、私に彼と逃げる気なんてさらさらない。
イディオに頼み、軽めの毒を用意させた。
大した毒ではない。
ほんの少しだけの服用なら、食あたりと勘違いする程度の物。
私はそれを侍女たちに飲ませ、隙を作ることを提案した。
騎士の交代時間や配置上の視角はイディオが把握しており、懸念事項は他の使用人だった為、渋々ながらも納得してくれた。
本当は、私が飲むのだ。
そう、あの皇女の前で……
私が毒を手配する伝手があるとは誰も思わないだろうし、自ら服用するなんて正気の沙汰ではない。
多めに服用すれば、効果はすぐに出る。
症状も重くなる。
毒を盛ることができ、尚且つ動機がある相手など、あの皇女だけ……
そうなれば、ハインリヒ様は必ず私の元に戻ってきてくれる……
側妃に嫉妬して毒を盛るような者は正妃に相応しくないと、帝国へ追い返すかもしれない。
それが出来なくても、きっと私をここから出して、私だけを愛してくれるに違いない。
何故なら、私はハインリヒ様に『選ばれた』のだから。
月明かりの下、私は溢れ出した愉悦の笑みを抑えきれなかった。
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