なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

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Ep.33 『お遊び』の終わり

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結婚式まであと三ヵ月。

私は、少し前から日課となったハインリヒとのティータイムの為、王太子宮の庭園を訪れていた。



「最近、ようやくハインリヒ様のお好みのお茶が分かってきましたので、今日は趣向を変えてみましたの」



ティートローリーの上で、お姉様が開発されたというガラスのティーポットを傾ける。

澄んだ液体がカップへゆっくりと注がれ、それを侍従がハインリヒの前に供した。



「これはガラスのカップかい?実に美しいな」


「ええ。レペール商会の新作ですわ。ハーブティーの色がよく映えると話題なのです」



ハインリヒがカップを持ち上げると、陽の光がガラスを透き通り、お茶の色を鮮やかに浮かび上がらせた。



「……ん?これは……ミントか?」


「正解ですわ!ペパーミントは集中力を高めて、胃腸にも良いそうですの。最近、お疲れでしょう?ぜひ、執務の合間に召し上がってくださいませ」



ハインリヒは嬉しそうに微笑み、一缶のお茶を受け取ると執務室へ戻って行った。


私は自分のカップに口を付け、爽やかなミントの香りを楽しんだ。



……これで準備は整った。


つい数日前に婚前検査が終わったばかり。


この検査は身体の異常だけでなく、『子を成す機能』の有無を確認する為でもある。

婚約前にも検査は受けているが、間違いがないように結婚式前にも行われるのが慣習だそうだ。


……これで『子を成す機能がない』となったとしても、既に各国に招待状を送っている以上、取り止める事は出来ないので意味がないと思うのだけれど。


ハインリヒも、もちろん私も問題はなかった。


ようやく、お姉様からいただいた『あのお茶』を飲ませることが出来る。



これが計画の第一歩なのだから⸺⸺。



私の心は、期待と喜びで軽やかに弾んでいた。


この時の為に、突然ティータイムに何度も誘うと怪しまれる可能性を考え、一月ひとつき前から徐々にお茶を共にする習慣を作り上げた。


そして、準備されたお茶はどれもよく飲まれるような種類ではなかった為、定期的にお茶の種類を変えながら、ハインリヒのお茶の好みも探った。

もし、苦手な味でも効能を失わない程度に改良することは可能だからだ。


私のそんな思惑を彼は知る由もない。




自室へ戻ると、先日報告を受けた『離宮の護衛騎士とクララが親密になっている』件について、新たな報告が入った。



「クララ嬢とイディオ卿は、逃亡の密談をしているようです」


「……逃亡ねえ……」



離宮の騎士はハインリヒが手配した者たちで、監視役としては話にならない。

実際に逃亡しようと思えば、すぐに出来るだろう。


だけど、あのクララに限って、ハインリヒから爵位もない伯爵家の三男に乗り換えるなんて、あり得ないでしょう。



「どうやって逃亡するつもりなのかしら?」


「イディオ卿に毒を用意させました……と、言いましても毒性はかなり低く、少量で少し体調を崩す程度です。それを離宮の使用人に飲ませて隙を作る計画のようです。」


「ふ~ん……少量なら問題なくても、多量に摂取すればそこそこの害にはなるでしょう?」



そろそろ我慢出来ず、何か仕掛けてくるかとは思っていたけれど……


……さて、どうしようかしら、ね?




⸺⸺⸺




『クララ様、ごきげんよう』



教育の一環と称し、今日は離宮の庭園でお茶会をすることにした。

趣旨は、『クロンヴァルト語で客人をきょうすること』



『ごきげんよう、ヴィクトリア様』



いつも通りに微笑むクララの後ろに目を向けると、そこには報告にあったイディオの姿があった。

あの男は、これから何が起こるかも分かっていない。


そう、クララは今日、自ら毒を飲むつもりなのだ。

私に罪を着せる為に。


お姉様を嵌めただけでは飽き足らず、帝国の皇女である私にまで牙を向けるなど……



……お前との『お遊び』も、もう飽きたわ。



『ヴィクトリア様にお気に召していただけるか分かりませんが……』



クララの合図でお菓子とお茶が運ばれてきた。

彼女は自らそれに口を付け、毒見を果たすと、私にも勧めた。



『まあ、とても美味しい紅茶ですわね!どちらの物かしら?』


『こちらは、ここにいるブラムウェル卿のご実家の物ですの。一度、いただいてから気に入ってしまって……ぜひ、ヴィクトリア様にも召し上がっていただきたくて』



クララがイディオの方へ振り返り、優雅に微笑む。

彼も一礼して応えた。


お茶会は和やかに進んでいると思われた……その瞬間。


私は、せり上がってきた「それ」を押さえようと、咄嗟に口元を手で覆ったが、抑えきれずに吐き出した。

夥しい量の鮮血が、白いテーブルクロスを真っ赤に染め上げる。


ぼやけた視界の中で、クララは顔色を青ざめさせ、ガタガタと体を震わせていた。



「……な、なんで……」


「ヴィクトリア!!」



クララの呟きを、ハインリヒの絶叫が掻き消した。



「……は、ハイン……リヒ、さま……」


「ヴィクトリア!しっかりするんだ!!いったい、何故!?」



⸺⸺その台詞を待っていたの。


駆け寄ってきたハインリヒに抱きかかえられ、私は震える指先を、石のように固まったクララへ向けた。



「……く、らら……さま、あ、なた……」



そこで限界を迎え、私の意識は暗転した。


目を覚ましたのは、その日の深夜だった。



「殿下、お加減は?」


「ふふっ、大丈夫よ。心配かけたわ。解毒薬が間に合ったのね」



お姉様から念の為にと送られていたのは、正真正銘の『毒薬』だった。

クララが用意させた『おもちゃ』のような毒とは違う。

解毒が遅れれば死に至る、本物の毒。


彼女が私に擦り付けようとした罪を、せっかくだから彼女自身『体験』させてあげる事にしたのだ。


罠に嵌められ、断罪される絶望の味を……


私が飲んだ毒は体内に残りにくく、解毒出来れば影響はない。

私の側には、いつも侍女と護衛騎士が必ず付き添う為、どちらかが飲ませてくれる事になっていた。



「……それで?彼女は今、どうしているの?」


「クララは今、地下牢におります」



私の護衛騎士が、敬称を付けずにその名を呼んだ。



「あら?珍しいわね。いつもは呼び捨てなどしないでしょう?」


「……クララは、アシュフォード公爵家から除籍されました。現在は、ただの『クララ』です」



……ふふっ。きっと、シャーロット様ね。


公爵やアーサーでは、クララへの情を捨て切れず、こうも鮮やかに即断は出来なかったでしょう。

未来の公爵夫人となる彼女が、公爵家の汚点であるクララと家門を天秤にかけ、早々に切り捨てさせることで公爵家の潔白を証明させたに違いないわね。



「ただのクララ……すべては因果応報なのよ」



あなたは今、地下牢の中で混乱し、焦っているでしょう。


でもね、本当の『不幸のどん底』が見えるのは、これからなのよ。



お姉様が味わった絶望、苦しみ、悲しみ。


一つ一つ、ゆっくりと味わうといいわ。



……さあ、たんと召し上がれ?






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