なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

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Ep.36 帝国からの使節

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……何で?何で?何で!?




ハインリヒ様は吐血し、倒れた皇女に迷いなく駆け寄り、抱き上げて去って行った……


その場に残された私は、近衛騎士に拘束され、そのまま本宮の地下牢ここへ放り込まれた。


暗く湿った空気、カビ臭い匂い……

見回すと簡易的な便器が置いてあるだけの不衛生極まりない檻……



こんなことって……こんなはずじゃなかった!!


あそこで倒れるのは、私のはずだった。


毒性は弱いから吐血まではしなかっただろうけれど、それでも、それなりに症状は出たはずだ。

それを嫉妬に狂った皇女のせいにして、私は『お飾りの側妃』から、ハインリヒ様に『唯一愛されている妃』として返り咲く……


それなのに……なぜ……!?



鍵のかかった牢の扉を力いっぱい揺さぶったけれど、冷たい鉄格子はガチャガチャと虚しい音を鳴らすだけ。

仕方なく、私は滅多に使わない魔力を練った。



私の属性は三つ。


水・風、そして希少な『闇』だ。

闇属性は珍しいが、膨大に魔力を消費する。


私はアシュフォード公爵家の中で最も魔力量が少ない。

その為に『闇魔法』を長く展開させることが出来ず、コントロール訓練をする度に体は軋み、息苦しさに耐えられず、お父様たちに泣きついて『闇魔法』の訓練を免除してもらった。


魔獣討伐や戦争に参戦する者以外、魔法を使いこなせなくても問題はない。

魔法属性が複数あることさえ示せば、高位貴族としてのステータスは保たれるのだから。


私は約十年ぶりに闇魔法を無理やり発動させ、影を伸ばして牢の鍵を開けようとした。


けれど練り上げた魔力は、光の塵となってその場で霧散してしまった。



「……な、んで?……」



当然の事ながら、地下牢は重大犯罪者を収容する場所である。


魔法が使用出来る状態では、魔力量が多い者の脱出を簡単に許してしまう。

その為、地下牢の中は魔法不能領域アンチマジックエリアなのだ。


少し考えたら分かることだったが、計画が狂った焦りで、私の頭はそこまで回っていなかった。



魔法も使えず、脱出することも出来ない。

最悪な状況に私は膝を抱え、綺麗に整えられていた爪を噛みながら、一人の存在を思い出した。



「……そうよ……イディオ……きっと、彼が助けに来てくれるわ……」




⸺⸺⸺





イディオの断罪後、謁見の間では玉座に座る国王夫妻と、その一段下にハインリヒの姿があった。



「レイヴンクレスト国王陛下に、ご挨拶申し上げます」


「うむ。帝国より参られた使節団の者たちよ、顔を上げてくれ」



クロンヴァルト帝国より派遣された使節団の者たちは、無表情のまま厳しい視線を三人に向けた。



「本日は、皇帝陛下よりお預かりした書簡をお届けに参りました」



合図を確認した侍従が使節団の代表から書簡を預かると、それを国王へ恭しく差し出した。



「此度、貴国の王太子殿下の側妃候補が、我が国のヴィクトリア皇女殿下の暗殺を企てたこと……皇帝陛下は大層お怒りでございます」



書簡を受け取った国王の手が僅かに震える。



「……聞けば、その側妃候補は前婚約者の妹であり、計略により不当な婚約破棄を導いた末、その座に就いたとか……」



代表の視線がハインリヒを鋭く射貫いた。



「事実を隠蔽する為に療養と偽っていたのでしょうが、此度はそうはいきません。ヴィクトリア殿下は『帝国の皇女』です。適切に処理されないようであれば……」



代表の声が低く響き、官僚たちや王族たちの背筋に冷たいものが走った。



「……賢明なご判断を。我々は処分の見届けを命じられておりますので、しばらく大使館に滞在いたします」



使節団が去った後、ハインリヒは胸に詰まっていた物を吐き出すように、深く溜め息を吐いた。


クララがヴィクトリアを暗殺しようとしたことは、王宮内で箝口令を敷いていた。

しかし、それが通用するのは王家に仕えている者だけだ。


ヴィクトリアの側にいる者たちは彼女や帝国の雇用下にあり、主に不都合があれば本国へ報告する義務がある。

それ故、皇帝に今回の件が伝わるのは当然のことだった。



「……父上、いかがされますか……」



ハインリヒは力ない声で父に問い掛ける。



「うむ……帝国の皇族を暗殺しようとしたのだ。当然、処刑する……しかし……」



問題は、処刑方法だった。


帝国は『公開処刑』を求めているのだろう。

だが、公開すれば、民の前で罪状を述べる必要がある。


『療養』していたはずのクララが明らかに健康な姿で現れれば、病で臥せっていなかったことが露見することになる。

そうなれば、セシリアへの不当な婚約破棄を宣告した事実まで芋蔓式に明らかになってしまう……


この期に及んで、王族たちは未だに保身の道を模索していた。



「陛下。ヴィクトリア皇女殿下がお越しです」


「……うむ。通せ」



ヴィクトリアは、絹糸のような美しいベージュブロンドの髪を靡かせ、広間へ堂々と足を踏み入れた。



「国王陛下、王妃陛下。そしてハインリヒ様。ご機嫌麗しゅう存じますわ」



優雅なカーテシーを見せる彼女の顔は、毒に侵されたとは思えないほど麗しい。



「顔を上げよ。体の調子はどうだ?」


「ご心配おかけいたしましたが、問題はございません。実は先ほど、帝国より使節団が派遣されたと耳にいたしましたので罷り越しました」



『使節団』の言葉に、国王は思わず怪訝そうに眉をひそめた。



「……うむ。そなたを暗殺しようとしたクララへの処分に関してだ。当然、処刑するつもりなのだが……」


「……問題はその方法、ということでございますね?」



言い淀む国王を真っ直ぐに見つめ、ヴィクトリアは微笑みながら核心を突いた。


「……父は公開処刑を求めるでしょう。隠れて処刑すれば、民や他国の者たちは『皇女暗殺未遂という大罪人をなぜ隠すのか……私に落ち度があったのでは?』と疑いを招きかねません」



「父はそのことを許さないでしょう」と、淡々と言葉を紡ぎながら彼らの懸念点も述べた。



「ですが彼女を表に出せば、トレヴァント辺境伯夫人へ不当な婚約破棄を宣告した事実も明らかになりますわ。ですので……」



ヴィクトリアは階上にいる三人を見上げ、にっこりと完璧な笑みを浮かべて告げた。



「夫人への不当な婚約破棄の事実を、先にこちらから公表してしまいましょう」




その言葉に、三人は驚愕のあまり目を見開いたまま凍りついた。




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