43 / 45
Ep.40 家令の独白
しおりを挟む「初めまして、セシリアと申しますわ。あなたがトレヴァント辺境伯家の家令かしら?」
「お初にお目にかかります。トレヴァント辺境伯家で家令を務めております、ウォルターと申します」
王都へ転移した私が真っ直ぐ向かったのは、辺境伯家の王都邸だった。
先触れなしに突然現れた『夫人』を、家令のウォルターは少しも動じることなく恭しく迎え入れた。
「奥様にお会いできた折にはお詫びせねばと、ずっと気にかかっておりました」
「お詫び?ウォルターに謝られるようなことが何かあったかしら?」
私は頬に手を添え、何のことかしら?とばかりに小首を傾げて見せた。
「……旦那様のことでございます……トレヴァント辺境伯領での無礼な振る舞い……ましてや、使用人までもが奥様を侮るなど、あってはならないことでございます」
ウォルターは苦虫を噛み潰したような顔で、私に向かって深く頭を下げた。
「顔をあげてちょうだい。確かに、領地邸の使用人は私に対して無礼を働きましたわ。けれど、主が尊重しない者を敬わないのは、彼らにとって当然のことでしょう?」
そう……人は流されやすい。
自分の意思よりも大多数の意見の方へ。
そして、自分にとって楽な方へと。
そんな人間を、私は飽きるほど見てきた。
『義務』『責任』『能力』『品格』
すべてに完璧を求められ、隙を見せないように仮面をかぶれば『可愛げがない』と疎まれ、失敗すれば『努力が足りない』と責められる。
僅か11歳で高位貴族子女が受ける教育よりも、更に高度な王太子妃教育が始まった。
『喜怒哀楽は見せるものではなく、状況に合わせて作るものである』
まず、そう教えられた。
王族としての礼儀作法、教養、その他、いざという時には代理を務められるようにと王太子が学ぶことも、ある程度学ばなければならなかった。
『完璧な令嬢』と呼ばれていたけれど、私は初めから完璧だったわけではない。
周囲に何を言われようと、求められたことに対して最大限の努力をし、それに応え続けた結果に過ぎないのだから⸺⸺
「そのように仰っていただけるとは……まったく、旦那様は見る目がない……」
ウォルターは横に首を振り、小さく溜め息を吐いた。
「ふふっ。今日はね、あなたに用があって参りましたの。お時間いただけるかしら?」
応接室へ移動し、私はソファへ腰を落ち着けた。
ノインはいつも通り背後に控えている。
ウォルターは私に紅茶を供すると、私の斜め前に直立した。
向かい側に座るように促すと、彼は一瞬の躊躇の後、恐縮しながら席に着いた。
「前置きはなしにしましょう。閣下のお父様……つまり、前辺境伯閣下には、第二夫人がいらっしゃったのではないかしら?」
いきなり核心を突いた言葉に、彼は驚愕のあまり目を見開いた。
「……なぜ、それを……旦那様が覚えておいででしたか?」
「いいえ。閣下にはお聞きしておりませんわ。私が独断で調べさせていただきましたの……あなたのその口振りだと、閣下は第二夫人のことをご存知ないのかしら?」
ウォルターは視線を落とし、後悔を滲ませながら当時のことを語り始めた。
「……あの方は、対外的には『第二夫人』とされておりました。ですが本来であれば、あの方は正式な『辺境伯夫人』となるはずだったのです」
前辺境伯夫人と聞けば、誰もレオンハルトの亡き母を思い浮かべる。
元々、前辺境伯は無骨で口下手で無口でと、女心がまったく理解出来ない男だった。
亡き夫人とも政略結婚で、必要最低限の関わりしかなかったという。
産褥で妻が亡くなると、子が一人では心許ないと分家筋から後妻を娶るよう声が上がった。
前辺境伯は女性に苦手意識が強く、また嫡男のレオンハルトが生まれたばかりだったこともあり、後妻を娶ることを拒んでいた。
「ですが、『不可侵協定』が結ばれる際、新たに妻を娶ることとなりました。そのお相手こそが、奥様の仰る『第ニ夫人』です」
⸺⸺⸺
ウォルターから聞き出したいことをすべて聞き終えた後、私はノインと共に辺境伯領の別邸へ転移した。
彼の話した内容は、概ね私の予想通りだった。
……まあ、多少なりとも関係はあるのではないかしら?と、最初から感じてはいたのだけれど……
「冒険者ギルドマスターから返事は来たのかしら?」
「はい。先ほど、『明日の午前に』とのことでした」
早い時間を避けたのね。
冒険者たちは大抵早朝から動き始め、昼以降になると戻って来る者や、逆にその時間から動き始める者が増える。
その為、『早朝を避けた午前』は、ギルドが一番空いている時間帯なのだ。
私の立場を慮って、あえてその時間帯を指定したのだろう。
「……さて、まだパズルのピースが足りないわね」
その最後のピースは、私自身が現地へ出向かなければ確認が出来ない。
けれど……その為には、一人説得しなければならない人がいる……
そろりと様子を窺うようにノインを見上げると、無表情な緋色の瞳と目が合った。
「ねえ、ノイン?私、ちょっと出かけたいところがあるのだけれど……」
「では、私が代わりに行って参ります」
どこへ行きたいのか、既に察しているのだろう。
『異論は認めません』とばかりに、ノインの言葉は、きっぱりとしていた。
「……そもそも、どうやって向かわれるおつもりですか?一度も行ったことがない場所へは転移魔法は使えません」
移動に便利な転移魔法の弱点はそこだ。
たとえ、正確な座標が分かっていても、未踏の地へは飛ぶことができない……
……改良出来ないかしら?
思考が逸れそうになるのを引き戻し、ノインを納得させる材料を探す。
「……ねえ。商人ギルドマスターが、今一番欲しい物は何かしら?」
私の意図を読み取ったのか、ノインの眉間に僅かにシワが寄ったのが見えた。
「……そうですね。あの方も『新当主とのコネクション』は欲していると予測出来ますが、それだけでは商談の材料としては足りないかと」
私は頭の中で、あの狐のような男への交渉材料を吟味する。
一つ思い付いたけれど、これで納得させられる確率は五分……といったところかしら。
あとは本人に聞いたほうが早いかもしれないわね……
「ノイン、商人ギルドマスターに面会の申し出を。そうね……『商談』とでも伝えてくれる?」
「……承知いたしました」
返事の僅かな間に、ノインの不満を感じ取ったけれど、私は気付かないふりをして微笑んだ。
2,035
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?
四折 柊
恋愛
公爵令嬢ジョゼフィーヌには好きな人がいた。その人は隣国の王子様リック。ジョゼフィーヌはリックと結婚したくて努力をしてきた。そして十六歳になり立派な淑女になれたと自信を得たジョゼフィーヌは、リックにプロポーズをしようとした。ところが彼に婚約者がいたことが発覚し悲しみに暮れる。今まで確認しなかった自分も悪いが、なぜかリックも家族もそのことを教えてくれなかった。そんなときジョゼフィーヌに婚約の打診が来た。その相手は自国のアルバン王太子殿下。断りたいが王命が下り仕方なく受け入れた。それなのに、ある日夜会でアルバンが可憐な令嬢に一目惚れをした。その後、アルバンはその令嬢を側室にしたいと望んだので、お互いのために婚約を解消したいと申し出たが拒絶されて……。ジョゼフィーヌの未来はどうなるのか?!
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる