なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル

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Ep.41 狸と狐の化かし合い

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商人ギルドマスターへの面会の申し出はすぐに受理され、冒険者ギルドを訪れた後に向かうこととなった。

冒険者ギルドへは、たいてい認識阻害魔法をかけ、一介の冒険者として堂々と表から入る。


しかし、商人ギルドはそういうわけにはいかない。


主は数少ないS級冒険者の一人だ。

そのような出で立ちで行けば確実に目立つ。


かといって、主が『レペール商会』の実質的な経営者であることを明かすわけにもいかない。

その為に、私が商会の代表になっているのだから。



……偽名ではあるが。



別邸から、紋なしの小ぶりな馬車ごと人気のない場所まで転移させる。


今日は商人ギルドマスターに対面するまで私が代表役を務める為、いつもよりも上等な服を身に纏っている。

不服なのは、使用人役に徹する主の服装が、私よりもランクの低い生地で作られていることだ。


別邸にいる商会の使用人の中で、御者ができる者に馬車の操作をさせ、私と主は商人ギルドへ向かった。


商人ギルドへ着くと、本来なら執事の私が先に降りて主に手を貸すのだが、今日は逆だ。

未だにこの違和感には慣れない……


受付でギルドマスターとの面会の約束を告げると、ギルド長室へ案内された。


さすがは商人ギルドというべきか……

案内されたギルド長室の扉は、冒険者ギルドのそれとは比べ物にならないほど重厚で上質な木材が使われている。



「これはこれは、レペール商会長……いえ、辺境伯夫人とお呼びすべきでしょうか?」


「ふふっ。お久しぶりですわね、ギルドマスター。相変わらずお元気そうで何よりですわ」



扉が閉まるなり、両手を広げながらギルドマスター……いや、狐が白々しく声を上げ、主は優雅にいなす。


この二人のやり取りは毎度のことながら、まさに『狐と狸の化かし合い』なのだ。


ソファに腰を落ち着けると、狐が直々にお茶を供した。

同時に私も、先ほどまで主が持っていた茶菓子をテーブルに並べた。



「おや?新作ですか?」



甘いものに目がない彼の糸目が、一瞬鋭く光った。


……気のせいかもしれないが。



「ええ、ぜひお味見なさって。このクリームを完成させるのに、うちの料理人はたいそう苦労いたしましたのよ」



主が丁寧にフォークで切り分けた一欠片を口に運ぶ。

それを見た彼も、同じように口へ運ぶと……その瞬間、彼の目が見開かれた。



「ああ……素晴らしい!!これはシュークリームですね!ですが、既存のものとは違う。生地が少し固め……タルト、いや、クッキーに近い?それにこのクリームも……」



狐は皿を持ち上げ、まるで国宝でも鑑定するかのように多角的な考察を始めた。

主は何事もないかのように紅茶を味わっている。


私がわざとらしく咳払いをすると、彼はハッとし、ようやく自分の世界から戻ってきた。



「失礼、申し訳ございません。セシリア様が持ち込まれる品はどれも素晴らしいものばかりで、つい夢中になってしまいました」



テヘッとでも聞こえてきそうな顔を見せながら、狐はシュークリームを乗せた皿をテーブルへ戻した。



「いいえ、構いませんわ。そこまで我が商会の品を気に入っていただけるとは、光栄の極みですわ」



ふふふふ、と互いに笑みを浮かべ見つめ合う二人。

傍から見れば恐怖しか感じない光景だろう。


もはや、私は慣れたが。



「……さて。本日はギルドマスターへ『商談』へ参りましたの」



主はそう切り出すと、両手の掌を上に向け魔法陣を展開した。

微細な光の粒が集まり、一つの箱に姿を変える。


これは『亜空間収納魔法』を使用する際に「亜空間に物をポイポイと投げ入れて、取り出す時もゴソゴソ探すなんてはしたないわ!」と言い出した主が、独自に改良した『念じるだけで出し入れができる収納魔法』だ。


主が箱の中から取り出した物は、レペール商会で現在最も人気のある『ガラスのティーセット』だった。



「……これは貴族の間で品薄が続いている、あのティーセットでは?」


「ええ。帝国のヴィクトリア皇女殿下にもご愛用いただいておりますわ。おかげさまで生産が追いつかなくなりそうですの」



穏やかな微笑みを消し、主は不敵な笑みを浮かべた。



「このティーセット、現在はレペール商会直営でしか扱っておりませんが……商人ギルドには四割、卸しても構わないと考えておりますの」


「……見返りは?」


「私をセキトフ辺境伯領へ連れて行ってくださいませ」



狐が私の顔を窺った。


私がこの無茶を承知しているのかを確認しているのだろう。


それに対し、私は小さく横に首を振った。

もはや、何を言っても無駄だ、という諦めの意味を込めている。


それを察した狐は深く溜め息を吐き、ソファへだらしなく体を預けた。



「……そりゃあ?僕も新セキトフ辺境伯とのコネクションは欲しいですよ?でも、今は状況が悪すぎますよね?」



狐は先ほどまでの口調を崩し、一人称も『僕』に変わった。


取り繕うのをやめ、彼自身の偽りない本音で話すという合図だ。



狐の言いたいことは分かる。


本家当主の首を物理的に刎ね、分家が本家に成り代わったのだ。

向こうはまだ殺伐としているだろう。



「それでも、商人ギルドは取引を継続するでしょう?食糧などの調達を依頼されているのではなくて?」



すべてお見通しだと言わんばかりの主の指摘に、狐はぐっと言葉を詰まらせた。


辺境伯家ともなれば、一介の商人が赴くには荷が重い。

ギルドが率先して動くのは間違いないだろう。



「……まあ、そういう話はありますけど……」


「どちらにせよ、ギルドがセキトフ辺境伯領へ向かう際には護衛を雇うのでしょう?でしたら、そこに私とノインを混ぜてくださるだけでも構いませんわ」



「素敵な考えでしょう?」と言わんばかりに、合わせた両手を顔に添え、主はにっこりと微笑む。


辺境伯夫人である主を情勢が落ち着かない場所へ同行させてもいいのか……

狐の表情が迷いに揺れている。



「……そうねえ。今なら、先ほどの新作……クッキーシューの先行購入権も、ギルドマスターにだけ差し上げてもよろしいのだけれど「よし!決まりました!護衛としてなら、何とかしましょう!!」」



……単純な男だ。



その場で狐は契約書を作成した。



一つ、セキトフ辺境伯領までの『護衛』として雇用し、期間中に起きた問題に対し商人ギルドは責任を負わない。

一つ、契約は現地到着をもって満了とする。



抜け目のない狐は、しっかりと免責事項を盛り込んでいた。



「これで、商談成立ね」



主が差し出した手を、狐は深い溜め息混じりで握った。




……急ぎ、準備を整えなければならない。


二人の握手を眺めながら、私も心の中で盛大な溜め息を吐いた。








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