アクアリネアへようこそ

みるくてぃー

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前章 悪役令状の妹

第20話 旅立ち

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「甘いですわよあなた」
「そうですわ。あれじゃ益々リネアがつけあがるに決まってます。いっその事お屋敷から追い出したほうが今後の為ですわ」

 リネア様が退出され、私……このお屋敷で執事をするハーベストはとりあえず穏便に終わった事に安堵する。

 今もまだ、奥様方の嫌味や怒号が飛び交ってはいるが、長年お屋敷に仕えていればこの程度のことは日常茶飯事。
 本当にこれで良かったのかという思いは確かに残ってはいるが、リネア様がこのままお屋敷止まるよりかは、大空へと飛びだった方が何十倍も良いことなんだと思えてしまう。

 あの時、リネア様は意識されていなかったようだが、私に向けて『今までありがとう』と告げられた。

 当初こそは、上手く切り抜けておられると感心もしたが、長年このお屋敷にお仕えしていた私には、僅かばかりの違和感を感じてしまう。
 これは普段のリネア様にはありえない回避方法。
 リネア様は時折嘘をつかれるが、それはすべて自身の身を守るためのものであって、決して他人を傷つけるような真似は一切されない。
 だが今回に限り、明らかに責任転換のようにケヴィン様へと罪をなすりつけられた。しかも旦那様が嘘とわかるように。

 正直『まさか』とは思っていたが、リネア様は自分を追い込み逃げられない状況へと自ら招いていらっしゃる。するとこれは最初から旦那様との勝負に勝つ気がないということ。
 リネア様が告げられた『今までありがとう』という言葉、勝つ気がない旦那様との戦い。そしてこの力強い後ろ姿……。
 つまりは来るべき時が来たと言うことだろう。
 
 リネア様は気づかれておられない様だが、私が毎月お渡ししているお小遣いを貯めておられることも知っているし、時間があれば書物に読みふけっておられることも把握している。
 それに料理長のクランベットによると、リネア様の調理のレベルは一級品だとも聞いている。
 しかも今すぐ一流レストランのシェフと比べても見劣りしないというレベルらしい。
 確かにそれほどの腕があるのならば、リリア様を養いながら暮らしていくこともできるかもしれない。年端のいかぬ姉妹が、そう簡単に職につけるとも思えないが、『リネア様ならもしかすると』っという気持ちになってしまうのだから不思議なものだ。
 だから私はリネア様が望む方向へと援護を行った。

「そうは言うがな、今更リネアの婚姻をなかった事になど出来るはずもないだろう。多少は甘いところを見せてやらんと、彼奴も生きる糧を無くしてしまうし、妹の方を修道院に送るとか脅しておけば、今度こそ変な真似は起こさんだろう」
 見るからに、旦那様は自身の勝利を確信されておられる。
 だけど実際の勝者は間違いなくリネア様。

 今だからこそ言うが、エレオノーラお嬢様が王妃になると聞いた時には、屋敷中の者達が、大きな期待した事は間違いないだろう。
 旦那様と奥様の子供はエレオノーラ様ただお一人。
 王家に嫁がれたら当然この伯爵家は継げないわけであって、継承権は自動的に第二位であるリネア様の元へとやってくる。
 流石にそんな上手い話にはならないだろうとは思うが、それでも僅かばかりの淡い期待は持ったはずだ。

 このお屋敷に仕える者の大半は、リネア様のお父上でもあるフロスティ様の若かりし頃を知る身。
 私とて、見習い時代にお世話になった恩は忘れてはいない。
 だからこそリネア様がアージェント家のご当主となる夢をみてしまうのだが、それは私たち使用人のただの傲慢だろう。

 これで良かったのだ。
 これはリネア様とリリア様にとっての門出の祝い。それでも今の私たちに出来る事だけはやっておこう。
 恐らく出立は明日の早朝。リネア様がわざわざ3日も待つ筈はないだろう。

 私は旦那様方に退出の挨拶を済ませ、今の自分にできる事をするのだった。





「お嬢様、旦那様とのお話は如何だったのでしょうか?」
 部屋にもどるなり、ノヴィアが心配そうな表情を浮かべながらやってくる。

「大丈夫……とはひとえには言い切れないけれど、ハーベストも助けてくれたからとりあえずは大丈夫よ」
「そう……ですか」
 ノヴィアには悪いが、彼女まで私の逃亡劇に巻き込むわけにはいかない。
 私は安心させてあげるように精一杯の笑顔を彼女に返す。

「ノヴィア、申し訳ないのだけれど今日は疲れてしまったから早めに休むわ」
「わかりました」
「あぁ、後、明日はいつもより少し遅めに起こしに来てくれるかしら? 昨日も徹夜しちゃったし、少しゆっくりと休みたいのよ」
「……承知いたしました。それじゃ今夜はゆっくりとお休みください」
 そう言いながらノヴィアは一人部屋を退出していく。
 どうせこのあとハーベストから話の全貌を聞く事になるだろう。
 先ほどの話だと、私は明日から謹慎を命じられているわけだし、いつもより遅く起きたところで不信感は抱かない筈。
 実際はお屋敷の皆んなが目を覚ます前にここから去る為の処置なのだが、恐らく叔父の耳に入るのは、更にその後の起床の時か食事の時ぐらではないだろうか。

「リア、急で悪いんだけれど、明日の早朝にこのお屋敷から出て行くわ」
「えっ? ……うん、わかった。お姉ちゃんに任せる」
 リアは少し驚いた様子を見せるも、沈黙の後に私の言葉を受け入れ、予め決めていたであろう荷物を鞄に詰めだす。
 普段からこのお屋敷を出て、姉妹二人で生きていこうという話はしているので、幼いながらもいつかはこんな日が来るのではと、ある程度の覚悟は決めていたのだろう。

「ごめんねリア。こんな大事な事を私一人で決めちゃって」
 決して楽しい暮らしだったとは言い切れないが、それでもお屋敷の人たちとの生活は確かな想い出。
 それを私一人の判断で決めてしまった事に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、ここに残っていれば何時かやってくるであろう理不尽な婚姻に、私は大切な妹を差し出すことになってしまう。
 例えそれが苦難の道のりになろうとも、姉妹揃って笑顔のまま両親の元へと行く方が何倍もいい。

「ううん、お姉ちゃんが大変なのはわかっているから大丈夫」
「ありがとう」
 妹の精一杯の励ましに、私は両腕でぎゅっと包んで抱きしめる。
 大丈夫。この温もりがある限り、私は絶対に生きることを諦めたりなんかするもんか。

 私は鞄に服や荷物を詰め込むと、ノヴィアとお屋敷の人たち宛の手紙をしたためる。
 急な話で黙って出て行くことになってしまったが、流石に心配させてしまうのは私にとっても本意ではない。
 せめて置き手紙を置いていけば、多少は安心してもらえるのではないだろうか。

 やがて一通りの準備を終え、軽く睡眠をとった後に朝を迎える。

「準備はいい?」
「うん」
 僅か数年だったとはいえ、この部屋での生活はどれも思い出深いものがある。

 お爺様達との再会と別れ、ノヴィアとの出会い、クランベット達料理人とのレシピ作りに、マリアンヌやハーベスト達との思い出。
 寂しくないといえば嘘になるが、私はここで立ち止まっているわけにはいかない。

 私は胸元にしまっているペンダントを服の上から押さえこう呟く。
(今は頼る時じゃないよね。これは私自身が決めた決意の結果、これでアレクに頼るのは間違っている。だけど少しだけ、ほんの少しだけ私に勇気を頂戴)

「今までありがとう、そしてさようなら」
 私は住み慣れた部屋に別れの言葉をかけ、意を決して最初の扉でもある部屋の扉を開く。
「おはようございます、リネア様」
「……」
 あ、あれ? 寝過ごしたってことはないわよね?
 振り返り、部屋の窓から見える景色は朝日が昇る前の真っ黒け。
 多少は明るくなり始めてはいるが、それでも皆んなが起き出すのはもっと後の時間だ。それなのになんでここにノヴィアがいる?

「えーと……」
 私がこの現状にさっぱりついていけない状況に対し、ノヴィアはテキパキと私が残した置き手紙を回収し、リアが重そうに持つ手荷物を奪うと、そそくさと部屋の外へと出て行こうとする。

「って、ちょっとなんでノヴィアが起きているのよ」
 私、今まで一度たりとも屋敷を出ていくんだと、ノヴィアに話したことはないはずよね?

「私はリネア様とリリア様の専属メイドです。お二人が出て行こうとされているのならば、付いていくのが当然じゃありませんか」
 いやいやいや、そういう問題じゃないでしょ。
 私は半ば夜逃げのような状態だし、そこに無関係のノヴィアを巻き込む訳にはいかないだろう。
 第一私に付いてきたからといっても、ノヴィアにお給料を払えるどころか生活の保障までもが約束できない。

「待って待って、私に付いてきたところでノヴィアにとって良いことなんて一つもないわよ」
「わかっています」
「いやいや、わかっているなら普通は残るでしょ」
「でも大丈夫です。私も覚悟は出来ておりますし、自分の生活は自分でいたしますので」
「のぉーー、わかってなーーい!」
 私が一人苦悶する間も、ノヴィアは一人そそくさと屋敷の出口の方へと向かっていく。

「お姉ちゃん早く!」
「はっ! そうね、こんなところで時間を取られる訳にはいかないわ」
 リアに急かされながら我に返る。
 確かに今はこんなところで時間を浪費する訳にはいかないだろう。
 ノヴィアにはこの後道中で説得するとして、今は取り敢えずこのお屋敷から抜け出すことが先決。

「じゃ行きますよ」
「ちょっと色々納得ができない部分もあるけど、取り敢えずは後まわしよ」
 全くどっちが主人なのかはわからないが、ノヴィアが外へと繋がる扉を開くと、そこにいたのはこのお屋敷仕える使用人さん一同。
 思わず「はぁ?」と間抜けな声が飛び出したのは大目に見てもらいたい。

「リネア様、どうぞこちらを」
 そう言ってハーベストが差し出してきたのは茶色の小さな皮袋。

「えっと、これは?」
 この状況は何? この皮袋は何? の展開に、自然と飛び出た私の言葉。
「少しではございますが、皆が持ち寄った旅の資金でございます」
「いやいやいや、もらえないわよ。貴方達にだって生活はあるでしょ」
 私は軽く混乱しつつも今のこの状況に、ハーベストが一枚かんでいるんだと理解する。
 恐らくは昨夜の叔父との対決から、私の行動を見抜かれてしまっていたのだろう。
 確かに思い当たる節はいくつもある。あるにはあるんだが、流石にこの状況までは想定していなかった。

「リネア様ならそうおっしゃると思っておりました。ですからこれはリリア様の為にだと思い、お受け取りください」
「うぐっ」
 流石はハーベスト、私が一番弱いところを的確に突いてくる。

「お嬢様、取り敢えず必要になりそうなものはノヴィアに持たせております。ですが、何かございましたら必ず戻っておいでなさいませ」
「マリアンヌ……」
「私達からはこれだよ。朝食も取っておられないだろうから、道中の何処かでお召し上がりくださいな」
「クランベットまで」
 皆の暖かな気遣いに、私の瞳からポロリとひとすじの涙が零れだす。

「さぁ、お急ぎください」
「ありがとうハーベスト、それに皆んなも」
 ハーベストは私に皮袋を持たせ、歩み出させるように力強く背中を押してくれる。
 それはとても暖かく、どこか懐かしい記憶を思い出させるような感覚。

 そうか、私にとってはここにいる皆んなが家族なんだ。例えそれが家族ごっこだとしても、今の私たちにとっては帰るべき暖かな場所。

「ありがとう、本当にありがとう」
 私は淑女の礼ではなく、頭を下げてお礼をいう。

「それではお嬢様、いってらっしゃいませ」
「「「いってらっしゃいませ」」」
「うん……うん、行ってくるね。皆も元気で、それじゃまたいつか」
「はい、いつか必ず」

 こうして私たちは大勢の家族に見送られながら旅立つ、新なる新天地へと向かうために。
 そう、精霊の伝説が残ると言われている街、アクアへ。
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