アクアリネアへようこそ

みるくてぃー

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一章 精霊伝説が眠る街

第23話 海沿いの村、アクア

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「おはようございますリネアさん。今日の分の卵を届けにきました」
 ノヴィアと一緒に今朝の仕込みをしていると、やってきたのは領主様のたった一人の家族でもある孫娘のフィオ。年齢が妹のリアと同じだと言うのに、この年で家の手伝いをしたり、領主様に代わって街の人たちの相談ごとなんかを聞いたりと、幼いながらもなかなかの頑張り屋さん。
 何年か前に両親を海の事故で亡くしたらしく、親がいない者同士何処か惹かれあうところがあり、今じゃ私を姉の様にも慕ってくれる。

「おはようフィル、今日も早いわね」
「そんな事はないですよ、リネアさんこそもう仕事を始めてるじゃないですか」
「まぁそれが私の仕事だからね。あっ、卵はその机に置いておいて」
「はーい」
 領主様の孫娘だとはいえ、フィルが暮らす環境は何処にでもありそうな一般のご家庭とほぼ同じ。
 それでもこの街が人で賑わっていた頃には、それなりの暮らしもしていららしいのだが、例の新しく出来た街道のせいで今ではこの様な貧乏生活になってしまったのだという。



 あの日ヴィスタのお父様の紹介で、このアクアの街へとやってきたのだが、そこで出会ったのがこの街の領主様と、息子夫婦の忘れ形見でもある孫娘のフィオ。

 嘗てはメルヴェール王国につながる街道と、この辺りでは珍しい海沿いという立地から、お店や商店が立ち並ぶ賑やかな街だったという話だが、今じゃその面影を僅かばかりを残し、大半の住人は新たな生活を求めて隣のカーネリンの街へと移っていった。

 このアクアの街はメルヴェール王国との玄関口にはなっているが、西側に大きな山がある為に、連合国家の中央都市部へと向かうには大きく山を迂回しなければならない。
 それなのにアクアへと繋がる街道の途中に、新しくメルヴェール王国へと繋がる街道ができてしまったので、すっかり街を利用する人達が減ってしまった。
 人が減るということは、商売をしているお店や商店は当然収入が減るわけであって、自然と人々はカーネリンの街へと移っていったのだという。
 お陰でこの連合国家が決めた階級で、アクアは街から村へと格下げされ、ますます人が立ち寄らない状態へとなってしまった。

 まったく、このトワイライト連合国家の階級制度っていまいち仕組みが分からないのよね。
 現在この連合国家のトップは、国の名前にもなっているトワイライト公国。
 そしてその下に幾つかの公国と呼ばれる国があり、更にその下に都市級、街級、村級など規模でくくられた幾つもの小さな国が存在している。

 まぁ、国といってもアクアのようにとても国と呼べるような規模じゃないところも多く存在しているのだが、その全てが独自の政策が認められており、連合国家で定められた階級に見合った税を納めることによって、他国からの侵略や自国では対応しきれない災害などへの援助が受けられるようになっているらしい。

 なぜこのようなややこしい国家になったかというと、そこにはメルヴェール王国の誕生を説明しなければならいだろう。
 嘗てメルヴェール王国もトワイライト地方のように大小様々な国が存在していたが、たび重なる戦争や合併やらでやがて一つの王国が出来上がる。
 その様子を間近で見ていたトワイライト地方の領主達はさぞ頭を悩ませたことだろう。
 このままではいづれ自分たちもメルヴェール王国に吸収される。
 今や大国となってしまったメルヴェール王国に敵うわけもなく、戦って負けるにしても、降伏して配下に下るにしても、今の自分達の生活が守られる保証などどこにも無い。
 そんな不安がトワイライト地方全体に広まった頃、一つの公国が名乗りをあげた。
『巨大な王国に立ち向かうには、こちらも一つの国としてまとまらなければならない。各国の思想と体制はそのままで、連合国家として今こそ我らも一つの国として名乗りをあげよう』と。
 そうして出来上がったのがこのトワイライト連合国家というわけだ。



「それにしてもすっかり人気のお店になりましたね。この前なんてわざわざリネアさんのお店に来るためにだけに来た、ってお客さんもいましたよ」
「そうなの? 仕入れにやって来られる商人さんが立ち寄られることはよくあるけど、一般のお客さんがわざわざ来てくださっていたなんて気づかなかったわね」
 朝の仕込み作業を進めながら、フィルと他愛もない会話を交わし合う。

 それにしてもあれからもう半年も経つのね……。

 私たちがこのアクアを訪れた日、初めてお会いした領主様は、まぁ何とも言えない何処にでもいそうな普通のおじいさんだった。
 若かりし頃はその手腕で近隣の街まで名を轟かせたという話だが、今となってはそんな面影もなく、孫を慈しむ優しいお方だった。

 そんな領主様に伯爵様の手紙を渡し、私たちが置かれている事情をすべてお話しすると、話を聞き終えた領主様はすべてを受け止め、仮住まいとなる住居を用意してくださった。
 このアクアには人口減少に伴い空き家が増え、そのほとんどが現在領主様の元で管理されているんだそうだ。

 こうして最大の問題でもあった家の目処が立ったのだが、今度は賃金を稼ぐための仕事がみつからない。農業、畜産、漁業といった選択肢もあるにはあったのだが、生憎この体は今まで仕事らしい仕事はしておらず、更に決して実入りがいい仕事でもないために、私の仕事探しはいきなり暗礁に乗り上げてしまう。
 そんな時、今晩のおかずにと市場で魚を買いに出かけた私に、たまたま仕入れに立ち寄られた旅の商人さんが声を掛けてこられた。

「お嬢さん、今晩のおかずは焼き魚ですか?」
 商人さんにとっては鼻歌まじりに魚を選ぶ私に対し、ただ世間話程度の気持ちで話しかけてこられたのだろう。
 だけど今世で生魚との再会を果たした私は連日興奮美味で、前世の知識を思い出しながら様々な魚料理にチャレンジ中。
 そんな状態の私は商人さんに対し、「今日はバターソテーのムニエルにするつもりなんです♪」なんて、るんるん気分でこの世界には存在しないメニューを口にしてしまう。

 この世界では生魚の輸送技術が確立されておらず、魚料理といえば生魚も干し魚も、塩を振っての焼き物が基本。
 もしかすると漁村ならではの料理も存在するのかもしれないけれど、聞き馴れない料理名に興味を示さない商人さんではなく、それはどんな料理なのかと根掘り葉掘りと問いかけられた。
 
 結局その時は説明しきれず、仕方なくその商人さんを自宅に招き手料理を振舞う事になってしまったのだが、私の料理を食した商人さんは……
「なんでお店を出されないんですか! こんな美味しい料理だったら大都市でお店を出しても見劣りなんてしませんよ!」とかなり興奮気味迫られてしまい、驚いた私の悲鳴を聞きつけたご近所さんが駆けつけるわ、村の自警団が駆けつけるわで、気づけば一大事件と化してしまった。

 まぁ、若い女性三人暮らしの中に、見ず知らずの人を招いた事をご近所さんからこっぴどく叱られたわけだが、その事がきっかけで私の作るご飯が美味しいと評判になってしまい、流れのままにこのお食事処を始める事となってしまった。

 これでも地元の人たちからは結構評判はいいのよ。
 見慣れぬ料理と私が独自開発した調味料、夜にはお酒も出すし、農家さんと仲良くしている間柄から、新鮮なお野菜も安く分けていただいる。
 最近では噂が噂を呼び、村に仕入れにやってくる商人さん達もかなり増えてきた。

 これも全てあの時出会った商人さんのお陰なのだが、当時は自警団に捕まるなどの大騒ぎ。
 結局あれは誤解だと私が必死に説明して、その場は事なきを得たのだが、まさかあそこまでの大騒ぎになるとは正直思ってもいなかった。
 今でも、時折やって来られては私のお店に立ち寄ってくれていて、いい関係は築けてはいるんだけれどね。



「あの、その、リネアさん……、実は、その、相談したいことがあって……」
「ん? 私に相談?」
 話が切れたタイミングを見計らい、フィルが戸惑いながら話しかけてくる。
 なんだか歯切れが悪いわね。
 だが……
「お嬢様、そろそろお店の方を……」
「あら、もうそんな時間なの?」
 だけどノヴィアに促されて時計をみると、いつのまにか時間はお店のオープン間際。
 この辺りって朝の漁に出られた漁師さんが戻ってこられたり、朝市で新鮮野菜を仕入れられた商人さんが訪れたりされているので、お店のオープン時間はそれに伴い早くなる。

「ごめんなさいフィル、そろそろお店を開ける時間なの」
「あ、いえ。そんなに急ぎの相談ごとじゃありませんので。私の方こそ朝の忙しい時間にすみません」
 私の長話につき合わせちゃったせいで、肝心の相談事が切り出せなかったのだろう。
 なんだか申し訳ないわね。

「確か今日って午前中までの授業だったわよね?」
 ふと今日のリアの予定を思い出しながら、フィルの予定を確認する。
 現在フィルと妹のリアはアクアで唯一の学校へと通っており、休日の前日である今日の授業は、確か午前中までの筈。
 多少フィル達の方が早く終わるだろうが、そこはどこかで時間を潰して貰えば問題ないだろう。

「はい。今日は半日の授業です」
「だったら帰りにでも立ち寄ってくれる? お昼をご馳走するからその時にでも話を聞くわ」
「あ、はい。ありがとうございます。それじゃお爺ちゃんのご飯を用意したら伺わせていただきますね」
 あぁ、そうだったわね。フィルは領主様の食事を用意しなきゃダメだったわね。
 普段は作り置きの食事を用意していると聞いているが、今日は半日授業だから用意をしていなかったのだろう。

「それじゃ私はこれで戻りますので」
「ごめんねフィル、大したおもてなしも出来なくて」
「いえいえ、私はただ卵を届けに来ただけですので」
「じゃ、またお昼にね」
「はい、ありがとうございます」
 お互い軽い挨拶を交わしながらフィルが帰っていく様子を見送る。

「さぁ、お店をオープンするわよ」
 こうして今日もいつもと変わらぬ日常が始まる……筈だった。
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