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一章 精霊伝説が眠る街
第43話 予期せぬ来訪
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「急に忙しくなりましたね」
「そうね、これもアレクとゼストさんのお陰ね」
ヘリオドールでの会合から約二週間。
基本貿易とは双方の利益があって成立するものなので、アクア商会では各種の調味料に使用する容器や、新型馬車に使用する各種部品などを取引することで落ち着き、本格的な輸送自体はまだ始まってはいないものの、生産を生業とする人たちはその量を増やし、アクア商会では各種の調味料の増産を開始している。
「それにしても忙しいわね」
何かと忙しい年末と言うこともあるが、ヘリオドールとの貿易が決まってから私が置かれた状況は一気に様変わりしてしまった。
まず私が経営するお食事処『精霊の隠れ家』は、商会の仕事が忙しくてやむなく休業。
次々と押し寄せてくる資料やサンプル品と格闘しながら、実習として続々やってくる料理人達への対応に、生産管理と人員の手配。一体どこで話を聞いてきたのかは知らないが、トワイライトの内陸部の街からもアクア商会の調味料を取引をしたいという声まで届いてきている。
まったく商人達の情報網は早すぎるのよね。
各種調味料はもともとアクア商会で売り物にならない野菜や鮮魚類、畜産で解体作業をする際に余った廃材を利用する予定だったので、正直あまり力をいれておらず、元となるスパイス類の生産もそれほど多くない。
幸い生産工場として領主様から空き家の建物を幾つかお借りできたが、もしこのまま調味料の受注量が増え続ければ、素材の取り寄せから検討しなければいけないだろう。
そう考えると私の仕事量はますます増え続け、定食屋の再開はさらに遠のいてしまう。
いっそのこと、全てを放り投げて逃げ出してやりたい気分になってくるが、元を正せば私が村全体を巻き込んで言い出したことなので、今更知りませんでは私の良心が許さない。
これは出来るだけ早く商会の代表者を決め、私が行っている業務の引き継ぎしないといけないわね。
コンコン。
「リネアちゃん、金物細工の職人さんが頼まれていた品ができたから見て欲しいって」
「ありがとうヴィスタ、すぐにいくわ」
すっかり私専用となってしまった一室に、ヴィスタが来客があると知らせに来る
本来バカンス半分、避難半分のヴィスタとヴィルの二人だが、私が商会に入り浸り状態なのを見かね、自ら手伝いの申し出を買って出てくれた。
正直二人のお手伝いには色々助けられている。
一応村の住人でも文字の読み書き程度ならば出来るのだが、取引先への書類をつくったり、調味料の生産現場での指導をするとなると、それなりの知識と指導力がないとたちまち作業が止まってしまう。
今までは問題が発生するたび私が彼方此方へと走り回っていたのだが、それでは肝心の書類作業が進まず、結果的に私の仕事は遅れるわ、私の体力が削られていくわで、一時は疲労困憊の状態で相当心配されたものだ。
お陰で今は自分の仕事に集中できているので、二人にはホントに感謝しなければいけないだろう。
「それにしても賞味期限を入れるなんて良く踏み切ったよね。普通考えれば販売側にとってはマイナスの項目だし、在庫を必要以上に持てないしで、あまり良いことなんでないんじゃないの?」
「うーん、確かにマイナス項目かもしれないけれど、一年も二年も残しておいたら調味料だって痛むじゃない。そんな状態でお料理を作っちゃうとお腹を壊してしまうわ」
おそらくこの世界では賞味期限なんて入ったものは売られていないだろう。
ケーキ屋や屋台で売られている食べ物ならば、購入後にすぐに食べないいけないって感覚はあるだろうが、お料理のスパイスとして使用される調味料は、数十日、もしくは数ヶ月に渡っても使用され続ける。
せめて近代文化の象徴でもある冷蔵庫があればいいのだが、氷は非常に貴重なものだし、湿気や高温にさらし続けると品質にも影響してしまうので、アクア商会で取り扱う各調味料には、それぞれ賞味期限と保管方法の案内などを紙札としてつけるよう徹底した。
「うん、良い感じね。あと小さくてもいいから、アクア商会が作った商品だとわかるようなロゴマークを作れないかしら?」
「ロゴマーク、ですか?」
「えぇ、そのマークが付いていれば食の安全が保障されているような、そんなイメージを持ってもらいたいのよ」
「なるほど、それでしたらすぐに覚えて貰えそうな絵柄で、尚且つ真似ができないような少々複雑な作りがいいですね」
「そうね、今後はいろんな商会が同じような調味料を販売するかもしれないし、独自にオリジナル商品を開発してくるところもあるかもしれないわ。それにうちの商品の模造品とかも出てこないとは限らないから、その辺も注意しないといけないわね」
いずれ似たような商品が出回るだろうが、私はそれはそれで良いとは思うし、その店々のオリジナル製品ができるというのは、この世界の食文化を発展させるためにとてもいいこと。
だけど見様見真似、完全コピーの模造品だけ許されることではない。
もしうちの商品だと信じ、調理後になんらかの問題が起これば大事件に発展すだろうし、何より購入者への不信感はそう簡単に拭えるものでもないだろう。
そうならないためにアクア商会製という表示は必要不可欠と言える。
「そういえばヴィスタ、確か家庭教師で絵の講習を受けていたわよね。もしよかったらアクア商会のロゴマークを考えてもらえないかしら?」
「うーん、リネアちゃんのお店だとわかるロゴマークかぁ。看板の方は可愛い色をつけるとして、ラベルの方はシンプルにしたほうがいいよね。うん、数日まってもらえるかな」
「別に私の商会って訳じゃないから、マークに私をイメージする必要はないけど、とにかくお願いするわね」
前世でも有名メーカーには決まってロゴやキャラクターが印字されていた。
つまり一種のブランド化が出来ればと私は考えてる。
「それじゃ私は仕事にもどるわね」
「うん、後は任せといて。とびっきり可愛くてリネアちゃんっぽいマークを考えるから」
「何度も言うけど、別に私をイメージしなくていいからね。それじゃ後はお願い」
一抹の不安を抱きながらも一任した以上、私が下手に口出すこともアレなので、後はヴィスタと若い職人さんにまかせることにする。
まぁ、よほど変なデザインが上がってきたらその時考えればいいだろう。
私はそう自分に言い聞かせ、部屋を後にするのだった。
「とりあえずはこんなものかな」
自室に戻り再び机とにらめっこ。
先ほどからの続きでアクア商会で取り扱う調味料のラインナップをまとめ、それぞれ使われている原料から目安となる賞味期限を設定する。
よく勘違いされがちなのだが、マヨネーズやトマトケチャップのような調味料には保存料は使用されていない。
ならばどうなっているのかと言うと、製造過程に使用されるお酢や食塩に細菌の繁殖をおさえる力、すなわち防腐作用があるため、あえて保存料を入れる必要がないのだ。
因みに科学製品でもある保存料は、微生物の発生を抑制するだけであって死滅させる効果はなく、適切な衛生施設の中でお酢や塩分など混ぜ合わせれば、ある程度の期間は保存が可能となる。
「リネア、ちょっといい?」
「ん? どうしたのヴィル。いま仕事がひと段落付いたところだから別にいいわよ」
一息つけたと思えばまた別の案件。
ヴィルには各種調味料の製造現場での管理をお願いしているので、おそらく本人にも何か手に負えない問題でも浮上したのだろう。
とりあえず問題箇所を聞き、適切な解決策を指示。
いくら人の上に立つための教育を受けてきたとは言え、畑違いの仕事を押し付けてしまったのだからこればかりは仕方がないだろう。
「わかったよ、それじゃそのように進めておくね」
「えぇ、お願いね」
コンコン
「リネアちゃんゴメン、またお客さんなんだけど……」
「また? 今日はやけにお客さんが多いわね」
ヴィルを見送った矢先、再びヴィスタから来客の連絡。
ここ最近、調味料や取引がらみで商会の方へ訪れる人は多いけれど、大体はヴィスタの方で対処してくれているために、私が直接出向く案件は少なくなっている。
そのヴィスタがわざわざ私を呼びに来たということは、本人でも対処しきれない内容か、それなりの大手の商会関係者が現れたかのどちらかであろう。
私はふっと一息をついて、ヴィスタに誰が来られたのかを尋ねる。
「それで、誰が来られたの?」
「それがその……ヘリオドールの領主様であるガーネット様が……」
ブフッ
「ちょっ、それ本当にご本人なの?」
つい二週間前に初めてお会いしたばかりガーネット様。前にも説明した通り、一商会の代表にすぎない私が、この地方最大の都市でもある領主様に謁見出来るなど滅多にない。
しかも公国と名のつくヘリオドールの領主ともなると、アクアやお隣のカーネリンの領主様とお会いするのとは訳がちがうのだ。
そんな高貴なお方が直接私の元に訪れるなど誰が考えると言うのだろうか。
「ちゃんと確認したよ。もしもの事があればダメだから、念のためにお供の方に何度も確認したんだけれど、どうも本当にご本人らしくて……」
ヴィスタも貴族社会の人間であるから、その辺は慎重に確認してくれたのだろう。それでもご本人なのだと告げられれば、流石のヴィスタでも対応しきれない。
とりあえず壁掛けの鏡で一度自分の身なりを確認し、急ぎガーネット様が待つ来客室へと向かう。
「ご無沙汰しております。先日はどうもありがとうございました」
まずは挨拶と、先日ご対応いただいたお礼を口にする。
「いや、先日はこちらも有意義な時間をすごさせてもらった」
「それでその……本日はどのような御用件で?」
少々先を急かしているようで気がひけるが、慎重に言葉を選びながら来訪用件を確認する。
もしこれで、『先日の話は無かった事に』などとなった日には、アクア商会の運営は一気に座礁してしまう事だろう。
各種調味料の生産は既に動いているし、それに伴う費用もそれなりに投資を終えている。ただでさえ新参ものの商会なので蓄えもなく、領主様の名前をお借りして各方面にお金を借りて、ようやく動き出したところだ。
私はいつもより鼓動が響く心臓の音を必死に殺しながら、次に続くであろう言葉に対して身構える。
「実はな、ヘリオドールとこのアクアを遮るクルード山脈のことで相談したくてな」
「山脈……ですか?」
まずは私が想像していた最悪の案件では無かったことにホッと胸をなで下ろす。
それにしてもまたとんでもない言葉が飛び出してきたものだ。
クルード山脈とはアクアとヘリオドールを遮る険しい山脈のこと。地図上でこそアクアとヘリオドールとはお隣同士だが、この険しい山脈があるがために二つの街は交流が浅く、行き来しようとすれば長く連なる山脈を大きく迂回しなければたどり着くことができない。
昔のように戦いが多い時代なら鉄壁の防御にもなったのだろうが、平和な時代となった今では、交通を遮る壁となっているのだ。
ガーネット様はお供方が取り出した地図を指差しながら、さらに説明を続けられる。
「現在このクルード山脈があるたがめに、二つの街を行き来するのに大きく迂回しなければならない。近年でこそ、隣国へとつながる街道がカーネリンの街近くに出来たとはいえ、我が街からはさほど距離が変わっていないのが現状じゃ」
「それは存じております。私どももこの山脈を越えられればとは考え、一時は麓の村の話や現場を調査などをしましたが、どのルートも馬車での行き来は不可能との判断でした」
商会の立ち上げるとなれば、真っ先にこの地方最大の街でもあるヘリオドールとの貿易を考えるのは当然の流れだろう。
かく言う私も真っ先に浮かんだ取引先がヘリオドールだったのだが、先にも説明した通り二つの街には遮るようにクルード山脈が聳え立つ。
流石の私も大自然を相手にはどうするこも出来ず、街道を作るにしても莫大な費用が必要となるため、早い段階から山脈越えのルートは排除した。
「実はの、私の父やその前の先祖達が何度も街道を作ろうと挑んだことがあったのだが、その度に障害となる問題が発生して頓挫し続けておっての。未だ開通が出来ていないのが現状じゃ」
「あの山脈に街道ですか? 私どもも一度調査をさせていただきましたが、とてもじゃないが街道を作るには厳しいと判断でしたが……」
ヘリオドールのように大規模都市ならば、何年越しの計画で大規模工事にも投資もできるのだろう。
最短でメルヴェール王国とへ繋がる街道が整備されれば、かなりの人の流れができるわけだし、それに伴う大きなお金も回ることとなる。
おまけに街道を通した実績から、ガーネット様のお名前も後の世に残ることとなるだろう。
そう考えると確かに街道を通す意味もあるのだが、あの山脈にはそれらのすべてを遮るように大小様々な岩々が邪魔をするため、現状の技術では諦めざるをえないのだ。
「うむ。そこで相談んなのだが……」
この後、私はガーネット様に告げられた言葉に頭を悩ますことになる。
やがてその問題が解決できないまま、アクアに来て初めての新年を迎えることになるのだが、そこで更なる衝撃的なニュースが私の元に飛び込んでくる。
母国であるメルヴェール王国を支えてきた国王陛下が亡くなったのだった。
「そうね、これもアレクとゼストさんのお陰ね」
ヘリオドールでの会合から約二週間。
基本貿易とは双方の利益があって成立するものなので、アクア商会では各種の調味料に使用する容器や、新型馬車に使用する各種部品などを取引することで落ち着き、本格的な輸送自体はまだ始まってはいないものの、生産を生業とする人たちはその量を増やし、アクア商会では各種の調味料の増産を開始している。
「それにしても忙しいわね」
何かと忙しい年末と言うこともあるが、ヘリオドールとの貿易が決まってから私が置かれた状況は一気に様変わりしてしまった。
まず私が経営するお食事処『精霊の隠れ家』は、商会の仕事が忙しくてやむなく休業。
次々と押し寄せてくる資料やサンプル品と格闘しながら、実習として続々やってくる料理人達への対応に、生産管理と人員の手配。一体どこで話を聞いてきたのかは知らないが、トワイライトの内陸部の街からもアクア商会の調味料を取引をしたいという声まで届いてきている。
まったく商人達の情報網は早すぎるのよね。
各種調味料はもともとアクア商会で売り物にならない野菜や鮮魚類、畜産で解体作業をする際に余った廃材を利用する予定だったので、正直あまり力をいれておらず、元となるスパイス類の生産もそれほど多くない。
幸い生産工場として領主様から空き家の建物を幾つかお借りできたが、もしこのまま調味料の受注量が増え続ければ、素材の取り寄せから検討しなければいけないだろう。
そう考えると私の仕事量はますます増え続け、定食屋の再開はさらに遠のいてしまう。
いっそのこと、全てを放り投げて逃げ出してやりたい気分になってくるが、元を正せば私が村全体を巻き込んで言い出したことなので、今更知りませんでは私の良心が許さない。
これは出来るだけ早く商会の代表者を決め、私が行っている業務の引き継ぎしないといけないわね。
コンコン。
「リネアちゃん、金物細工の職人さんが頼まれていた品ができたから見て欲しいって」
「ありがとうヴィスタ、すぐにいくわ」
すっかり私専用となってしまった一室に、ヴィスタが来客があると知らせに来る
本来バカンス半分、避難半分のヴィスタとヴィルの二人だが、私が商会に入り浸り状態なのを見かね、自ら手伝いの申し出を買って出てくれた。
正直二人のお手伝いには色々助けられている。
一応村の住人でも文字の読み書き程度ならば出来るのだが、取引先への書類をつくったり、調味料の生産現場での指導をするとなると、それなりの知識と指導力がないとたちまち作業が止まってしまう。
今までは問題が発生するたび私が彼方此方へと走り回っていたのだが、それでは肝心の書類作業が進まず、結果的に私の仕事は遅れるわ、私の体力が削られていくわで、一時は疲労困憊の状態で相当心配されたものだ。
お陰で今は自分の仕事に集中できているので、二人にはホントに感謝しなければいけないだろう。
「それにしても賞味期限を入れるなんて良く踏み切ったよね。普通考えれば販売側にとってはマイナスの項目だし、在庫を必要以上に持てないしで、あまり良いことなんでないんじゃないの?」
「うーん、確かにマイナス項目かもしれないけれど、一年も二年も残しておいたら調味料だって痛むじゃない。そんな状態でお料理を作っちゃうとお腹を壊してしまうわ」
おそらくこの世界では賞味期限なんて入ったものは売られていないだろう。
ケーキ屋や屋台で売られている食べ物ならば、購入後にすぐに食べないいけないって感覚はあるだろうが、お料理のスパイスとして使用される調味料は、数十日、もしくは数ヶ月に渡っても使用され続ける。
せめて近代文化の象徴でもある冷蔵庫があればいいのだが、氷は非常に貴重なものだし、湿気や高温にさらし続けると品質にも影響してしまうので、アクア商会で取り扱う各調味料には、それぞれ賞味期限と保管方法の案内などを紙札としてつけるよう徹底した。
「うん、良い感じね。あと小さくてもいいから、アクア商会が作った商品だとわかるようなロゴマークを作れないかしら?」
「ロゴマーク、ですか?」
「えぇ、そのマークが付いていれば食の安全が保障されているような、そんなイメージを持ってもらいたいのよ」
「なるほど、それでしたらすぐに覚えて貰えそうな絵柄で、尚且つ真似ができないような少々複雑な作りがいいですね」
「そうね、今後はいろんな商会が同じような調味料を販売するかもしれないし、独自にオリジナル商品を開発してくるところもあるかもしれないわ。それにうちの商品の模造品とかも出てこないとは限らないから、その辺も注意しないといけないわね」
いずれ似たような商品が出回るだろうが、私はそれはそれで良いとは思うし、その店々のオリジナル製品ができるというのは、この世界の食文化を発展させるためにとてもいいこと。
だけど見様見真似、完全コピーの模造品だけ許されることではない。
もしうちの商品だと信じ、調理後になんらかの問題が起これば大事件に発展すだろうし、何より購入者への不信感はそう簡単に拭えるものでもないだろう。
そうならないためにアクア商会製という表示は必要不可欠と言える。
「そういえばヴィスタ、確か家庭教師で絵の講習を受けていたわよね。もしよかったらアクア商会のロゴマークを考えてもらえないかしら?」
「うーん、リネアちゃんのお店だとわかるロゴマークかぁ。看板の方は可愛い色をつけるとして、ラベルの方はシンプルにしたほうがいいよね。うん、数日まってもらえるかな」
「別に私の商会って訳じゃないから、マークに私をイメージする必要はないけど、とにかくお願いするわね」
前世でも有名メーカーには決まってロゴやキャラクターが印字されていた。
つまり一種のブランド化が出来ればと私は考えてる。
「それじゃ私は仕事にもどるわね」
「うん、後は任せといて。とびっきり可愛くてリネアちゃんっぽいマークを考えるから」
「何度も言うけど、別に私をイメージしなくていいからね。それじゃ後はお願い」
一抹の不安を抱きながらも一任した以上、私が下手に口出すこともアレなので、後はヴィスタと若い職人さんにまかせることにする。
まぁ、よほど変なデザインが上がってきたらその時考えればいいだろう。
私はそう自分に言い聞かせ、部屋を後にするのだった。
「とりあえずはこんなものかな」
自室に戻り再び机とにらめっこ。
先ほどからの続きでアクア商会で取り扱う調味料のラインナップをまとめ、それぞれ使われている原料から目安となる賞味期限を設定する。
よく勘違いされがちなのだが、マヨネーズやトマトケチャップのような調味料には保存料は使用されていない。
ならばどうなっているのかと言うと、製造過程に使用されるお酢や食塩に細菌の繁殖をおさえる力、すなわち防腐作用があるため、あえて保存料を入れる必要がないのだ。
因みに科学製品でもある保存料は、微生物の発生を抑制するだけであって死滅させる効果はなく、適切な衛生施設の中でお酢や塩分など混ぜ合わせれば、ある程度の期間は保存が可能となる。
「リネア、ちょっといい?」
「ん? どうしたのヴィル。いま仕事がひと段落付いたところだから別にいいわよ」
一息つけたと思えばまた別の案件。
ヴィルには各種調味料の製造現場での管理をお願いしているので、おそらく本人にも何か手に負えない問題でも浮上したのだろう。
とりあえず問題箇所を聞き、適切な解決策を指示。
いくら人の上に立つための教育を受けてきたとは言え、畑違いの仕事を押し付けてしまったのだからこればかりは仕方がないだろう。
「わかったよ、それじゃそのように進めておくね」
「えぇ、お願いね」
コンコン
「リネアちゃんゴメン、またお客さんなんだけど……」
「また? 今日はやけにお客さんが多いわね」
ヴィルを見送った矢先、再びヴィスタから来客の連絡。
ここ最近、調味料や取引がらみで商会の方へ訪れる人は多いけれど、大体はヴィスタの方で対処してくれているために、私が直接出向く案件は少なくなっている。
そのヴィスタがわざわざ私を呼びに来たということは、本人でも対処しきれない内容か、それなりの大手の商会関係者が現れたかのどちらかであろう。
私はふっと一息をついて、ヴィスタに誰が来られたのかを尋ねる。
「それで、誰が来られたの?」
「それがその……ヘリオドールの領主様であるガーネット様が……」
ブフッ
「ちょっ、それ本当にご本人なの?」
つい二週間前に初めてお会いしたばかりガーネット様。前にも説明した通り、一商会の代表にすぎない私が、この地方最大の都市でもある領主様に謁見出来るなど滅多にない。
しかも公国と名のつくヘリオドールの領主ともなると、アクアやお隣のカーネリンの領主様とお会いするのとは訳がちがうのだ。
そんな高貴なお方が直接私の元に訪れるなど誰が考えると言うのだろうか。
「ちゃんと確認したよ。もしもの事があればダメだから、念のためにお供の方に何度も確認したんだけれど、どうも本当にご本人らしくて……」
ヴィスタも貴族社会の人間であるから、その辺は慎重に確認してくれたのだろう。それでもご本人なのだと告げられれば、流石のヴィスタでも対応しきれない。
とりあえず壁掛けの鏡で一度自分の身なりを確認し、急ぎガーネット様が待つ来客室へと向かう。
「ご無沙汰しております。先日はどうもありがとうございました」
まずは挨拶と、先日ご対応いただいたお礼を口にする。
「いや、先日はこちらも有意義な時間をすごさせてもらった」
「それでその……本日はどのような御用件で?」
少々先を急かしているようで気がひけるが、慎重に言葉を選びながら来訪用件を確認する。
もしこれで、『先日の話は無かった事に』などとなった日には、アクア商会の運営は一気に座礁してしまう事だろう。
各種調味料の生産は既に動いているし、それに伴う費用もそれなりに投資を終えている。ただでさえ新参ものの商会なので蓄えもなく、領主様の名前をお借りして各方面にお金を借りて、ようやく動き出したところだ。
私はいつもより鼓動が響く心臓の音を必死に殺しながら、次に続くであろう言葉に対して身構える。
「実はな、ヘリオドールとこのアクアを遮るクルード山脈のことで相談したくてな」
「山脈……ですか?」
まずは私が想像していた最悪の案件では無かったことにホッと胸をなで下ろす。
それにしてもまたとんでもない言葉が飛び出してきたものだ。
クルード山脈とはアクアとヘリオドールを遮る険しい山脈のこと。地図上でこそアクアとヘリオドールとはお隣同士だが、この険しい山脈があるがために二つの街は交流が浅く、行き来しようとすれば長く連なる山脈を大きく迂回しなければたどり着くことができない。
昔のように戦いが多い時代なら鉄壁の防御にもなったのだろうが、平和な時代となった今では、交通を遮る壁となっているのだ。
ガーネット様はお供方が取り出した地図を指差しながら、さらに説明を続けられる。
「現在このクルード山脈があるたがめに、二つの街を行き来するのに大きく迂回しなければならない。近年でこそ、隣国へとつながる街道がカーネリンの街近くに出来たとはいえ、我が街からはさほど距離が変わっていないのが現状じゃ」
「それは存じております。私どももこの山脈を越えられればとは考え、一時は麓の村の話や現場を調査などをしましたが、どのルートも馬車での行き来は不可能との判断でした」
商会の立ち上げるとなれば、真っ先にこの地方最大の街でもあるヘリオドールとの貿易を考えるのは当然の流れだろう。
かく言う私も真っ先に浮かんだ取引先がヘリオドールだったのだが、先にも説明した通り二つの街には遮るようにクルード山脈が聳え立つ。
流石の私も大自然を相手にはどうするこも出来ず、街道を作るにしても莫大な費用が必要となるため、早い段階から山脈越えのルートは排除した。
「実はの、私の父やその前の先祖達が何度も街道を作ろうと挑んだことがあったのだが、その度に障害となる問題が発生して頓挫し続けておっての。未だ開通が出来ていないのが現状じゃ」
「あの山脈に街道ですか? 私どもも一度調査をさせていただきましたが、とてもじゃないが街道を作るには厳しいと判断でしたが……」
ヘリオドールのように大規模都市ならば、何年越しの計画で大規模工事にも投資もできるのだろう。
最短でメルヴェール王国とへ繋がる街道が整備されれば、かなりの人の流れができるわけだし、それに伴う大きなお金も回ることとなる。
おまけに街道を通した実績から、ガーネット様のお名前も後の世に残ることとなるだろう。
そう考えると確かに街道を通す意味もあるのだが、あの山脈にはそれらのすべてを遮るように大小様々な岩々が邪魔をするため、現状の技術では諦めざるをえないのだ。
「うむ。そこで相談んなのだが……」
この後、私はガーネット様に告げられた言葉に頭を悩ますことになる。
やがてその問題が解決できないまま、アクアに来て初めての新年を迎えることになるのだが、そこで更なる衝撃的なニュースが私の元に飛び込んでくる。
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