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二章 襲いかかる光と闇
第47話 公爵夫人
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「リア、走ると危ないよ」
「あはは、まってタマぁ。エミリオもはやく! はやく!」
アクアの市街地から少し離れた小さなお屋敷。
長年放置されていたためお世辞にも綺麗だとか立派だとかは言えないが、それでもお屋敷を囲う目隠しの塀と、小さいながらも綺麗な花が咲く小さな花壇。
元々は地方の商家が保有していた別荘らしいのが、今は領主様が管理していたこの物件を、公爵様一家が暮らす為にと私が買い上げた。
いやぁ、かかった費用はともかく、このお屋敷を急ピッチで人が住めるように補修するには大変だった。
建物の大きさはちょっとした古民家程度なのだが、手付かずのまま長年放置されていたせいで建物の一部は崩れていたり、庭には草木が無造作に生え茂っていたりしていたので、急遽呼び寄せたメイドさんズと、ゲンさんの工房の人たちを総動員でようやくここまで復旧させた。
お陰でアンネローザ様とエミリオ様を受け入れる日にまで、何とか間に合わすことができたのは、ひとえに連日頑張ってくれたみんなのお陰といえよう。
ちなみに今回アプリコット伯爵からはお二人の生活費にと、ちょっと多めに資金提供をいただいていているので、ありがたくお屋敷の購入代金にと使わせていただいた。
「コラ、エミリオ様を走らせるんじゃないわよ。あと様をつけなさい様を」
ここへ来るとリアはいつもエミリオ様を連れ回す。
今は逃亡中の身とはいえ、エミリオ様は貴族を代表する二大公爵家の後継者。
本来ならばフレンドリーに話しかけることはおろか、お会いするのにも大変だというのに、リアったら友達と遊ぶように無邪気に連れ回してしまっている。
まったくもう、こんなことになるならもう少し淑女教育をしておくべきだったわね。
「ふふふ、リアちゃんをそう怒らないであげて。エミリオは少し大人しい性格だから、あれぐらい連れまわされる方が逆にいいのよ」
私の向かいに座り、優しげな笑顔で話しかけてくださるのは、メルヴェール王国二大公爵家の一角、グリューン公爵家のご婦人アンネローザ様。
本来私程度の者が同じテーブルに着くなんてありえないのだが、アンネローザ様たっての願いで、時折訪ねてはこうして一緒にお茶をいただいている。
「申し訳ございませんアンネローザ様、この地へ来てからはリアを自由に育てていたものでして……」
なんだかんだと言って私もリアも貴族の娘。今まで全く淑女教育を受けてないわけでもなく、叔父のお屋敷にいた時はそれなりの振る舞いはこなしていた。
ただあの子の場合、お屋敷からほとんど外へと出たことがなかった為、淑女の振る舞いは、叔父たちから自分を守るための言わば自己防衛の意識が強かったのだ。
そんなリアをずっと見ていたので、私もこのアクアの地に来てからは自由にさせていたのだが、まさかここに来てこの様な事態になるとは考えてもいなかった。
結果的にお恥ずかしい妹の姿を公爵家一家様にお見せすることになってしまった。
「あら、そんなこと気にしなくてもいいのよ。寧ろ無邪気に振舞ってくれてる方が嬉しいわ、変な心配事も忘れさせてくれるしね」
「お心遣い痛み入ります、そう言っていただけると私も少し心が安らげるようです」
優しそうな笑顔を向けてはくれているが、アンネローザ様の心中は相当なものだろう。
たった一人でエミリオ様を守らなければならないし、愛する旦那様でもある公爵様は今も国で投獄中。
状況は逐一私の元へと届く様にはしているが、夫がいつ断頭台に立たされるかもわからない状況では、夜も安心して眠りにつく事はできないだろう。
「アンネローザ様、ここでのお暮らしにご不便等はございませんか? お国の様にとはいきませんが、出来うる限りの物はご用意させていただきますので」
「そんなに心配して下さらなくても大丈夫よ、リネアさん。私もエミリオもここでの生活は十分に満足しているわ」
「はぁ……、ご満足いただけているのでしたら私も嬉しいのですが、ご要望があれば何でもいってくださいね?」
私としても貴族のご婦人方とそれほど面識がある方ではないが、こうも友好的な態度で接してもらえると、逆にこちらの方が不安になってくるといもの。
少なくとも叔母は、平民の血が流れる私とリアを汚い物を見る様に接していたし、義理の姉はとてもじゃないが友好的な態度ではなかった。
そんな醜いものばかりを見ていた私にとって、アンネローザ様はまさに理想的な貴族のご婦人と言えるのかもしれない。
「リネアさんって話に聞いていた通りの子なのね」
「聞いていた? 私の話をですか?」
「えぇ、アプリコット伯爵婦人とは昔から懇意にしていてね。今回ここへ来る前に色々伺っていたのよ」
アンネローザ様の話によると、私が叔父のお屋敷でどんな仕打ちを受けていた事や、国を飛び出してこの地へとやって来た事など、更にはこのアクアの地で精霊と契約した上、村中を巻き込んで大活躍をしている話などを、それはもう面白可笑しく聞かされていたんだそうだ。
「そうだったのですか。少々話が大きくなりすぎて気恥ずかしいところではあるのですが……」
「ふふふ、そう自慢げにしないところも私は好きよ」
「はぁ……、その、なんとも勿体無いお言葉でございます」
好きよと言われて悪い気分にはならないが、正直ここまでフレンドリーに接しられるとは想像すらしていなかったので、逆に今度は不安にさえ思えてくる。
別に無理難題を想定していたわけではないが、色んな要望に応える様にと、必要以上に準備していた私にとってなんだか物足りない気分。決してMっ気があるわけではないと否定はしておく。
「そうだわ。一つお願いしてもいいかしら?」
「あ、はい! 何なりと!!」
水を得た魚とはまさにこの気分。
元気よく反応してしまった自分がちょっと悲しいのだが、元をたどれば下級貴族の分家の人間。さらに前世を深く遡れば只の平民出身の女の子だ。
お願い事の言葉に過剰に反応してしまうのはある種の性だと思ってもらいたい。
「それじゃ私のことはローザと呼んでもらえるかしら?」
「………………はいぃ?」
今この人なんつった?
私の聞き間違えではなければ、自分の名前を省略系で呼んで欲しいと聞こえてしまった。
この世界にも勿論愛称だのあだ名などの呼び方はあるが、当然そこには家族や親しい友人の存在があるわけであり、お会いして数日、更には埋めようもない階級差ではどうしようもないだろう。
それなのに私に対して愛称で呼べとはこれ如何に?
うん、聞かなかった事にしよう。
あははは、今日もお茶が美味しいや。
「ふふふ、お願いしたわね」
「うぐっ」
駄目押しとも言えるアンネローザ様の言葉に、思わず飲みかけのお茶を吹き出しそうになる。
「ア、アンネローザ様、その……ご存知ではないかもしれませんが、私は伯爵家の分家の人間で、亡くなったは母は平民出身の人間なのです。そんな私の身分で、アンネローザ様の事を愛称でお呼びするのは幾ら何でも恐れ多いと思うのですが」
このままでは本気で私の心臓が持ちそうにないので、慌てて止めに入るも。
「あら、そんな事を気にしていたの? だったら心配要らないわよ。今の私は国を追われている身の只のおばさん。例えリネアさんに貴族の血が流れていなかったとしても、私は同じ言葉をおくるわ」
いやいやいや、国を追われているからといってその身分の立場が変わるわけではない。
これが正式な手続きの元で野に下ると言うのなら話は別だが、家出や逃亡といった状況では身分は変わらず、本人が貴族ではないと名乗ってもその現実を変える事はできない。
例えば今回の事例で上げるなら、メルヴェール王国が探しているのは謀反を企てた公爵家の一家。国も公爵家として捕らえたいわけであるし、謀反を起こした公爵家として捌きたい。
例え本人が身分を捨てると言ったところで国は見逃してはくれるわけもなく、お家が潰されようがその身分だけは生涯付きまとうのだし、何より今までの権威や功績が消えるわけでもなく、お身柄を預かった以上超格下の私としては、誠意と敬意を見せてお世話をするのは当然の事だろう。
「リネアさん、貴女は少し自分のことを過少評価しすぎているわよ」
「そうでしょうか? 自分では的確な判断だと思うのですが」
過少評価しすぎていると言われても、私は人の上に立つような人物でもなければそのような器でもないと言い切れる。
「なら尋ねるけれど、貴女の側に何時もおられるノヴィアさんはどうかしら? ヴィスタさんやヴィルさん、商会で働いておられる皆さんだって全員貴女を慕っておられるわ。それにこのお屋敷で働いておられる使用人だってそうでしょ? リネアさんに人望がなければ国を出て、ここまで来ようとはされなかったはずよ」
アンネローザ様の言葉を聞き、近くでこちらの様子を伺っていたメイドさんたちが揃って頷く姿を見せてくる。
実はこのお屋敷で働いている使用人達は、全て私がアージェント家から呼び寄せた家族同然の人たち。
今回アンネローザ様とエミリオ様を受け入れる際し、問題となったのがお世話役の使用人。
本来は何人かの使用人と一緒に逃亡されるのだが、ご本人がこれ以上迷惑をかけてはいけないと誰一人としてお連れにならなかったのだ。
その話を伯爵様から事前に聞いていたので、お世話役をどうしようかと考えていた矢先、叔父の一件でこの地へやってきたハーベストが訪れたというわけ。
流石の私もこればかりは無関係の村の人達を巻き込むわけにもいかないし、こちらの事情を知り、なおかつ信頼のおけるプロのメイドさんとなれば、自ずとアージェント家の使用人が浮かぶのは当然の流れであろう。
これでも叔父が置かれている状況は逐一報告は受けており、近々数名の使用人が解雇されるという話を聞いていたので、秘密裏にハーベストにお願いして手を回してもらったのだ。
それにしても私にまでお金の話を持ち出して来るとは、これは考えていた以上に資金繰りに困っているのかもしれないわね。
「リネア様、少しよろしいでしょうか?」
「どうしたのサラ?」
「先ほど使者の方が来られまして、お手紙をお預かりいたしました」
そう、ありがとう。
敢えて名前を出さなかったが、おそらくアプリコット伯爵様からのお手紙であろう。
こちらとしても少々困っていたところだったので、一旦話が途切れるのは正直救われた気分だ。
「…………」
「リネアさん、お手紙にはなんて?」
明るい様子を見せておられたが、やはりご自身が置かれている状況を心配されていたのだろう。
私が手紙を読み終わるタイミングを見計らい、不安そうに尋ねてこられる。
「ウィスタリア家の状況の報告です」
どこをどうやって調べられたのかは分からないが、手紙にはもう一つの大公爵ででもある、ウィスタリア家のその後のことが書かれていた。
「ウィスタリア家……、それでご婦人とお子様達は?」
「どうやら西のレガリア王国へ亡命されたそうですね。ご婦人もお二人のお子様もご無事のようです」
読み終えた手紙の一部を封に戻し、ウィスタリア家の内容が書かれている紙をお渡しして確認してもらう。
どうやらリーゼ様のブラン家が逃亡の手助けをし、秘密裏に隣国へと逃れられたそうだ。
「そう、皆さん無事だったのね。良かったわ」
お互い公爵家の者として、其れなりの交流はあったのだろう。
手紙を読み終え安堵の表情で天を仰がれる。
だが心配させまいと敢えて伝えなかったが、もう一枚の手紙にはこうも書かれていた。
ウィスタリア家の夫人とそのお子様達の逃亡を手助けしたとして、国はリーゼ様がおられるブラン領に王国軍を派遣。
これによりメルヴェール王国は事実上内乱へと突入したのだった。
「あはは、まってタマぁ。エミリオもはやく! はやく!」
アクアの市街地から少し離れた小さなお屋敷。
長年放置されていたためお世辞にも綺麗だとか立派だとかは言えないが、それでもお屋敷を囲う目隠しの塀と、小さいながらも綺麗な花が咲く小さな花壇。
元々は地方の商家が保有していた別荘らしいのが、今は領主様が管理していたこの物件を、公爵様一家が暮らす為にと私が買い上げた。
いやぁ、かかった費用はともかく、このお屋敷を急ピッチで人が住めるように補修するには大変だった。
建物の大きさはちょっとした古民家程度なのだが、手付かずのまま長年放置されていたせいで建物の一部は崩れていたり、庭には草木が無造作に生え茂っていたりしていたので、急遽呼び寄せたメイドさんズと、ゲンさんの工房の人たちを総動員でようやくここまで復旧させた。
お陰でアンネローザ様とエミリオ様を受け入れる日にまで、何とか間に合わすことができたのは、ひとえに連日頑張ってくれたみんなのお陰といえよう。
ちなみに今回アプリコット伯爵からはお二人の生活費にと、ちょっと多めに資金提供をいただいていているので、ありがたくお屋敷の購入代金にと使わせていただいた。
「コラ、エミリオ様を走らせるんじゃないわよ。あと様をつけなさい様を」
ここへ来るとリアはいつもエミリオ様を連れ回す。
今は逃亡中の身とはいえ、エミリオ様は貴族を代表する二大公爵家の後継者。
本来ならばフレンドリーに話しかけることはおろか、お会いするのにも大変だというのに、リアったら友達と遊ぶように無邪気に連れ回してしまっている。
まったくもう、こんなことになるならもう少し淑女教育をしておくべきだったわね。
「ふふふ、リアちゃんをそう怒らないであげて。エミリオは少し大人しい性格だから、あれぐらい連れまわされる方が逆にいいのよ」
私の向かいに座り、優しげな笑顔で話しかけてくださるのは、メルヴェール王国二大公爵家の一角、グリューン公爵家のご婦人アンネローザ様。
本来私程度の者が同じテーブルに着くなんてありえないのだが、アンネローザ様たっての願いで、時折訪ねてはこうして一緒にお茶をいただいている。
「申し訳ございませんアンネローザ様、この地へ来てからはリアを自由に育てていたものでして……」
なんだかんだと言って私もリアも貴族の娘。今まで全く淑女教育を受けてないわけでもなく、叔父のお屋敷にいた時はそれなりの振る舞いはこなしていた。
ただあの子の場合、お屋敷からほとんど外へと出たことがなかった為、淑女の振る舞いは、叔父たちから自分を守るための言わば自己防衛の意識が強かったのだ。
そんなリアをずっと見ていたので、私もこのアクアの地に来てからは自由にさせていたのだが、まさかここに来てこの様な事態になるとは考えてもいなかった。
結果的にお恥ずかしい妹の姿を公爵家一家様にお見せすることになってしまった。
「あら、そんなこと気にしなくてもいいのよ。寧ろ無邪気に振舞ってくれてる方が嬉しいわ、変な心配事も忘れさせてくれるしね」
「お心遣い痛み入ります、そう言っていただけると私も少し心が安らげるようです」
優しそうな笑顔を向けてはくれているが、アンネローザ様の心中は相当なものだろう。
たった一人でエミリオ様を守らなければならないし、愛する旦那様でもある公爵様は今も国で投獄中。
状況は逐一私の元へと届く様にはしているが、夫がいつ断頭台に立たされるかもわからない状況では、夜も安心して眠りにつく事はできないだろう。
「アンネローザ様、ここでのお暮らしにご不便等はございませんか? お国の様にとはいきませんが、出来うる限りの物はご用意させていただきますので」
「そんなに心配して下さらなくても大丈夫よ、リネアさん。私もエミリオもここでの生活は十分に満足しているわ」
「はぁ……、ご満足いただけているのでしたら私も嬉しいのですが、ご要望があれば何でもいってくださいね?」
私としても貴族のご婦人方とそれほど面識がある方ではないが、こうも友好的な態度で接してもらえると、逆にこちらの方が不安になってくるといもの。
少なくとも叔母は、平民の血が流れる私とリアを汚い物を見る様に接していたし、義理の姉はとてもじゃないが友好的な態度ではなかった。
そんな醜いものばかりを見ていた私にとって、アンネローザ様はまさに理想的な貴族のご婦人と言えるのかもしれない。
「リネアさんって話に聞いていた通りの子なのね」
「聞いていた? 私の話をですか?」
「えぇ、アプリコット伯爵婦人とは昔から懇意にしていてね。今回ここへ来る前に色々伺っていたのよ」
アンネローザ様の話によると、私が叔父のお屋敷でどんな仕打ちを受けていた事や、国を飛び出してこの地へとやって来た事など、更にはこのアクアの地で精霊と契約した上、村中を巻き込んで大活躍をしている話などを、それはもう面白可笑しく聞かされていたんだそうだ。
「そうだったのですか。少々話が大きくなりすぎて気恥ずかしいところではあるのですが……」
「ふふふ、そう自慢げにしないところも私は好きよ」
「はぁ……、その、なんとも勿体無いお言葉でございます」
好きよと言われて悪い気分にはならないが、正直ここまでフレンドリーに接しられるとは想像すらしていなかったので、逆に今度は不安にさえ思えてくる。
別に無理難題を想定していたわけではないが、色んな要望に応える様にと、必要以上に準備していた私にとってなんだか物足りない気分。決してMっ気があるわけではないと否定はしておく。
「そうだわ。一つお願いしてもいいかしら?」
「あ、はい! 何なりと!!」
水を得た魚とはまさにこの気分。
元気よく反応してしまった自分がちょっと悲しいのだが、元をたどれば下級貴族の分家の人間。さらに前世を深く遡れば只の平民出身の女の子だ。
お願い事の言葉に過剰に反応してしまうのはある種の性だと思ってもらいたい。
「それじゃ私のことはローザと呼んでもらえるかしら?」
「………………はいぃ?」
今この人なんつった?
私の聞き間違えではなければ、自分の名前を省略系で呼んで欲しいと聞こえてしまった。
この世界にも勿論愛称だのあだ名などの呼び方はあるが、当然そこには家族や親しい友人の存在があるわけであり、お会いして数日、更には埋めようもない階級差ではどうしようもないだろう。
それなのに私に対して愛称で呼べとはこれ如何に?
うん、聞かなかった事にしよう。
あははは、今日もお茶が美味しいや。
「ふふふ、お願いしたわね」
「うぐっ」
駄目押しとも言えるアンネローザ様の言葉に、思わず飲みかけのお茶を吹き出しそうになる。
「ア、アンネローザ様、その……ご存知ではないかもしれませんが、私は伯爵家の分家の人間で、亡くなったは母は平民出身の人間なのです。そんな私の身分で、アンネローザ様の事を愛称でお呼びするのは幾ら何でも恐れ多いと思うのですが」
このままでは本気で私の心臓が持ちそうにないので、慌てて止めに入るも。
「あら、そんな事を気にしていたの? だったら心配要らないわよ。今の私は国を追われている身の只のおばさん。例えリネアさんに貴族の血が流れていなかったとしても、私は同じ言葉をおくるわ」
いやいやいや、国を追われているからといってその身分の立場が変わるわけではない。
これが正式な手続きの元で野に下ると言うのなら話は別だが、家出や逃亡といった状況では身分は変わらず、本人が貴族ではないと名乗ってもその現実を変える事はできない。
例えば今回の事例で上げるなら、メルヴェール王国が探しているのは謀反を企てた公爵家の一家。国も公爵家として捕らえたいわけであるし、謀反を起こした公爵家として捌きたい。
例え本人が身分を捨てると言ったところで国は見逃してはくれるわけもなく、お家が潰されようがその身分だけは生涯付きまとうのだし、何より今までの権威や功績が消えるわけでもなく、お身柄を預かった以上超格下の私としては、誠意と敬意を見せてお世話をするのは当然の事だろう。
「リネアさん、貴女は少し自分のことを過少評価しすぎているわよ」
「そうでしょうか? 自分では的確な判断だと思うのですが」
過少評価しすぎていると言われても、私は人の上に立つような人物でもなければそのような器でもないと言い切れる。
「なら尋ねるけれど、貴女の側に何時もおられるノヴィアさんはどうかしら? ヴィスタさんやヴィルさん、商会で働いておられる皆さんだって全員貴女を慕っておられるわ。それにこのお屋敷で働いておられる使用人だってそうでしょ? リネアさんに人望がなければ国を出て、ここまで来ようとはされなかったはずよ」
アンネローザ様の言葉を聞き、近くでこちらの様子を伺っていたメイドさんたちが揃って頷く姿を見せてくる。
実はこのお屋敷で働いている使用人達は、全て私がアージェント家から呼び寄せた家族同然の人たち。
今回アンネローザ様とエミリオ様を受け入れる際し、問題となったのがお世話役の使用人。
本来は何人かの使用人と一緒に逃亡されるのだが、ご本人がこれ以上迷惑をかけてはいけないと誰一人としてお連れにならなかったのだ。
その話を伯爵様から事前に聞いていたので、お世話役をどうしようかと考えていた矢先、叔父の一件でこの地へやってきたハーベストが訪れたというわけ。
流石の私もこればかりは無関係の村の人達を巻き込むわけにもいかないし、こちらの事情を知り、なおかつ信頼のおけるプロのメイドさんとなれば、自ずとアージェント家の使用人が浮かぶのは当然の流れであろう。
これでも叔父が置かれている状況は逐一報告は受けており、近々数名の使用人が解雇されるという話を聞いていたので、秘密裏にハーベストにお願いして手を回してもらったのだ。
それにしても私にまでお金の話を持ち出して来るとは、これは考えていた以上に資金繰りに困っているのかもしれないわね。
「リネア様、少しよろしいでしょうか?」
「どうしたのサラ?」
「先ほど使者の方が来られまして、お手紙をお預かりいたしました」
そう、ありがとう。
敢えて名前を出さなかったが、おそらくアプリコット伯爵様からのお手紙であろう。
こちらとしても少々困っていたところだったので、一旦話が途切れるのは正直救われた気分だ。
「…………」
「リネアさん、お手紙にはなんて?」
明るい様子を見せておられたが、やはりご自身が置かれている状況を心配されていたのだろう。
私が手紙を読み終わるタイミングを見計らい、不安そうに尋ねてこられる。
「ウィスタリア家の状況の報告です」
どこをどうやって調べられたのかは分からないが、手紙にはもう一つの大公爵ででもある、ウィスタリア家のその後のことが書かれていた。
「ウィスタリア家……、それでご婦人とお子様達は?」
「どうやら西のレガリア王国へ亡命されたそうですね。ご婦人もお二人のお子様もご無事のようです」
読み終えた手紙の一部を封に戻し、ウィスタリア家の内容が書かれている紙をお渡しして確認してもらう。
どうやらリーゼ様のブラン家が逃亡の手助けをし、秘密裏に隣国へと逃れられたそうだ。
「そう、皆さん無事だったのね。良かったわ」
お互い公爵家の者として、其れなりの交流はあったのだろう。
手紙を読み終え安堵の表情で天を仰がれる。
だが心配させまいと敢えて伝えなかったが、もう一枚の手紙にはこうも書かれていた。
ウィスタリア家の夫人とそのお子様達の逃亡を手助けしたとして、国はリーゼ様がおられるブラン領に王国軍を派遣。
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