あなたは僕の運命なのだと、

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「帰り、迎えに来るから」
「うん! ありがとう煌くん!」

 同じ大学に通っているものの、もう四年生である煌は今日は講義がなく。それなのにわざわざ車で送ってくれた煌に助手席から抱きついた唯は、ありがとうと感謝の気持ちを込めて煌の頬にキスをした。

「ん、頑張って。何かあったら連絡して」
「うん! じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気を付けてな」

 唯の頭を撫で、煌が狼の習性のよう鼻先を唯の首に擦っては、マーキングしてくる。
 今は求愛の真っ只中であるため流石に互いの部屋で寝泊まりはしていないものの、毎日朝は煌に起こしてもらい、夜も眠るまでどちらかの家で一緒に過ごしているというのに、少しの間だけでも離れる事が嫌なのかこうして最後の最後まで唯に自分の匂いを付けようとしてくる煌に、唯も同じよう自分の匂いを煌に付けながら、笑った。


「わ、ヤバい!! 授業始まっちゃう!!」

 車の中で二人して幸せそうに微笑みあっていれば、気がつけばもう講義が始まる時刻の手前になっていて、急いで唯が車から降りてゆく。
 そんな慌ただしさに微笑みながら、煌は唯の姿が見えなくなるまでその後ろ背を眺めていた。




「あ~!! 急げ急げ急げ~!!」

 どうして毎日余裕を持って過ごせないんだ! と自分の怠惰さを叱咤しつつ、心の声を盛大に溢しながらバタバタと一生懸命走る唯。
 黄色いふわふわの髪の毛がピョコピョコと跳ね、参考書を胸にぎゅっと抱きながら一人全速力で走る唯に周りは、何だ何だ。と不思議そうな眼差しを向けるなか気付かず爆走していれば、先ほど慌てて参考書を取ったせいでリュックサックのチャックが開きっぱなしになっていたのか、そこからポトリと財布が落ちた。


「っ、え、あ、ちょ、」

 それを見た男性が慌てて声を掛けようとしたが、しかし唯は気付いておらず、その声も鳴り出したチャイムの音で掻き消され、唯に届く事はなくて。
 そしてすぐさま滑り込むよう講義室に入って行ってしまったため、唯の財布が落ちた事に気付いた男性は一瞬ポカンと呆けたあと、それからため息を吐いた。

「……はぁ、財布落ちた事くらい気付けよなぁ……ていうか何で鞄全開にしたままだったんだよ……」

 だなんて面倒くさそうに呟いた男性だったが、しかしそれから唯の落とした財布を拾い、丁寧に埃を払ったあと、唯が入っていった講義室を見つめたのだった。




 ***



「それじゃあ今日はここまで。お疲れ様でした」


 その声と共に一斉に席を立つ人々の喧騒が響くなか、唯は呑気にゆっくりと参考書やノート類を鞄に収め、お昼ご飯は何を食べようかなぁ。なんて考えていた。
 カレーかなぁ。カツかなぁ。あ、親子丼でも良いなぁ。とあれこれメニューに悩みながら講義室から出た唯だったが、不意に隣から声がし、ビクッと体を跳ねさせた。

「おい」
「ッ、ピェッ!?」

 思わず変な声が出てしまい、恥ずかしさで唯が顔を赤くしながら横を見れば、もたれていた壁から体を離し、じっと唯を見つめてくる見知らぬ青年。
 その鋭い眼差しにまたしてもビクッと体を跳ねさせながらも、恐る恐る口を開いた。

「なっ、なんで、しょうか……?」
「これ」
「へっ」
「これ、あんたのでしょ。さっき落として行ったから」

 何を言われるのかと身構えていた唯に、返ってきたのは意外な言葉で。
 そしてその男性が差し出しているのは紛れもなく唯の財布であり、唯は目を見開いた。

「え、あっ! ほんとだ!」
「はい」
「ありがとうございます!! え、いつの間に落としちゃったんだろう!!」
「さっきの講義入る前。鞄全開だったよあんた」
「え、そうだったんですか……。拾ってくださって本当にありがとうございます!!」
「……そんな事より、早く確認したら?」
「え?」
「は?」

 唯がキラキラとした笑顔でお礼を言えば、何故か少しだけ驚いた表情をしたあと、気まずそうに頭の後ろを掻きながら視線を逸らす男性。
 その男性に言われた唐突な言葉を理解出来なかった唯がきょとんと見つめれば、男性も同じよう、きょとんとした顔をした。

「え?」
「いや、え? じゃなくて、中身。確認しろって。何も盗ってないし、財布自体開けてもねぇから」
「……ん?」
「だから、金。合ってるかどうか早く確認しなって」
「……?」

 男性の言っている意味がいまいち分からず唯が固まっていれば、その男性は呆れたようにため息を吐いたあと、自分の事を指差しながら口を開いた。

「だから、俺が狐だって事くらい、見て分かるだろ? 」

 そう言う通り、確かにその男性はどこからどう見ても狐のような見た目をしていて。
 つり上がった瞳に、スッと通った鼻筋、そして茶褐色の髪の毛はまさに、狐を擬人化したらこうだろう。という出で立ちだったが、だがそれが何の関係があるんだろう? と唯はやはり首を傾げ、自分より少しだけ背の高いその男性を見つめた。

「えっと……、はい。それは何となく分かります、けど……?」
「は? 何、お前。もしかして相当なお人好しかバカなの?」
「へっ」
「狐はズル賢くて嘘つきで手癖が悪いっていうのは常識だろうが。だから、ちゃんと盗られてないか確認するのが当たり前だって事だよ」
「……あ、あぁ! そういう意味だったんですか!」
「言われて気付くって、どんだけ鈍感なわけ」
「いやぁ、あはは……って、違いますよ! 疑うわけないじゃないですか!!」

 鈍感と言われ、いつも色んな人からそう言われてしまう唯はまた言われたと恥ずかしそうに笑ったが、しかしそれから慌ててブンブンと首を振った。

「あなたが狐でも何でも、拾ってくれた人を疑うわけないじゃないですか!!」
「っ、」
「財布がなくちゃカレーもカツも親子丼も食べられなくなるところだったんですから! 本当に助かりました! ありがとうございます!」
「……何だそれ」
「ほんとにほんとに……って、今気付きましたけど、もしかしなくても僕の講義が終わるまで待っててくれたって事ですよね!? うわぁ!? めちゃくちゃ迷惑かけてる!! すみませんすみません!!」
「っ、……べ、べつに待ってたとかじゃなくて、あんたが落としたって分かってたから、直接本人に渡した方が良いかと思っただけで、それにそんな待ってないし……、」

 わざわざ待たせてしまっていた。とハッと気が付いた唯が顔面蒼白になりながら謝ったが、男性は何だか居心地悪そうにボソボソと返事をするだけで、しかしその言葉に唯は更に感動しては、うるうると瞳を輝かせた。

「……や、優しい……!!」
「……はっ!?」
「ほんっっとうに、ありがとうございます!!」
「……へ、変な奴だなあんた。……まぁ、どうでもいいけど……。じゃあ」
「え、あ、ちょ、待ってください! 何かお礼を、」
「そういうのはマジでいいから。むしろ迷惑」

 何故か困惑しながら顰めっ面をしたその人がバッサリと言い切っては、颯爽と踵を返す。
 その後ろ姿に慌てて唯はもう一度待ってくださいと呼び止めようとしたが、むしろ迷惑。だなんて言われてしまえば、無理やり後を追う事も出来なくて。

「……あぅ、行っちゃった……」

 と唯は申し訳なさと感謝の感情がごちゃ混ぜになったまま呻き、手にした財布をぎゅっと握りしめながら、また会えるかな……。いつかちゃんとお礼したいなぁ。なんて心のなかで呟いたのだった。




 
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