あなたは僕の運命なのだと、

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「本気だって言ったら?」
「えっ……」

 まさか雫が自分をそういう対象として見ているとは一ミリも感じた事がなかった唯が、突然の事に言葉を詰まらせる。
 そんな唯に、雫は急に真剣な顔をしたかと思うと、唯の顔へと手を伸ばした。


「っ、」
「はい駄目。そういう時はズバッとすぐに断らないと。押せばイケるかもって思われるぞ」

 だなんて、先ほどの妖しくも緊迫した雰囲気はどこへやら。いつもの少しだけ気だるげな態度のまま、雫がピシッと唯のおでこを指で弾いた。

「へぁっ!?」
「いいか、お前は圧倒的に危機管理能力が低すぎる。そんなんだと簡単に悪い奴に騙されて大変な事になるぞ」
「えぇ……。ていうか変な冗談言わないでよぉ。びっくりしたぁ……」
「本気で口説いてくる奴はまだしも、何かしらで利用しようと嘘で固めて言い寄ってくる奴もいるんだから、隙を見せるな」
「それとこれとは話が違うような……。それに雫くんは友達だし……」

 ジンジンと痛むおでこを擦りながら、唯がくちばしのように唇を尖らせ、危機管理能力と言われても雫くんは友達じゃないか。という表情をする。
 その不満げな顔に呆れつつ、雫は口を開いた。

「そんなガードゆるゆるで良く今まで生きてこられたな」
「そこまで言わなくても……、それに、今まで誰かからそういう事を言われた事なんてないからびっくりしただけだもん」
「あぁ、まぁそりゃそうか。今までは煌さんが牽制してきただろうし、色んな事から守ってくれてたんだろうからな」
「……そう、だね」

 雫の言葉に、途端に唯が表情を暗くさせ、悲しげに呟く。

「びっくりしただけでヒヨコになるような情けない奴だし、見た目もこんなだしね。それなのにこうやって無事に平穏に生きてこられたのは、本当に煌くんのおかげなんだと思う」
「……そういえばお前、今回はヒヨコになってないんだな」
「あ、確かに。人生で一番辛いのに、今回は一回もなってないや。今までは悲しい事があった時もヒヨコになっちゃってたのに、どうしてだろう。ようやくコントロールできるようになってきたって事なのかなぁ」
「……どうだろうな」
「なんでもっと早くコントロールできるようにならなかったんだろう……。そしたら、煌くんに迷惑ばっかかけなくて済んだのに……。あはは、ほんといっつもタイミングが悪いんだよね、僕」

 だなんて唯が空元気に笑う声が、虚しく溶けていく。

 しかし、ヒヨコにならなかった。という事に雫は訝しげな表情をし、考え込むばかりで。

 そんな雫の様子に、雫くん? と唯が首を傾げれば、ハッとした雫は自身の腕時計をちらりと見たあと、そろそろ仕掛けるか。だなんて少々胸が痛むなか、追い討ちをかけるべく唯を見た。

「それにしても、お前を抱く気はないって言ってたんだっけ? 中々酷い事言うよなぁ」
「煌くんは酷くないよ! ただ、僕にそういう魅力が一切ないってだけだから……」

 だなんて、煌くんは何も悪くない。と慌てて否定した唯。
 しかしあの夜の煌の言葉を思い出すたび、心臓は張り裂けそうに痛くなり、ツンとしてくる鼻の奥に、唯は堪らず唇を噛み締めた。

 ちんちくりんで、世間知らずで、間抜けな自分。

 そのくせ、煌もそういう対象として好きになってくれていると自惚れ勘違いしていた事が恥ずかしく、そして惨めで。
 触れてくる指先に、守ってくれる逞しい体に一人勝手にドキドキとしていた自分がことさら滑稽で、そして二十歳になるまでキスをしないという約束は尊重してくれていたと同時に煌からのSOSだったのだろうと気付いた唯は、不意にポタッと机に落ちる水滴を見た。


「え……、」

 ぽた、ぽた。と落ちては弾ける、水。
 机の上で歪な形となるそれが自身の涙だとようやく気が付いた唯は、ハッとした様子で慌てて濡れた頬を拭い、笑った。

「あ、あはは、ご、ごめんね、ぼく、なんで泣いて、」

 ぐっと目に力を入れ、これ以上涙が流れないようにと堪える唯が、乱暴にゴシゴシと目を擦る。
 そんな唯に雫は咄嗟に手を伸ばしかけたが、その衝動を抑え、ただ黙ってじっと唯を見つめた。

「ズビッ……、ごめんね、急に泣いて……。もう泣かないって決めたのに、やっぱりダメだなぁ僕……」

 だなんて、自分自身に失望するよう、ぽつりと唯が呟く。
 目元を真っ赤にし、瞳を涙の膜で光らせ、ずびずびと鼻を啜る姿はまるで幼子のようで。
 それがやはりいたたまれず、雫が慰めようと唯の肩へ手を置こうとした、その瞬間。


 ──バァンッ!! と割れんばかりの凄まじい音で、お店の扉が開く音がした。


「わっ!! なに!?」

 突然の轟音にビクッと身を跳ねさせ、またしてもポロリと涙を一滴溢す唯。
 そしてズビズビと鼻を啜る唯がキョロキョロと辺りを見回すなか、雫はというと、最高のタイミングじゃん。なんてニヤリとほくそ笑んでいた。


 落ち着いた雰囲気から一変、ガヤガヤと煩くなる店内。

 そんな混乱の中、唯も驚き怯えたが、しかし脇目も振らずこちらに凄い勢いで向かってくる渦中の人を見て、唯は目を見開かせた。




 
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