15 / 28
15
しおりを挟む「本気だって言ったら?」
「えっ……」
まさか雫が自分をそういう対象として見ているとは一ミリも感じた事がなかった唯が、突然の事に言葉を詰まらせる。
そんな唯に、雫は急に真剣な顔をしたかと思うと、唯の顔へと手を伸ばした。
「っ、」
「はい駄目。そういう時はズバッとすぐに断らないと。押せばイケるかもって思われるぞ」
だなんて、先ほどの妖しくも緊迫した雰囲気はどこへやら。いつもの少しだけ気だるげな態度のまま、雫がピシッと唯のおでこを指で弾いた。
「へぁっ!?」
「いいか、お前は圧倒的に危機管理能力が低すぎる。そんなんだと簡単に悪い奴に騙されて大変な事になるぞ」
「えぇ……。ていうか変な冗談言わないでよぉ。びっくりしたぁ……」
「本気で口説いてくる奴はまだしも、何かしらで利用しようと嘘で固めて言い寄ってくる奴もいるんだから、隙を見せるな」
「それとこれとは話が違うような……。それに雫くんは友達だし……」
ジンジンと痛むおでこを擦りながら、唯がくちばしのように唇を尖らせ、危機管理能力と言われても雫くんは友達じゃないか。という表情をする。
その不満げな顔に呆れつつ、雫は口を開いた。
「そんなガードゆるゆるで良く今まで生きてこられたな」
「そこまで言わなくても……、それに、今まで誰かからそういう事を言われた事なんてないからびっくりしただけだもん」
「あぁ、まぁそりゃそうか。今までは煌さんが牽制してきただろうし、色んな事から守ってくれてたんだろうからな」
「……そう、だね」
雫の言葉に、途端に唯が表情を暗くさせ、悲しげに呟く。
「びっくりしただけでヒヨコになるような情けない奴だし、見た目もこんなだしね。それなのにこうやって無事に平穏に生きてこられたのは、本当に煌くんのおかげなんだと思う」
「……そういえばお前、今回はヒヨコになってないんだな」
「あ、確かに。人生で一番辛いのに、今回は一回もなってないや。今までは悲しい事があった時もヒヨコになっちゃってたのに、どうしてだろう。ようやくコントロールできるようになってきたって事なのかなぁ」
「……どうだろうな」
「なんでもっと早くコントロールできるようにならなかったんだろう……。そしたら、煌くんに迷惑ばっかかけなくて済んだのに……。あはは、ほんといっつもタイミングが悪いんだよね、僕」
だなんて唯が空元気に笑う声が、虚しく溶けていく。
しかし、ヒヨコにならなかった。という事に雫は訝しげな表情をし、考え込むばかりで。
そんな雫の様子に、雫くん? と唯が首を傾げれば、ハッとした雫は自身の腕時計をちらりと見たあと、そろそろ仕掛けるか。だなんて少々胸が痛むなか、追い討ちをかけるべく唯を見た。
「それにしても、お前を抱く気はないって言ってたんだっけ? 中々酷い事言うよなぁ」
「煌くんは酷くないよ! ただ、僕にそういう魅力が一切ないってだけだから……」
だなんて、煌くんは何も悪くない。と慌てて否定した唯。
しかしあの夜の煌の言葉を思い出すたび、心臓は張り裂けそうに痛くなり、ツンとしてくる鼻の奥に、唯は堪らず唇を噛み締めた。
ちんちくりんで、世間知らずで、間抜けな自分。
そのくせ、煌もそういう対象として好きになってくれていると自惚れ勘違いしていた事が恥ずかしく、そして惨めで。
触れてくる指先に、守ってくれる逞しい体に一人勝手にドキドキとしていた自分がことさら滑稽で、そして二十歳になるまでキスをしないという約束は尊重してくれていたと同時に煌からのSOSだったのだろうと気付いた唯は、不意にポタッと机に落ちる水滴を見た。
「え……、」
ぽた、ぽた。と落ちては弾ける、水。
机の上で歪な形となるそれが自身の涙だとようやく気が付いた唯は、ハッとした様子で慌てて濡れた頬を拭い、笑った。
「あ、あはは、ご、ごめんね、ぼく、なんで泣いて、」
ぐっと目に力を入れ、これ以上涙が流れないようにと堪える唯が、乱暴にゴシゴシと目を擦る。
そんな唯に雫は咄嗟に手を伸ばしかけたが、その衝動を抑え、ただ黙ってじっと唯を見つめた。
「ズビッ……、ごめんね、急に泣いて……。もう泣かないって決めたのに、やっぱりダメだなぁ僕……」
だなんて、自分自身に失望するよう、ぽつりと唯が呟く。
目元を真っ赤にし、瞳を涙の膜で光らせ、ずびずびと鼻を啜る姿はまるで幼子のようで。
それがやはりいたたまれず、雫が慰めようと唯の肩へ手を置こうとした、その瞬間。
──バァンッ!! と割れんばかりの凄まじい音で、お店の扉が開く音がした。
「わっ!! なに!?」
突然の轟音にビクッと身を跳ねさせ、またしてもポロリと涙を一滴溢す唯。
そしてズビズビと鼻を啜る唯がキョロキョロと辺りを見回すなか、雫はというと、最高のタイミングじゃん。なんてニヤリとほくそ笑んでいた。
落ち着いた雰囲気から一変、ガヤガヤと煩くなる店内。
そんな混乱の中、唯も驚き怯えたが、しかし脇目も振らずこちらに凄い勢いで向かってくる渦中の人を見て、唯は目を見開かせた。
66
あなたにおすすめの小説
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
僕が死んだあと、あなたは悲しんでくれる?
いちみやりょう
BL
死神 × 不憫なオメガ
僕を大切にしてくれる青砥と、ずっと一緒に居られると思ってた。
誰も感じない僕のオメガのフェロモンを青砥だけはいい匂いと言ってくれた。
だけど。
「千景、ごめん。ごめんね」
「青砥……どうしたの?」
青砥は困った顔で笑って、もう一度僕に“ごめん”と謝った。
「俺、和樹と付き合うことにした。だから、ごめん」
「そんな……。もう僕のことは好きじゃないってこと?」
「……ごめん」
「……そっか。分かった。幸せにね」
「ありがとう、千景」
分かったと言うしか僕にはできなかった。
※主人公は辛い目に遭いますし、病気で死んでしまいますが、最終的に死神に愛されます。
僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた
いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲
捨てられたΩの末路は悲惨だ。
Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。
僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。
いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。
昨日まで塩対応だった侯爵令息様が泣きながら求婚してくる
遠間千早
BL
憧れていたけど塩対応だった侯爵令息様が、ある日突然屋敷の玄関を破壊して押し入ってきた。
「愛してる。許してくれ」と言われて呆気にとられるものの、話を聞くと彼は最悪な未来から時を巻き戻ってきたと言う。
未来で受を失ってしまった侯爵令息様(アルファ)×ずっと塩対応されていたのに突然求婚されてぽかんとする貧乏子爵の令息(オメガ)
自分のメンタルを救済するために書いた、短い話です。
ムーンライトで突発的に出した話ですが、こちらまだだったので上げておきます。
少し長いので、分割して更新します。受け視点→攻め視点になります。
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
陰日向から愛を馳せるだけで
麻田
BL
あなたに、愛されたい人生だった…――
政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。
結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。
ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。
自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。
「好きになってもらいたい。」
…そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。
それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。
いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。
結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…
―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…
陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。
よかったはずなのに…
呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。
◇◇◇
片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。
二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。
セリ (18)
南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵
ローレン(24)
北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵
◇◇◇
50話で完結となります。
お付き合いありがとうございました!
♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。
おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎
また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!
運命はいつもその手の中に
みこと
BL
子どもの頃運命だと思っていたオメガと離れ離れになったアルファの亮平。周りのアルファやオメガを見るうちに運命なんて迷信だと思うようになる。自分の前から居なくなったオメガを恨みながら過ごしてきたが、数年後にそのオメガと再会する。
本当に運命はあるのだろうか?あるならばそれを手に入れるには…。
オメガバースものです。オメガバースの説明はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる