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しおりを挟む「煌くん!? なんでここに、」
唯が思わず立ち上がり、声をあげる。
その目線の先には紛れもなく、煌の姿があって。
しかし、驚く唯を他所に、先ほどまで泣いていた唯の涙の跡が残る頬や赤く色づく目元などを見た煌は、迷わず唯の隣に居る雫へ向かったかと思うと、勢い良く腕を振り下ろした。
「「キャアッ!!!」」
周りに居た人達の悲鳴に重なり、ガタガタンッと椅子が倒れる音と、雫が地面にドサッと倒れ込む衝突音が辺りを裂く。
そんな突然の出来事に対応しきれず、唯の目には殴られ倒れていく雫の姿がスローモーションのように見え、息を飲みその場に固まる事しか、出来なかった。
──まるでそこだけが別の次元のような、切り取られた空間のような感覚と、激しく鳴る耳鳴り。
そして煌から放たれる溢れんばかりの怒りのオーラに唯の足は竦み、体は震え、目の前が暗くなっていく。
しかし殴った張本人である煌は、後ろから追いかけてきていた優弥に羽交い締めにされたまま、何の表情もないまま雫を見下ろしていて。
「馬鹿か!! 何やってるんだお前!!」
だなんて取り押さえる優弥が声を張り上げ、煌の行動を非難する。
しかし周りはというと、恐ろしいほどの煌の圧倒的なアルファのオーラに、固まり動けないままで。
ピンと張り詰めた空気が重々しく流れるなか、アルファのオーラに萎縮し呼吸が上手く出来ずはくはくと息を吐いていた唯は、しかし目の前で倒れる雫に意識を向け、必死に体を動かした。
「し、しずく、くん……、しずくくん、」
倒れたままの雫の側へよろよろと座り込み、力なく名前を呼ぶ唯。
震える手でゆさゆさと雫を揺さぶり、泣きながら必死に雫を呼ぶ唯の声に、一瞬だけ意識を飛ばしていた雫が呻き、ピクリと体を動かす。
「……う、ぅ、」
「雫くん!!」
唯の安堵と不安が混じった声が響き、だんだんと意識がハッキリとしてきた雫は、ゆっくりと上体を起こした。
「……いってぇ……」
だなんてぼそりと呟く雫の声は、派手に倒れ込んだものの、比較的しっかりとしていて。
隣に座る唯がボロボロと泣いているのを見て、雫はその涙と鼻水でべちゃべちゃになった唯の顔に思わず笑ったが、口の端がひどく切れているのか、ビリッとした痛みに顔を歪めた。
「ッ、……だいじょーぶだから、んな顔すんな」
「だ、だいじょうぶなわけないよ!! 病院、病院行かないと!!」
「唯、そんな奴を心配するな。俺と一緒に帰ろう」
突然、唯の言葉を遮るよう、煌が感情の乗らない冷たい声で言い放つ。
それから、おいで。というよう手を差し出してくる煌に、唯は唖然とした表情をした。
「……こう、くん……?」
姿形は煌本人なのに、今目の前に居る人が本当に自分の知っている煌なのか分からず、唯が辿々しく名前を呼ぶ。
唯の知っている煌は、いつも優しくて、忍耐強くて、自分の力を誇示したり、ましてやこんな風に一方的に暴力を振るうような人では、絶対になくて。
だからこそ、今自分を見つめている煌の事が分からず唯がヒュッと息を飲み固まれば、雫が唯の体の前に手を出し阻止したあと、未だぐわんぐわんと揺れる視界の中、立ち上がった。
「……このクソ狼、思いっきり殴りやがったな」
掌で唇に付いた血を拭い、下からながら睨み付ける雫。
そんな雫にピクッと眉を寄せ、煌も鋭い眼差しで雫を見下ろした。
「もう一発ぶん殴られたいか。狐野郎」
──二人の間に、バチバチと散る火花。
煌のオーラはその場に居る他のアルファですら萎縮してしまうほどなのに、しかし雫は毅然とした態度を崩さず、むしろ鼻で笑った。
「殴られるような事した覚えはないけど?」
「いい加減にしろ。ふざけたメール送ってきたのはお前だろ」
「で、だから、それがなに?」
そう話す二人の会話の流れが分からず、唯がバクバクと心臓を鳴らしながら困惑した表情をすれば、煌を未だ抑えていた優弥が、携帯を見ろ。と口パクで伝えてくる。
それに唯がやはり困惑したまま自身の携帯を取り出し見てみれば、煌からの連絡がたくさん入っていて。
通知をオフにした記憶もなく、いつの間にオフになっていたのだろうと思いながら唯がその連絡を辿っていたが、そこでぎょっと目を見開いた。
そこには先程の雫とのツーショットが煌に送られており、そして、『お前が手放してくれたおかげで俺がこいつの初めて全部もらうわ。サンキュー』だなんて文面が綴られている。
それに唯はどういう事だと目を見開き雫を見たが、雫はただひたすらに煌へと向き合っていて。
「事実じゃん。あんたと唯はもう番になるのやめたんだろ? それなのにあんたにとやかく言われる筋合いないんだけど。ていうか殴られたし、慰謝料請求しようかな」
「ッ、このっ、おい、放せよ優弥!」
「放すわけないだろ! お前は一旦落ち着けって!!」
もう一度殴ろうとした煌を、優弥が必死にくい止める。
しかし雫はやはりどこ吹く風というような態度で、けれど鋭い眼差しで煌を見た。
「なんであんたは怒ってんの?」
「お前が唯を騙そうとしてるからに決まってるだろうが」
「俺が騙す? なんで? 本気だよ?」
「あんな言葉送ってくる奴が本気な訳ないだろ」
「本気だって」
「それにお前ベータだろ。唯はオメガなんだよ」
「だから何? え、もしかして、オメガはアルファとしか幸せになれないとか思ってる? いつの時代の人間だよ。アルファ同士でもオメガ同士でも、オメガとベータでも、ベータとアルファでも平等に幸せになる権利はあるし、幸せになれるんだよ」
「っ、そんな事、お前に言われなくても分かってる。そうじゃなくて俺が言いたいのは……、」
そう言ったきり、途端に押し黙る煌。
先程までの勢いはだいぶ薄れ、ようやく頭に上った血が落ち着いてきたのが分かる煌に、雫はガリガリと頭を掻いては、口を開いた。
「どうでもいいけど、ここじゃ店に迷惑だから、出るぞ」
だなんて言っては、立てるか? と唯へと手を伸ばす雫。
突然の展開にもう脳が処理できず見ている事しか出来なかった唯が、……あ、うん。だなんて間抜けな返事をしたまま、咄嗟に雫の手を取って立ち上がる。
それに煌がまたしても眉間に皺を寄せたがぐっと拳を握って堪え、「お前も行くぞ」と優弥に促された煌は、倒れた椅子を立て直し、見ていることしか出来なかった人々に頭を下げたあと、口を開いた。
「……急にお騒がせしてすみません。それと店にはまた改めてお詫びに伺わせていただきます。すみません」
だなんて、深々と頭を下げた煌。
その姿はもう、唯の知っているいつもの煌で。
それにホッと胸を撫で下ろした唯が、しかし雫に促されるまま、歩き出す。
そうして突然嵐のような出来事を起こした四人が去っていくのを、周りの人々はやはり呆気にとられ見ている事しか、出来なかった。
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