あなたは僕の運命なのだと、

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「雫くん、本当に病院に行かなくて大丈夫なの?」
「大丈夫だってば。歯も折れてないし。……で、あんた、誰?」

 ──騒動を起こしたお店から去ったあと、すぐ近くの公園へと移動した四人。
 ブランコとベンチ、それから街灯しかない質素な公園は誰もおらず、唯が雫をベンチに座らせながら問いかければ、それよりも。と雫が立っている優弥を見た。

「あぁ、僕のお兄ちゃんなんだ」
「優弥です。ごめんね、怪我させちゃって」

 そう申し訳なさそうに謝る優弥に、唯とはまるで似ておらず意外だと雫が少しだけ目を見開き、それからふいっと視線を逸らした。

「別に、あんたに謝られる事じゃないので」

 だなんて言外に煌を咎める口ぶりながら雫が言えば、今度は優弥が少しだけ目を見開いた。


「……殴って悪かった」

 ぽつり。今までずっと黙っていた煌が沈黙を破り、謝罪する。
 その声は後悔が存分に含まれていて、先ほどの勢いはどこへやら真摯に頭を下げる煌の姿に、雫はどうしたものかと頭を悩ませた。


 わざと挑発し誘き寄せ、キツネに騙されてると非難をぶつける煌に問答無用で唯を奪い取ってもらう。

 それが雫の作戦だったのだが、根が良い奴だったのがいけなかったのか。申し訳なさそうにする煌と、それに同調するようしんみりとした空気を醸し出す唯と優弥に、こいつらと居ると調子が狂う。と雫は何とも言えない表情をしたあと、煌を見た。

「殴られたのはどうでもいい。殴った理由を知りたいだけなんですけど」
「……騙されてるのかと思ったんだ。急だったし、唯のこんな格好なんて見た事なかったから。だから、やりたくない事を無理やりさせられてるんじゃないのかって心配になって。それで確かめに来たら唯が泣いてて、それでカッとなって殴って暴言を吐いた。本当に自分勝手で考え無しの行動だった。すまない」

 そう言っては、深々と頭を下げた煌。
 それに雫が困惑していれば、けれど、という風に煌が顔を上げた。

「俺も知りたい事がある。お前が真剣なんだっていうなら、なんで唯はあの時泣いてたんだ」

 下手な言い訳は通用しない。と言わんばかりに、真っ直ぐ貫くように見てくる煌の眼差し。
 その力強さに、なんと答えようかと雫が少し考えこんだ、その瞬間。

「煌くんには関係ないよ」

 だなんて横から唯が口を開いた。


「僕がなんで泣いてたのかなんて、僕と雫くんとの間の事なんだから、煌くんには関係ない。気にしなくて良いんだよ」
「っ、た、確かに俺には関係ないかもしれないけど、でも、俺はまだ唯の幼馴染みだろ……?」

 珍しく唯が強い口調で、自身の気持ちをハッキリと宣言する。
 それに煌がたじろぎ、少しだけ声を上擦らせながら唯に問いかけたが、唯はやはり揺るぎない表情のまま、煌を見るだけだった。

「煌くん、僕、怒ってるんだ」
「っ、」
「どんな理由があっても、急に人を殴るなんてだめだよ。僕のためだったかもしれないけど、そんな事されても、僕は全然嬉しくない。それに、僕が知ってる煌くんは、そんな事する人じゃなかった」

 唯の滅多に見せない、本気の怒り。
 それは大切な友達を大好きな人が傷付けた深い悲しみからくるものであり、唯は悲しみで表情を曇らせたあと、もうどうすれば良いのか分からないと、視線を逸らした。


 ──重々しい沈黙が、二人の間に流れていく。

 たった数日。その数日で、どうしてここまで全てが崩れ壊れてしまったのだろうか。
 だなんて唯がすっかり変わり果てた日常に堪らず泣いてしまいそうになりながらも、必死に涙を我慢する。
 そんな唯を見て、煌は何か言いたげに口をはくはくとさせたあと、しかしぐっと一度噛み締めて、唯を見た。

「ごめんな、唯」
「……」
「……やっぱり、俺と番にならなくて良かったよ。こんな、幼馴染みとしてでも側に居られない奴、そもそも唯に相応しくなかったんだ」

 静かに、どこか諦観した様子で煌が呟く。
 その言葉に唯が息を飲んだが、煌は雫へともう一度深々と頭を下げた。

「本当に、すまなかった。病院代はもちろん払うし、慰謝料も払う。でも俺とはもう関わりたくないだろうから、唯経由で連絡取らせてくれ」

 だなんて言ったあと、今度は唯を見て、またしても頭を下げた煌。

「唯にはその間だけ、もう少し俺と関わる事になるけど、それが終わったらもう関わらないようにするからさ。本当にごめんな」
「っ、な、なんで、関わらないって、なに言ってるの煌くん、」

 煌の言葉に、怒ったが関係を絶ち切りたい訳じゃないと唯が慌てて首をぶんぶんと横に振るが、しかし煌は無意識に伸ばしかけた手を抑え、困ったように笑うだけだった。

「唯の好きな人を殴った奴だよ。そんな人間がどうやってこれからも唯の側に居られるんだよ。……そもそも、俺は唯が思ってるような人間じゃない」

 そう言ったあと、「俺、もう帰るよ」とすぐに背中を向け、煌が公園を出ていく。

 その背中を見つめた唯は、追いかけたいのに何と言って引き止めて良いのか分からず、その場に立ち尽くしたあと、堪らずしゃがみこんでしまった。


「……なんで、こうなるの……」

 ポツリと呟いた唯の声が、未だ冷たく吹く風に掻き消され、溶けていく。

 何が正解かも、どうありたいのかも分からず、もうどうすれば良いのか分からない。と言わんばかりに呆然としている唯に、雫はやはり面倒くさそうにガリガリと頭を掻き、それから唯の隣へ歩いて行ったかと思うと、その背中へ軽く蹴りを入れた。


「っ! いったぁっ!!」
「嘘つけ。そんな強く蹴ってねぇよ」
「急になにするの、雫くん……」
「もうお前ら面倒くさすぎるんだって。少しは茶番に付き合ってやろうかと思ったけど、なんでそんな拗れに拗れた事してんの」

 痛い。と目に涙を浮かべ見上げる唯に、しかし雫は、もういい加減にしろ。と見下ろすだけで。

「お前は煌さんが好きで、煌さんと番になりたいんだろ」
「……そ、うだけど、煌くんはそうじゃないって言ったでしょ」
「だから? それが何なんだよ」
「だから、」
「それで気持ち我慢して、言いたい事も言わないでアホかよ。挙げ句の果てに、幼馴染みとしても居られなくなって、お前がやってる事全部無意味じゃん」
「っ、」
「だからさ、無意味なら、もう好きにしたらいいんじゃないの。煌さんにきちんと自分の気持ち伝えて、番になりたいって言えばいいじゃん」
「そんな簡単な話じゃないよ」
「簡単だよ。そんで、そっからはもう煌さんの気持ちの問題だろ。お前を受け入れるのか、受け入れないのか。そこをお前が推し量るのがそもそも間違ってるんだよ」
「……それは、」
「それで例え約束だからって理由で煌さんがお前を受け入れたとしても、むしろそうなりゃこっちのもんだって思えよ。長い年月かけて自分に振り向かせるチャンスが出来たって。本音を聞きたくなくて向き合う事から逃げて、拗れてって、そんなアホくさいやり取りを延々と見せられるこっちの身にもなってくんない。マジで」

 そう一気に早口で言いきり、もう付き合ってらんねぇわ。と雫が嫌そうに顔を歪める。

 しかしそんな雫の言葉に唯は息を飲み、そんな事をしても本当に良いのだろうか。と迷いが滲んだ瞳で雫を見上げた。

「……どうせ人生なんて一回きりだし、なら好きなように生きた方が良いでしょ」
「っ、」
「ほら、分かったらさっさと追いかければ? いつまでもグズグズ踞ってたって意味ないんだから」
「っ、うん!!」

 雫の言葉に促されるよう、勢い良く唯が立ち上がる。
 その瞳はいつものように、キラキラとした輝きを取り戻していて。

 そんな、迷いがなくなり吹っ切れた様子の唯に、そうそう。お前はそんな面だけしてりゃいいんだよ。と雫は心のなかで絶対に口にはしない事を思いながら、世話が焼けると言うような表情で、笑った。




 
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