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しおりを挟む煌の上がった息が、街灯に照らされた暗い路地裏に響いては溶けていく。
普段良くキャンプに行く山はそこまで起伏もなく近い距離だったが、一度も足を弛める事なくものの30分ほどで自宅へと辿り着いた煌に、唯は煌に抱きついたまま、心配そうに口を開いた。
「こ、煌くん、何でそんなに急いで……、もう降ろして? 僕自分で歩けるよ」
「っ、いや、……はぁ、大丈夫。そのまま抱きついてて」
「で、でも」
「大丈夫だって」
ちゅ、と唯の頬に優しくキスをしては、大丈夫だから。と言って笑う煌。
その汗がきらめく顔が格好良く、唯がポーッと思わず見惚れていれば、煌は家の鍵を取り出し、扉を開けた。
大きな二階建ての立派な家はしかし、誰の存在も感じさせず、しんと静まり返っている。
その中で唯を抱いたまま自身の靴を脱ぎ、器用に唯の靴まで脱がせた煌は、家の電気も点けずそのまま階段を上っていった。
「唯、目を瞑ってて」
「え?」
「いいから」
またしても唯に何の説明もなく、けれども煌が少しだけ悪戯っ子のような、嬉しそうな顔をして見つめてくるので、唯はドキドキとワクワクが高まるなか、ぱちりと目を閉じた。
「閉じたよ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ! ほら見て!」
「うーん」
「ほんとだって、わっ!?」
「あははっ」
わざと疑いつつ、本当だってば! と主張する唯の姿が可愛かったのか、煌がかぷっと唯の鼻先を優しく噛む。
それに驚いた声をあげる唯に煌は笑い、唯が怒ってぽこぽこと背中を叩く弱い攻撃すら平然と受け止めたまま、自室の扉をガチャリと開いた。
パタン。と後ろでドアが閉まる音と、煌の匂いが充満する部屋にドキドキとはまた別にソワソワと気持ちが浮き足立ち、唯がひっそりと顔を赤く染める。
そんな唯に気付いているのかいないのか分からないまま、煌にそっと優しくベッドへと降ろされ、唯はヒュッと息を飲んだ。
ギシッ、と軋む、ベッド。
その中で縁に座らされた唯が破裂しそうな心臓を抱えたまま、煌へと声を掛けた。
「煌くん、もう目開けていい?」
「まだ駄目」
だなんて言いながら、煌が部屋の中を歩き回り、何やら確認したりしている音が響く。
それから、……カタン。と微かに棚を閉める音がしたあと、煌が唯の前で跪いたのが分かった。
「……うん、よし。唯、もう開けて良いよ」
そう優しく囁く煌の声に、ゆっくりと唯が目を開ける。
それから視界に広がる世界に、唯は目を見開いて息を飲んだ。
──金色のフェアリーライトで照らされた部屋が、キラキラと光り輝いている。
窓から差し込む月明かりが神秘的な美しさをより高めさせ、そのあまりにも綺麗な光景に唯は驚きの表情のまま、部屋のなかを見回した。
「す、すっっごく綺麗……!!」
「気に入った?」
「すごいよ煌くん!! いつの間に部屋にこんな綺麗な飾りつけたの!?」
だなんて感極まりながら話す唯の瞳が、光を反射してキラキラと輝いている。
それがとても美しく、煌は唯の笑顔と瞳の方が何十倍も綺麗だと思いながらも、跪いたまま、唯の手を大きな手で握った。
「唯の誕生日の為に、前々から準備してたんだ」
「え、」
「……実は、両親が旅行してるのも、俺がチケットとか宿代とか払って、二人で温泉でも行ってきなよって家から半ば強制的に追い出したからなんだ。唯の二十歳の誕生日は、誰にも邪魔されずに、唯が安心できる場所で二人でゆっくり祝いたかったから」
そう囁くよう穏やかな声で言葉を紡ぎ、唯を見上げる煌。
「本当は今日、デートしながら花束とか買えたらもっと良かったんだけど……」
だなんて申し訳なさそうに呟く煌が、しかし唯の表情を見て破顔し、それからそっと大きな手で唯の顔を包んだ。
「……なんで泣くんだよ」
「っ、だ、だって、ぼく、こんな、こうくんがぼくのためにいろいろじゅんびしてくれてたなんて、しら、しらなくてっ……、ふ、うぅっ……」
ボロボロと泣きながら声を震わせる唯の落ちる涙を優しく拭った煌は、微笑みながら唯を見つめた。
「唯の大事な日だから」
「グスッ……、あ、ありがとう、こうくん、ありがとっ、」
「うん」
声を上擦らせ、けれども何とか必死にお礼を言う唯。
その健気な言葉に煌はやはり同じように泣いてしまいそうになりながらも、一度唯の顔から手を離し、先ほど忍ばせた物を取り出す為にポケットに手を入れた。
煌がそっと取り出した、ネイビー色のリングボックス。
そしてそれを慎重に開けば、キラキラと輝く綺麗な指輪があって、唯はもう呼吸すら出来なくなるほど、喉をひくつかせた。
「っ、こ、こうくん、それっ、」
「……約束、覚えてた?」
「わす、れる、わけ、なっ……」
涙でぼやける視界が悔しくて、唯が必死に涙を手で拭いながら、煌が手にしている指輪を見る。
それはあまりにも綺麗で、美しくて。
その輝きに唯は身体中が幸福で痛いと咽び泣きながら、こんなに幸せで良いのだろうか。とやはり止められない涙を流しつつ、そっと手を取ってくる煌を見た。
「愛してる、唯」
「っ、ふ、うぅっ……」
「俺が幸せに、……いや、二人で幸せになりたい。……僕と、番になってくれますか」
唯の望む未来へと言い直し、最後は畏まって聞いてくる煌の表情は不安や期待、しかしその中に力強い覚悟がありありと滲んでいて。
そのとても格好良く凛々しい姿に唯は喉が焼けるような痛みのまま、それでも必死にコクコクと頷いた。
「ひっ、うぅ、は、い、はいっ……!」
だなんてみっともなく子どもみたいに泣きじゃくりながら頷くしか出来ない自分が情けなかったが、それでも幸せなのだと、嬉しいのだと煌に伝わるよう、唯は涙でぐちゃぐちゃな顔のまま、にへらと笑った。
「……唯、愛してる」
「ぼく、も、あいしてるっ、」
だなんて辿々しく、それでも同じように愛を返してくれる、唯。
満面の笑みと、ずびずびと鼻を啜る姿は、やはり世界一可愛くて、愛しくて。
煌はそんな唯を見てやはり泣きそうになりながらも、震える指で指輪を取り出し、唯の薬指へとゆっくり通した。
する、と通り、唯の薬指にぴったりと収まる、美しい指輪。
それに唯も煌も感極まって息を飲み、それから微笑みあった。
「……唯、似合ってる」
「っ、あり、がとう、こうくんっ」
「……うん」
満面の笑みを浮かべる唯に、ようやく緊張から少しだけ解放された煌が安堵の息を吐きながら、キラキラとした指輪が彩る唯の華奢な指を撫でる。
それがとても綺麗で、煌は少しだけ誇らしい気持ちになりながらも、べしゃべしゃな唯の顔を見ては、晴れやかに笑ったのだった。
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